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2017年3月

2017年3月31日 (金)

今、歴史的ヨーロッパを問うこと:『礫岩のようなヨーロッパ』と世界史

個人的な見解を述べた文章ですが、「まとめ」の章をつけなかった『礫岩のようなヨーロッパ』についてごく簡単に総括した文章でもあるので、久しぶりにこのプライベートなブログを活用して、これを掲載します。以下は2017年3月29日に開催された公開シンポジウム「今、歴史的ヨーロッパを問うこと:『礫岩のようなヨーロッパ』と世界史」の開会に際して話した言葉です。当日は70名ほどの参加者を得て、「礫岩」という直喩表現を補助線としながら日本史・東洋史・西洋史を架橋するような共同研究に求められる視座/課題が確認されました。その報告については、いずれまたまとめましょう。『礫岩のようなヨーロッパ』で伝えたかったことがどのようなことにあるのか、参考までに以下の文章を公開します。

「今日は、3日後には新年度を迎えようとする年度の移り目の誠に忙しい時に、このように多くの方のご参集を得ましたこと、今日のシンポジウムの主催者のひとりとして感謝申し上げます。今日のシンポジウムを開催するにあたって、僭越ながら、このシンポジウムを主催している共同研究「歴史的ヨーロッパにおける複合政体のダイナミズムに関する国際比較研究」の代表者として、「今、歴史的ヨーロッパを問うこと:『礫岩のようなヨーロッパ』と世界史と」銘打ちましたこの会の主旨を説明をしたいと思います。

世界史におけるヨーロッパ史の特権的な叙述のあり方について議論が続けられいています。これは、いささか言い古された観のある議論ではありますが、繰り返し問題の提起がなされているという情況に僕たちは常に意識を払わねばなりません。今日では、従来の国民国家史を集約させるかたちで描かれてきた世界史や、ヨーロッパ史をひとつの中心として描くような世界史が批判され、そうした世界史観を乗り越えるようとする試みが様々に続けられています。このような新たな世界史像の模索が試みられている今日、僕たちがあらためてヨーロッパ史を問う意味はどのように見いだされるものなのでしょうか。

僕たちは、2016年7月に『礫岩のようなヨーロッパ』を公にしました。この論集もまたヨーロッパを模範とするような初期近代観を批判し、地域の実態に基づく近世観を提示しようとした共同研究の成果です。僕たちの論集は、包括的な国制をもたず、権力の複合体としての性格をもった秩序を検討の俎上にあげました。それは、「一定の領域内で主権を行使する統一国家(主権国家)の歴史的形成を問う」といった近代主義的な問題関心にたっては確認することのできない秩序です。確かにそうした秩序は、近代国家の初期段階として「国王に主権を集中して一定の領域を一元的に支配する主権国家を形成した」と理解するような絶対主義国家観を批判する20世紀後半以降の歴史学界のなかでも、例えば「複合国家」や「複合君主政」として語られ、知られてきたてきたものです。しかしながら、僕たちの論集は、そうした複合的な政治秩序の例を単に紹介したものではありません。

『礫岩のようなヨーロッパ』は、秩序問題をめぐる地域住民の戦略や交渉を検討することから、フォーテスキューが同時代の用語として語った「王と政治共同体の統治」のように、歴史的ヨーロッパに変動をもたらした政治社会の個性を見出す作業でした。「礫岩のような政体」に属した地域には、古来の法や慣習を維持しながら君主との関係をもった場合もあれば、それを改めて君主政との間に法の一体性を築いて関係をもった地域もあります。そうした個性あふれる地域の存在とそこに生きた人間集団の能動的な姿を前提としながら、君主と各々の地域における政治共同体との間にある可塑性をもった関係に僕たちは着目しました。

君主と政治共同体との関係は、公共体の安寧維持を目的に、社団を創設したり、操作したりできる主権者として「最適」な君主を、政治共同体がそのときどきの情況に応じた戦略に基づきつつ、取捨選択することで規定されてきたと言えるでしょうか。それは、支配の形態としては混合君主政を前提とした関係です。そして、統治の形態としては、君主と、諸身分や都市など、さまざまな政治共同体との間では多様な権利義務関係をのうえに実現されたものです。(註:近世ヨーロッパにおける語感としての「支配の形態(forma imperii)」と「統治の形態(forma regiminis)」の区別については、共和主義的な君主政のあり方などを指摘したカントの『永遠平和のために』を参照してください。)

とまれ「礫岩のような政体」論は、モザイク状の政治秩序の実態をただ紹介するのではなく、情況によって君主と政治共同体との間に生まれる引力や斥力の作用を検討し、歴史的ヨーロッパの政治社会を変動させた要因を析出する作業でした。ここから見いだされた歴史的ヨーロッパの個性とは、君主と政治共同体との間に合意が形成されている場合には、「礫岩」のように安定し復元力をもった秩序が維持され、そしてそれが動揺した場合には秩序が崩れる姿です。ここにに確認された個性は、例えば今日のブレクジットという事態でも確認されます。高等法院と最高裁判所によるイングランド政府へEU離脱の議会立法を求めた判断に、僕たちは今日でもイングランドの政治社会に懐胎する王と政治共同体の統治の姿を見いだします。

僕たちは、個性あふれる様々な地域と人間集団を包摂しながらも、絶えざる変容の可能性をもった秩序を表現するために、「礫岩のような」という直喩表現を用いました。歴史学研究の用語法として、こうした直喩表現は馴染みの薄いものかもしれません。しかし、ヨーロッパ中心主義や近代中心主義を批判しながら、ユーラシアの地域に固有な権力社会の実態を表現する際に、そうした直喩表現がときに戦略的に選ばれてきたことを指摘しておきたいと思います。例えば、東南アジア史研究では、1982年にアメリカの歴史学者オリバー・ウォルタースが「マンダラのような国家」という言い方で、どこまでが中央の支配する領域か明確ではない重層的で多重的な権力関係の錯綜した秩序を表現しました。もちろん、こうした直喩表現そのものの意義をここで問うつもりはありません。大切なことは、「マンダラ国家」論の場合、中央や地方といった階層関係を確認できない重層的な政治秩序のあり方が、父系性・母系性の両性社会を背景としながら社会的地位が血筋だけで決まらないといった、東南アジアに独特な情況の確認から導き出されていることです。『礫岩のようなヨーロッパ』もまた、ウォルタースの議論に似て、複合的な権力関係の検討から地域の個性の確認へつながっています。

「今、歴史的ヨーロッパを問うこと」とは、すなわち、こうした地域にみられた個性を確認しながら、世界の諸地域と対話可能なヨーロッパへと、その地域像を「中性」化することだと言えるのかも知れません。複合的な政治秩序という観点に立てば、東南アジア史研究におけるマンダラ国家論をはじめ、日本史研究における水林彪先生らによる複合国家論など、秩序と権力をめぐる人間集団の関係のなかに、それぞれの地域の個性を描き出しています。これらを踏まえるならば、私たちは、秩序や権力をめぐる人間集団の行動のヴァリアントのなかに、日本史、東洋史、西洋史を架橋してユーラシアの各地の個性を特徴づける比較の視点、そしてグローバルヒストリーなどとは異なる観点からも新たな世界史の構築にむけて提供できる視点を見出せるのではないでしょうか。(註:僕は、グローバルヒストリー研究について、同時代における地域間の関係性を問う視角として重要であるし、有効だと思っています。)そうした議論の方向は、複合的な政治秩序をまとめあげている背景や論理の差異の確認からはじまり、はては僕たちの日本語の語彙では「国家」という言葉でしか語りえなかった歴史的な政治秩序の外延や内実について議論は至るものでしょう。とまれ、今日のこのシンポジウムは、「礫岩」という言葉に込められた意味あいを補助線としながら、日本史、東洋史、西洋史を架橋する歴史の作業場の可能性を考えるきっかけとなれば幸いに存じます。」

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