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2010年10月20日 (水)

Historisk Tidskriftとスウェーデン歴史学界の国際化

先週東京出張から帰ってみると、スウェーデンの史学雑誌(Historisk tidskrift)の2010年3号が届いていました。スウェーデンのHTは1881年以来、王立文学・歴史・好古アカデミーの支援を受けて、スウェーデン歴史学協会が刊行し続けている学術誌。(ちなみに日本の史学雑誌は1889年創刊。)どういう話で僕の情報が伝わったのか定かではないのですが、今年の5月頃に突然スウェーデン歴史学協会の秘書を務めている方からメールをもらい、「スウェーデンのHTは「国際」化を務めているので是非協力を…」ということで国際編集委員への就任依頼がありました。今の学内での仕事の兼ね合いから悩みに悩み、いろんな方の助言を得て最終的にOKの返事を出したのですが、プッツリと連絡が途絶えたのでそのまま放置していました。先週手にした2010年3号の表紙をめくると、docentの肩書きで僕の名前が入っていました。

「国際」化をめざすHTの国際編集委員といっても、他のメンバはフィンランド、デンマーク、イギリス、フランス、ドイツ…といったヨーロッパの研究者で固められており、非ヨーロッパでは僕一人。名前は所属研究機関のある都市名とともにリストアップされているのですが、"Osaka"という都市名とともに掲げられた名前は正直違和感があります。(残念ながら、我がOsakaの名前は、Tokyo、Kyoto、Hiroshima、Nagasakiに比べると、スウェーデンでは圧倒的に知られていないのです。だから僕を日本人だとわからない人も多いでしょう。)まだ実際の仕事はまわってきていませんが、来年5月はユーテボリでのスウェーデン歴史家会議への出席が義務づけられ、8月のトロムソでの北欧歴史家会議と併せて忙しくなりそうです。(来年5月は阪大創立80周年記念のイベントが続き、すでに国際シンポの予定も入っているのですが、間髪入れずユーテボリへの出張が続きます。)

さて、物は試し…とばかりに同僚のMくんに最新のHTを見せてみました。パッと見て彼が驚いたのは、すべての論文、書評などの記事がスウェーデン語で書かれているということ。HTは歴史叙述や歴史観など歴史学の根本に関わる問題などにも野心的に取り組んでいますが、スウェーデン語だけで書かれている(サマリーは英語ですが)記事では、「国際」化したいというスウェーデン歴史学協会の意識とは裏腹に、諸外国で読者を増やしスウェーデンの歴史学界の最先端を知らしめるには道程が遠いでしょう。スウェーデンは日本と比べれば日常会話レベルの英語はみな上手ですし、スウェーデンの研究者も欧米の研究雑誌や研究書はよく読んでいる。けれど逆に、優秀な研究は数多くあれどもスウェーデン語でしかパブリッシュしないスウェーデンの歴史学界の動向は世界的にあまり知られていません。(これはどうもスウェーデンでも歴史学界に見られるある意味「保守」的な傾向で、スウェーデンでも社会科学の分野などでは英語でパブリッシュされることは普通です。)

それゆえ、興味深いことに、スウェーデンの優秀な研究者は欧米の歴史学者の著作に多くを学んでいても、欧米の研究者に似通ったテーマで研究しているスウェーデンの歴史学者のことを尋ねても、彼らが知らないということはよくあることで、なぜか僕などが両者の仲介役を買って出たりする。ん…?なんだか奇妙な話に思いませんか?こうした欧米の歴史学界とスウェーデンの歴史学界との架け橋に、なぜか僕のような欧米の学界動向とスウェーデンの学界動向の両方を知る日本人の研究者が活きる可能性があります。世界中どこへ出張しても驚かれるのは、「なんで日本には、世界中のあらゆる場所、あらゆる時代の研究者がいるのか?」ということ。明治以来の紆余曲折の結果とはいえ、はからずも日本の歴史学界は、普段邂逅する機会の少ない世界諸地域の歴史学界を取り結ぶ架け橋の役割を担える位置にあります。

HTの仕事から僕は日本に生きる歴史学研究者としてそのような可能性を感じていますが、スウェーデン語でばかり情報発信している傾向や、未だにデジタライズの「デ」の字も進めようとしない頑な方針(…ここらへんはスウェーデンでもルンドなどのほうが先駆的です…)など、HTの「国際」化の壁になっている点は、非ヨーロッパ系唯一の委員としては指弾していきたいところ。というか…スウェーデンの歴史学者はよく冗談で「デンマークの歴史学者は抽象的発想ができない」とか馬鹿にして、優越感に浸っていたりするのですけれども(…真剣に言っている訳ではなく、歴史学者の間での冗談ですよ…)、そんな冗談を言っている間に「国際」化から取り残されてしまいますぞ…スウェーデン様。

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コメント

>2010年3号の表紙をめくると、docentの肩書きで僕の名前が入っていました。

それは慶事です。Congratulations!

>「なんで日本には、世界中のあらゆる場所、あらゆる時代の研究者がいるのか?」ということ。明治以来の紆余曲折の結果とはいえ、はからずも日本の歴史学界は、普段邂逅する機会の少ない世界諸地域の歴史学界を取り結ぶ架け橋の役割を担える位置にあります。

これは森本芳樹さんもことあるごとに指摘していたことですね、 e.g. 『歴史の風』。

とはいえ、「‥‥語でばかり情報発信している傾向や、未だにデジタライズの「デ」の字も進めようとしない頑な方針」というのは、日本の歴史学雑誌のことかと思って読みました。
(マーケットの大きな)英語国にはかなわない、といった defeatism の誘惑‥‥

近刊の塩川徹也さん、川北稔さんの書物からも、想いが連なります。

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