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経済・政治・国際

2010年2月17日 (水)

「国民国家システムの限界と地域ガヴァナンスの現状」

あらゆる仕事が遅れていてどうにもならないのだが(…リネーの帝国の発言、もう少し待っていて下さい…)大阪大学世界言語研究センターが進める「民族紛争の背景に関する地政学的研究」プロジェクトの(おそらく)今年度最後のシメの研究会を告知。報告内容などの詳細はフライヤをご覧下さい。

Flyer100220_2日時:2010年2月20日 (土) 13:00から 17:00
場所:千里ライフサイエンスセンター 701会議室 

「1970年代以降の世界経済の構造的変化は、国境を越えた資本と労働力の移動を促し、旧来の国民経済概念を大きく変貌させた。これにより、多くの国家が財政・経済政策の自立性を喪失し、相互依存性と外在的規定性が高まると同時に、国家の統治能力が顕著に低下している。国際政治の面では、統治力が低下した国家を「破綻国家」として例外化し、「人道的介入論」や「対テロ戦争」などの口実の下、超大国の利益保護を目的とした危機に対する共同管理・予防介入体制が構築されつつあり、古典的帝国主義に酷似した侵略的性格が再浮上している。この二つの変化は、世界各地で国民国家システムの内在的・外在的危機の同時進行という帰結をもたらしている。従来の議論では、斯かる構造的変化が主として世界システムの中心と周辺部の関係として論じられてきたが、現実の危機はシステムの中間に位置する国々でも顕著に進行している。中間的諸国の国民国家の揺らぎは、既に現段階でも、排外主義・民族主義の台頭やマイノリティ抑圧の激化をもたらしているが、今後は更に多様かつ深刻な問題を生じさせると考えられる。今回の研究会では、「破綻国家」を巡る議論を批判し、国民国家が統治能力を喪失しつつある現状を各地の事例から確認することを試みたい。」

という感じの研究会を明治大学の佐原徹哉先生を中心に企画して頂きました。僕にとっては今年度最後の司会業…(汗)。例によって、ここでお見せするフライヤは司会者自身の作…(涙)。「大衆政治状況を示す群衆とその行く末を見据える目」という図をもう少しはっきり見せたかったが、「人の顔はぼかしたほうがいいよね」という指導が入ったので不本意ながら…(笑)このように。(というか、こうして縮小画像で見ると、ぼやかしていても僕の意図は伝わりそうだ!)おそらく今年度最後の作。僕はこういうデザインの仕事のほうがむいているようで、仕事を間違えた感あり。しかしこの件、阪大世界言語研究センターともどもどうぞよろしく。(器用貧乏ここにきわまれりとの誹りを頂きそうですが、僕はスウェーデン史研究者であること、お忘れなく!)

2009年2月 2日 (月)

普通の国としてのスウェーデン

この間、ラテンアメリカ文学を研究している同僚と飲んでいたときに、僕があまり日本で知られていることのないスウェーデンの本当はこわ〜い話をしていたら、メキシコのプロレスを語らせたら右に出る者のいない彼はプロレス用語の「ヒール」を使って僕を「ヒールだ。」と言ってくれた。「ヒール」は本心からヒールなのではなく、一つの虚構のなかでそれを演じるのだから…そうした配慮まで込められたありがたい言葉だ。日本ではスウェーデンを含めて「北欧万歳」的なイメージがいまだに強いのだけれども、少なくとも我が国唯一のデンマーク語専攻とスウェーデン語専攻を擁する大阪大学は異なる。スウェーデンやデンマークの良いところも、悪いところも客観的に討究し、その成果をもって教育する。日本における「北欧礼賛」の風潮からすれば、ときにはヒールを演じることも辞さない。先週で今年度の北欧史の講義も大団円を迎えたが、例えばスウェーデンが第二次スレースヴィ戦争(いわゆるシュレスヴィッヒ・ホルシュタイン戦争)で「兄弟民族」デンマークを見捨てたこと、例えばスウェーデンが第二次世界大戦でノルウェー占領へむかうナチス・ドイツの軍隊に鉄道通過を認めたこと…北欧に対して淡い希望をもって入学してきた学生たちには、いささかショックな話ばかりだったろう。しかし、それも小国として主権国家体制に生きる道を模索するが故の話…スウェーデンもまたそういう意味では普通の国なのだ。

スウェーデンは一時期のスウェーデン人たちによってキリスト教世界におけるユートピアとして理想化されていたことは事実だが、もちろん実際にはユートピアなどではなかった。スウェーデンもまた様々な問題を抱える普通の国なのである。そしてそれは今もなおの話。かつてはヨーロッパ世界でも最貧国の一つであったスウェーデンはたまたま第二次大戦で中立を維持し、民間の社会経済セクターが温存されたため、第二次大戦後のヨーロッパ復興の過程で製造業の好調な輸出実績を踏み台として高負担・高福祉の体制を築き上げた。スウェーデンはかつては移民を多数アメリカなどへ送り出す国だったが、その時期以降は南欧・東欧・中東・ラテンアメリカなどからの移民を受け入れる国へと転換した。東西両陣営とも一定の距離を保ったスウェーデンは、ベトナム戦争に倦んだアメリカ兵の亡命をも受け入れた。僕は移民研究の専門ではないので何とも言えないけれど、市民生活の視点にたって行政をチェックするオンブズマンの制度も先進的に整えることができたことを見てもわかるように、もちろん基本的人権に対する考えは徹底している国だろう。けれど、高負担を支える担税者とをより多く必要としているという本音も考えてみる必要もあるだろう。

一昨日、TV4というスウェーデンのTV局が、スウェーデンのヨンシェーピングの電話販売会社で、外国出身の従業員に対してスウェーデン風の名前を語ることが強制されていることを報道した。このニュースはTV4の独自取材によるもので事実としてオーソライズされたものではないが、TV局の報道によれば、電話販売の実績に悪影響があるため販売会社の使用者側からスウェーデン風の名前を使うことが強制されたという。これに対して使用者側は、外国出身の従業員がスウェーデン風の名前を使っているのは事実だが、それは従業員の自発的な判断によるものだと主張しているという。このニュースに登場する人種差別問題オンブズマンも認めるように、強制の事実が判明されればこれは明らかな人種差別だ。スウェーデンにおける人種差別の歴史は今回の発言では控えようと思うが、多民族化の進行は今に始まったわけではなく、ましてや我が国では移民受け入れの先進性をもって紹介されるスウェーデンにおいて、スウェーデンにおける生活を円滑に進めるためにはスウェーデン風の名前を用いてスウェーデン社会に溶け込む必要が求められる隠れた圧力があるとすれば、スウェーデンはますますユートピアなどとは言えない隠された差別の蔓延する普通の国だとも言える。けれど、過度にユートピア視して観察するよりは、質の差こそあれ日本も、スウェーデンも似通っている問題が山積する普通の国として観察するほうが、僕はよりスウェーデンから多くのことが学べると思っている。(今回の発言はたまたま厳しいものになったけれども、いずれ良いところも紹介しよう。念のため。)

2009年1月16日 (金)

グルジアの現在と歴史・文化を知る

大阪大学世界言語研究センターで進められている民族紛争の背景に関する地政学的研究が、一週間後の23日金曜日に梅田で公開セミナー「グルジアの現在と歴史・文化を知る」を開催します。以下にその概要を示します。この公開セミナーは、地政学的研究プロジェクトの研究成果を市民向けにわかりやすい形で提供するものです。とりわけ今回の公開セミナーは、昨年夏にいわゆる「グルジア紛争」が勃発したグルジアの現在のみならず、その歴史や文化についても、駐日グルジア大使館の協力を得てご紹介します。

グルジアは、最近はロシアとヨーロッパとの政治的力学関係のなかでクローズアップされましたが、歴史的に考えてみますとローマ帝国がキリスト教を公認するのと同じ頃にキリスト教に改宗した国(グルジア正教会)ですし、ヨーロッパ世界と非ヨーロッパ世界の東の境目として、あるいは文明の十字路として位置したために独特な文化が育まれてきた地です。それゆえ、日本ではまだ知られることのない世界遺産もありますし、近年、世界無形遺産に登録されたことでも知られる多声音楽歌謡をはじめ独特な民族文化も育まれてきました。生活文化という点では、例えばグルジアはワイン発祥の地の一つとされていて、そこで生産されるグルジア・ワインは古くはクレオパトラ、最近ではチャーチルが愛飲したことでも知られています。今回の企画でも、グルジア大使館の協力を得てグルジア・ワインが紹介されることにもなっています。

また今回の企画は、阪大世界言語研究センターとこれまで学術的観光コンテンツの開発研究で産学連携関係を築いてきたJTBカルチャーサロン大阪梅田教室の協力を得て、週末金曜日の夕刻に会場を梅田で開催するという点も特筆すべきところで、普段は北摂まで足を運ぶことのできない大阪の町中の方にも是非参加していただければと思います。参加費は無料ですので、関心のある方はふるってご参加下さい。

(ちなみに下のフライヤーはチャチャッと僕がつくりました。iWorkのPagesというソフトは、DTP的な編集の可能なソフトで、時間と手間をかけることなく、即席で下のようなフライヤーをつくることができるのでお薦め。)

gurujia090123.jpg

日時: 2009年1月23日 18時30分~20時30分

詳細:セミナー第一部:グルジアの現在を知る

   イヴァネ・マチャヴァリアニ(駐日グルジア大使)予定

   前田弘毅(大阪大学世界言語研究センター特任助教)

   セミナー第二部:グルジアの歴史・文化を知る

   初めて聞く見る「グルジア音楽・舞踊」の楽しみほか

参加費:無料(座席数50席強)

会場: JTBカルチャーサロン 大阪梅田教室

2008年5月24日 (土)

現代スウェーデンの国家戦略に触れる〜スウェーデン留学フェア2008を終えて

昨日はスウェーデン大使やSvenska Institutet(以下SI)の方を招いてスウェーデン留学フェアを行いました。昨日の大阪はとても暑かったのですが、結構な盛況ぶりで足を運んでくださったみなさんには感謝の言葉を申し上げます。僕は主に裏方担当でしたけれども、大使をはじめ大使館関係者のみなさん、SIの方もみな気さくで(次の仕事の展望も開けそうですし)、彼らとざっくばらんに話もでき、とても良い時間が過ごせたと思います。この企画の実現に力を貸してくださった阪大の事務方のみなさん、スウェーデン語の学生のみなさんに心から感謝申し上げます。

とりわけスウェーデン語専攻の学生のみなさん。大使たちとの懇談の場において、僕たちの学部のスウェーデン語専攻の学生のみなさんに対し、何の前振りもなくアドリブで大使館側から「なぜスウェーデン語を勉強しようと思ったのか?」とスウェーデン語で質問がなされたとき、何の事前準備もない学生のみなさんがスウェーデン語で的確に自分のことを応えている姿を見て、実に頼もしく見えました。(大使館の人も、思わず「すごい!」と感想を述べていた光景を忘れられません。)

今回の留学フェアは、スウェーデン留学について具体的な情報を提供することを目的に開催されたため、講演や質疑応答はそうした情報に焦点が置かれていました。そのなかでも、僕が個人的に「スウェーデンは末恐ろしい凄い国だ!」と思わず唸ってしまった講演があります。それは、SIの方によるSIという団体に関する講演で、現代スウェーデン国家のイメージ戦略が明確に述べられ、SIという団体はその戦略を支援・実現するための組織だという説明があったくだりです。

SIは、海外諸国におけるスウェーデンへの関心を促進する目的で1945年に設立された団体で、スウェーデン外務省と密接な連携を採りながら海外の教育研究機関と文化的・教育的交流を支援しています。(昨年は、僕たちの阪大外国語学部スウェーデン語専攻がアジア・オセアニア諸国でははじめてSIから海外においてスウェーデン文化の普及に貢献した教育研究期間として表彰を受けました。)SIは様々な海外における教育研究の支援事業を展開していますが、今回の講演では、それらの施策が「スウェーデン・イメージの普及」という戦略にたって行われていることが明確に述べられていました。

「スウェーデン・イメージ」。現代スウェーデンは世界の人口の0.1%を締めるに過ぎない小国ですが、民主・平等といった理念や制度、経済や技術といった点で先進的なイメージとインパクトを世界に与えているとSIは主張します。これは外国人である僕の目から見ても妥当なところだと思います。SIは、この現代スウェーデンの先進的国家としてのイメージは、「公開性」・「創造性」・「信頼性(真正性)」・「相互扶助性」の4つの価値観に立って築かれているものであると考えています。この4つの価値観に基づいた肯定的・積極的な「スウェーデン・イメージ」を国際的に普及させる(SIの場合には教育研究、文化面で)ことで、小国でありながらも、グローバル化した世界に大きなインパクトを与える国家を目指しているというのです。

ここまで具体的に現代スウェーデンの海外に対する国家戦略を聞いたのははじめてでしたので、この講演には思わず唸りました。小国でありながらも、世界に大きな地歩を占めるための戦略としての、「国家イメージ」の普及。僕は、これまで社会福祉だとか、男女共同参画だとかいったことは、当然どこの国でも進められるべきものであって、これらの点でスウェーデンが特別だとか、先進的だとかか、スウェーデンを過度に高く評価することはしてきませんでした。しかし、今回の講演で聞いた小国ゆえの「国家イメージ」戦略に立った教育研究の支援というスウェーデンの施策は、長期的に見て国際社会にスウェーデンが大きな地歩を占め、生き残るためのヴィジョンに触れた思いがして、「スウェーデンは末恐ろしい凄い国だ!」との思いを得たのです。

翻って、僕たちの国はどうなのでしょうか?僕たちの国のことを、ここでとやかくは言いません。確かに僕らのようなスウェーデン語専攻も、SIの言う「スウェーデン・イメージ」戦略の日本における先兵として踊らされている部分があることは認めざるを得ません。しかし、僕たちは僕たちで現代スウェーデンに接する際に、小手先の制度的改革の模範としてばかりそれを見るのでは、それこそスウェーデンのイメージ戦略の術中にどっぷり漬かったまま、スウェーデンをとらえてしまっていると言えるでしょう。むしろ天下国家百年の計に立って僕たちの国の存亡を見据えた戦略を採ろうとするときに、今回の講演で垣間見たスウェーデンの国家戦略のようなもの、あるいはそうした国家戦略をも公にして堂々と語れるスウェーデンの姿をこそ、学び取るべきなのではないでしょうか。そう…国家生存の戦略を清々しくも展開しているところこそ、スウェーデンは尊敬に値する。

いやはや、暑かったですけれど、汗も一杯かいて汗臭くもなりましたけど、現代スウェーデンの一端を勉強できた良い一日でした。

2006年2月 6日 (月)

「北欧」は大変なことになっている…

昨日日曜日は天気もよく、何も予定もなかったので部屋の掃除をしました。以前このブログで妻が気を利かせてくれて僕の部屋を掃除してくれた…という窮状を訴えたことがありましたが、それ以来妻はまたまた気を利かせてくれて一切掃除をしなくなったため、仕事の忙しさにかまけて荒れ放題になっていたのです。少しは綺麗になったかな?で、本来ならば、綺麗になったこの部屋で、『世界遺産〜森の墓地』の余韻に浸りながらゆったりとした気分で、科研の某成果報告書にも書いた「軍事革命」論のことでも話題にしようかと思ったのですが、なにやら中東では北欧がらみで大変なことが起きているようなので、ごくごく簡単にコメント。

Jylland-Postenに掲載されたイスラム教風刺画に端を欲するデンマーク、ノルウェー大使館の焼き討ちがダマスカス、そしてベイルートへと拡大しつつあり、一向に沈静化する動きが見られません。第二次世界大戦後、デンマークがこれほど国際的な非難を受けた事態はこれまでなかったのではないでしょうか。北欧メディアの大勢は、表現・出版の自由を盾に(つまりデンマーク政府の態度は正しいとして)、むしろ暴徒化した大衆を統御できないシリア当局への非難が集中しているのですが、この事件を通じて北欧諸国でさえ宗教的攻撃の矛先になりうるのだということが図らずも判明しました。デンマークはEU諸国のなかでももっとも「従順」な英米寄りの姿勢を貫き、昨今のイラク問題についても積極的に派兵していましたから、こうしたことがきっかけに何か起こるだろうことは十分に予測できていました。中東圏からの移民も増え多民族社会化が進行している北欧諸国でさえ、Jylland-Postenのようなメジャー新聞がイスラム教の戯画をさほど意識を払わず掲載してしまうような、利益第一主義で「風刺」とは名ばかりの言論の自由の真意をはき違えた安直な宗教観・異文化観が存在していることのほうが問題のような気がしています。北欧諸国のなかに移民に対する根強い不信感があることは事実だと思いますが、まさかそうしたこの裏返しによる戯画化だったとは思いたくはない。(実際、どういう文脈の記事で問題のカリカチュアが掲載されたのか、知りたいところです。)

EUに属さない(ただしNATO加盟国である)ノルウェー大使館までもが焼き討ちされていますが、こうしてみると中東の人々にとっても、日本人と同様に「北欧」というのがなんだか一つのまとまったイメージでみられているのかなという気がします。となると、事は深刻。一貫して英米寄りのデンマークは別にして、スウェーデンなどはこれまでの中東紛争ではイスラエルへ武器輸出をして儲けてきた国だから(…例えば第三次中東戦争(六日間戦争)でイスラエル軍に使用されたスウェーデン製の地対空ミサイルはばんばん中東陣営のミグ戦闘機を打ち落としていたことなど有名…)、ノルウェーあたりがノーベル平和賞がどうのこうのなど平和活動に躍起でも、「北欧」ひとつを考えてみれば、それは中東の人たちにとって「西欧」諸国と同様に不信感の対象になるでしょう。`今回の騒動が対ヨーロッパといった抗議行動へ発展すればEUレベルでの対応が迫られるでしょうが、対デンマークレベルの抗議行動だと、例えばスウェーデンなどでは言論の自由が優先されるべきといった建前論が繰り返されるだけで動かない。現に福音主義ルター派スウェーデン教会は現時点でこの問題に何もコメントを出す用意はなく、傍観する姿勢を発表しています。下手に深追いすると逆に二律背反的なスウェーデンのあり方が鋭く批判され、中東の抗議行動がこれまで温和しかったスウェーデンの移民層にまで飛び火してしまう可能性がある…だから傍観ていうのが本音でしょう。でもって、スウェーデンはデンマーク大使館が焼かれていても動かないんじゃないかな。

一番危惧するのは、言論の自由といった西洋流の価値観を墨守するあまり、「ほれ見たことか!イスラム教徒なんていう輩は戯画のユーモアのセンスもわからない「野蛮」な連中なのさ。」といったような閉鎖的な雰囲気が、今回の事件を通して北欧社会に形成されてしまうこと。担税者としての移民の存在に積極的な北欧諸国の現実主義的態度からして、そうした雰囲気の拡大は公式には抑制される(隠蔽される)だろうけれども、なにせ良きにつけ、悪しきにつけ民主主義的雰囲気にあふれた北欧諸国だから、世論がどう転ぶかはわからない。とまれかくまれ、今回の焼き討ち事件は、北欧メディアで大々的に取り上げられていることからもわかるのですが、遠く極東で北欧学に接する者としては、現在の北欧諸国における現実主義的外交政策と国内政策の試金石となる事件のような気がしています。