僕がこの年齢になっても積極的に欠かさず視聴しているテレビ番組の一つは『タモリ倶楽部』ですが、『タモリ倶楽部』で高層建築を扱う回になると出演される半田健人さんには、若く麗しい外見から発せられる鋭いコメントの数々から、以前より大変感心させられてきました。僕は小さい頃から特撮もの(とりわけ仮面ライダー系)には全く関心がなかったので知りませんでしたが、半田さんは仮面ライダー555で活躍された大変美麗な俳優(しかも芦屋出身)です。その彼は若干23歳というのにもかかわらず、昭和40~50年代のいわゆる昭和歌謡曲に関する造詣が深いということでも、注目されています。
最近、ネット上で公開されていたテレビ番組の動画で、たまたま彼による昭和歌謡曲の解説を見ました。まず一つは、この7月にNHKで放映された『通』という番組におけるピンクレディーの「サウスポー」解説。もう一つは、この9月に関西ローカル(ABC)で放映された『ビーバップ!ハイヒール』における山本リンダの「狙い撃ち」やペドロ&カプリシャスの「五番街のマリーへ」などの解説です。前者は生前の阿久悠氏が半田さんの解説プレゼンを見ながら、思わず「やるな、小僧、気に入った!」と発言した回のものです。
気がつく人は気がつくと思いますが、これらの歌謡曲は、阿久悠作詞&都倉俊一作曲といういわば昭和歌謡曲のゴールデンコンビのものが多いわけですが、(これは半田さん個人がお二人を心から敬愛している現れなのでしょう)とにかく半田さんによる解説がとてもわかりやすく、一発で引き込まれました。
半田さんの歌謡曲解説は、まず楽曲のアナリーゼに置かれています。都倉節とでも言いましょうか、その節回しに見られるメロディー・動機の特徴はもとより、とりわけ各パート別の編曲技法に重点を置いた解説は説得力抜群。フルオーケストラで奏でられていた昭和歌謡曲であるがゆえに、編曲者(都倉氏は作曲も、編曲も手がけていますが)の能力に着目し、半田さんは「30人のプレーヤーあるいはパートがあれば、一つの歌謡曲は30通りにあるいは30回楽しむことができる」と主張します。
僕が見た「サウスポー」と「狙い撃ち」のアナリーゼについて、半田さんはほぼ同じパターンを踏襲して解説されていましたが、彼が単に楽曲部分にだけ鋭い分析の目をもつのではなく、歌詞部分にも鋭い目をもっていることは「五番街のマリーへ」の解説でわかりました。サザンオールスターズ以降、現在に至るまでのいわゆるJ-POPの歌詞は、作詞する者の個人的な情景・心情をいわば独白し、その内容に他者(聞き手)の介在する余地のない“日記・ブログ”的存在なのに対して、昭和歌謡曲においては他者(聞き手)の誰もが自由に歌詞に描かれた世界を空想可能ないわば“映画脚本”的存在であるという主張。なるほど、「五番街」なんて地名は日本にはどこにもない話だし、サウスポーだって「魔球は魔球はハリケーン」なんて言われたって、それははっきり言って無意味だけれども、無意味だからこそ想像力の自由は確保されているわけですね。
大学の世界で生きる者として半田さんに惹かれる理由は、それら分析内容のプレゼンテーションにおける振る舞い方です。上に紹介した楽曲・歌詞の分析については、「それくらいのことなら自分でも説明できる」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、半田さんはこれらの説明をされるときに実に堂々と語り、ときにカッと見開いた大きな瞳で聞き手をとらえながら、わかりやすい言葉を投げかけます。歌謡曲に関する深い洞察とそれに依拠した自信が、プレゼンにおける説得力を増す根拠になっていることはいうまでもありません。それゆえに彼の説明に用いられる言葉は、歌謡曲の本質を聞き手に共感してもらうために、実に簡潔な表現が選ばれている。簡潔な言葉や表現はややもすれば陳腐に聞こえがちになるものですが、彼の場合、それがとりわけ説得力をもつのは、堂々とした言葉の投げ方・振る舞いにあり、その部分にこそ僕は惹かれました。
「おたくの勝ち組だ」とか、「やっぱり外見よね」とかいう半田さん評もあります。確かに彼のような美麗なイケメンの外見的魅力が、上に掲げるような聞き手を魅了するプレゼンを可能にしているのかも知れません。しかし、果たしてそれだけのことでしょうか?もし、それを認めてしまうと、イケメンとほど遠い者のプレゼンはどうあがいても聞き手をとらえられないということになってしまいます。外見的魅力に聞き手をひきこむプレゼンの理由を求めるというよりは、外見的魅力に欠ける僕らもただ自信をなくして引き籠もるというのではなく、半田さんの歌謡曲解説にみられるプレゼンの振る舞い方をまずは参考すべきではないでしょうか。
(1)分析対象に対する深い洞察→(2)聞き手が共感しやすい簡潔な表現の選択→(3)分析内容に対する自信に基づく堂々とした振る舞い。およそ、この3点に集約される半田さんの振る舞い方は、僕らが外向けに情報発信する際にも常に留意すべきことではないでしょうか。(1)と(2)くらいは多くの大学関係者も腐心しているところだと思いますが、(3)はなかなかできない部分ですよね。せっかくすばらしい意見をもっていたとしても、それをうまく公開の場で表現できなければ、その意見は独り言に終わってしまう。表現者という点では、俳優も、教員も変わりがないわけで、分析表現の達人という点において僕は半田健人さんを賞賛します。
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