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2010年10月

2010年10月28日 (木)

ヨーロッパ比較文化動態論

阪大大学院言語文化研究科で木曜4限のヨーロッパ比較文化動態論を受講されたみなさん!こちらに先週・今週と僕が担当した講義で用いた講義ファイルをアップロードしますので、復習の際に活用してください。

バルト海世界の国際戦争とスウェーデン国家(1)スウェーデン軍事国家論をダウンロード


バルト海世界の国際戦争とスウェーデン国家(2)バルト海帝国論をダウンロード

2010年10月23日 (土)

新い住み処とiPadに関する発言の補足

次の新しい発言をする前に、先日の二つの発言をつなぐ補足を。iPadを仕事に使う際、PCに慣れた方がもっとも戸惑う点は、「USBメモリなどを使わずにPCとのファイルのやりとりをどうするのか?」という点でしょう。僕の場合、Dropbox、iDiskといったオンラインストレージを媒介させてファイルのやりとりをするようにしています。PCで作成したファイルはとにかく一切合切なんでもかんでもオンラインストレージに放り込んでおき、ネットワーク環境下にあるiPadから必要なファイルを取り出す…といった感じです。というわけですので、iPadの性能も、魅力も、それはネットワークに接続されていればこそのものであると言える。僕が愛用しているiPadは3G回線のないWiFiだけのものです。取り急ぎ、自宅と研究室には無線LAN環境を構築、出張も無線LAN環境の確保されている新幹線を多用します。(東京出張は、必ず無線LANのできるN700系のコンセントがある窓側の席。エクスプレス予約会員になれば、運賃も安いです。)町中で無線LAN環境のないところでのネット接続は、緊急避難的にイー・モバイルのPocket WiFiを使います。そうすることで、ほぼどこでもiPadはネットワークに接続されたかたちでその力を発揮できます。


そんなiPadを使っている僕が、バブル全盛期の頃に建てられた中古マンションを購入したとき、最初に頭のなかをよぎった不安は、「とりわけ頑丈な鉄筋コンクリート造りの建物のなかで、いかにして家庭内ネットワークを築くか?」ということでした。昭和末期の建物は、地震の到来を予想してつくられていても、21世紀のネットワーク時代の到来までは予期してつくられていなかったわけですから。しかしその不安も杞憂に終わりました。新たに引っ越した部屋は、建物の3階・4階を貫くメゾネット構造なのですけれども、光ケーブル回線は4階にしか来ていません。そこで昔から使い続け(…リコールとなった…)AppleのTimeCapsuleを有線でモデムにつないで、あとはAirMac Express ベースステーション with AirTunesを、TimeCapsuleから発信される無線の中継局として2つ立てました。1つは設置場所に試行錯誤を重ねて3階にある僕の書斎の直上にあたる4階の場所に立て、もう1つは液晶テレビとそのテレビにつなげているMac miniのネットワーク接続用にテレビ付近に立てました。AirMac Expressはコンセントに直づけできるので、中継局として適切な場所に簡単に移動させることができます。(海外出張の際にも、滞在先の部屋を無線化する目的で僕は必ずAirMac Eapressを持参します。)ですから、ちょっと古い建物で無線LAN環境を構築することをお考えの方があれば、移動も簡単、値段もお手頃なAirMac Expressを試されてみてはいかがでしょうか。


2010年10月22日 (金)

Back to the Macの前に

先日Back to the Macと題されたAppleの新製品発表会がありましたが、その趣旨がiPhone→iPadの技術を再びMacにフィードバックさせるというものならば、このブログでも新しいMacについて語る前にiPhoneやiPadの話をしておくべきでしょう。この夏にブログの更新をサボっていた間、僕の身近にあって重宝した道具は、ほかならぬiPhoneとiPadです。iPhoneは3Gを二年近く使い続けていましたが、バッテリの持続時間が短くなってきたことと、最近のiOS4に対応したアプリケーションの快適な処理に限界を感じるようになってきたので、この夏にiPhone4へ機種変更しました。(だいぶ待たされましたが。)iPadは今年6月には入手して、授業や出張など、仕事にどれだけ使えるのかトライアルを続けてきました。その結果、この10月現在、授業や講演、出張といった外での仕事のほとんどを、iPhoneとiPadの二つを連携させることでこなすようになっています。

iPhone4のメリットは個人的にその処理速度のはやさにあります。最近はAndroidをOSとして搭載したスマートフォンが数多く発売されていますが、スウェーデン語辞書(Norstedts engelska ordbok pro)、デンマーク語辞書(Gyldendals røde engelsk ordbog)、ノルウェー語辞書(Kunnskapsforlagets engelsk blå ordbok)と、現代北欧を代表する三カ国語の辞書も、それぞれしかるべき出版社のものがアプリケーションとしてiOS版で出揃ったので、北欧語で仕事をしている者としてはiOSを搭載したデヴァイス以外の選択肢は考えられません。問題はあって、Norstedts engelska ordbok proなどは現状でマルチタスクを実現したiOS4でしか稼働せず、iPadに搭載されているiOS3.2やiPhone 3Gなどに搭載されているiOS3レベルでは動きません。GyldendalやKunnskapsforlagetも、iPhone 3Gで動くは動くのだけれども快適な検索にはほど遅さ。それがiPhone4ならば、実に快適にインクリメント検索をこなしてくれています。片手の操作で北欧三カ国語をサッと検索できるというのは、今から10年ほど前では考えられなかった夢のような話です。(他にも、スキャナとして使えるカメラとか、これぞ「ナレッジワーカの十徳ナイフ」といった感じです。)

ただしiPhoneだけではどうしようもない部分もあります。例えば、論文の閲覧です。こればかりはiPhoneの小さな液晶ではどうにもなりません。ここで重宝するのがiPad。iPadはタブレットデヴァイスとしては大きすぎるとよく言われますけれど、PDFで論文を読んだり、Pagesで書類を書いたり、Keynoteでプレゼンをする身にはこのサイズがちょうどよい。この夏、体調が悪かったときに、ソファーやベッドで横たわりながらよく使っていたのは、ほかならぬiPadでした。iPadはiPhoneと比べると処理速度は圧倒的に速く、MacBook Airと比べるとバッテリ駆動時間が圧倒的に長い。出先でのちょっとした仕事をこなすなら仮想キーボードで十分に文章も打てますし、薄いので嵩張らないから、もし長文を書いたり注釈をつけたりという煩雑な作業が必要のない出張ならiPadだけで十分です。授業や講演の際のプレゼンも、処理速度がはやく、バッテリ駆動時間が長いiPadに移行しました。(iPadのKeynoteには、画面を指で長押しすると赤い点がでてくるポインタ機能も付いています。)ただし問題もある。OSが現時点ではマルチタスクのできないiOS3.2ということ、画面分割して複数のアプリケーションを同時に使えないということです。例えば、辞書を閲覧しながら、PDFの論文を読んだり、Pagesで文章を書くことはできません。この点、僕が感じているiPadの一番不便なところです。

そこで相互補完的にiPadとiPhoneを連携して使うことにしています。文書の閲覧や執筆にはiPadを使い、Webや辞書などレファランス目的でiPhoneを使う…といったようにです。例えば、講読の授業のときなど、この10月以降、僕はときに左手でiPadとiPhoneの二つを持ちながら、右手でそれを操作しています。このような芸当がなぜできるのかといえば、iPadにApple純正のケースをかぶせているため。純正ケースは安っぽい…という評価がありますが、汚れてくれば水洗いもできてしまう優れもの。おそらくスタンド機能をもったケースとしては最薄、最軽量なのですが、それがポイント。このケースをつけるとiPadの液晶画面の四辺に縁がとれますが、この縁にiPhoneをひっかけ、左手だけでiPadとiPhoneを二台もちする。そうするとiPad上にテキストを見ながら(…ほとんどのテキストはPDFであり、PDFにメモやアンダラインを書き込めるソフトを使えば、授業の内容も適宜メモできます…)、テキストに出てくる言葉などは、iPhone上の辞書やSafariで検索する…という芸当が可能になります。軽いので二つ持ちしても、それほど負担ではありません。(iPadとiPhoneの連携は、擬似的に画面分割とマルチタスクにするというだけでなく、iPhoneとiPadをBluetoothでつなげ、iPhoneのカメラで撮影した写真をiPadと共有することなども便利です。)

iOS4で実現されたマルチタスクですが、結局のところiPadやiPhoneは画面分割できないので、逐次アプリケーションを閉じて開く操作を繰り返さなければなりません。これはいわば、川のような思索と執筆の流れを分断させてしまうということであり、ナレッジワーカの道具としては深刻な問題とも言えます。そのような問題を抱えていますが、今のところiPadとiPhoneを二台もって両者を相互補完的に扱いながら、そうした問題を乗り越えようとしています。iPadはトイレの中やベッドの上でも気軽に使えるデヴァイスですから、おそらく一日の生活のなかで最も接している時間の長い道具。一頃ネットブックが流行りましたが、もしネットブックを買うぐらいのお金があるならば、処理速度もバッテリ時間も長いiPadのほうがお薦めだと思っています。(…とは言っても、僕の周りではまだ誰も買ったりしていませんけどね。仮想キーボードはクセがあるので、もしキーボードが絶対必要という人にのみネットブックやラップトップをお薦めします。)話にまったくのオチがありませんが、今日のところは、これでおしまいにします。そろそろ次は引越で新調した家電関連のネタでいってみようかな。

2010年10月21日 (木)

デンマークとスウェーデンの「間」を知るために

ここ一、二ヶ月、体調がすぐれないときが多く、(はじめて買った)ベッドに横たわる時間が増えました。そんなときには、スウェーデンから送られてくる文献に目を通していました。(逆説的ですが、意外とそんな時間の過ごし方も良いと思いました。)そうした文献の一つに、このブログでは何度か紹介しているルンド大学歴史学研究所のHanne Sandersさんの"Nyfiken på Danmark-Klokare på Sverige"がありました。Hanneさんは、僕の最初のルンド留学以来、家族ぐるみでつきあって頂いている研究者で、デンマーク人ですが今はスウェーデンのルンド大学に職を持ち、ルンド大学歴史学研究所のもとでデンマーク研究センターを主宰されている方でもあります。大阪で気分が悪くなる度、昔懐かしいHanneさんの文章を読みながら…いや、活字を目で追いながら、頭のなかでは優しく語りかけてくれる彼女の声をイメージしながら、ルンドでの楽しかった日々を思い出し…ついつい弱音を吐きそうになる自分にとっては、一番よい処方箋だったように思います。


このNyfiken på Danmarkという本は、研究書というよりはしっかりとした文献目録がついているとはいえ、エッセイ集といったほうが良いでしょう。各章は、無料新聞として知られるMetro誌上に寄せられたデンマークとスウェーデンの歴史的・文化的相違に関する素朴な質問に、Hanneさんが答えることから始まります。例えば「なぜ聖ルシア(サンタ・ルチア)はスウェーデンで大切な聖人なの?」なんていう疑問。これにHanneさんは歴史的経緯を踏まえながら優しい語り口で答えます。そのやりとりが終わると、例えば、上の質問の後には「デンマークらしさとスウェーデンらしさー歴史的観点から見て」という一文が続きます。ほかにも「なぜデンマークでは、クリスチャン4世を歌ったデンマーク国歌が今ではほとんど歌われないの?」→「デンマーク人とスウェーデン人にとっての民主主義」とか、「ルンド大聖堂はデンマークにとってどんな意味があるの?」→「ウレスンド・リージョンの歴史」とか、続きます…が、そんな感じで、この本は、スウェーデンの歴史、デンマークの歴史を省みた際に浮かび上がってくるスウェーデンとデンマークの「間」が語られています。単にデンマークとスウェーデンの国民性(…それこそ、ルンド大学の歴史学者たちが糾弾の対象としている近代的幻想なわけですが…)の違いを列挙するのではなく、最後はデンマークとスウェーデンを包含するウレスンド・リージョンの歴史という話で閉じられるあたりが、21世紀に生きる「北欧」の歴史学者らしい。


それは「違い」というよりは、「間」と僕は言うべきだと思うのですが、今でこそ「北欧の一体性」のようなイメージが広く世界中で共有されるようになっているけれど、例え、言語面で似通っていても、宗教面で似通っていても、文化面で似通っていても…デンマークとスウェーデンが、過去一千年の歴史のなかで一つの国を構成しなかった(…できなかった…)ことは、厳然たる事実です。「一つの北欧」を言うのは誠に簡単なことですが、しかし、デンマークとスウェーデンの間に今も見え隠れする「間」を理解することなく、「一つの北欧」を言うのは暴論に近いものを感じています。そんなことから、阪大外国語学部のデンマーク語専攻とスウェーデン語専攻の学生には、コーヒーのCMをもじって「北欧、北欧と言う前に(デンマークとスウェーデンの)違いのわかる大人になれ!」とよく言って…しらけられいてるのですが、このHanneさんの本は、彼女のスウェーデン語も実に読みやすいので、そんな学生たちに真っ先に読んでもらいたい…あるいは「北欧」を理念先行ではなく、それを構成している諸地域の歴史や文化の実態に即して理解したいと思っている真摯な日本の方々に読んでもらいたいと思うものです。ほんと…癒されます。


2010年10月20日 (水)

Historisk Tidskriftとスウェーデン歴史学界の国際化

先週東京出張から帰ってみると、スウェーデンの史学雑誌(Historisk tidskrift)の2010年3号が届いていました。スウェーデンのHTは1881年以来、王立文学・歴史・好古アカデミーの支援を受けて、スウェーデン歴史学協会が刊行し続けている学術誌。(ちなみに日本の史学雑誌は1889年創刊。)どういう話で僕の情報が伝わったのか定かではないのですが、今年の5月頃に突然スウェーデン歴史学協会の秘書を務めている方からメールをもらい、「スウェーデンのHTは「国際」化を務めているので是非協力を…」ということで国際編集委員への就任依頼がありました。今の学内での仕事の兼ね合いから悩みに悩み、いろんな方の助言を得て最終的にOKの返事を出したのですが、プッツリと連絡が途絶えたのでそのまま放置していました。先週手にした2010年3号の表紙をめくると、docentの肩書きで僕の名前が入っていました。

「国際」化をめざすHTの国際編集委員といっても、他のメンバはフィンランド、デンマーク、イギリス、フランス、ドイツ…といったヨーロッパの研究者で固められており、非ヨーロッパでは僕一人。名前は所属研究機関のある都市名とともにリストアップされているのですが、"Osaka"という都市名とともに掲げられた名前は正直違和感があります。(残念ながら、我がOsakaの名前は、Tokyo、Kyoto、Hiroshima、Nagasakiに比べると、スウェーデンでは圧倒的に知られていないのです。だから僕を日本人だとわからない人も多いでしょう。)まだ実際の仕事はまわってきていませんが、来年5月はユーテボリでのスウェーデン歴史家会議への出席が義務づけられ、8月のトロムソでの北欧歴史家会議と併せて忙しくなりそうです。(来年5月は阪大創立80周年記念のイベントが続き、すでに国際シンポの予定も入っているのですが、間髪入れずユーテボリへの出張が続きます。)

さて、物は試し…とばかりに同僚のMくんに最新のHTを見せてみました。パッと見て彼が驚いたのは、すべての論文、書評などの記事がスウェーデン語で書かれているということ。HTは歴史叙述や歴史観など歴史学の根本に関わる問題などにも野心的に取り組んでいますが、スウェーデン語だけで書かれている(サマリーは英語ですが)記事では、「国際」化したいというスウェーデン歴史学協会の意識とは裏腹に、諸外国で読者を増やしスウェーデンの歴史学界の最先端を知らしめるには道程が遠いでしょう。スウェーデンは日本と比べれば日常会話レベルの英語はみな上手ですし、スウェーデンの研究者も欧米の研究雑誌や研究書はよく読んでいる。けれど逆に、優秀な研究は数多くあれどもスウェーデン語でしかパブリッシュしないスウェーデンの歴史学界の動向は世界的にあまり知られていません。(これはどうもスウェーデンでも歴史学界に見られるある意味「保守」的な傾向で、スウェーデンでも社会科学の分野などでは英語でパブリッシュされることは普通です。)

それゆえ、興味深いことに、スウェーデンの優秀な研究者は欧米の歴史学者の著作に多くを学んでいても、欧米の研究者に似通ったテーマで研究しているスウェーデンの歴史学者のことを尋ねても、彼らが知らないということはよくあることで、なぜか僕などが両者の仲介役を買って出たりする。ん…?なんだか奇妙な話に思いませんか?こうした欧米の歴史学界とスウェーデンの歴史学界との架け橋に、なぜか僕のような欧米の学界動向とスウェーデンの学界動向の両方を知る日本人の研究者が活きる可能性があります。世界中どこへ出張しても驚かれるのは、「なんで日本には、世界中のあらゆる場所、あらゆる時代の研究者がいるのか?」ということ。明治以来の紆余曲折の結果とはいえ、はからずも日本の歴史学界は、普段邂逅する機会の少ない世界諸地域の歴史学界を取り結ぶ架け橋の役割を担える位置にあります。

HTの仕事から僕は日本に生きる歴史学研究者としてそのような可能性を感じていますが、スウェーデン語でばかり情報発信している傾向や、未だにデジタライズの「デ」の字も進めようとしない頑な方針(…ここらへんはスウェーデンでもルンドなどのほうが先駆的です…)など、HTの「国際」化の壁になっている点は、非ヨーロッパ系唯一の委員としては指弾していきたいところ。というか…スウェーデンの歴史学者はよく冗談で「デンマークの歴史学者は抽象的発想ができない」とか馬鹿にして、優越感に浸っていたりするのですけれども(…真剣に言っている訳ではなく、歴史学者の間での冗談ですよ…)、そんな冗談を言っている間に「国際」化から取り残されてしまいますぞ…スウェーデン様。

2010年10月19日 (火)

北欧史概説b

金曜4限の北欧史概説bに参加されている阪大外国語学部のみなさん!こちらに前回の講義ファイルの修正版と、次回以降の講義ファイルをアップロードします。今週はおそらく啓蒙期デンマークの改革についてお話することになろうかと思います。ナポレオン戦争以降の話は、できたら今週から入って…来週には確実にお話したい。よろしく。

前回の講義ファイル修正版をダウンロード

次回以降の講義ファイルをダウンロード

2010年10月12日 (火)

新しい住み処

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ここ数ヶ月、このブログをサボって音信不通を続けている間に、僕は、住まいの購入などを考えていらっしゃる方々にはおよそ参考にならないだろう経緯で、中古マンションを購入。


これまで10年近く住んだ築40年ほどの官舎はカビも、結露も、すきま風も…ひどく(…本やCDにカビはえまくりで、貴重な資料のことを考えると引越は急務だった…)、子供も大きくなってきたので、新居をおぼろげに考えていたことは事実なのですが、(1)今いる子供の学区がかわらないこと(…必然的に大学や駅、空港にもまぁまぁ近い…)、(2)専有面積100平米以上で日当たり良好(…広くなきゃいや…!)、(3)でもって僕の収入でも買えるもの(…昼夜を問わず骨身を削って仕事をしているのに大学教員って…と寂しくなりました)という三つの条件だけで、近隣の業績があるしかるべき不動産屋さんに、良い情報があったら伝えて欲しいと言ってありました。


でもって、5月頃、そうした条件で知らせが入って、梅田での講演を控えた午前中にちゃっと現場を見に行って、講演を終えた後に電話で妻に「おさえといて!」と伝え、あとはトントントン…と不動産屋さん、銀行さん、リフォーム業者さんの薦めるままに、チャッチャッチャと進めてしまった…。この世に生を受けて40年…「直感的買い物」のセンスを磨いてきましたが、その極致とも言える買い物なので、この話はきっと参考にはならないでしょう。


直感的に…古いけど「箱」そのものが気に入ったものを買って、あとは全面リフォームして今様な感じに仕立ててもらった…という感じです。(というか、北摂でも千里中央とか山田とかの新築マンションなんて…高嶺の花で…この不景気な世の中でどういう人が買えるのか…と正直に思います。)建物自体は今から二十数年前、バブル経済に入る頃に建材などに出し惜しみせず作られたものらしく丈夫…らしい。この建物は、遠藤剛生さんという建築家の手になるものらしく、とても不思議な立体構成。僕らの部屋は建物の三階・四階部分で、三階の玄関から入ると階段があって四階へと至るメゾネットな感じ。どうやら他の部屋は微妙に構成が違うようで、この建物内の各部屋の積み上げ具合は、小学生の頃受けさせられた知能テストにある積木を重ねた立体把握問題のようです。


なんとなく「大切に考えなきゃ」と思っていたのは、管理会社のこと。これがしっかりしていればこそ、これまでの手入や将来の修繕も踏まえれば、良い「箱」は時を経てヴィンテージとしての味わいがでてくると思ったからです。(誰かが言ってました…分譲マンションはワインみたいに選ぶもの…って。)リフォームは大変でしたね。真夏の作業でしたから、業者さんが一番大変だったと思うのですけれども、壁も、床も、水回りも総取り替えで…ここでまったくセンスの異なる妻との選択をめぐるバトル、バトル、バトル…。結局、ほぼすべて妻の言葉に従いました。(誰に聞いても、こういうときは妻の言葉に従えば間違いはないということです…だそうです。)


でもって、なんだか、スウェーデンだか、デンマークだかにありそうな感じの部屋になった…というより、なっちゃった。(これは、僕の趣味ではないぞ。)伊丹空港から離陸する飛行機も見えるテラスや天上窓からの日差しは良好で、実に健康的な住まいだと思います。実家を離れて20年近く、ちゃんとしたベッドの上に寝たためしはありませんでしたが、ようやく据え置きのベッドで休めるようになりました。何より嬉しいのはお風呂で、今までは、縄文人の棺桶のように体育座りして足を抱えて風呂に入っていたので、風呂に入ると窮屈で体が痛くなっていましたから「体が休まる」風呂というのはありがたいです。もちろん、本やCDにカビのはえない仕事場が確保されたことも重要。


他にも家電関係・家具関係…腹を据えてえいやっと総取っ替えしましたので、そうしたネタを追々このブログでしていきたいと思います。(すごい、すごいんだよ…最近の家電というのは。)もしこの住まいに関心がある人は、今回の購入劇の真の主役たる妻のブログでも読んでみて下さい。というわけで、生活環境が劇的に改善されたので、まぁ、仕事もボチボチと。


2010年10月11日 (月)

北欧史概説b

金曜4限の北欧史概説を受講している阪大のみなさん。こちらに先週から使い始めた講義ファイルをアップロードします。たぶん今週・来週はこのファイルで話をするでしょう。各自ダウンロードして講義にのぞんでください。

先週の講義ファイルをダウンロード

ご無沙汰しております

皆さま、ご無沙汰しております。お元気ですか?

体調不良や引越などが続いて、大阪を一歩も出られず…にもかかわらずPCにむかう時間を取れない(…マジで)日々を過ごしておりました。この数ヶ月、債務労働者になったことが大きいですね。そのかわり、新しい仕事の場・憩いの場を得られたのは嬉しいことです。この話はおいおいしていきましょう。

二学期も始まりました。なにより先日近世イギリス史研究会に出席した際に頂いたこのブログへの応援の言葉が嬉しかった。というわけでこちらのブログも少しづつ再開したいと思います。(Twitterは新しいアカウントを取得して、すでに再開しています。)また、よろしく。

2010年10月 8日 (金)

スウェーデン史ゼミのテキスト

阪大で火曜5限のスウェーデン史ゼミに参加されているみなさん。こちらに今学期読むテキストをアップロードしますので、各自準備して望んで下さい。(デンマーク史ゼミのテキストは一学期の継続とします。)

H. Gustafsson, "Integration, interaktion och identiteter i den östdanska övergången till Sverige"

2010年10月 5日 (火)

スウェーデン語Ⅱb

阪大外国語学部で金曜5限のスウェーデン語講読に参加される皆さんへ。こちらに今学期読もうと思うテキストをアップロードしますので、各自ダウンロード、印刷して授業にのぞんでください。今学期は、江戸時代に訪日したスウェーデン人のなかでも、その後のヨーロッパにおける「日本」知の普及に最も重大な役割を担ったC.P.テュンバリに関するスウェーデン学者の論考を読んでみましょう。リンク先の有効期限は10月19日までとします。

B. Nordenstam, "Den främste svenske japanresenären Carl Peter Thunberg"

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