最近のトラックバック

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« 僕はMicrosoft Officeを糾弾する | トップページ | 北欧史概説 »

2009年10月 8日 (木)

携帯するPCに求めるもの

トイレのなかだけが唯一落ち着ける場所…そんな日々になってしまっている。気分転換がてら一言。今日Sonyから発表された薄型軽量のVAIO Xについて。薄くて、軽くて、バッテリももつと言うではないか。値段も11万円くらいからと聞く。液晶も11インチ、VGAコネクタも内蔵…とくれば、仕事用の携帯PCとしてはなかなか魅力的だ。しかし…よくよくスペックを見るとCPUはAtom Zという。となると安価なネットブックと同程度といった感じ。Windows 7なら使えなくはない程度に動くといった感じだろう。

考えてみると、VAIO Xのロジックボードはとてもコンパクトにまとまっているけれど、あれは去年鳴り物入りで発売されたVAIO type Pとほとんどかわらないものではないか?type Pはパームレストを省いてソロバンのような横長筐体でデザインをまとめたけれど、このXはロジックボード部とバッテリ部を縦配置させ、バッテリ部の上にパームレストを配置し、ロジックボード部とバッテリ部をあわせて面積が拡がった分11インチ液晶を載せたに過ぎないのではないか?

ということでVAIO Xにあまり新奇性を感じない。type Pの小ささに違和感を感じていた人にはもってこいの選択肢だろうが、type Pの処理能力の低さに閉口した人には同じような失望感を与える可能性がある。結局のところ、「高価なネットブック」に過ぎないのだ。とはいえ、この10月後半にはWindows 7も発売されるわけで、この新しいOSとの組み合わせによる処理速度の実際に応じて、満足できるか否かが決まってくるのだと思う。

どんなに薄型軽量のPCがつくられてみても、処理能力の低さから出先での仕事が制限されてしまうのでは欲求不満が溜まるだけだろう。処理能力いう点で満足を得ようとするならば、現時点ならばAtomを回避して、Celeron SU2300といった超低電圧版のデュアルコアプロセッサを搭載しているPCを選ぶべきだろう。例えば、エイサーがつくり(昔懐かしい)Gatewayブランドで発売されているEC1400-31Kなどは、一見すると他のネットブックとそうかわらない値段(6万円程度)ながら、実のところその処理能力は格段に上である。VAIO Xの薄型軽量とは比較にならない筐体だが、しかしVAIO Xとは比較にならないコストパフォーマンスと処理能力の高さが後者には秘められている。(密かに僕のお薦めマシン。)

そんなことを書いている僕はといえば、どちらにもなびかない。一つの理由は出先でも快適な作業を確実にするOSの問題である。今の時点では、快速・安定という二点において、たとえWindows 7がローンチされたとしてもMacOS XからWindows 7へ移ることは考えられない。もう一つの理由は出先での仕事をあきらめない処理能力を愛用のMacBook Airがもっているということ。僕の日常では電車やバスのなかでプレゼンを作成し、PDFに変換して、ネットにアップする…といったことが「ささっと」行える処理能力が必要。フルスペックとまではいかないが、それに近い能力を出先に持ち出すことができたほうが出先でも妥協することなく、結果的に「いらつかない」。

5万円前後のネットブックと10万円以上のラップトップを比較することは間違っているとは思うが、僕はその差額に精神安定の効果を求めているのかも知れない。もちろん5万円前後のものを買うというならば「この値段ならこの処理能力だよね」といった精神的「割り切り」が先に立つから、それはそれで心落ち着く買い物になるだろう。買い物とは単に「金を払った代価として物を得る」という行為なのではなく、「金を払った代価として物に仮託した(自己)満足」を得る行為なのだから。となると5万円前後のネットブックと処理能力がたいして変わらないように見えるVAIO Xが、デュアルコアプロセッサを搭載したラップトップに迫るような10万円以上という価格だという話の先には、一つの結論が見えてくる。「いらつきますよ、このマシン。」…たぶん。

« 僕はMicrosoft Officeを糾弾する | トップページ | 北欧史概説 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 僕はMicrosoft Officeを糾弾する | トップページ | 北欧史概説 »