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文化・芸術

2009年1月28日 (水)

大阪ミュージアム構想

橋下徹さんが大阪府知事に就任されて一年。彼の手腕とその成否について価値判断を下すには今はまだ時間が浅すぎると思うけれど、これまでの大阪府で「なぜこんなことができなかったのだろう?」と思えることが、ようやく今になってちらほら出てきていることは事実だ。大阪府にぎわい創造部の大阪ミュージアム構想推進チームが起ち上げた大阪ミュージアム構想のホームページもその一つ。このホームページは、大阪を知りたいと思う者にとって本当によくできていると思う。個人的に秀逸だと思う部分は「映像室」だ。橋下さん自身が大阪各地の伝統行事や建造物などを紹介する映像クリップを集めている。背後にどのようなメディア・プランナーがついているのかわからないが彼のキャラクターを活かしたこのページは、為政者自身が統治地域の隅々をめぐることで統治住民の信用をひろく獲得する水戸黄門的あるいは王の巡礼的な手法の現代版のような気がする。「学芸員」を大阪府民に開放してバーチャルな大阪ミュージアムの運営に府民を巻き込もうとする手法はちょいとばかりポピュリズム的志向があからさまな気がしないでもないけれど、下衆の勘ぐりもここまで。小難しい政治の世界の話は僕にはま〜ったくわからないから、「映像室」だけでなく「展示室」の部分も含めて、今は大阪府の術中にはまって、このページのままに「大阪っておもしろいところだ」と魅せられてしまおう(笑)。お見事。

2009年1月16日 (金)

グルジアの現在と歴史・文化を知る

大阪大学世界言語研究センターで進められている民族紛争の背景に関する地政学的研究が、一週間後の23日金曜日に梅田で公開セミナー「グルジアの現在と歴史・文化を知る」を開催します。以下にその概要を示します。この公開セミナーは、地政学的研究プロジェクトの研究成果を市民向けにわかりやすい形で提供するものです。とりわけ今回の公開セミナーは、昨年夏にいわゆる「グルジア紛争」が勃発したグルジアの現在のみならず、その歴史や文化についても、駐日グルジア大使館の協力を得てご紹介します。

グルジアは、最近はロシアとヨーロッパとの政治的力学関係のなかでクローズアップされましたが、歴史的に考えてみますとローマ帝国がキリスト教を公認するのと同じ頃にキリスト教に改宗した国(グルジア正教会)ですし、ヨーロッパ世界と非ヨーロッパ世界の東の境目として、あるいは文明の十字路として位置したために独特な文化が育まれてきた地です。それゆえ、日本ではまだ知られることのない世界遺産もありますし、近年、世界無形遺産に登録されたことでも知られる多声音楽歌謡をはじめ独特な民族文化も育まれてきました。生活文化という点では、例えばグルジアはワイン発祥の地の一つとされていて、そこで生産されるグルジア・ワインは古くはクレオパトラ、最近ではチャーチルが愛飲したことでも知られています。今回の企画でも、グルジア大使館の協力を得てグルジア・ワインが紹介されることにもなっています。

また今回の企画は、阪大世界言語研究センターとこれまで学術的観光コンテンツの開発研究で産学連携関係を築いてきたJTBカルチャーサロン大阪梅田教室の協力を得て、週末金曜日の夕刻に会場を梅田で開催するという点も特筆すべきところで、普段は北摂まで足を運ぶことのできない大阪の町中の方にも是非参加していただければと思います。参加費は無料ですので、関心のある方はふるってご参加下さい。

(ちなみに下のフライヤーはチャチャッと僕がつくりました。iWorkのPagesというソフトは、DTP的な編集の可能なソフトで、時間と手間をかけることなく、即席で下のようなフライヤーをつくることができるのでお薦め。)

gurujia090123.jpg

日時: 2009年1月23日 18時30分~20時30分

詳細:セミナー第一部:グルジアの現在を知る

   イヴァネ・マチャヴァリアニ(駐日グルジア大使)予定

   前田弘毅(大阪大学世界言語研究センター特任助教)

   セミナー第二部:グルジアの歴史・文化を知る

   初めて聞く見る「グルジア音楽・舞踊」の楽しみほか

参加費:無料(座席数50席強)

会場: JTBカルチャーサロン 大阪梅田教室

2005年10月12日 (水)

ワーグナーを聞きながら…


なんでこうなったのだかわからないのですが、10月に入ってからというものいろいろな仕事が重なって、おそらく僕の人生史上もっとも忙しいと言っても過言でないほどの日々を過ごしています。毎日キーボードに向かっては、明日に使う資料や書類をガシガシと作り続けています。ほぼ毎日のように、何か提出を求められている書類があり、終わりは全く見えません…。ダブルブッキングもなく、よくやっているなぁとその日を振り返って反省しています。なんだかそうした作業が快感にまで思えてきた今日この頃ですが、延々と続くそうした作業を最近の僕はワーグナーを聞きながら片付けていっています。特にワーグナーが好きだという訳ではないのですが、僕の音楽生活にはムラのようなものがあって、それは数ヶ月周期に訪れるのですが突然特定の作曲家を集中して聞きたくなるのです。例えば去年の今頃はバッハ、バッハ…だったと思うのですが、なんだかここ数週間はワーグナーばかりですね。彼の楽劇のうねりまくる音の流れに身を任せながら、仕事をしています…終わりの見えない今の僕の仕事の状況がワーグナーの巨大な楽劇を求めさせているのかな。


で、ワーグナーなんですが、ここ数日は『ニーベルングの指環』ばかり。先ほど、あらためてドイツ中世の叙事詩『ニーベルングの歌』と『指環』との内容をぼーっと比べながら休憩していたのだけれども、後者がワーグナーの創作だから当然と言えば当然なのですが、あらためて後者には北欧神話の影響が色濃いのだなぁと実感してました。『歌』には登場するはずもない神々がでてきますし、最後はもろラグナロクですから…。ワーグナー自身はどうやら17世紀にノルウェーで発見された古エッダを中心に北欧神話を取材していたらしいのですが、そうした北欧神話風のモチーフと中世の騎士物語風のモチーフを絶妙に混交させた『指環』に、僕としてはなんとなく19世紀のゲルマン文化圏とスカンディナヴィア文化圏の相互交渉を感じていました。


19世紀のドイツではプロテスタント国家プロイセンを中心に統一運動が進んだわけですけど、そうしたなかで例えば三十年戦争で自らの命を絶ったスウェーデン王グスタヴ2世アードルフはドイツにおけるプロテスタント信仰を守った英雄、すなわちドイツ統一の前提を守り抜いてくれた英雄として賞揚され、ドイツでグスタヴ信仰が高まったりしています。例えばドロイゼンだとか、トライチュケだとか、プロイセンの有名な歴史家たちがグスタヴ王関連の史料集編纂を進めたり、彼の伝記を執筆したりしています。かたや北欧…とりわけスウェーデンではドイツ・ロマン主義で築かれた古ゲルマン世界のイメージに仮託するかたちで、今僕らが思い描くようなヴァイキング・イメージが想像されても行きます。ナショナリズムなんていう考え方が一体ヨーロッパのどこから生まれていったのかは定かではありませんが、一般的に考えられているようにフランス革命とナポレオン戦争以降それが西欧発で普及したとするならば、そんな西欧生まれの思考の枠組みを横領しながらも、しかし西欧とは違った価値観をもった文化・社会集団を構想するなかで19世紀のドイツと北欧の文化的交渉が進んでいく。イングランドのアーサー王信仰やスウェーデンのゴート主義などのように、どんな地域でも古い歴史の記憶を援用しながら今ある権力を正統化して、自己理解を築いていく動きが見られましたが、19世紀も半ばくらいになるとアングロ・サクソン流の価値観に相対する価値観として、「尚武」だとか「清貧」だとかいうようなゲルマン流と構想されていった価値観が賞揚されていく。そうした歴史の流れのなかに今聞いているこの『指環』に見られる北欧的モチーフの援用という事例もあるのだろう…と、今晩はスウェーデンの火酒Läcköを飲みながら、何気なく考えています。(ふふふ…このアルコール度数38%の透明に澄み切ったアクアヴィットは日本ではまず手に入らない代物。キンキンに冷やしてトロトロになった火酒を口に含む幸せは、何ものにも代え難い魅力がありますな。)


もちろんこうした考えには留保が必要であって、例えばデンマークはここで語っている二度のスレースヴィ戦争(後者はシュレスヴィッヒ=ホルシュタイン戦争と言ったほうが通りが良いですかね)でドイツと決定的に対峙するわけで、そうしたことを考えるとゲルマン流の価値観を共有する形で文化的交渉を進めたのは広義のスウェーデン(同君連合下のノルウェーも含むという意味で)とドイツということになる。こうしたドイツとの文化的交渉を考えると、北欧史の文脈で言われるところのスカンディナヴィア主義(…19世紀にあって一なる「北欧」民族を求めた文化的・政治的運動を言いますが…)がなぜ挫折したのかという問題は、政治・外交上ドイツとのスレースヴィ戦争にデンマークが敗北したという説明以外にも、文化的なレベルでの氾ゲルマン的価値観に応じたか、否かという観点からも説明できそうな気がしています。(そう…北欧、北欧とよく十把一絡げに語られるけれど、少なくともデンマークとスウェーデンの違いには意識的になるべきです。)


別に最近忙しいから「たそがれ」を感じてこんな独り言をかいているわけではありません。ラグナロクのあとには新たな光の世界が到来するように、『指環』は自分自身の次の仕事のステップを想像させる刺激に満ちているのです。誰か北欧の観点から『指環』解釈を進めるような人は出てきませんか…応援しますよ。