映画・テレビ

2008年3月31日 (月)

『見える歴史』を見ましたか?

今晩会議を終えて帰宅してみると、5歳になる息子と2歳になる娘がテレビ番組を見ていました。それは小学6年生むけの『見える歴史』という番組でした。どうやらこの新学期に合わせてスタートした番組らしく、今晩は初回で例によって縄文時代の話でしたけれども、なかなか魅せる番組内容になっています。といっても、小学6年生というよりは幼稚園生が惹きつけられるという意味でです。人形劇とCGによる歴史再現が番組の主たる構成ですから、幼児たちでも集中できる内容表現でした。ちょっと、小学6年生向けには幼すぎる表現ではないでしょうか?しかし内容は幼稚園児でも理解できるほどに内容がよく咀嚼されています。三内丸山遺跡などの出現によって縄文時代のイメージはだいぶ変化しつつありますが、例えば栗の計画的植林の話なども述べられていました。衣食住といった生活面についても。しかし驚いたのは、息子による「時代を変えた米は中国から渡ったんだよね。」というコメント。(その後、息子はおそらく餃子問題やチベット問題を念頭に置いて、「昔は中国は良い国だったんだよね。」という驚愕の一言まで発していました。価値判断は今は下すべきではないと諭しましたが。)僕はまだ一度も息子に歴史の話をしたことがありませんが…おい、お前。いつの間にそんな話を知ったんだ?いつの間に歴史的思考が身についているんだ?妻の話では図書館に行けば日本の歴史の本なども読んでいるらしい。好奇心と関心さえあれば、自然とそうなるものなのでしょうか?父の手を借りるまでもなく、なにやら密かに読書家風情の息子です。

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2007年12月 1日 (土)

半田健人賛

僕がこの年齢になっても積極的に欠かさず視聴しているテレビ番組の一つは『タモリ倶楽部』ですが、『タモリ倶楽部』で高層建築を扱う回になると出演される半田健人さんには、若く麗しい外見から発せられる鋭いコメントの数々から、以前より大変感心させられてきました。僕は小さい頃から特撮もの(とりわけ仮面ライダー系)には全く関心がなかったので知りませんでしたが、半田さんは仮面ライダー555で活躍された大変美麗な俳優(しかも芦屋出身)です。その彼は若干23歳というのにもかかわらず、昭和40~50年代のいわゆる昭和歌謡曲に関する造詣が深いということでも、注目されています。

最近、ネット上で公開されていたテレビ番組の動画で、たまたま彼による昭和歌謡曲の解説を見ました。まず一つは、この7月にNHKで放映された『通』という番組におけるピンクレディーの「サウスポー」解説。もう一つは、この9月に関西ローカル(ABC)で放映された『ビーバップ!ハイヒール』における山本リンダの「狙い撃ち」やペドロ&カプリシャスの「五番街のマリーへ」などの解説です。前者は生前の阿久悠氏が半田さんの解説プレゼンを見ながら、思わず「やるな、小僧、気に入った!」と発言した回のものです。

気がつく人は気がつくと思いますが、これらの歌謡曲は、阿久悠作詞&都倉俊一作曲といういわば昭和歌謡曲のゴールデンコンビのものが多いわけですが、(これは半田さん個人がお二人を心から敬愛している現れなのでしょう)とにかく半田さんによる解説がとてもわかりやすく、一発で引き込まれました。

半田さんの歌謡曲解説は、まず楽曲のアナリーゼに置かれています。都倉節とでも言いましょうか、その節回しに見られるメロディー・動機の特徴はもとより、とりわけ各パート別の編曲技法に重点を置いた解説は説得力抜群。フルオーケストラで奏でられていた昭和歌謡曲であるがゆえに、編曲者(都倉氏は作曲も、編曲も手がけていますが)の能力に着目し、半田さんは「30人のプレーヤーあるいはパートがあれば、一つの歌謡曲は30通りにあるいは30回楽しむことができる」と主張します。

僕が見た「サウスポー」と「狙い撃ち」のアナリーゼについて、半田さんはほぼ同じパターンを踏襲して解説されていましたが、彼が単に楽曲部分にだけ鋭い分析の目をもつのではなく、歌詞部分にも鋭い目をもっていることは「五番街のマリーへ」の解説でわかりました。サザンオールスターズ以降、現在に至るまでのいわゆるJ-POPの歌詞は、作詞する者の個人的な情景・心情をいわば独白し、その内容に他者(聞き手)の介在する余地のない“日記・ブログ”的存在なのに対して、昭和歌謡曲においては他者(聞き手)の誰もが自由に歌詞に描かれた世界を空想可能ないわば“映画脚本”的存在であるという主張。なるほど、「五番街」なんて地名は日本にはどこにもない話だし、サウスポーだって「魔球は魔球はハリケーン」なんて言われたって、それははっきり言って無意味だけれども、無意味だからこそ想像力の自由は確保されているわけですね。

大学の世界で生きる者として半田さんに惹かれる理由は、それら分析内容のプレゼンテーションにおける振る舞い方です。上に紹介した楽曲・歌詞の分析については、「それくらいのことなら自分でも説明できる」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、半田さんはこれらの説明をされるときに実に堂々と語り、ときにカッと見開いた大きな瞳で聞き手をとらえながら、わかりやすい言葉を投げかけます。歌謡曲に関する深い洞察とそれに依拠した自信が、プレゼンにおける説得力を増す根拠になっていることはいうまでもありません。それゆえに彼の説明に用いられる言葉は、歌謡曲の本質を聞き手に共感してもらうために、実に簡潔な表現が選ばれている。簡潔な言葉や表現はややもすれば陳腐に聞こえがちになるものですが、彼の場合、それがとりわけ説得力をもつのは、堂々とした言葉の投げ方・振る舞いにあり、その部分にこそ僕は惹かれました。

「おたくの勝ち組だ」とか、「やっぱり外見よね」とかいう半田さん評もあります。確かに彼のような美麗なイケメンの外見的魅力が、上に掲げるような聞き手を魅了するプレゼンを可能にしているのかも知れません。しかし、果たしてそれだけのことでしょうか?もし、それを認めてしまうと、イケメンとほど遠い者のプレゼンはどうあがいても聞き手をとらえられないということになってしまいます。外見的魅力に聞き手をひきこむプレゼンの理由を求めるというよりは、外見的魅力に欠ける僕らもただ自信をなくして引き籠もるというのではなく、半田さんの歌謡曲解説にみられるプレゼンの振る舞い方をまずは参考すべきではないでしょうか。

(1)分析対象に対する深い洞察→(2)聞き手が共感しやすい簡潔な表現の選択→(3)分析内容に対する自信に基づく堂々とした振る舞い。およそ、この3点に集約される半田さんの振る舞い方は、僕らが外向けに情報発信する際にも常に留意すべきことではないでしょうか。(1)と(2)くらいは多くの大学関係者も腐心しているところだと思いますが、(3)はなかなかできない部分ですよね。せっかくすばらしい意見をもっていたとしても、それをうまく公開の場で表現できなければ、その意見は独り言に終わってしまう。表現者という点では、俳優も、教員も変わりがないわけで、分析表現の達人という点において僕は半田健人さんを賞賛します。

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2007年11月30日 (金)

県の中心で愛を叫ぶ

笑いが、人がそれぞれに常識だと理解している各人の価値体系のズレや逸脱から引き起こされるものだと理解するならば、毎週木曜日に帰宅したときにテレビで目にする「秘密のケンミンSHOW」という番組は、そうした笑いの構造を納得させる秀逸なバラエティーだと思う。各都道府県・地方出身者が抱いている常識とそれ以外の出身者が抱いているイメージのズレから引き起こされる笑いは、悪のりや内輪うけといった手法でみられる笑いの理由を共有できないしらけたものとは異なって、一つ、一つの笑いの根拠が自分のもつ価値とのズレにあることを納得できるので、屈託なく笑うことができる。番組の締めで各県の美人ママさんを紹介する「ケンミンの名は?」でのみのもんた氏一流のかけあいも好きだけど、僕はとりわけ生粋の東京都民・東 京一郞が恋の旅人となって各県の美人とご当地をめぐる「県の中心で愛を叫ぶ」というコーナーが興味深い。このコーナーはご当地美人がガイドとなって当地を紹介するものだから、一見すると、そこで紹介される言葉や習慣、名所の一つ一つが興味深いということで終わってしまうコーナーだ。しかしながら、僕はこのコーナーでガイド役になる各県の美人さんが「今週はどんな人だろう?」と楽しみにしてしまう自分がいることに気がついた。自分のなかに生まれるこの感覚は、このバラエティー番組の依って立つ笑いの構造上、不思議なことだ。つまり、この番組は「日本」という一元的な名辞の裏に隠された地域性の複合という実態に依拠した出身地間のコードのずれに笑いを求めているはずなのに、このコーナーでは紹介される場所をかえても「美麗な人を好む」という感覚は普遍的なものだと意識させられるからである。となると、個人の認識の枠内では個別的価値と普遍的価値というものがそれぞれ別個に認識されているものだということも、この番組を通じて想起させられる。滑稽さを醸し出すために、あえて小難しい言葉を並べ立てて論評してみたけれども、要は何処にも綺麗な人はいて、その魅力には抗いがたいということ。そんなこんなで、この番組はおもしろいですよ。

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2006年9月10日 (日)

『世界遺産』〜ハンザ同盟都市ヴィスビー

宣伝する前に、気がついてみたらヴィスビーの回、放映が終了してしまいました。(僕の講義に出てくれている学生のみなさんには、いずれDVDでお見せするでしょう。後期の授業がはじまりますが、大阪外大の「北欧の地誌」と関西外大の「北欧」の後半戦は世界遺産で攻めます。乞う期待。)

今回の監修方針としては、単純明快にヴィスビーの歴史を整理すること。専門的な内容はかなり省いて、とても簡単に説明しています。(国王とか、皇帝とかの名前さえ出していませんよ。『世界遺産』という番組の良さは映像の力でつくられているところが大きいので、詳細なことの説明は番組を冗長にしてしまう問題があるのです。)ゴットランド島が地質学・考古学上の「宝庫」であるならば、ヴィスビーは中世都市とバルト海の記憶の「倉庫」である…(ほら、番組のなかでも商人たちの使っていた倉庫をたくさん映してもらっていたでしょ。なかなかあんな映像は見られない。)…なんて洒落た番組構成でも良かったかなと反省。「先史時代からはじまって、クリミア戦争のある近代まで、ゴットランド島に懐胎するバルト海の記憶をたどるとおもしろくなるんじゃないか」というのは、この回の企画の段階で僕が提案していたところでしたが…。

今回は、泣かせる決め台詞はありませんでした。でも、そのかわり「バラと廃墟の町」と言われるヴィスビーの姿は、本当によく映されていました。廃墟ごしのバルト海の夕日の映像だとか、バラが並ぶ民家の軒先の映像だとか。いやー、本当に美しい良い時期にヴィスビーへロケ行っていたんですね。その成果はあって、百聞は一見にしかず…って回だったかな。百の気の利いた言葉よりも、『世界遺産』スタッフの取材による映像の美しさに力を感じる。まさに、今回のヴィスビーはそんな回でした。

これにて僕が監修を担当した分は終了。ヴァイキング時代前のターヌム、ヴァイキング時代のイェリング、ヴァイキング時代後のヴィスビーということで、今思えば「なるほど、ヴァイキングって裏筋が通っていたんだね」と今になって気がつきました。となれば、今僕も加わって大阪外大で進めている「学術的観光コンテンツの開発」プロジェクトの今年度の成果は、『現代にヴァイキングの記憶を辿る旅』なんてテーマでまとめてみようかな…って、それは来春の話。

また機会があれば、楽しく番組づくりに協力したいと思います。『世界遺産』のスタッフのみなさん、ありがとうございました!今度上京したときには、打ち上げしましょう!

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2006年8月 9日 (水)

『世界遺産』〜ヴィスビー

TBS系列(大阪ではMBS)の『世界遺産』ですが、バルト海に浮かぶ最大の島スウェーデンのゴットランド島にあるハンザ同盟都市ヴィスビーの放送日が、9月10日に決定したとの知らせを受けました。現在、鋭意作成中。乞うご期待。

(前回監修を担当したイェリングの回は、マイナーな文化遺産のわりには視聴率も健闘したとの連絡も受けました。情報量過多気味だった分、反省点も多いわけですが、あまりレスポンスが返ってきてないんです。みなさん、どうでしたか?)

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2006年7月14日 (金)

『世界遺産』~イェリングの墳墓、ルーン石碑と教会、ビルカとフーブゴーデン

7月16日にTBS系(大阪ではMBS)の午後11時30分から、『世界遺産』~イェリングの墳墓、ルーン石碑と教会(デンマーク)、ビルカとフーブゴーデン(スウェーデン)が放映されます。以前もこのブログでは発言しましたが、今回はデンマークとスウェーデンの二ヶ所の世界遺産が特集されますが、番組を貫く裏のテーマは「ヴァイキング」です。オスロやトレレボーなどの周辺取材も踏まえて、単なる略奪や植民活動だけではない多様な側面をもったヴァイキング活動を伝え、そヴァイキングたちがキリスト教化していくまでの過程をたどります。ただし、この日は、『世界遺産』の裏でNHKもフランスの世界遺産をたどる番組を放映するんですよね。こちらは、北欧の風景や世界遺産など、滅多に見られない貴重な映像資料であることを、監修者として携わった立場から自負します。なお、現在、バルト海に浮かぶゴットランド島の中世都市ヴィスビーの回の作成が進んでいます。これも放映日が決定したら、お伝えします。

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2006年6月 2日 (金)

『世界遺産』~イェリング

一部の学生のみなさんから、「『世界遺産』はどうなってるのか?」と問い合わせがありましたので、手短にお答えします。TBS系列(大阪だとMBS)の日曜日午後11時30分に放送されている『世界遺産』、北欧系の話としてはイェリング(デンマーク)の回が、7月16日に放映される予定です。この回、裏テーマが「ヴァイキング」ということで、学界でも説の定まらない対象ゆえに、まとめあげる作業が難航していました。実のところ、見せ所の少ないビルカとフーヴゴーデン(スウェーデン)も世界遺産に登録されているのですが、今回は両者を組み合わせることで「ヴァイキング」というテーマにまとめました。主軸はイェリングです。周辺取材としては、オスロ、ストックホルム、コペンハーゲン、さらにはトレレボーやゴットランドなどを組み合わせて、可能な限り「略奪活動」としての固定化されたヴァイキングのイメージをうち壊して、農民でもあり、商人でもあり、戦士でもあったヴァイキングに生きる人々の多様なイメージを伝えようとしています。(この多様性を伝えるのが難しい。)もう少しで完成しますので、乞うご期待!

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2006年2月 5日 (日)

『世界遺産』~スコーグスシュルコゴーデン(森の墓地)

いよいよ今日の23時30分から放映ですので、宣伝。TBS系列の『世界遺産』で、今日「スコーグスシュルコゴーデン」が放映されます。「スコーグスシュルコゴーデン」と題されていますが、本来ならば「森の墓地」とすべきところでしょう。僕は監修をしてはいませんが、オダギリジョーさんがアテレコする直前の台本原稿を読ませてもらった限り、なかなかよい構成の作りになっていますので、関心のある方は是非ご覧ください。

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2006年1月 7日 (土)

仕事始めと「やしきたかじん」

今日は土曜日でしたが、一応僕としては仕事始め。大阪外大の研究室に出向いて、大阪の某テレビ局が放映している某バラエティ番組のインタビューを受けました。寒さ厳しいなかを土曜日にもかかわらず、箕面の山奥までお越し頂いた番組製作スタッフの方々には、感謝申し上げます。インタビューの回答の出来が実にふがいなく、適切ではないと判断する部分も多々あるため、個人的に反省することしきりであり、従ってここでその番組が何なのかを紹介することはいたしません。(視聴率アップへ貢献できず申し訳ありません。)もし運良く(あるいは運悪く)ご覧になられた方がいらっしゃったとしたら、遠方より大阪外大までお越し頂いた番組製作スタッフの方々のご尽力のみを記憶にとどめていただき、僕のことは忘れてください。

ただ一言。そのインタビュー内容は、かつて(2005年5月24日)このブログで発言したやしきたかじん氏に関するものでした。「パネル芸」と呼ばれるたかじん氏によるプレゼンテーションの魅力についてはその発言をご覧いただくとして、柄にもなくテレビカメラを前に緊張してしまい、(またインタビュアー氏のアドリブによるいくつかの質問に戸惑ってしまい、)本来の伝えるべき内容がそのインタビューで伝えられていないとするならば、僕に声をかけてくれたたかじん氏ならびに番組スタッフの方々への仁義が果たされていないと思うので、ここで僕がたかじん氏のプレゼンの何がすごいと感じているのかを簡潔に整理しておきます。

  • 番組視聴者・観覧者・共演者だけにしか共有できない情報を公開することにより、プレゼンを共有する者同士の「共犯関係」の作り上げ方が実に巧みであること。
  • あらかじめ用意されたパネル上の情報をリアルタイムに修正・批判するようなプレゼンを行うことで、聞き手の緊張感・集中力を首尾一貫させるような「ライブ感覚」が実現されていること。
  • 日常的に話し手と聞き手が共有できる(最近流行の)いわゆる「あるある芸」的なネタではなく、周到・綿密な情報調査のうえに社会的な視点が維持されていることで、世代・性別を超えて賛同を得られる論陣を展開していること。

大きく整理すれば、以上の三点に尽きます。インタビューの途中では「好きな芸人・嫌いな芸人」(好きな芸人は社会をよく観察しているという点で譲れないのですが、嫌いな芸人では(編集でカットされていることをのぞみますが)本当は心底嫌いではない人を挙げてしまいました)とか、「テレビ好きの理由」(これは適切に答えるならば、幼い頃、テレビを自由に見ることのできなかったことの反動だと答えるべきだったでしょう)とか、想定外の質問にかなり動揺してしまいました。また、場のノリからたかじん氏本人が利用された「差し棒」を手にして授業シーンをアドリブで再現してしまいましたが、本来たかじん氏の「差し棒」を前には恐れ多くてそのようなことをすべきではなかったかと思います。

しかしながら、こうした回路を経由しながらも、まずはたかじん氏のプレゼン力がいかにすごいものかが伝われば、望外の幸せに感じますし、ついでながら大阪外大という大学にはこんなヘンテコな教員もいるんだ…(願わくば、大阪外大はそんな人間もいられる包容力のある環境なんだ)ということも伝われば嬉しく思います。個人的には番組スタッフから頂いたたかじん氏が実際に使っていておれてしまった「差し棒」をわが研究室の「宝」として大切にし、僕の下手なプレゼンを戒めるためのお守りにしたいと思います。インタビューは編集次第でおもしろくもできるのでしょうが、ある意味、大阪に生きる者としては誠に光栄な仕事始めだったと言えるかもしれません。

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2006年1月 3日 (火)

大いなる幻滅〜年末年始テレビ番組の総括

昨日茨城へ到着しました。今回の帰省は、小松空港から羽田空港へ空路を使う点ではこれまでと変わらなかったのですが、陸路秋葉原から昨夏に開通したつくばエクスプレスを利用してみました。いやはや、つくばエクスプレスの快適さはそりゃぁ最新の鉄道システムなんだから当たり前なんでしょうが、秋葉原と筑波研究学園都市の変貌ぶりには正直驚きました。「萌え」文化の隆盛する昨今の秋葉原事情は、昨年の『電車男』ブームを通じて聞いてはおりましたが、それ以上に昭和通り方面がヨドバシカメラをはじめあんなにあんなに激変しているとは思わなかったです。(5〜6年ほど前まで「ほぼ」秋葉原住民だった自分としては、その激変ぶりから時代に取り残された感を強くしました。大阪へ移ってからは、ほとんど秋葉原には行っていません。)それからつくば駅周辺の変わりぶり。西武百貨店(クレオ)を中心とした商業施設は以前より研究学園都市の中核を形成していた部分であり、僕も子供時代に馴染んだ地域ですが、今やその外縁部にはGAPがあったり、コムサがあったり…なんだか、東京がそのまま移ってきたようで、これにも驚きました。

そんな秋葉原やつくばの変貌ぶりは時代とともにあるものだろうと思うのでさして幻滅を感じてはいないのですが、年末年始のテレビ番組に関しては関心できたものが実に少なく、幻滅を感じるものが多かった感じです。関心したものから列挙しましょう。年末のテレビ番組ラッシュは個人的にM-1グランプリからはじまっていたのですが、笑い飯と麒麟が決勝ラウンドに残るだろうとおおかた予想をしていたものの、まさか最後の最後でブラックマヨネーズがグランプリを獲得するとは思っていませんでした。大阪に住んでいると、ローカル局が作成する番組のレポータとして彼らはよく出ているので(もちろん)チェック済みでしたが、彼らの漫才芸が東京にうってでてみて、ほとんど彼らを知らないだろう東京の観客相手に4分程度の短時間の間によくもあそこまで爆笑をとれたものだと感心しました。やはり古典的な漫才芸の「型」を着実に踏襲している者の勝利ということでしょうか…笑い飯はダブルぼけという前衛的すぎるスタイルを見直す時期にきているかもしれません。やはり話芸は掛け合いが成立してなんぼのものではないでしょうか。(個人的には、敗者復活の神宮球場にレポータとして赴いていた中田なおきさんの姿をみて、豊中市民としては大いに盛り上がりました。)

大晦日の晩は泉ピン子さんによるウィークエンダー・リターンズからはじまり、紅白歌合戦を軸に各局の番組をほぼ3〜5分おきにザッピングしていました。まず個人的には泉ピン子さんを軸に展開されたウィークエンダーは面白かった。とりわけ生きたサソリを手にしながら「蠍座の女」を歌ったり、秋葉原のメイドカフェでメイド姿に扮したりした泉ピン子の底力とは、すなわち彼女のえげつない発言の数々が実はそれを聞かされる相手の感情とその場の雰囲気に配慮されたものである点にあると認識。すなわち彼女の毒舌は、あらかじめ彼女の発言に与する味方の範囲を拡大し、毒舌を有効化する防疫線の作り上げ方が絶妙なのであり、彼女の人気はそうした配慮ある防疫線に裏付けられるものだろうと認識しました。

その一方で大いなる幻滅を感じたのは、紅白歌合戦におけるみのもんた氏による司会ぶりです。山根基世アナウンサーを「お嬢さん」と紹介したあたりは「いつものみの節だよ」といった感じで、まずはご祝儀程度に非NHK的なノリで良いと思ったものの、結局「みの」節は一貫して「飲み屋トーク」の延長に終始し、紅白歌合戦の長丁場において様々に展開されるいくつかの情景においては、全く場をわきまえない不適切なものも目立ちましたね。そうしたこの人の話芸の「単調さ」は、泉ピン子流の防疫線が設定されていないがゆえに、長引けば長引くほど賛同者を失わせ、最後は後味の悪い嫌気・嫌みだけが残るものに感じました。例えば、森山良子・直太朗親子による「さとうきび畑の唄」(これはすばらしいパフォーマンスだったと思う)が終わったあと、その余韻を破って間髪入れずみの氏の口から発せられた「お若い…まるで姉弟のようだ」という発言。「さとうきび畑の唄」の雰囲気を台無しにしましたね。えげつないからときにいやらしく聞こえるものの…しかし本音をズバッと語る語り口では泉ピン子さんも、みのもんた氏も似たような芸風に見えますが、場をわきまえられるかいなかという点で大きな違いを感じました。

さてなりふりかまわない紅白歌合戦の演出(後にテリー伊藤氏が、K1 Dynamite!で矢沢永吉氏がバラードを熱唱した事例を引き合いに出して、「紅白でも歌の合間に格闘技くらいやればよい」と言っていましたが、ほんと僕もそう思います…。あ、そうそう、Love マシーンで旧モーニング娘。のメンバーが出てきたときには、大学院生時代を思い出して「スキウタ」の術中にはまってしまいましたが。)の一方で、他局の番組にはしらけさせてもらいました。TVタックルの超常現象討論や2局による格闘技はもはや出場者(出演者)も毎年定番になってきていて、新鮮みにかけます。どうでも良い心配ですが、結局プロの格闘家でもないボビーに判定負けしてしまった曙の格闘家人生はこの後どうなってしまうのでしょうか…残る相手はいよいよ猫ひろしくらいでしょうか…。というか曙があれだけふがいないと、結局格闘技の世界における相撲の位置づけ(まがりなりにも曙は横綱だったのですから)にまで問題は派生します。というか、格闘技ははっきりいってどうでも良いです。敗者にもかかわらずマイクパフォーマンスを展開した小川直也さんの態度にも疑問符が…柔道の世界での先輩なりの行動だったのかもしれませんが、しかしやはり敗者は語らず去るべきでしょう…試合までひっぱって、ひっぱって…真剣な勝負は良かったけれど、しかし演出過多は勝負師としての格好良さに傷を残します。

ちょっとだけ面白い企画と思ったのは、日テレ系の『お笑いネタのグランプリ』なのですが、ほとんどの芸人(&ネタ)は『エンタの神様』の延長戦にあるとはいえ、この一年に流行った笑いを総復習するという意味では、便利な番組に思いました。昨年で2回目だと思いますが、この企画が長寿化し「笑いのデータベース」として発展させる手もあるのでないでしょうか…。古谷家としては、昨年末に彗星のように登場した小梅太夫と桜塚やっくんを再確認して年越しを迎えられたので、万々歳。とはいえ紅白が終わってしまえば、元旦へかけての番組はもうどうでも良いものばかり。(ナイナイの岡村くんはもうどうでも良い企画で年越しする必要はない…体張っている点では評価しますが、全く笑えません。)個人的には『ジャニーズ歌合戦』などつらつらと眺めながら…「おぉ…マッチはデビュー25周年で今年は歌手業復帰なのか…というか、今のジャニーズ世代にマッチは伝わるのか…」と、やはりいらぬ心配をしながら、元日は過ぎました。

もう一つの幻滅は今晩放映された『新選組!!』。三谷脚本はよかったと思います。土方・榎本・大鳥の密室劇的展開は成功していたのではないでしょうか…、とりわけ最後の1/3くらいの大鳥が奮起するあたりのやりとり以降。それに土方の近藤に対する友情で筋を一貫させていた点も、すがすがしかった。でも個人的に一昨年の大河ドラマ『新選組!』は、土方歳三をフィーチャーしたドラマではなく、新選組に集った若者たちの群像劇として見ていたため、土方だけに主眼を置いた今回のドラマつくりには面白みを感じることはできませんでした。(函館に残された隊士たちの話はよかったが…。)結局、榎本も、大鳥も、本編では登場しない人物なのであり(榎本はほんの少しSMAPの草薙くんが友情出演で演じていましたが)、彼らと土方の絡みは唐突すぎた…。斉藤一だったり、原田左之助だったり、永倉新八だったり、『新選組!』本編の主要登場人物のその後を見せるようなやり方もあったのではなかったかと思います。しかしなんですなぁ…この三谷幸喜という人は超人ですね…『新選組!!』の裏では『古畑任三郎ファイナル』やってますし(しかも三回も!…これだけ長いドラマの脚本を3本…しかも『新選組!!』も含めれば4本もどうやったら書き下ろせるの!!)、そして今月には『The有頂天ホテル』も公開になる。『有頂天』は絶対見にいきますが、なにやら今年は大河ドラマ『巧妙が辻』で足利義昭役で俳優としても出るらしいではないですか…。どうぞお体ご自愛ください…としか言いようがありません。

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2005年12月30日 (金)

『世界遺産』〜森の墓地

昨日TBS『世界遺産』の担当ディレクター様からメールを頂き、スウェーデンはストックホルムにある世界遺産「森の墓地」の放映日が2月5日に決定となったと連絡を受けました。この回を僕は監修してはいませんが、オダギリジョーさんによる読み上げ原稿を読ませてもらった限りでは、実にすばらしい構成になっています。20世紀前半の福祉国家草創期に生き、後に北欧国際様式建築の旗手として知られるようになった建築家E.G.アスプルンド(ライフワークとして「森の墓地」の建設に取り組んだ男です)の生き様を縦糸に、そしてスウェーデンに生きる人々の死生観といった問題を横糸にして、とても良くできていた台本です。映像自体はまだ眼にしていませんが、そこは実績あるTBS『世界遺産』の自家薬籠たるものでしょう。これにオダギリジョーさんのナレーションとBGMが加わって、どのような作りになっているのか…楽しみで仕方がありません。

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2005年12月19日 (月)

恐るべしサンテレビ

年末年始に向けてテレビ・演芸ネタ全開で行かねばならないか…と思っていた矢先、大晦日のゴールデンタイムに神戸にあるローカル局サンテレビは『フランダースの犬』を放映するのだという…思わず開いた口がふさがらない情報を得ました。

思いつきで始めたとしか思えない「スキウタ」とかいうアンケート企画がポシャった紅白歌合戦には、満身創痍のみのもんた氏の司会ぶり以外もはや何の魅力も感じませんが、民放も民放でその裏番組といえば格闘技ねたばかりで、個人的にはテレビ東京系の歌番組における松平健のマツケンサンバI〜III一挙メドレーという企画くらいしか刺激的と思えなかった。(…マツケンサンバIはまだ聞いたことがないので…)

それに比べるとサンテレビの『フランダースの犬』を持ってきた感覚には恐れ入ります…ぶっとんでます。年の瀬で日本全国が浮かれ気分なときに、救いのない悲劇に号泣しながらの年越しですか…おぉー、ぱとらーっしゅ!(…中山功太風に…。)確かに来年は戌年です。いえいえ、もちろんサンテレビは『フランダースの犬』の後に、お得意の阪神ネタをもってきて、お祭り気分で年越しだとは聞いてます。

(この『フランダースの犬』は有名なアニメ版ではなく、アメリカで公開されたときにあまりに救いようのない結末のために、アメリカ公開向けと日本公開向けでは結末が別に作られたという…映画版のものです。この作品、見たことがなかったので映画作品としてちょっと楽しみにしています。)

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2005年11月18日 (金)

「みのもんた」の衝撃

昨日はのべ8つの会議を掛け持ち。当然すべてに出られるわけでなく、バッティングが3つあったので2つは断りを入れていたものの、請われて途中退席・途中出席を繰り返し、7つの会議に出席して、帰宅は午後10時すぎ。教育や研究のほかに忙殺されているのが今時の大学教員の一つの現実で、このうえ教育や研究を充実させるには「超人」になるしかない。学生のみなさんには自由に話しのできる時間が少なくなって誠に申し訳なく、そういう意味では実に本末転倒な話です。

「超人」といえば、昨晩帰宅してみるとみのもんたさんが大晦日のNHK紅白歌合戦で司会を担当するという衝撃的なニュースに遭遇。いまや「居眠り」さえもお家芸の一つとして全国に認知させてしまうほどの「超人」的仕事量をこなしているみのさんですが、NHKにも進出ということで、今様「超人」の称号はまさに彼に与えられるべきでしょう。僕は前々から、好きや嫌いといった主観的判断は別として、万人に遍く受け入れられている「長嶋茂雄」と「みのもんた」という記号をどう読み解くかが現代日本を理解する鍵になってくると踏んでいるのですが…、今は時間がないのであとで改めて論じてみましょう。

「みのもんた」のもつ魅力について個人的な感想をここでひとつだけ挙げるとするならば、それは彼がときおりふっと挿入させる沈黙(…それはクイズ・ミリオネアでは誇張された形で具現化され、笑いをとりましたが…)、あるいはしゃべりとしゃべりとの間の「間」にあるのだと思っています。確かに彼はアナウンサーあがりですから、時に確信犯的に「いやらしさ」を演じるようなしゃべりこそ魅力の根源ではあるのです。しかし100%の連続するしゃべりは聞き手を疲れさせるだけであって、実は余韻としての「間」があってこそ、しゃべりの効果が余韻のなかで増幅されるのだと僕は普段の講義のなかで感じています。そうした経験に基づけば、「みのもんた」の語りに見られる魅力は「間」の取り方にあるのだろうと思っています。

関西圏では大変メジャーなアナウンサーである宮根誠司さんが今朝の大阪ABCの『おはよう朝日です』でコメントしていたように、みのさんがNHKにでるとなった場合、しかもそれが紅白歌合戦という長丁場である場合、番組の途中でCMの入らない構成のなかでみのさんがどう振る舞うのか…僕流に言うならば、どういった「間」の取り方をとるのか、これは一つの見物になると思っています。

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2005年11月17日 (木)

バラエティー番組にルンド大学登場

昨日のスウェーデン歴史ゼミはHarald Gustafssonやら、Karl Bergmanやら、僕がルンド大学へ留学していた頃によくして頂いた方々の名前が論文のなかで目白押しだったので、その論文の内容に思わず「萌え」てしまい、我を忘れて高度な議論を展開してしまった。(最近流行の「萌え」という言葉の使い方はこれで正しいですか?)今振り返ってみれば、ありゃ、konglomeratstatenだとか、primodialism modernismだとか、大学院生が聞いてなんぼの議論だったかもしれないと反省するけど、そうした議論にスウェーデン語でついてきてくれたゼミ生の皆さんには感謝申し上げます。いかにわかりやすく説明するかは、僕にとっても良い勉強の機会です。

ルンド大学つながりで話をつなげるならば、昨晩はゼミ終了後、速攻帰宅し、日本テレビ系列で放映されている『一億人の大質問!?笑ってコラえて!』をチェック。この番組のなかで「世界の日本語学校」というコーナーがあるのですが、昨晩はルンド大学の日本語学科が取り上げられていました。すでに古谷家のルンド・コネクションはこの情報を察知していたので、昨日会えた人にはこの情報を伝えておいたのですが、見られなかった人も多いのではないでしょうか。個人的には、ルンドそのものが紹介されることが日本では少ないわけで、映し出される映像の一つ一つが懐かしかったのですが、昨晩のテーマは「スウェーデンにおける日本語教育」。やはり直接法で、ばんばん日本社会や日本文化のことをテーマに日本語だけで会話や議論をさせる…短期間で会話を習得させたところで日本へ留学する…という過程を踏んでいるようですね。番組で紹介されていた学生の皆さんは、一人一人がいかにも「スウェーデン」の若い人っぽくてニヤニヤしながら見ていました。ルンドのことはあっという間に終わってしまいましたが、未確認情報だけどどうやら来週あたりにはスウェーデンにおける日本学の中心の一つイェーテボリ大学の日本語学科が紹介されるらしいです。(ストックホルム大学はないようです。)

うーん、正直に言えば、個人的に今回のルンドの扱い方は惜しいですねぇ…まぁ、日本語を勉強しているスウェーデン人をおもしろおかしくとりあげようとするバラエティー番組だから仕方がないのでしょうが。そもそも日本のテレビ番組でルンドが紹介されたことなんて、あとは『世界の車窓から』ぐらいしかないんじゃないかな。でも「北欧」のことを知ればこそ、実はルンドが北欧の歴史や文化に占める”地政学”的な重要性が本来見えてくる筈。日本語学習を離れたとしても、まとめようによっては「北欧の過去と未来を結ぶ町」とかいうテーマで、ルンドを舞台に北欧の歴史を30分ぐらいで回顧できるテレビ番組が十分に作ることができる…。どなたかこの企画を実現しませんか?応援します。(関係ないけど、ルンドに連れて行ったことのある息子は僕のとなりでこの番組を見て何か感想をもらすかと思いきや、父が咥えていた剣先イカを強奪して口に頬張り、「これ、おいしいねぇ」を連発。ルンドとは全く関係なく、酒飲みのDNAが引き継がれていることを確認してしまった…。)

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2005年10月 9日 (日)

『世界遺産』のこと

今年の秋の大阪外大の学園祭“間谷祭”(11月11~13日)で、関西圏では飛ぶ鳥を落とす勢いの若手芸人さんである笑い飯、ケンドーコバヤシ、ザ・プラン9のみなさんが来訪して「インターナショナルプロポーズ」という企画をする(12日整理券配布、13日実施)というニュースに接しました。これはよしもと&チケットぴあの共同企画「夢の学園祭2005」でグランプリを獲得した企画らしいのですが、大阪外大の学生たちは渉外活動をよくやっているものだと感心しています。この連休中、僕は昨年度の大阪外大の財務諸表の分析にタッチしているのですが、公開されている情報によると大阪外大の産学連携等研究収入は(なんと!)0円…。いくら大阪外大がマイナー言語を扱う分野が多い特殊な学術機関とはいえ、外部から資金獲得できないような「世間」への魅力と説得力の欠ける「タコツボ」化した状況には問題があります。さすがに学園祭と大学経営を同列に比べることには問題がありますが、自らの活動と主張を社会に積極的に発信しているという点では学生の姿勢に見習うべきものもあります。

学外との接点をもつ僕自身の活動ということで、ちょっと宣伝させていただきます。この10月30日の深夜にTBS系列で放映されている『世界遺産』で、「ターヌムの岩絵」(スウェーデン)の回が放映されます。この回の番組作成が終了しましたので、このブログでも公開してよいだろうと思いました。数ヶ月前から『世界遺産』のスタッフの方々と仕事をしてきましたが、その作成の過程では僕自身も勉強させていただくことが多々ありました。大阪外大での教育・研究で培った体験が少しでも番組に反映されていれば幸いです。(地誌の授業に参加してくれた/参加してくれている学生のみなさんは、番組のはしばしにあなたがたと語り合った成果が顕れていることを認識できるはずです。)「餅は餅屋」という言葉がありますが、とりわけプロフェッショナルな方々の完成させた映像はそれだけで十分な説得力をもちます。(ターヌムについてはものがものだけに番組の「ストーリー」など関係なく…岩絵そのものの魅力をお楽しみください。)僕は監修という立場で協力しましたが、僕が関わった説明の言葉など不要…映像の美しさだけでも堪能していただければ幸いです。(かつて自分の授業で北欧のいくつかの都市をビデオに収めて編集して見せたりしていましたけど、アマチュアの手ぶれの多い映像では全く論点が伝わらなかったことを強く思い出しました。)

今はまだ公表すべき時点ではありませんが、「ターヌムの岩絵」以降、北欧の世界遺産でいくつかの回が放映される予定になっています。北欧に関するしかるべき映像資料の数は我が国ではとても少ないので、貴重な番組になるはずです。今日から『世界遺産』のナレーションは寺尾聡さんからオダギリジョーさんにバトンタッチされましたが、彼の若いけれども落ち着いたナレーションにも期待大です。

で、よろしく…『世界遺産』も、間谷祭も。(学園祭、個人的にはなかやまきんにくんとレイザーラモンHGさんの二人によるフィットネス寄席ってのも見てみたいなぁ…『世界遺産』とは関係ないんですけどね…。学園祭と『世界遺産』のコラボレーションで「オッケー」というなら、レイザーラモンHGによる『世界遺産フゥー』っていう企画も見てみたい…結構、彼の声は低くて落ち着いていて良いですよ…脚本と映像は僕が提供しますから(嘘)。)

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2005年6月 9日 (木)

エンタツ・アチャコの漫才革命

昨晩は日本中の多くの人がサッカー日本代表チームのワールドカップ本選出場決定に沸いていたと思うのですが、僕としてはその裏でひっそりと放映されていた『その時歴史が動いた エンタツ・アチャコの漫才革命』を食い入るように見ていました。歴史研究者の目から『その時歴史が動いた』という番組をとやかく言うことは今日はやめましょう。昨晩のエンタツ・アチャコを特集した放送は、なによりその内容そのものが興味深く、時間が経つのと子守りを忘れてしまう程でしたから。

エンタツ・アチャコといえば、今となっては上方演芸界の花形である「しゃべくり漫才」の創始者として、歴史にその名を残す偉大な芸人です。(おそらく最近は高校日本史の教科書のなかでも、大正時代から昭和時代にかけての大衆文化の普及の項で扱われるようになったのではないでしょうか。)万才はもともと二人一組で演じられる音曲いりの伝統芸能のひとつでしたが、それを一切排したボケとツッコミのかけあいによるスピード感溢れる「しゃべくり漫才」の歴史はそれほど古くないのです。彼らがコンビを組んでいたのは昭和はじめのたった5年間でしたが、その間に彼らはこの革命をやってのけたわけです。

もとより「お笑い」好きの僕ですが、そのくらいの教科書的な知識しか知らず、はずかしながら彼らのネタさえろくに聞いたことがなかった。昨晩はエンタツ・アチャコといえば必ず紹介される彼らの出世作「早慶戦」ができるまでの試行錯誤の道程が、当時のラジオ放送の録音や社会世相の解説を交えながら丁寧に説明されていました。

個人的に関心した点は、彼らのネタ作りの手法です。観客との共犯関係を作り上げるために銭湯に通って綿密な調査を重ね、巷に溢れる話題をネタの素材にするとか、昭和初期にあって娯楽とメディアの在り方を根本から変えていったラジオに着目し、上方にだけ限定される話題でなく全国的に「笑い」を共有できるネタの素材を集めていったとかいう話です。 彼らの人気はまさに大衆文化の普及に大きな役割を演じたラジオという新たなメディアによって作られたわけですが、しかしその一方で(横山エンタツ自身が回顧していたように)新たな大衆文化に直面して変化した「人間そのもの」に彼ら自身が綿密な分析と検討を加えた結果でもあったわけです。

それから個人的に興味深かったのは、彼らのプロモーターである吉本興業のこと。所属芸人のスタンドプレーを認めず、しっかりとタレントマネジメントの手綱をしめている点では今も昔も吉本興業に違いはありません。当初寄席の客足が減ることを危惧した吉本興業は芸人のラジオ出演を禁止していたものの、ラジオに独断で出演した桂春団治(二代目)の寄席に多くの観客が来るようになったのを見て、ラジオ出演を解禁したのだそうです。どの時代にも機を見るに敏なメディア関係者の“慧眼”には脱帽ですが、こうしたメディア関係者の時代を読む目によってもエンタツ・アチャコの漫才革命は支えられた(あるいは作られた)と言うべきでしょう。

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2005年5月27日 (金)

新選組!続編!!

シャワーを浴びに行こうと思ったら、個人的には凄いニュースに遭遇。

昨年放映されたNHK大河ドラマ『新選組!』の続編が来年正月放映予定で制作されるようです。まぁ、このドラマは近藤勇の斬首シーンで終わりましたから、その先、少なくとも箱館での盟友土方歳三の死まで見たいという要望が強かったってことでしょうね。僕としてはこのドラマは近藤や土方といった有名人を賛美するような歴史劇としてではなく、気鋭の舞台俳優たちが集団としておもしろおかしく魅せる群像劇として楽しんでいました。それぞれのキャラクターの位置づけが新選組との距離感において多様にかつ独特に描かれていて、昨年は毎週日曜日の夜が楽しみでした。だから、このニュースを聞いて正直嬉しい。記憶のうちで大河ドラマの続編が作られたという先例を知りませんので、これがはじめての事例というならばNHKの久方ぶりの「英断」として認めてあげましょう。

まぁ、結局は昨年来の「海老沢」体制への批判とドタバタ続きで株がグッと下がってしまったNHKは、なりふりかまわず視聴者からのウケが良かったものに、藁をもすがる思いで飛びついたというのが正直なところではないでしょうか。(…僕は海老沢って人と同郷らしいのですが、彼の肝いり(…権力の私的濫用とも言う…)でつくられたらしい水戸を舞台とした飯島直子さん主演のドラマ『ねばる女』(…“水戸”で、“ねばる”で、“納豆”っていう発想がベタすぎるなんて突っ込みはなしよ…そもそも水戸がドラマの舞台になることなんてなかったんだから…)とか見られたので、結構よかったんですけどね…そういえば紅白歌合戦の資金着服したとかで捕まったプロデューサーも茨城出身だったらしい…つまりNHKには“茨城閥”がある…というか「あった」ということですね…)だとしたら是非とも脚本の三谷幸喜氏には、そうしたNHKのお家事情を逆手にとって、これまでにないブッとんだドラマを書き上げてもらいたい。

例えば、幼い子供のいる家族むけに、NHK キッズワールドオールスター出演というのはどうだろうか。のっぽさんへの支持がいまだ圧倒的に高い裏で存在感が薄いまま健気に工作を続けている「つくってワクワク」のワクワクさんになにか武器を「工作」してもらうとか、やたらと甲高い声の「おかあさんといっしょ」のうたのお姉さん(はいだしょうこさん)に一曲景気づけに歌ってもらうとか、「からだであそぼ」から運動神経抜群のケイン・コスギさんを五稜郭で敗退寸前の旧幕軍への助っ人としてかけつけてもらうとか(助っ人という意味では「一畳マン」でもいいな)…次いでなので「にほんごであそぼ」からやたらと古典暗誦に長けた子供たちのオール出演で『平家物語』の冒頭の一節を読んでもらい諸行無常を感じてもらうとか…『義経』とつながるでしょ…もちろんドラマのナレーターは同じく「にほんごであそぼ」から神田山陽師匠に登場願おう。

嬉しい余り、つい悪のりしてしまいました。まじめに期待しています。スタッフのみなさん、がんばってください。

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2005年5月24日 (火)

やしきたかじん賛

直前の発言でついつい『機動戦士ガンダム』の話をしてしまいましたので、続けてみようと思います。で、今となってみれば懐かしい『ガンダム』の映画公開版第一作には「砂の十字架」という副題が付いていて、同名の主題歌をやしきたかじん氏が歌っていたことを子供ながら記憶していました。「なんと朗々と歌い上げる人なのか」と感心したそのとき以来、やしきたかじんという人はすばらしい歌手として長らく僕は認識していました。

関東の文化圏で生活していると、テレビ番組の構成が東京をセンターとして作られるために、地方局のローカル色豊かな番組に接する機会はほとんどありません。しかし地方には地方の特色を生かした魅力的な番組が多々あります。(例えば以前何度か発言したKBS京都の『Go on→』など。)ここ大阪で言えば、それは「話芸」を中心に展開される番組の豊かさに大きな特色があると言えましょう。

数年前突如としてNHKの紅白歌合戦の司会者として上沼恵美子さんが登場したときが、関東で育った若い世代にとっては彼女の絶妙な「話芸」に触れた最初の機会ではなかったかと思います。東京のテレビ局で放映されている番組には、この上沼さんに代表されるような「パーソナリティ」の「話芸」でもって魅せる番組は数少ないと思います。僕が大阪へ移ってきて、最も衝撃を受けた事実は大阪にはそうした「話芸」で人を惹きつけることに長けた方々が多くいらっしゃることでした。

グローバルに開かれたインターネットの空間でローカルな話をすることは大変恐縮なのですが、大阪で制作されているテレビ番組を概観してみると、人気の高い番組はそうした技術に長けた「パーソナリティ」が存在する番組であると言えます。で、その東西横綱格に君臨するのが上沼恵美子さんとやしきたかじん氏だと僕は思いますし、おそらく大阪に生活している人なら誰もがそれを納得するものと思います。

大阪で制作されているバラエティ番組において情報伝達の手法として多用されている方法は、「パネル」を用いてそこに表示された情報を用いながらメインパーソナリティにあたる人が縦横無尽に話題を切りまくっていく方法です。先に紹介した上沼さんは純粋に話だけで場を盛り上げるタイプですが、大阪では「パネル芸」と通称される手法の第一人者がたかじん氏になります。この「パネル芸」については、MBSのアナウンサーである角淳一氏が『ちちんぷいぷい』で展開する事例も知られていますが、角氏(あるいはその後継者であるアナウンサーたち)の場合にはアナウンサー個人の人柄で魅せるタイプのもので、これを「パネル芸」と考えることには個人的には同意できません。ここで紹介したい「パネル芸」はまさにやしきたかじん氏が展開する縦横無尽にして奔放なタイプのものです。

大学の学問の現場においてプレゼンテーションをする身としては、「パネル」を紙芝居的に説明するのでは、学生など聴衆の心に訴えかけるプレゼンはできないことを肌身で感じています。大切なことは聴衆との間になんらかの「共犯関係」を築いて、お互いがその場の空気を「共有」することにあると考えています。そうした「共犯関係」の築き方が、たかじん氏の「パネル芸」(芸と呼ぶには失礼かもしれません・・・もはや神業と思えるほどです)には巧妙で、参考になることが多々あります。ときに毒舌を乱発し、パネルが壊れるのではないかと思わせるほどにそれを打ち付けながら罵倒し、神懸かり的に興奮したかと思えば、その次の瞬間には非常に冷静なコメントをする。パネルをただ読むのではなく、パネルに激しく突っ込みを入れ、書き込みを入れ、修正を加えながら巧みに「ライブ」感覚を醸し出す。さすがに大学の現場ではたかじん氏のように「ぶっちゃけ」、「はじける」ことはできませんが、そんな手法は、プレゼンテーションのひとつのスタイルとして大いに参考になります。

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2005年4月24日 (日)

Go on →

我が家では(単に僕の好みだと言えばそれまでですが…テレビを見ているのがそもそも僕一人なので)地方ローカル局のテレビ番組がよく見られています。

日曜の夜といえばKBS京都の『Go on→』という番組です。Intercollegiate TVという副題があるのですが、はやいはなし(主に)京都の大学生たちが巷にあるさまざまな話題についてレポートを報告しあって作られている“サークル活動の延長線”的な番組で、京都の大学生事情とかそれなりにわかって楽しいです。

最近の在京キー局がつくっているバラエティー番組の多くは、きまりきった出演者にきまりきった演出…とすでに評価が定まった価値に安住してつくられている、安易で冒険の少ない番組ばかりですが、それに比べるとこの番組は不安定な要素ばかりで構成され、多いに野心的なつくりといえます。この番組は司会の西村和彦さん(京都出身の俳優さんですね…このブログでは「第三の和彦」になりますねぇ…)や平野智美さん(KBS京都のアナウンサー)らがしっかりしているからはじめて公共の電波に乗せても「まぁ見られるかな」と成り立つ番組で、今時こんなチープなつくりの番組もめずらしい。今の学生気質を反映して学生たちはちょっとつっこまれるとボロボロになってしまうのもまた見所(?)で、その「もろさ」具合に対して僕はなんだか親御さんになったように暖かいまなざしを投げかけながら見ています。

例えば、今晩は同志社大学の新しい学生会館(寒梅館)の紹介にはじまり、愛知万博レポート、ハリウッド版Shall we dance?の紹介、今話題のハングル講座…と、筋書きも脈絡もなく、なんだかゴッタニ状態で番組が進められていますが、この手作り感覚がまたたまりません。最後には「文化系でいこう!」なんていう、人文系研究者にとっては涙ものの企画やってました。しかし関西外大でも驚きましたが、同志社大学の学生会館はすごい豪勢なつくりで、さぞかし学生たちは眩惑させられるでしょうねぇ…大学の性格や規模が違うとはいえ、大阪外大とは比べものになりません…(こんな感じでおなじ大学業界に生きる者としては貴重な情報収集の手段の一つとなっている番組でもあります。)

というか、今晩のGo on →には大阪外大生が出ていました!ということはこの番組に参加できるのは京都の大学関係者だけに限られていないということですねぇ…じゃぁ声がかかればレポーターとかしましょうか(笑)…しかし…今番組の終わりでスタッフ募集の告知をしていましたが18歳以上の学生じゃないと駄目なんですと!

それからこの番組には司会者のひとりに、まだあまり名前の知られていないグラビア系の女性タレントが(なぜか?)出演していたことも不可思議で興味深かったですね。初代から数えて熊田曜子さん→夏川純さん→海江田純子さんときていて、皆、この番組を踏み台にしてステップアップしていった感じがします。この春からは志向がかわったようで、スタジオを抜け出して毎回京都各地の大学の現場から司会者二人をメインに放送するようになったみたいですが、なかなか京都の大学のすべてをまわることなどできませんから、そういう意味でも今後の展開を楽しみにしています。

Go on → 関係者のみなさん、がんばってください…(人知れず)応援しています。

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2005年4月17日 (日)

大河ドラマ

今年の大河ドラマは『義経』で、それはもちろん昨年のあらゆる意味でブッ飛んだ三谷幸喜脚本の『新選組』の反省からなのだとは思うのですが、歴史大河ドラマの王道をいくつくりで、多くの大河ドラマファンや歴史好きにとっては安心したつくりなのでしょうが、個人的には全くおもしろくありません。

誰もが幼い頃から親しみ、誰もがイメージする『平家物語』や『義経記』の数々の名シーンを、制作者と視聴者のイメージの最大公約数的なところを落としどころとしつつ、今様歴史絵巻として無難にまとめているという感じです。例えば、先週の石橋山での敗走シーンは前田青邨の『洞窟の頼朝』とそっくりだったし、今日の黄瀬川での兄弟邂逅のシーンは安田靫彦の『黄瀬川陣』とそっくり…つまりデジャヴュの連続といえばいいのかな…新鮮みにかけるばかりで眠くなりました。今年の『義経』は滝沢秀明君の美少年ぶりを楽しむくらいしか醍醐味を見つけられません。

それに比べると昨年の『新選組』は、脚本の対象自体よくわからないものでしたから毎回新鮮でしたし、しかも近藤勇にだけ注目するわけでなく群像劇という点でもおもしろかったし、今や伝説となった「駒場小劇場」の舞台を踏んだことがある身としては、なにより大河ドラマなのに数多くキャスティングされていた小劇場系の俳優さんによる快(怪)演の数々を毎週ニヤニヤしながら楽しんでいたわけです。

今日の『義経』では富士川の合戦で敗走する平家軍の総大将維盛を(これまた美少年系の)賀集利樹君が演じていたわけですが、賀集君、NHK教育では『ミニ英会話 とっさのひとこと』をずーっとやっているにもかかわらず、さすがに逃亡する自軍を制止するときのとっさのひとことは習っていなかったようです。同じ局なんだから、それぐらいのお遊びがあっても良いと思うのは僕ぐらいでしょうか…いや、もちろん英語でひところ!とは言いませんが。「知識は荷物になりません。あなたを守る懐刀。」ってとこを示してもらいたかった。

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