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2012年2月

2012年2月15日 (水)

「近世ヨーロッパ周縁世界における複合的国家編成の比較研究」講演会&ワークショップ

科研基盤(B)「近世ヨーロッパ周縁世界における複合的国家編成の比較研究」は、この3月にコペンハーゲン大学サクソ研究所に属されるゴナ・リン教授を招聘して、主にデンマークを事例とした近世における複合的国家編成に関して、2012年3月2日(金)午後には立教大学にて講演会を、3月13日(火)午後には京都大学にて日本人研究者と連携したワークショップを開催します。

リン教授は、近世ヨーロッパに変質・頻発した戦争の社会的影響に着目しながら、北はノルウェーから南はシュレスヴィッヒ・ホルシュタインにまで至るオレンボー君主体制下における国家形成について長らく分析を進められ、近世ヨーロッパの国家形成論に関しては現在の北欧歴史学界を代表する研究者として知られています。(リン教授の経歴については、こちらをご参照ください。英語論文としては Lind, G 2006, ' Being States and Making Diplomacy in Early Modern Europe: The Danish Kingdom and the Dutch Republic c.1568-1632 ', Tijdschrift voor Skandinavistiek , nr. 27:1, 2006, s.3-23; Lind, G 2005, ' Elites of the Danish Composite State,1460-1864: Zones of fracture, mixing, and the struggle for hegemony ', Zones of Fracture in Modern Europe: the Baltic Countries, the Balkans, and Northern Italy, Harrassowitz Verlag, Wiesbaden, s.111-136.などを刊行されております。)

本科研は、近世ヨーロッパでもイベリア半島、ブリテン諸島、バルト海域、ドナウ水系などの周縁世界にて形成された国家について、君主体制下に属した複数地域間の結合論理などに着目しながら、それぞれに独特な複合的国家編成の比較検討を進めています。とりわけ京都大でのリン教授を囲むワークショップでは、リン教授の議論に学びつつも、スカンディナヴィアにおける中世からの視点、シュレスヴィッヒ・ホルシュタインを含む神聖ローマ帝国からの視点、近世における複合的国家編成の比較例としてブリテンからの視点を交えつつ、バルト海域を舞台とした複合的国家編成の実態に肉薄します。当日の使用言語は英語ですが、皆様の参加を心から歓迎いたします。ぜひご参加ください。

1. 講演(この講演会はバルト・スカンディナヴィア研究会3月例会として開催されます。)

日時:2012年3月2日(金) 15:00-17:00
会場:立教大学5号館2階5201教室(アクセスマップ)
発表者:ゴナ・リン(コペンハーゲン大学教授)
題名:Beyond the Fiscal-Military Road to State formation: Civil Society, Collective Identities and the State in the Old Danish Monarchy, 1500-1850
主催:バルト・スカンディナヴィア研究会、科研基盤(B)「近世ヨーロッパ周縁世界における複合的国家編成の比較研究」(研究代表者:古谷大輔)

2. ワークショップ

日時:2012年3月13日(火)14:00-17:00
場所:京都大学文学部新館2階第2演習室
内容:
報告者 ゴナ・リン(コペンハーゲン大学教授)'Law, War and Nation: The Changing Logic of the Old Danish Union State 1460-1864'
コメンテータ(1)小澤実(立教大学准教授)「スカンディナヴィア中世史の観点から」
コメンテータ(2)皆川卓(山梨大学准教授)「神聖ローマ帝国史の観点から」
コメンテータ(3)後藤はる美(国際基督教大学研究員)「イギリス近世史の観点から」
司会 古谷大輔(大阪大学准教授)
主催:科研基盤(B)「近世ヨーロッパ周縁世界における複合的国家編成の比較研究」(研究代表者:古谷大輔)

2012年2月12日 (日)

「軍事革命」の彼方〜リハビリ的ブログ発言(2)

 「ブログをゆっくりと書いている暇などどこにも見つけられない…おそらく今後もそんな時間を見つけることの難しいだろう自分が、どれだけはやくブログ発言を書けるのか」を図るために、タイムトライアルで以下の文章を書いてみた。一気呵成に書いてみて、以下の文章は10分くらい。

 で…年度末諸事忙殺されるも最近入手した研究書のいくつかが面白くてたまらない。今日も校務で箕面の山におり、研究室で年度末の仕事に片を付けねばならないのだが、気分転換に今日は2011年に出たJ.Blackの"Beyond the Military Revolution"を。

 僕が軍事史研究から離れて暫く経つけれど、数年前の日本西洋史学会で「軍事革命」論というテーマで報告を求められたように、近世スウェーデンを研究している以上、このテーマから離れられない。「軍事革命」論…これは学部生以来、僕の頭の片隅にあって、今でも「通奏低音」のように僕のなかで響き続けているコトバだ。

 1950年代に本来「17世紀の全般的危機」論争のなかで17世紀に独特な政治社会の一側面を切り出すためにM.Robertsによって提唱されたこの方法概念は、その後、軍事技術・戦争経営の変化、それら変化の該当時期などをめぐって様々に議論をたきつけてきた。しかし「全般的危機」論争の主題から離れ、そうした個別議論の応酬に展開してしまった「軍事革命」論は、2006年にC.Duffyが「軍事革命論は半世紀にわたる近世の軍事史研究を歪曲した」と指摘したように、近年軍事史プロパの主題に堕する傾向があった。

 もちろん過去半世紀にわたる「軍事革命」の議論のなかで、歴史学研究に新たな視座がもたらされなかったわけではない。G.Parkerらが指摘したように、日本を含むアジアからラテンアメリカにおいて軍事技術と戦争経営の変質は同時期に「世界」的規模で進行したものだから、「軍事革命」論は、いわゆるグローバル・ヒストリという研究動向のなかで、今後研究主題の一つとして発展する可能性はある。(日本でも、日本史・東洋史・西洋史をいう枠組みを、歴史学というひとつの研究ディシプリンにまとめ上げる一つの起爆剤になる可能性をもつテーマだと個人的には思っている。)

 この"Beyond the Military Revolution"は、上述したような近年の「軍事革命」をめぐる議論の閉塞を破り、その議論の可能性を示す著作である。このなかで彼もグローバル・ヒストリ研究における「軍事革命」論の可能性は何度となく主張しているが、その議論自体は目新しいものではない。むしろ"Beyond"という主張は、近世における「軍事革命」への眼差しを従来の戦争経営のみに限定するのではなく、それを下支えした戦争をめぐる文化的・思想的観点まで拡げようという点にある。

 僕自身、島根大の日本西洋史学会での報告で「アウグスティヌス以来の正戦論」の歴史的継続性をごく簡単に指摘したのだけれど、「軍事革命」が近代に実現された集約的な国家経営の起源として歴史を「前倒し」する議論ではなく、近世に独特な政治や社会の様子をあぶりだす議論として再生を果たすためには、この議論の政治文化論的成熟が待たれるところなのだ。例えば、殺戮や死、平和といった観念は、軍事技術や戦争経営の変化をどのように準備し、いわゆる「軍事革命」的変化はそれら観念をどのように変質させていったのか…しかもそれはヨーロッパだけでなく、「軍事革命」の影響が及んだアジアやアメリカを含む世界中の地域でも。

 戦争は人間の生死に直結する行為ゆえに、人間社会の根幹をなす生死をめぐる観念の変質にも大きな影響を与える。Blackがこの"Beyond"で指摘する「軍事革命」論の可能性は、このような人間社会の根本的観念の歴史的変質を、世界中の人間が近世という時代に経験した軍事と戦争の変質という共通現象のもとで比較検討できるところに置かれている。

2012年2月 5日 (日)

ドゥダメルのこと〜リハビリ的ブログ発言(1)

時間のなさにかまけてブログの発言をだいぶ怠っている。リハビリを兼ねて、少しづつ発言を再開していこうかと思う。まずは好きな音楽のことから。

欲しいモノを120%買うという志を曲げず、昨年もいろんなモノを購入した。そんな昨年購入したモノのなかでも、クラシック音楽の音源のなかでは現在ユーテボリ交響楽団の首席指揮者を務めるドゥダメルの、同楽団との初のアルバム(ブルックナーの9番、シベリウスの2番、ニールセンの4番&5番)が一番「おもしろい」録音だったと紹介しようと思っていた。

このアルバムの演奏ははっきり言って繊細などというものからほど遠く、かなり荒削りの部分があるものの、「あぁ…ここらへんはきっとスウェーデン人の演者たちが顔を見合わせながら、「オイオイ(スウェーデン語でもOj, oj)」とかつぶやきつつ、ライブでは演者も聴衆も「ニヤニヤ」してるんだぜ…きっとそうだよ…」と想像させられる…一言で言えば、彼のもとでの「楽しさ」が聞き手にも伝わってくるそんな録音だったからだ。

例えば、そんなドゥダメル流の一端は以下の動画でも伝わってくる。教皇猊下の御前演奏というのに、どうだろう…このオーバーアクションぶり。ときたま映るベネディクト16世の表情は頭を抱えているようにも見えるほどで、この動画の初見時、僕は思わず口に含んだコーヒーを吹き出した。賛否両論あろうが、「オイオイ」とつぶやきたくなる昨日の鬱憤をこんな演奏でスカッと晴らして、明日は「ニヤニヤ」と過ごすのも悪くない。

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