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2013年12月

2013年12月31日 (火)

今年もお世話になりました:2013年の私的ベストバイ

皆さん、今年もお世話になりました。今年は前半に研究専従期間を頂いて、日本西洋史学会での「礫岩国家」論をご披露する機会に恵まれるとともに、久方ぶりにルンド大学歴史学部に客員研究員として滞在、旧交を温めつつ、懸案の『リネーの帝国』の実現にむけて一歩を踏み出すことができました。(現地では20世紀前半に『日本史』を執筆したウップサーラ大学歴史学教授のH.イァーネを主軸において国民主義的な歴史叙述が一般的だった時代にグローバルな歴史観はどのようにありえたのか共同研究を進めようという話も出てきました。)帰国してみれば通常ノルマの約2倍で働く日々が待っていたのですが、それでも「礫岩国家」論の論集実現にむけて動き始めましたし、『リネーの帝国』絡みでもそれを銘打った論文を二本書き上げました。そして、なにより韓国の歴史学者の方々との交流は、「なぜ日本で北欧の歴史を研究するのか?」という素朴な疑問から出発して、「「礫岩国家」や「リネーの帝国」といった主題をアジアで語るには、どのような観点が戦略的に必要なのか?」まで僕自身の活動を足下のアジアから刺激してくれる経験となりました。

忙しいことは今に始まった訳ではなく、自由な時間がほとんどないことはこの業界で働いている以上どうしようもないことです。という訳で、趣味の買物や道具集めにゆっくりと時間を費やすこともできない。だから今年の買い物は、ネット上でパッと見たら直感に頼ってサッと購入する…というスタイルがますます深刻の度を増し…あぁ、だいぶ「失敗」したなぁ…。(僕の散在は、アベノミクスとやらに幾ばくかは貢献したのだろうか…?)とりわけスウェーデン滞在を理由にiPad mini用にと買い漁ったスタイラスペンの類は「全敗」でしたね。(これについてはスタイラスペンがいけないのか、iPad miniがいけないのか、はたまたそのアプリがいけないのか…はわかりません。手元に残ったスタイラスペン…どうしよう?)「買ってよかったなぁ。」と思う道具とは、使っていてそれが日頃の生活に知らず知らずのうちに溶け込んでいくものだと僕は思っています。使うときにあらためてエイやっと何か意識的にならざるをえないものは、思考の流れを途絶させるものであり、ストレスを生み出しがちです。(僕はウルトラスーパーハイパー短気なのです。阪大の教員になってから、その傾向は強まった感があります。とにかく、ちゃっちゃかと生きたい…否、生きざるを得ない。)と言うわけで、今年一年の皆さんのご厚情に感謝しつつ、こちらに(今年僕が世話になった)私的ベストバイを三つ掲げますので、年越し蕎麦でもすすりながら読んで頂けたら幸いです。よい年をお迎え下さい。

第一位 キャリーバーの高さを自由に調節できるストッパー付きハードキャリー(33L)

「フライング・プロフェッサー」とか揶揄されながらノマドな出張生活が続く身としては、身体にストレスのかからないキャリーバッグは必需品。加えて、金銭的にも懐にやさしいものがベストなわけです。二泊三日〜三泊四日の短期出張用に買い求めたバッグが、この無印良品のキャリーバッグです。特筆すべきは、キャリーバーの高さを自由に調節できる点。通常のバー調整は二段階、三段階でスライド式のものが多いと思いますが、これはストッパーを離したところで高さが調整できる。楽だなぁ。さらにカートのロック機構がバッグ裏面についていて、キャリーバッグが電車やバスのなかでころころと動き回らないところもよい。キャリーバーの収納部がバッグ内面にでている点は玉に瑕ですが、このサイズでは仕方の無いところでしょう。TSAロックにも対応しているので、短気の海外出張ならこれでOK。多少の傷をもろともせずガンガン使い倒せる「気分」にさせてくれる格安の値段設定もよい。

第二位 ギャツビー ヘアジャム タイトニュアンス

整髪料としては、忙しい朝の時間帯に寝癖も一気に直せちゃうUNOのフォグバーを愛用してきましたが、これに替わる一品として僕が注目したのが、今年登場したGATSBYのヘアジャムです。この種の手に塗るタイプの整髪剤は、手にネットリと残る感じが個人的にスキになれなかったのですが、これはベタつかずに髪の毛にスッと馴染む感じが絶妙です。フォグバーの場合、ちょっとした形をつくるには力が弱い…というか、僕のウルトラストロング直毛には弱い感じがあって、部分的に形をつくる場合には結局べとつく感じが嫌なのにワックスも併用せざるを得なかった。これはこれひとつで、一気にちゃっちゃかとそれなりに形がつくれる感じがストレスフリーでよい。なにせ、ちゃっちゃかと生きることを迫られていますから。



第三位 富士通 ScanSnap SV600

この秋にMacOS X用のドライバが発表されたのを待って、研究室に導入しました。巷で話題の非破壊式スキャナです。厚みのある本などをスキャンする際にブックプレッサーは必須ですが、スキャンの必要な箇所だけサッとスキャンできるのは実に便利。これまで歴代のScanSnapを愛用してきましたが、僕は本を裁断するのが忍びないので、結局A4紙にコピーしてからスキャンしていました。これはA4紙が無駄になるし、なによりコピーをとるプロセス自体が無駄。最新のScanSnap iX500がスマートフォンやタブレットとの連携も考えてWifi環境で使えるのに比べると、未だにUSB接続させた「母艦」となるPCをかませなければならないのは、こうした類の製品として初発であること考えると仕方が無いところかと思います。初発という点では、スキャンした本の画像を補正するソフトウェアのできが今一歩…というところもあるかも知れません。(それでもブックプレッサーを使えば、スウェーデン語や英語といった欧文文献の場合、現行の画像補正ソフトで、OCRも十分な精度で文字を拾ってくれる程度の十分なスキャンができます。)SV600の「絹布の上を這うような」スーッと流れるスキャニングプロセスは、雑事にかまけて「汚れちまった」勉強心を再び純粋無垢なそれへ「洗い流してくれる」ような気にもしてくれます。



(次点としては、GoogleのNexus7あたりが入るかも知れません。旧iPad miniよりは遙かに見やすい発色のよい液晶、手に馴染む7インチクラスタブレットのサイズ感、MicroSIMカードを替えれば世界中のどこでも使える安心感(…僕はLTEモデルを国内ではBIGLOBE LTE 3Gの月980円のエントリープラン で運用しています…)となかなか良いものですが、如何せん僕たちの要求する「ハードな知的作業」に耐えうるアプリの数が少なく、SlimPort経由で画像を出力してプレゼンテーションに使えるところまで至っていない点で、なかなかiPad miniをリプレースできないままです。(Android 4.4でのPowerPointプレゼンを実践されていらっしゃる方がいらしたら、ぜひご教示ください!)なので次点扱いですが、プライベートでの使用なら、値段も安くて僕は良いと思います。)


2013年12月22日 (日)

北欧史概説a

大阪大学外国語学部で2013年12月24日〜26日にかけて北欧史概説aの集中講義を受講するみなさん。こちらに集中講義3日分の講義ファイルをアップロードしますので、各自これらを持参して受講してください。教室はA216で、24日は午前8時50分からはじめます。3日間15時間の長丁場ですが、クリスマスを挟んで楽しくやりましょう。よろしく。

2013年12月13日 (金)

北欧史概説b

阪大外国語学部で金曜4限に北欧史概説bを受講しているみなさん。来週以降の講義ファイルをアップデートします。来週から年明けにかけて、第一次世界大戦・戦間期・第二次世界大戦の頃の北欧を扱います。(今日の講義は、各国における議会政治の展開について話を続けます。)

来週以降の講義ファイルをダウンロード

2013年12月 2日 (月)

「東アジアの西洋史学」ワークショップのこと

先週末は、「金曜19:00ソウル集合」という東北大学の小田中直樹さんからの、まるで飲み会のお誘いのような大変おおらかな召集メールに従って、韓国の西洋史研究者とのワークショップ「東アジアの西洋史学」に出かけました。(小田中さんのブログに先を越されてしまいましたので、こちらを大急ぎで発言します(笑)。)

韓国の研究者の方々とはこれまでも国内で何度かお目にかかり、言葉を交わしたこともあるのですが、韓国に足を踏み入れる機会はこれがはじめてでした。インフォーマルな会合ということもありましたが、韓国の西洋史学研究者の方々とざっくばらんに…しかしかなり突っ込んだ話をすることができ、充実した時間を持ちました。第二次世界大戦後の韓国と日本の双方の史学史の流れを確認しあう作業が主体でしたが、こんな機会は滅多にえられない訳で…正直、あと十年、はやくてもよかったと思うくらいです。西洋史学という学問はどこかで「近代」という概念を意識し、それと対峙しながらつくられてきた学問です。これは韓日双方同じ。そして、往々にしてそうした意識は、韓日ともに英仏独米露のようないわゆる「大国」とどう向き合うかという関心に基づいています。韓国の研究者に、僕は「そうした大国を参照する「近代」の概念化に批判的であって、だからスウェーデンのような「辺境」へと自分の関心は逃げたのだ。」と話ましたが、僕のような態度は、結果的にゲルツェン(あるいは良知力)以来の「向こう岸」の考え方となんらかわりありません。結局、そうした関心から派生する東欧史や北欧史への研究態度は、「大国」への意識の裏返しということです。韓国の西洋史の研究情況はとても「正直」で、英仏独米などを主体に進められており、これに対して日本の西洋史は東欧や北欧に至るまで研究が存在する。この点は韓国の方々に驚かれましたが、それは「近代」に意識的な人にとって当然の反応でしょう。だからこそ、「なぜ日本では「近代」を意識する西洋史という学問のなかで、東欧史や北欧史までもが研究対象とされていったか?」という点について、韓国との違いに意識を払いながら説明できるように僕らは論を用意せねばならない。(冷戦崩壊の頃に西洋史学をはじめた僕たちの世代は、何かにつけ「東か西か」といった意識に強く規定され、東欧や北欧を考えてきました。けれども、例えば江口朴郎以降の関係史的な視点に立った世界史における西欧の相対化作業と地域研究の展開といった背景も、自分たちの学問のルーツとして忘れてはなりません。)この点が、次回の会合までの僕の「宿題」となるでしょう。自己をより客観的に浮き彫りするための他者との対話は、このように大切なものだと韓国の方々とお話の機会をもって実感しました。

閑話休題。ソウルで頂いたお料理は、何れも日本の食文化にはない豪快と野趣の感に溢れ、みんなとワイワイやりながら食べるのにピッタリなものであると思いました。一日目に頂いた닭한마리(タッカンマリ)という鶏を丸々一羽水炊きしたものは、寒い時期には身体を温めるのに最適なのでしょう。僕らが行ったお店は大繁盛していました。柔らく煮込まれた鶏をぶつ切りにして、唐辛子とニンニクベースと思われるペーストに適宜カラシやカンジャン(醤油?)を混ぜたソースにからめて食べます。肉が骨からホロっとほぐれて美味しい。僕らが食べた店では、鶏を大方食べ終わった後、鍋に残った鶏の煮出し汁でうどんを作ってくれました。そして二日目には낙지볶음(ナクチボックム)という手長タコの辛炒めを頂きました。日本の食文化で「もてなし」といえば、(ある程度、親しくなった仲間同士での鍋料理などを別とすれば)お膳やお鉢で料理が小分けされ配膳されるのが主体ですが、韓国で頂いたものは、同じ鍋や鉄板で調理されたものをテーブルを囲む皆が箸でつつきながら共有するものでした。宮廷料理などの伝統はわかりませんので、はたしてこういう形式がインフォーマルな身内同士での食事に限定されるのかはわかりません。しかし文化人類学的には、こうした形式は同族意識を強める社会的機能をもつとよく説明されますね。同じ鍋や鉄板の上にあるものを共にしながら、年代の違い、性別の違い、そして何より国の違いを越えて、ひとつの連帯をえようとするのが、韓国の食文化にみる「もてなし」の真髄でしょうか。僕らが共にしたナクチボックムは、この動画にあるように豪快に生きたままのナクチ(手長タコ)を鉄板上にしかれた唐辛子ベースのヤンニョム(味付け)を絡めた野菜の中に入れ、韓国料理によくみる「混ぜ合わせながら」焼き、頃合いを見て切り分けて食すというものでした。とても辛く、一緒にいらした韓国西洋史学会の前会長のLee Yon-Suk先生(光州大学)は「韓日の連携を深めるには辛さのトレーニングも必要だね。」とお話し下さるほど。でも、先生、大丈夫ですよ!僕は辛い料理が好きなので、「おいしい、おいしい」と騒ぎ立てながら、これに様々なタイプのキムチなどを合わせて食べていました。(キムチというのは、メインディッシュの味付けはシンプルなものが多いので、食す側で個人の好みに応じて味を調えるためのものなのですね。)ひとしきり手長タコを頂いた後は、鉄板上にご飯を投入してビビンバ。日本で韓国のお料理といえば辛さばかりが強調されますが、均質に混ぜ合わせたものを皆で共有する食の形式に僕は韓国料理の核心を見た思いがします。

はじめての韓国出張でもっとも印象的だったのはもちろん韓国の研究者との対話だったのですが、個人的趣味との関係では、Chun Jin-Sung先生(釜山教育大学)に連れられて、今年生誕100周年をむかえた画家の김기창(金基昶)の回顧展を見ることができたことでした。김기창は画号の운보(雲甫)という呼び名のほうが知られているかもしれません。韓国渡航前にはおそらく僕が知る唯一の韓国人画家でした。それは、世界史の教科書や資料集で目にする世宗大王の肖像画が彼の作品だったことを知っていたからです。世界史って、本当に役立つ教科だなぁ。(一頃、そんな彼が親日派ということで批判されているというニュースもありました。日本をどう思っていたのかはわかりませんが、アトリエの展示から見ると確かに鳩居堂の画材などを使っていたようです。)回顧展の中心は、『예수의 생애(イエスの生涯)』と題された連作。これは、新約聖書に描かれた一連のイエスの物語を韓国のコンテクスト(つまり韓国の衣装・建築・風景・風俗)のなかにおいて描き直した作品群でした。彼自身がメソジストだったということよりも、この一連の作品が朝鮮戦争という歴史的コンテクストを背景として描かれたという点がとりわけ印象深い。民族分断の深刻な時代状況のなかで、西方のキリスト教の宗教的コンテンツが東方の韓半島の文化コンテンツとの融合が果たされたという訳です。ハングルを読めない僕が「これは受胎告知でしょう?」とか話して、「お前はハングルを分かるのか?」とか言われたけれど、聖書の物語が普遍化されている以上、ナショナライズされた表象に囚われることなく容易に一連の画題を理解できる訳で、図らずも人間の認識力のグローバル化の実例を、自分自身の中に確認した瞬間でもありました。一緒に見ていた小田中さんとは「この作品はある意味、グローバルヒストリの格好の素材だね」と話していました。

ということで、韓国の皆さんの「もてなし」に心から感謝しながら、今度は日本で近いうちに皆さんと楽しい時間を持ちたいものです。감사합니다!

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