最近のトラックバック

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »

2012年4月

2012年4月29日 (日)

古賀謹一郎の伝記を斜め読み〜リハビリ的ブログ発言(3)

僕は自分のスウェーデン史研究が日本人たる自分史とも接点をもつべきだと常々思っている。例えば日本人でスウェーデンを勉強しているならば、ケンペル・テューンバリ・シーボルト…などのラインからはじまった江戸期における洋学摂取の過程に関心を持たざるを得ないだろう。自分との関係では世話になっている東大・阪大とのつながりにおいてもそうである。

ようやく入ったGW週末に、我が国初の洋学研究教育機関である蕃書調所(…東京大学の源流の一つである…)の頭取だった古賀謹一郎の伝記を一気読みしてみた。(彼のもとに二人いた蕃書調所教授のうちの一人が箕作阮甫で、阮甫と緒方洪庵の両名に弟子入りして蕃書調所教授手伝になったのが箕作秋坪。(教授手伝いほかにも西周や津田真道、加藤弘之、大村益次郎などここには諸藩の蒼々たる俊英が集っていて、幕末の幕藩の枠組みを超えた改革のひとつといえる。)阮甫の娘と秋坪の間に生まれたのが箕作元八で、東京帝国大学教授である彼が『西洋史新話』で書いたカール12世伝が「北方の流星王」で、伝記ではあるがおそらくそれが日本人による本格的な北欧史紹介の原点だろう。今はすごい…『西洋史新話』がPDFで読めてしまうのだから。)

古賀の伝記を斜め読みしていて、一番印象的だったのは大坂洋学校の構想に関するくだり。蘭学の私塾だった洪庵の適塾を洋学一般の学校にまで拡張し、他方で漢学主体の市井の懐徳堂と併せて大坂に洋学校を築き、洪庵を頭取とする構想を古賀はもっていたという。既存の環境を集約させることで一気に公的研究機関を整備しようとすれば、市井に自由に開かれた学知の雰囲気が溢れていた大坂は、まさに理想的な土地だったろう。もし実現されていたとしたら大阪と東京の二つの大学体制で明治は出発したことになるが…。

実際には洪庵の江戸出仕とその没後に適塾は閉鎖し、ほどなく懐徳堂も閉鎖。(閉鎖後に適塾関係者は大阪医学校の開校へ尽力、その医学の伝統がようやく阪大へ引き継がれる。)ここに蕃書調所頭取である古賀からも一目置かれた大坂の学知は衰え、大阪と言えば大陸市場向けに栄える経済にのみ人心が浮かれる「大大阪」なるものに変質してしまう。日本人のなかでの大阪のイメージは今でも大方は後者の「商都」としてのイメージを引きずるままだが、蕃書調所の末裔としては古賀が存命であれば、そうした今の大阪(ないしは洪庵の末裔たちの阪大)の変わりぶりをどのように見るか…伺ってみたいところである。


2012年4月27日 (金)

北欧史概説a

金曜4限に大阪大学外国語学部で北欧史概説aを受講しているみなさん。こちらに…念のため、今週の講義で使うかもしれない講義ファイルをアップロードします。

今日の授業はたっぷりヴァイキングについて語ります。ここにアップロードするファイルは中世以降のものですから、その話は再来週以降になる可能性が大きいです。で、よろしく。

念のため今週以降の講義ファイルをダウンロード

Area Studies C/地域研究Ⅷ

関西外大で月曜3限・4限にArea Studies C(ヨーロッパ)/地域研究Ⅷ(北欧)を受講しているみなさん!こちらに来週4月30日の講義で使う…かも知れない…ファイルをアップロードします。来週は、今週語り尽くせなかったデンマークのことに集中する予定。時間に余裕があれば、ノルウェーの話にも入ります。で、よろしく。

来週の講義ファイルをダウンロード

2012年4月19日 (木)

Area Studies C/地域研究Ⅷ

関西外大で月曜3限・4限にArea Studies C(ヨーロッパ)/地域研究Ⅷ(北欧)を受講しているみなさん!こちらに来週4月23日の講義で使うファイルをアップロードします。来週は、今週語り尽くせなかった残したスウェーデンの福祉国家の説明から始めますが、それが終わればデンマークのことに集中する予定。で、よろしく。

来週の講義ファイルをダウンロード

2012年4月13日 (金)

北欧史概説a

金曜4限に大阪大学外国語学部で北欧史概説aを受講しているみなさん。こちらに来週の講義で使う講義ファイルをアップロードしますので、各自ダウンロードして授業に臨んで下さい。

今日は最初の授業ですので、この講義の目標や進め方、歴史学とは何かや文学部で学ぶ歴史学と外国語学部で学ぶ歴史の違いなど、あらかた序論として説明します。本論は来週からはじめます。で、よろしく。

来週の講義ファイルをダウンロード

2012年4月10日 (火)

Area Studies C/地域研究Ⅷ

関西外大で月曜3限・4限にArea Studies C(ヨーロッパ)/地域研究Ⅷ(北欧)を受講しているみなさん!こちらに来週4月16日の講義で使うファイルをアップロードします。来週は、今週語り尽くせなかった残したスカンディナヴィアの自然のことから始めますが、本題はスウェーデンのことに集中する予定。で、よろしく。

来週の講義ファイルをダウンロード

2012年4月 9日 (月)

Area Studies C/地域研究Ⅷ

関西外大で月曜3限・4限にArea Studies C(ヨーロッパ)/地域研究Ⅷ(北欧)を受講しているみなさん!こんにちは。これから半期間、よろしくお願いします。こちらに講義ファイルをアップロードします。来週からは各自このブログの記事から講義ファイルをダウンロードして、授業にのぞんでください。よろしくお願いします。

今週の講義ファイルをダウンロード

2012年4月 1日 (日)

新しい言語文化研究科への移籍にあたって〜極私的発言

この4月より僕の所属先は、大阪大学大学院言語文化研究科言語社会専攻となった。(公的メールアドレスはfuruyaのまま@以下がlang.osaka-u.ac.jpに変わります。それ以外は電話番号も、研究室も一切の変更はありません。)

大阪外国語大学に着任以来、独法化に伴う研究推進体制の強化に始まり、大阪大学との統合後は、今となっては解体された世界言語研究センターという研究機関の整備と運営に微力を尽くし…振り返れば「大学のスクラップアンドビルド」にかなりの時間を費やした。世界言語研究センターの最後の教授会資料には、思わず知盛の言葉を借りて「見るべき程の事をば見つ」と書いた程…もちろん、それは大学行政に限ってのことだけれど。新しい所属先である言語文化研究科は、この春より旧来の言語社会専攻へ旧世界言語研究センターの所属教員の大多数が移籍して拡張されるとともに、新たに日本語・日本文化専攻が起ち上がり、これまでの言語文化専攻と併せて三専攻の体制となり、外国語学部の幹事研究機関となって新年度を迎える。

この機会に、極私的な発言を許して頂きたい。

唐突な話で恐縮であるが、この春に手塚治虫の『陽だまりの樹』がテレビドラマ化されるという話を聞いた。僕は漫画をほとんど読まないので、手塚作品のことはよくわからない。が、『陽だまりの樹』だけは、阪大と阪外大の統合協議の頃に読んで、強く印象に残っている。というのも、僕のもともとの出身が伊武谷万二郎や手塚良仙(良庵の父)が出仕する常州府中藩であり、今は適塾の系譜をひく大阪大学に出仕している…という個人的な感傷を重ねたからだ。小っ恥ずかしい話だが、そもそも僕が歴史に興味をもったのは水戸学の影響が強い。(今でも天下国家の理念に研究でこだわるのは、どこかで水戸学の系譜につながろうとしている部分があるのかも知れないね…汗。)

そもそもこの作品のタイトル自体が劇中における藤田東湖先生の…今にも倒れようとしている古木に対する言葉から来ている訳だが、この作品中とりわけ印象に残っているのは、万二郎が最期まで…ことあるごとに…「三たび死を決して而して死せず、二十五回刀水を渡る」と東湖先生の『回天詩』を暗誦していたことでる。『回天詩』の内容は、東湖先生と水戸学の先輩方には誠に申し訳ないが、要約してみれば、ぶっちゃけ「今まで死を意識しても死ぬこともなく、忙しくて暇ももらえず、あちこちで働きまくったけれど、それだけ働いたのに気がついてみれば驚くほどに自分は落ち目。けどね、そんなだけど今も忠義のかたまりで、自らのなすべきことは自分たちの正しさを書き残すことだと信じてる。天地神明に誓って成し遂げよう。古人の言うように死ぬまで努力しよう。」という感じ。

『陽だまりの樹』を読んでいた頃、この詩を思い出しては個人的曲解を施しつつ、様々な大学の会議に出ていたことを思い出す。(例えば、「二十五回刀水を渡る」というのは「二十五回も利根川を渡って水戸と江戸を往来した」ということだが、僕の場合は「二十五回も国道171号線を越えて箕面と吹田を往来した」という感じ…大汗。)僕にとっての『陽だまりの樹』は、言うまでもなく大阪外国語大学だった。いろいろなところに出かけていってどれだけ働いても、「外国語大学」という明治以来の研究教育組織は歴史的使命を終えているから滅びざるを得ない。僕は「外様」の人間だけれど今は滅びる側に奉公する人間。けれど奉公には理由があって、人文学を究めるための道として言葉への理解の大切さを信じてるいるから。だから、ぶれることなくこの大学の精神を残すために微力を尽くそうと思った。

心底小っ恥ずかしい話で恐縮だが、僕の大阪での人生にはそんな水戸の先人の言葉が確かに息づいているんだ。外国語学部旧課程の学生はまだ残っているけれど、博士論文あるいはそれに準ずるモノグラフの執筆に集中するためにも、この春の新たな言語文化研究科の発足で、阪大と阪外大の統合もようやく収束を迎え、「なすべき道」がここ大阪に根づくのだと思いたい。

« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »