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映画・テレビ

2009年5月 9日 (土)

長寿と繁栄を

原典回帰の話の続きではないけれど、"Star Trek"の11作目にあたる映画がアメリカと同日の昨日、スウェーデンでも封切られた。すでに話題になっているように、今回の作品は、カーク船長やスポックらが活躍した『宇宙大作戦』(The Original Story, TOS)への原典回帰で、登場人物はお馴染みの面々なれども、俳優陣を一新して若き日のカーク船長やスポックらの話が描かれている…らしい。スウェーデンでも、今作品で監督を務めたJ.J.Abramsのインタビュー記事などが新聞に掲載されていた。最近流行りのアメリカのTVドラマ『HEROES』で殺人鬼役を演じて注目を浴びているZachary Quintoは、まさにスポックそのもの…とか、スウェーデンでも前評判は高い。スタートレックはTOSにせよ、TNG(The Next Generation)にせよ、少年時代の僕が新しい技術や異文化接触に夢を抱いた原典的SF作品。単なる勧善懲悪なドンパチものじゃないんだな…。例えば技術的進歩に格差のある者が接触した場合どのような交渉が図られるかなど、過去の歴史的事例に鑑みた未来の描出があるから、とても興味をもった。劇中に登場する小道具Communicator(…実際に僕らの使っている携帯電話を開発した技術者たちの想像力の源となった小道具…)みたいなiPhoneを片手に、誰も訪れたことのないような書庫に足を踏み入れると、頭のなかではA. Courageのイントロとともに、"Space…the final frontier…"なんて言葉がよぎったりする…たまにはね(笑)。"…to boldly go where no man has gone before..."っていうフレーズは、正直今でも良いなと思う。日本での公開はあと三週間ほど先。スウェーデンで一足先に見てこようかどうか迷うところ。とまれ、みなさん…Live long and prosper !

(映画までは取り急ぎTOSのオープニングをご覧下さい。)

       

2008年3月31日 (月)

『見える歴史』を見ましたか?

今晩会議を終えて帰宅してみると、5歳になる息子と2歳になる娘がテレビ番組を見ていました。それは小学6年生むけの『見える歴史』という番組でした。どうやらこの新学期に合わせてスタートした番組らしく、今晩は初回で例によって縄文時代の話でしたけれども、なかなか魅せる番組内容になっています。といっても、小学6年生というよりは幼稚園生が惹きつけられるという意味でです。人形劇とCGによる歴史再現が番組の主たる構成ですから、幼児たちでも集中できる内容表現でした。ちょっと、小学6年生向けには幼すぎる表現ではないでしょうか?しかし内容は幼稚園児でも理解できるほどに内容がよく咀嚼されています。三内丸山遺跡などの出現によって縄文時代のイメージはだいぶ変化しつつありますが、例えば栗の計画的植林の話なども述べられていました。衣食住といった生活面についても。しかし驚いたのは、息子による「時代を変えた米は中国から渡ったんだよね。」というコメント。(その後、息子はおそらく餃子問題やチベット問題を念頭に置いて、「昔は中国は良い国だったんだよね。」という驚愕の一言まで発していました。価値判断は今は下すべきではないと諭しましたが。)僕はまだ一度も息子に歴史の話をしたことがありませんが…おい、お前。いつの間にそんな話を知ったんだ?いつの間に歴史的思考が身についているんだ?妻の話では図書館に行けば日本の歴史の本なども読んでいるらしい。好奇心と関心さえあれば、自然とそうなるものなのでしょうか?父の手を借りるまでもなく、なにやら密かに読書家風情の息子です。

2007年12月 1日 (土)

半田健人賛

僕がこの年齢になっても積極的に欠かさず視聴しているテレビ番組の一つは『タモリ倶楽部』ですが、『タモリ倶楽部』で高層建築を扱う回になると出演される半田健人さんには、若く麗しい外見から発せられる鋭いコメントの数々から、以前より大変感心させられてきました。僕は小さい頃から特撮もの(とりわけ仮面ライダー系)には全く関心がなかったので知りませんでしたが、半田さんは仮面ライダー555で活躍された大変美麗な俳優(しかも芦屋出身)です。その彼は若干23歳というのにもかかわらず、昭和40~50年代のいわゆる昭和歌謡曲に関する造詣が深いということでも、注目されています。

最近、ネット上で公開されていたテレビ番組の動画で、たまたま彼による昭和歌謡曲の解説を見ました。まず一つは、この7月にNHKで放映された『通』という番組におけるピンクレディーの「サウスポー」解説。もう一つは、この9月に関西ローカル(ABC)で放映された『ビーバップ!ハイヒール』における山本リンダの「狙い撃ち」やペドロ&カプリシャスの「五番街のマリーへ」などの解説です。前者は生前の阿久悠氏が半田さんの解説プレゼンを見ながら、思わず「やるな、小僧、気に入った!」と発言した回のものです。

気がつく人は気がつくと思いますが、これらの歌謡曲は、阿久悠作詞&都倉俊一作曲といういわば昭和歌謡曲のゴールデンコンビのものが多いわけですが、(これは半田さん個人がお二人を心から敬愛している現れなのでしょう)とにかく半田さんによる解説がとてもわかりやすく、一発で引き込まれました。

半田さんの歌謡曲解説は、まず楽曲のアナリーゼに置かれています。都倉節とでも言いましょうか、その節回しに見られるメロディー・動機の特徴はもとより、とりわけ各パート別の編曲技法に重点を置いた解説は説得力抜群。フルオーケストラで奏でられていた昭和歌謡曲であるがゆえに、編曲者(都倉氏は作曲も、編曲も手がけていますが)の能力に着目し、半田さんは「30人のプレーヤーあるいはパートがあれば、一つの歌謡曲は30通りにあるいは30回楽しむことができる」と主張します。

僕が見た「サウスポー」と「狙い撃ち」のアナリーゼについて、半田さんはほぼ同じパターンを踏襲して解説されていましたが、彼が単に楽曲部分にだけ鋭い分析の目をもつのではなく、歌詞部分にも鋭い目をもっていることは「五番街のマリーへ」の解説でわかりました。サザンオールスターズ以降、現在に至るまでのいわゆるJ-POPの歌詞は、作詞する者の個人的な情景・心情をいわば独白し、その内容に他者(聞き手)の介在する余地のない“日記・ブログ”的存在なのに対して、昭和歌謡曲においては他者(聞き手)の誰もが自由に歌詞に描かれた世界を空想可能ないわば“映画脚本”的存在であるという主張。なるほど、「五番街」なんて地名は日本にはどこにもない話だし、サウスポーだって「魔球は魔球はハリケーン」なんて言われたって、それははっきり言って無意味だけれども、無意味だからこそ想像力の自由は確保されているわけですね。

大学の世界で生きる者として半田さんに惹かれる理由は、それら分析内容のプレゼンテーションにおける振る舞い方です。上に紹介した楽曲・歌詞の分析については、「それくらいのことなら自分でも説明できる」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、半田さんはこれらの説明をされるときに実に堂々と語り、ときにカッと見開いた大きな瞳で聞き手をとらえながら、わかりやすい言葉を投げかけます。歌謡曲に関する深い洞察とそれに依拠した自信が、プレゼンにおける説得力を増す根拠になっていることはいうまでもありません。それゆえに彼の説明に用いられる言葉は、歌謡曲の本質を聞き手に共感してもらうために、実に簡潔な表現が選ばれている。簡潔な言葉や表現はややもすれば陳腐に聞こえがちになるものですが、彼の場合、それがとりわけ説得力をもつのは、堂々とした言葉の投げ方・振る舞いにあり、その部分にこそ僕は惹かれました。

「おたくの勝ち組だ」とか、「やっぱり外見よね」とかいう半田さん評もあります。確かに彼のような美麗なイケメンの外見的魅力が、上に掲げるような聞き手を魅了するプレゼンを可能にしているのかも知れません。しかし、果たしてそれだけのことでしょうか?もし、それを認めてしまうと、イケメンとほど遠い者のプレゼンはどうあがいても聞き手をとらえられないということになってしまいます。外見的魅力に聞き手をひきこむプレゼンの理由を求めるというよりは、外見的魅力に欠ける僕らもただ自信をなくして引き籠もるというのではなく、半田さんの歌謡曲解説にみられるプレゼンの振る舞い方をまずは参考すべきではないでしょうか。

(1)分析対象に対する深い洞察→(2)聞き手が共感しやすい簡潔な表現の選択→(3)分析内容に対する自信に基づく堂々とした振る舞い。およそ、この3点に集約される半田さんの振る舞い方は、僕らが外向けに情報発信する際にも常に留意すべきことではないでしょうか。(1)と(2)くらいは多くの大学関係者も腐心しているところだと思いますが、(3)はなかなかできない部分ですよね。せっかくすばらしい意見をもっていたとしても、それをうまく公開の場で表現できなければ、その意見は独り言に終わってしまう。表現者という点では、俳優も、教員も変わりがないわけで、分析表現の達人という点において僕は半田健人さんを賞賛します。

2007年11月30日 (金)

県の中心で愛を叫ぶ

笑いが、人がそれぞれに常識だと理解している各人の価値体系のズレや逸脱から引き起こされるものだと理解するならば、毎週木曜日に帰宅したときにテレビで目にする「秘密のケンミンSHOW」という番組は、そうした笑いの構造を納得させる秀逸なバラエティーだと思う。各都道府県・地方出身者が抱いている常識とそれ以外の出身者が抱いているイメージのズレから引き起こされる笑いは、悪のりや内輪うけといった手法でみられる笑いの理由を共有できないしらけたものとは異なって、一つ、一つの笑いの根拠が自分のもつ価値とのズレにあることを納得できるので、屈託なく笑うことができる。番組の締めで各県の美人ママさんを紹介する「ケンミンの名は?」でのみのもんた氏一流のかけあいも好きだけど、僕はとりわけ生粋の東京都民・東 京一郞が恋の旅人となって各県の美人とご当地をめぐる「県の中心で愛を叫ぶ」というコーナーが興味深い。このコーナーはご当地美人がガイドとなって当地を紹介するものだから、一見すると、そこで紹介される言葉や習慣、名所の一つ一つが興味深いということで終わってしまうコーナーだ。しかしながら、僕はこのコーナーでガイド役になる各県の美人さんが「今週はどんな人だろう?」と楽しみにしてしまう自分がいることに気がついた。自分のなかに生まれるこの感覚は、このバラエティー番組の依って立つ笑いの構造上、不思議なことだ。つまり、この番組は「日本」という一元的な名辞の裏に隠された地域性の複合という実態に依拠した出身地間のコードのずれに笑いを求めているはずなのに、このコーナーでは紹介される場所をかえても「美麗な人を好む」という感覚は普遍的なものだと意識させられるからである。となると、個人の認識の枠内では個別的価値と普遍的価値というものがそれぞれ別個に認識されているものだということも、この番組を通じて想起させられる。滑稽さを醸し出すために、あえて小難しい言葉を並べ立てて論評してみたけれども、要は何処にも綺麗な人はいて、その魅力には抗いがたいということ。そんなこんなで、この番組はおもしろいですよ。

2006年9月10日 (日)

『世界遺産』〜ハンザ同盟都市ヴィスビー

宣伝する前に、気がついてみたらヴィスビーの回、放映が終了してしまいました。(僕の講義に出てくれている学生のみなさんには、いずれDVDでお見せするでしょう。後期の授業がはじまりますが、大阪外大の「北欧の地誌」と関西外大の「北欧」の後半戦は世界遺産で攻めます。乞う期待。)

今回の監修方針としては、単純明快にヴィスビーの歴史を整理すること。専門的な内容はかなり省いて、とても簡単に説明しています。(国王とか、皇帝とかの名前さえ出していませんよ。『世界遺産』という番組の良さは映像の力でつくられているところが大きいので、詳細なことの説明は番組を冗長にしてしまう問題があるのです。)ゴットランド島が地質学・考古学上の「宝庫」であるならば、ヴィスビーは中世都市とバルト海の記憶の「倉庫」である…(ほら、番組のなかでも商人たちの使っていた倉庫をたくさん映してもらっていたでしょ。なかなかあんな映像は見られない。)…なんて洒落た番組構成でも良かったかなと反省。「先史時代からはじまって、クリミア戦争のある近代まで、ゴットランド島に懐胎するバルト海の記憶をたどるとおもしろくなるんじゃないか」というのは、この回の企画の段階で僕が提案していたところでしたが…。

今回は、泣かせる決め台詞はありませんでした。でも、そのかわり「バラと廃墟の町」と言われるヴィスビーの姿は、本当によく映されていました。廃墟ごしのバルト海の夕日の映像だとか、バラが並ぶ民家の軒先の映像だとか。いやー、本当に美しい良い時期にヴィスビーへロケ行っていたんですね。その成果はあって、百聞は一見にしかず…って回だったかな。百の気の利いた言葉よりも、『世界遺産』スタッフの取材による映像の美しさに力を感じる。まさに、今回のヴィスビーはそんな回でした。

これにて僕が監修を担当した分は終了。ヴァイキング時代前のターヌム、ヴァイキング時代のイェリング、ヴァイキング時代後のヴィスビーということで、今思えば「なるほど、ヴァイキングって裏筋が通っていたんだね」と今になって気がつきました。となれば、今僕も加わって大阪外大で進めている「学術的観光コンテンツの開発」プロジェクトの今年度の成果は、『現代にヴァイキングの記憶を辿る旅』なんてテーマでまとめてみようかな…って、それは来春の話。

また機会があれば、楽しく番組づくりに協力したいと思います。『世界遺産』のスタッフのみなさん、ありがとうございました!今度上京したときには、打ち上げしましょう!

2006年8月 9日 (水)

『世界遺産』〜ヴィスビー

TBS系列(大阪ではMBS)の『世界遺産』ですが、バルト海に浮かぶ最大の島スウェーデンのゴットランド島にあるハンザ同盟都市ヴィスビーの放送日が、9月10日に決定したとの知らせを受けました。現在、鋭意作成中。乞うご期待。

(前回監修を担当したイェリングの回は、マイナーな文化遺産のわりには視聴率も健闘したとの連絡も受けました。情報量過多気味だった分、反省点も多いわけですが、あまりレスポンスが返ってきてないんです。みなさん、どうでしたか?)

2006年7月14日 (金)

『世界遺産』~イェリングの墳墓、ルーン石碑と教会、ビルカとフーブゴーデン

7月16日にTBS系(大阪ではMBS)の午後11時30分から、『世界遺産』~イェリングの墳墓、ルーン石碑と教会(デンマーク)、ビルカとフーブゴーデン(スウェーデン)が放映されます。以前もこのブログでは発言しましたが、今回はデンマークとスウェーデンの二ヶ所の世界遺産が特集されますが、番組を貫く裏のテーマは「ヴァイキング」です。オスロやトレレボーなどの周辺取材も踏まえて、単なる略奪や植民活動だけではない多様な側面をもったヴァイキング活動を伝え、そヴァイキングたちがキリスト教化していくまでの過程をたどります。ただし、この日は、『世界遺産』の裏でNHKもフランスの世界遺産をたどる番組を放映するんですよね。こちらは、北欧の風景や世界遺産など、滅多に見られない貴重な映像資料であることを、監修者として携わった立場から自負します。なお、現在、バルト海に浮かぶゴットランド島の中世都市ヴィスビーの回の作成が進んでいます。これも放映日が決定したら、お伝えします。

2006年6月 2日 (金)

『世界遺産』~イェリング

一部の学生のみなさんから、「『世界遺産』はどうなってるのか?」と問い合わせがありましたので、手短にお答えします。TBS系列(大阪だとMBS)の日曜日午後11時30分に放送されている『世界遺産』、北欧系の話としてはイェリング(デンマーク)の回が、7月16日に放映される予定です。この回、裏テーマが「ヴァイキング」ということで、学界でも説の定まらない対象ゆえに、まとめあげる作業が難航していました。実のところ、見せ所の少ないビルカとフーヴゴーデン(スウェーデン)も世界遺産に登録されているのですが、今回は両者を組み合わせることで「ヴァイキング」というテーマにまとめました。主軸はイェリングです。周辺取材としては、オスロ、ストックホルム、コペンハーゲン、さらにはトレレボーやゴットランドなどを組み合わせて、可能な限り「略奪活動」としての固定化されたヴァイキングのイメージをうち壊して、農民でもあり、商人でもあり、戦士でもあったヴァイキングに生きる人々の多様なイメージを伝えようとしています。(この多様性を伝えるのが難しい。)もう少しで完成しますので、乞うご期待!

2006年2月 5日 (日)

『世界遺産』~スコーグスシュルコゴーデン(森の墓地)

いよいよ今日の23時30分から放映ですので、宣伝。TBS系列の『世界遺産』で、今日「スコーグスシュルコゴーデン」が放映されます。「スコーグスシュルコゴーデン」と題されていますが、本来ならば「森の墓地」とすべきところでしょう。僕は監修をしてはいませんが、オダギリジョーさんがアテレコする直前の台本原稿を読ませてもらった限り、なかなかよい構成の作りになっていますので、関心のある方は是非ご覧ください。

2006年1月 7日 (土)

仕事始めと「やしきたかじん」

今日は土曜日でしたが、一応僕としては仕事始め。大阪外大の研究室に出向いて、大阪の某テレビ局が放映している某バラエティ番組のインタビューを受けました。寒さ厳しいなかを土曜日にもかかわらず、箕面の山奥までお越し頂いた番組製作スタッフの方々には、感謝申し上げます。インタビューの回答の出来が実にふがいなく、適切ではないと判断する部分も多々あるため、個人的に反省することしきりであり、従ってここでその番組が何なのかを紹介することはいたしません。(視聴率アップへ貢献できず申し訳ありません。)もし運良く(あるいは運悪く)ご覧になられた方がいらっしゃったとしたら、遠方より大阪外大までお越し頂いた番組製作スタッフの方々のご尽力のみを記憶にとどめていただき、僕のことは忘れてください。

ただ一言。そのインタビュー内容は、かつて(2005年5月24日)このブログで発言したやしきたかじん氏に関するものでした。「パネル芸」と呼ばれるたかじん氏によるプレゼンテーションの魅力についてはその発言をご覧いただくとして、柄にもなくテレビカメラを前に緊張してしまい、(またインタビュアー氏のアドリブによるいくつかの質問に戸惑ってしまい、)本来の伝えるべき内容がそのインタビューで伝えられていないとするならば、僕に声をかけてくれたたかじん氏ならびに番組スタッフの方々への仁義が果たされていないと思うので、ここで僕がたかじん氏のプレゼンの何がすごいと感じているのかを簡潔に整理しておきます。

  • 番組視聴者・観覧者・共演者だけにしか共有できない情報を公開することにより、プレゼンを共有する者同士の「共犯関係」の作り上げ方が実に巧みであること。
  • あらかじめ用意されたパネル上の情報をリアルタイムに修正・批判するようなプレゼンを行うことで、聞き手の緊張感・集中力を首尾一貫させるような「ライブ感覚」が実現されていること。
  • 日常的に話し手と聞き手が共有できる(最近流行の)いわゆる「あるある芸」的なネタではなく、周到・綿密な情報調査のうえに社会的な視点が維持されていることで、世代・性別を超えて賛同を得られる論陣を展開していること。

大きく整理すれば、以上の三点に尽きます。インタビューの途中では「好きな芸人・嫌いな芸人」(好きな芸人は社会をよく観察しているという点で譲れないのですが、嫌いな芸人では(編集でカットされていることをのぞみますが)本当は心底嫌いではない人を挙げてしまいました)とか、「テレビ好きの理由」(これは適切に答えるならば、幼い頃、テレビを自由に見ることのできなかったことの反動だと答えるべきだったでしょう)とか、想定外の質問にかなり動揺してしまいました。また、場のノリからたかじん氏本人が利用された「差し棒」を手にして授業シーンをアドリブで再現してしまいましたが、本来たかじん氏の「差し棒」を前には恐れ多くてそのようなことをすべきではなかったかと思います。

しかしながら、こうした回路を経由しながらも、まずはたかじん氏のプレゼン力がいかにすごいものかが伝われば、望外の幸せに感じますし、ついでながら大阪外大という大学にはこんなヘンテコな教員もいるんだ…(願わくば、大阪外大はそんな人間もいられる包容力のある環境なんだ)ということも伝われば嬉しく思います。個人的には番組スタッフから頂いたたかじん氏が実際に使っていておれてしまった「差し棒」をわが研究室の「宝」として大切にし、僕の下手なプレゼンを戒めるためのお守りにしたいと思います。インタビューは編集次第でおもしろくもできるのでしょうが、ある意味、大阪に生きる者としては誠に光栄な仕事始めだったと言えるかもしれません。