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2013年9月27日 (金)

ヨーロッパ近世史研究会「近世史研究の現在 ― 礫岩国家/複合王政論との対話 ―」雑感

この日曜日のヨーロッパ近世史研究会で、5月の日本西洋史学会で提起した「礫岩国家」論を検証して頂ける会が開かれまして、久しぶりに「フルボッコ」される機会となりました(笑)。未完成の議論ですから、粗を出して詰めるべき問題点を確認しようと懐を借りるつもりで壇上に立ちました。しかし実際には、ひとり被告人席にたたされる法廷の雰囲気でしたね(笑)。あんなに攻めたてられたのは、大学院生の頃、研究会にではじめて「軍事国家」論を論じたとき以来です。

何か新しい言説を紡ぎだそうとするとき、具体的な事象を抽象的な言語に置き換えることは、置き換えられた言語のイメージが多くの人に共有されていないことが多いので伝わりにくい。学生の頃から「フルボッコ」の連続だった経験から言えることは、こうした場で寄せられる批判点は以下のように大別することがでるということです。(1)具体的な根拠を示せ。(2)言語の抽象化を再考せよ。(1)については時間をかけて丹念に事実を示せばよいので、謙虚に勉強を続ければ問題ありません。(2)については誰もが納得できる最大公約数的言説を見いだすために、古今東西の言説を参考にするには時間的にも肉体的にも限界があるので、どこかの時点で機を見るや、不理解の余地があることを理解しつつも野心的に言葉を発せねばなりません。

このブログを読んでくれる方の多くは、具体的な「礫岩国家」論への批判を知りたいと思っている方も多いでしょう。先日の研究会では、かなり多くの批判が噴出したので、ここにうまく整理することができないのですが、(1)「礫岩」という言葉の是非について、(2)二宮宏之さんの「社団的編成」論との違いについて、(3)「周縁世界」の位置づけについてなどなどが寄せられました。以下に、簡単に整理しておきますね。

どこかに活字化する機会を得たときにあらためて議論しますが、「礫岩国家」の視角は「一定のひろがりをもつ集団・共同体が政治的な磁力のはらたく場でおびる磁気的編成を可変させる一定の情況(contingency)」(近藤和彦)に着目することから導き出されています。それは、日本西洋史学界に残されている近世国家をめぐる秩序理念と統治構造の二重性の問題に迫る目的から生み出された議論です。

一定の広がりをもつ様々な集団/共同体はそれぞれの来歴や立場に応じて独特な秩序理念をもっており、と或る磁場でもって、と或る国家編成(二宮的「統治構造」)に引き寄せられる場合、(1)そうした秩序理念の基となっている言説が古代/中世以来の言説、あるいは隣接する諸地域の言説を横領した導きだされていること、(2)引き寄せられる磁場は何も近代以降の国家領域を前提とするのではなく、その時々の一定の状況(contingency)によってベクトルは様々な方向にむけられることが多々認められます。それゆえ、こうした磁場の形成を検証する際に、例えばフランス史の場合ならば二宮さんが活写したような「六角形のフランス」を超えるコンテクストも考慮にいれる必要があるのではないか。「社団的編成」論との決定的な違いは、方法論上、統治構造(この点は二宮さんの議論を継承しますが)の形成・変質・解体のモメントを、時代や地域をめぐるコンテクストの変化に対応した秩序理念の組替にみて、国家編成の可塑性を理解しようとするところにあるのですが、取り急ぎ、こうした統治構造の可変モメントを提供する「磁場」は戦争や内乱といった非常事態の相次ぐヨーロッパ周縁世界で可視化しやすいため、現時点の「礫岩国家」論は近世ヨーロッパ周縁世界のモノグラフを結びつけることで進められてきた次第です。

「周縁」という言葉について、僕はいくつかの研究会で、(例えば幻想的憧憬としての「ローマ」という名辞が常に参照され続ける、あるいは卑近な例ならば「ストックホルムは北のヴェネツィア」と言われるが「ヴェネツィアは南のストックホルム」など言われないなど)、心象地理のようなヨーロッパの文化空間/言語空間における言説交換の力関係における中核/周縁だと発言していました。しかし今回の研究会で、こうした説明はフランスでもどこでも一般的現象として見られることで、「言説交換の輸出入の不均衡による安易な二項対立的図式化」(高澤紀恵)は、高澤さんにも指摘されたように、政治社会の普遍的性格をあぶりだす目的をもった「礫岩国家」論の懐の深さを示す上で大幅な修正が必要だろうと思っています。この点は僕も納得であり、「周縁」という言葉は、「非常事態(危機)」(中澤達哉)や「内的編成を刺激する外的要因(外圧)」(後藤はる美/古谷大輔)をもって統治構造を組替るコンテクストを可視化しやすい地域くらいに理解を改めるべきと思っています。(いやはや、高澤さんの言語化能力には敬服します。)

さらに離合集散を繰り返す「統治構造」の様相を「磁気的編成」という言葉で現した場合、それは様々な地域/様々な時代のコンテクストに応じて多様であるがゆえ、この「礫岩国家」論の視角が日本史・東洋史・西洋史、あるいは古代から現代に至る比較研究のフォーマットとして拡張していくこともできるのではないかとも想定し、後者については今年度からの新たな科研「歴史的ヨーロッパにおける複合政体のダイナミズムに関する国際比較研究」をはじめました。が、日曜日の研究会では、この想定があまりにも広すぎる・・・「磁気的編成」という言葉が拡散しすぎだという違和感があるようです。これについては、今後の比較研究のなかで具体的根拠を丹念に示すことで実証の度合いを高めていくしかありません。(杉山清彦さん、前田弘毅さん、今年度の科研申請で、ぜひアジア史とヨーロッパ史で複合政体を支える政治的磁場をめぐる比較研究を挑戦的萌芽あたりでだしましょう!)

で、政治/文化/社会などのコンテクストの変化に応じて導かれて、ついたり、はなれたりするような動態を示すのに「礫岩」という言葉は不適切なのではないかという批判が一番厳しかったように思います。「礫岩国家」という言葉の普及に目的があるわけではないので、個人的にこの批判はあまり生産的だと思っていなくて(…いや、僕の貧困な言語化能力に対する批判という点では生産的なものだと感謝しているのですが…)、「礫岩政体」、「礫岩状態」、「コングロマリット編成」、「コングロマリット状態」など…オルタナティブには柔軟であろうと思っています。ある言葉で示したい事象は、「一定の情況で生み出される磁場に応じて可変するポリテイア」なのだということは分かっているのです。さて、これを一言、どういう言葉で示せば良いのか…テレビ番組なら「皆さんのご意見を下の住所までおよせください」という落ちでしょうね。

研究会や学会が健全だと思えるのは、以上に示したような批判点は新しく提起された議論を法廷のように断罪するために発せられるのではなく、可能性の片鱗が感じられる議論ならそれを陶冶するための糧として発せられるということです。30人強の参加者があった日曜日の研究会で、僕は僕の盟友中澤さんとおそらく2人だけで「礫岩国家」の論陣を張らざるを得ず、これが競技ディベートのような勝負を前提とした場なら圧倒的に不利な状況にあって、「百戦して百勝する訳にもいくまい。一度の敗北は一度の勝利で償えばよい。」(ラインハルト・フォン・ローエングラム)なんてうそぶくのでしょうけれど、ここはそんなのとは根本的に異なる「アカデメイア」の場なのだから、批判の論陣を張られた多くの人も、未熟な「礫岩国家」論の陶冶に関わる共犯者として、感謝の気持ちとともに仲間意識をもてるわけです。

手前味噌で恐縮ですが、「礫岩国家」なる言説に対する肯定・賛同・批判・否定といった様々な言葉が、自らの研究の立場と「礫岩国家」との距離感に依拠しつつ紡ぎ出されることで、ヨーロッパ近世史研究会としては一つの「政治的/文化的磁場」が形成されていた一昨日の状態が、まさに一つの「礫岩状態」だった。若手の研究者の皆さんには、厳しい言葉の応酬が繰り返される現場を見て頂いたわけですが、それが決して断罪の場ではなく学界の将来を築く場なのだ…そしてあの日、自分はその場でその瞬間を目の当たりにしたのだと後日理解してもらうためにも、今の僕はこの議論の矛をおさめるのではなく、上記の批判を踏まえて「謙虚な野心家」として言葉を発し続けなければならないと思っています。素晴らしい経験をさせてもらいました。みなさん、ありがとう!

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コメント

読んでいたら、昔勉強した電磁気学を思い出して凄い楽しかったです。
秩序理念は電流の形で、それ直線や円形やソレノイド等々。電流値と電圧を決める回路には周辺状況を示す可変抵抗が色々入っていてと。そうなると電力源は何かなと想像すると面白くて、斜め上の楽しみにふけってしまいました。
例えば、こういった回路が世界中沢山あって、常に相互に干渉し合い、中国周辺だと最終的に一つの回路にばっかり電流が流れるようになってその電磁石が最も強い磁力を発生させ、そのうち引き寄せられていた物体の一つが強磁性を帯びたために、回路や電源がどうなっても磁場に大きな変化が現れにくくなって統一性を保つとか、欧州だと強磁性体の減磁が早くて、抵抗の値と配置から電流がその他の電磁石にも流れて、そのうち何処かの回路が上手い具合に組み合わさって回転磁場を発生させてモーターになったので欧州が世界システムとなったとか(笑) 完全に熱暴走していました。

門外漢ですが、礫岩国家論の発展に期待しています! いつか纏まった本を是非。

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