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2013年12月 2日 (月)

「東アジアの西洋史学」ワークショップのこと

先週末は、「金曜19:00ソウル集合」という東北大学の小田中直樹さんからの、まるで飲み会のお誘いのような大変おおらかな召集メールに従って、韓国の西洋史研究者とのワークショップ「東アジアの西洋史学」に出かけました。(小田中さんのブログに先を越されてしまいましたので、こちらを大急ぎで発言します(笑)。)

韓国の研究者の方々とはこれまでも国内で何度かお目にかかり、言葉を交わしたこともあるのですが、韓国に足を踏み入れる機会はこれがはじめてでした。インフォーマルな会合ということもありましたが、韓国の西洋史学研究者の方々とざっくばらんに…しかしかなり突っ込んだ話をすることができ、充実した時間を持ちました。第二次世界大戦後の韓国と日本の双方の史学史の流れを確認しあう作業が主体でしたが、こんな機会は滅多にえられない訳で…正直、あと十年、はやくてもよかったと思うくらいです。西洋史学という学問はどこかで「近代」という概念を意識し、それと対峙しながらつくられてきた学問です。これは韓日双方同じ。そして、往々にしてそうした意識は、韓日ともに英仏独米露のようないわゆる「大国」とどう向き合うかという関心に基づいています。韓国の研究者に、僕は「そうした大国を参照する「近代」の概念化に批判的であって、だからスウェーデンのような「辺境」へと自分の関心は逃げたのだ。」と話ましたが、僕のような態度は、結果的にゲルツェン(あるいは良知力)以来の「向こう岸」の考え方となんらかわりありません。結局、そうした関心から派生する東欧史や北欧史への研究態度は、「大国」への意識の裏返しということです。韓国の西洋史の研究情況はとても「正直」で、英仏独米などを主体に進められており、これに対して日本の西洋史は東欧や北欧に至るまで研究が存在する。この点は韓国の方々に驚かれましたが、それは「近代」に意識的な人にとって当然の反応でしょう。だからこそ、「なぜ日本では「近代」を意識する西洋史という学問のなかで、東欧史や北欧史までもが研究対象とされていったか?」という点について、韓国との違いに意識を払いながら説明できるように僕らは論を用意せねばならない。(冷戦崩壊の頃に西洋史学をはじめた僕たちの世代は、何かにつけ「東か西か」といった意識に強く規定され、東欧や北欧を考えてきました。けれども、例えば江口朴郎以降の関係史的な視点に立った世界史における西欧の相対化作業と地域研究の展開といった背景も、自分たちの学問のルーツとして忘れてはなりません。)この点が、次回の会合までの僕の「宿題」となるでしょう。自己をより客観的に浮き彫りするための他者との対話は、このように大切なものだと韓国の方々とお話の機会をもって実感しました。

閑話休題。ソウルで頂いたお料理は、何れも日本の食文化にはない豪快と野趣の感に溢れ、みんなとワイワイやりながら食べるのにピッタリなものであると思いました。一日目に頂いた닭한마리(タッカンマリ)という鶏を丸々一羽水炊きしたものは、寒い時期には身体を温めるのに最適なのでしょう。僕らが行ったお店は大繁盛していました。柔らく煮込まれた鶏をぶつ切りにして、唐辛子とニンニクベースと思われるペーストに適宜カラシやカンジャン(醤油?)を混ぜたソースにからめて食べます。肉が骨からホロっとほぐれて美味しい。僕らが食べた店では、鶏を大方食べ終わった後、鍋に残った鶏の煮出し汁でうどんを作ってくれました。そして二日目には낙지볶음(ナクチボックム)という手長タコの辛炒めを頂きました。日本の食文化で「もてなし」といえば、(ある程度、親しくなった仲間同士での鍋料理などを別とすれば)お膳やお鉢で料理が小分けされ配膳されるのが主体ですが、韓国で頂いたものは、同じ鍋や鉄板で調理されたものをテーブルを囲む皆が箸でつつきながら共有するものでした。宮廷料理などの伝統はわかりませんので、はたしてこういう形式がインフォーマルな身内同士での食事に限定されるのかはわかりません。しかし文化人類学的には、こうした形式は同族意識を強める社会的機能をもつとよく説明されますね。同じ鍋や鉄板の上にあるものを共にしながら、年代の違い、性別の違い、そして何より国の違いを越えて、ひとつの連帯をえようとするのが、韓国の食文化にみる「もてなし」の真髄でしょうか。僕らが共にしたナクチボックムは、この動画にあるように豪快に生きたままのナクチ(手長タコ)を鉄板上にしかれた唐辛子ベースのヤンニョム(味付け)を絡めた野菜の中に入れ、韓国料理によくみる「混ぜ合わせながら」焼き、頃合いを見て切り分けて食すというものでした。とても辛く、一緒にいらした韓国西洋史学会の前会長のLee Yon-Suk先生(光州大学)は「韓日の連携を深めるには辛さのトレーニングも必要だね。」とお話し下さるほど。でも、先生、大丈夫ですよ!僕は辛い料理が好きなので、「おいしい、おいしい」と騒ぎ立てながら、これに様々なタイプのキムチなどを合わせて食べていました。(キムチというのは、メインディッシュの味付けはシンプルなものが多いので、食す側で個人の好みに応じて味を調えるためのものなのですね。)ひとしきり手長タコを頂いた後は、鉄板上にご飯を投入してビビンバ。日本で韓国のお料理といえば辛さばかりが強調されますが、均質に混ぜ合わせたものを皆で共有する食の形式に僕は韓国料理の核心を見た思いがします。

はじめての韓国出張でもっとも印象的だったのはもちろん韓国の研究者との対話だったのですが、個人的趣味との関係では、Chun Jin-Sung先生(釜山教育大学)に連れられて、今年生誕100周年をむかえた画家の김기창(金基昶)の回顧展を見ることができたことでした。김기창は画号の운보(雲甫)という呼び名のほうが知られているかもしれません。韓国渡航前にはおそらく僕が知る唯一の韓国人画家でした。それは、世界史の教科書や資料集で目にする世宗大王の肖像画が彼の作品だったことを知っていたからです。世界史って、本当に役立つ教科だなぁ。(一頃、そんな彼が親日派ということで批判されているというニュースもありました。日本をどう思っていたのかはわかりませんが、アトリエの展示から見ると確かに鳩居堂の画材などを使っていたようです。)回顧展の中心は、『예수의 생애(イエスの生涯)』と題された連作。これは、新約聖書に描かれた一連のイエスの物語を韓国のコンテクスト(つまり韓国の衣装・建築・風景・風俗)のなかにおいて描き直した作品群でした。彼自身がメソジストだったということよりも、この一連の作品が朝鮮戦争という歴史的コンテクストを背景として描かれたという点がとりわけ印象深い。民族分断の深刻な時代状況のなかで、西方のキリスト教の宗教的コンテンツが東方の韓半島の文化コンテンツとの融合が果たされたという訳です。ハングルを読めない僕が「これは受胎告知でしょう?」とか話して、「お前はハングルを分かるのか?」とか言われたけれど、聖書の物語が普遍化されている以上、ナショナライズされた表象に囚われることなく容易に一連の画題を理解できる訳で、図らずも人間の認識力のグローバル化の実例を、自分自身の中に確認した瞬間でもありました。一緒に見ていた小田中さんとは「この作品はある意味、グローバルヒストリの格好の素材だね」と話していました。

ということで、韓国の皆さんの「もてなし」に心から感謝しながら、今度は日本で近いうちに皆さんと楽しい時間を持ちたいものです。감사합니다!

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コメント

古谷さん、お疲れ!! しかし、よく飲みましたねえ。とくに金曜日、マッコリ(「koreawine」ブランド……)の瓶がゴロゴロと転がっていた光景は忘れられません。


それから、そうそう「イエスの生涯」、すごかったですね。インパクトありすぎ。記念ハガキがあるか否か確認しなかったのが悔やまれます。いろいろと使えそうだったんですが。


ちなみに「東と西」という対立軸は冷戦終了後のトレンドだし、現在のグローバル・ヒストリーでも強調される視点だと思いますが、そのひとつ前のポストコロニアル・ヒストリーで重視されていた「南と北」という対立軸はどこへ行ってしまったんでしょうかね。 このへんのところを先日ディスカッションペーパーで書きました。お暇な際にでもこちら[PDF]でご笑覧ください。

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