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2015年5月18日 (月)

「礫岩国家」論ふたたび〜第65回日本西洋史学会に参加して

富山大での第65回日本西洋史学会では諸々嬉しいことがありました。なかでも記念講演のなかで東京外大の立石博高先生から「礫岩国家」に関するご批判を頂けたこと、懇親会の場で先生から「僕らの顔(議論)を念頭において話をしたよ。」と声を掛けて頂いたこと、先生のご講演に触発される形で近世史研究の仲間が「立石先生の議論を軸にして各地域の事例から複合的政治編成を比較する機会を設けよう。」とこの議論に積極的な関心を示して頂けたことです。僕が非力で怠惰なために、この議論に関して僕らが紹介した「礫岩国家」についてきちんと整理された文章を書いてこなかったばかりに、この違和感あふれる言葉だけが独り歩きして、これに対する賛否両論が巻き起こっているわけです。それでも西洋史学界に属するさまざまな地域を研究されているみなさんが、ひとつの議論の場でより実態に即した近世の国家像について喧々諤々対話をしはじめた状況を今回の学会でも再確認できて、「言いだしっぺ」としてはうれしい限りでした。

僕自身、振り返れば1998年にconglomerate stateの議論を知って以来、長い間compositeとconglomerateの使い分けに意識することなく、両者を「複合」と理解し、翻訳してきました。けれどスウェーデンの歴史学界での近世国家の議論に深く接すれば接するほど、「両者をともに「複合」として翻訳することは問題なのではないか。」と感じ、先の複合国家科研では「礫岩」という言葉を提唱するに至った次第です。dominium politicum et regaleとしての議論も、「複合王朝国家」としての議論も、それは近世における複合的国家編成の実像を活写する概念であることは疑いありません。これに対して「礫岩国家」は「複合王朝国家」が構築・解体されるダイナミックな過程を論ずるための研究アプローチに関わる概念だと考えています。

「礫岩国家」論の検討対象は、言うまでもなく「複合王朝国家」です。より具体的には、さまざまな来歴と伝統・慣習・特権をもった地域と、保護者としてそれらを包括的に統治権を認められた君主権力との関係です。バルト海帝国ならば「本国と服属地域」と呼ばれる両者の関係の推移に、「複合王朝国家」の可塑性を確認しようとしています。この関係は、公式には議会や条約などの交渉の場、非公式には反乱などの実力行使による異議申し立てなどに見られた諸身分・地域住民の言動を通じて変化します。それゆえ「礫岩国家」論にたった史料分析は、それら交渉や反乱などの場における言説の分析となります。多くの場合、君主権力に包摂される側の言動は、「これが○○地方の属性だ」と発話者側が想定して語るものを「根拠」としながら展開されます。しかしその「根拠」は不変ではありません。言説レベルで見れば、変幻自在なものです。交渉や反乱などで主張される地域の属性の「根拠」は、実のところ、それぞれの主張が発せられる際の状況に応じて戦略的に選ばれるため、発話のコンテクストに応じてその属性も変化するのです。

京都大の小山哲先生は以前より「「礫岩国家」論はスカンディナヴィアに特有な議論だよね。」と看破されていました。確かにもともとスウェーデンでconglomerate state論が提唱された背景として、それが強烈なアンチ・ナショナリズムの雰囲気から出発した議論だったことを知ってもらう必要があるかも知れません。彼ら/彼女らは原初主義、近代主義双方のナショナリズムの見方を近世史に適用することに徹底して批判的でした。バルト海帝国はスウェーデンを核とはするものの、スウェーデンとは異なる独自の政体をもつ地域を複数包含していましたから、これに対して「スウェーデン」という名前を与えるような考え方は真っ先に否定されました。(この時点で、例えばスカンディナヴィア半島の南端に位置するスコーネの「スウェーデン」化といった、ネイションステイトとしての「スウェーデン」を前提とする古典的な議論は否定されました。)それを語るには「ヴァーサ朝君主国」としか呼べないといった状況さえ生まれています。他方で「ヴァーサ朝君主国」を構成した地域さえも、原初主義的な地域解釈を批判する観点から、それらの地域の名前を先験的に語ることには慎重となっています。

いずれ日の目を見るだろう論文のなかで紹介しようと思っていますが、conglomerate state論の提唱者であるH.グスタフソンは、P.サーリンズのピレネー研究などを参考としながら「スウェーデンによってスコーネがつくられた」論をかつて主張していました。スコーネやピレネーといった「複合王朝国家」を構成した地域の属性は先験的・伝統的に存在したものではなく、君主権力との交渉における自己主張のなかで戦略的に作り出されたものだという議論です。スコーネを例にとれば、スウェーデン王の保護下に編入された際の交渉のなかで、ある権利を主張する際には「スウェーデン王国の安寧」を建前としながら、また別の権利を主張する際には「デンマーク王国に由来する伝統」を建前としながら、戦略的に「二枚舌」を使い分けることで独特なスコーネの言動をつくりあげていきます。スコーネの独特な性格は、スウェーデン編入に刺激される形ではじめてできあがったという議論です。

「複合王朝国家」としての近世国家の特徴を論ずることは、決してアナクロな王朝史へ回帰することではありません。僕たちの世代の近世国家研究もまたかつての社会史研究や社会運動史研究などの知見を踏まえた上で展開されるべきで、そうした先行研究が示してくれた社会の構成要素の能動性に対する眼差しは共有したいところです。「礫岩国家」論とは、「本国と服属地域」の関係をめぐって、統治権力と地方社会との間で行われた交渉を記した史料のなかに、「複合王朝国家」を構成する地域の属性も時と場合によって変化させてしまうような、状況に応じた発話者のプラグマティックな言説を確認する研究アプローチを提唱するものです。これを見ることは、ある君主権力に包摂された地域社会側の能動性を確認することになりますし、その能動性を見ることが「複合王朝国家」のダイナミックな可塑性を生み出すエネルギーを見出すことにつながります。これこそが、僕らの科研プロジェクトが現在「歴史的ヨーロッパにおける複合政体のダイナミズム」を追いかけている所以です。

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