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2009年9月25日 (金)

沖縄をめぐる北欧的アプローチ

しばらくブログを更新していなかったけれども、こうして自由時間ができて更新を繰り返していると、結構な数の人がこの駄文を読みに帰ってきてくれているようだ。ありがとう。(→この程度の内容ならば、ブログではなくてTwitterのほうが良いのかな?)

昨日は箕面のほうに『史学雑誌』と『北欧史研究』の最新号が届いて、それぞれ巻頭に掲載されていた近世の琉球貿易と中世アイスランドに関する論文を並行させながら読んでいた。対象となっている時代も、地域も、研究手法もまるで異なる二つの論文を同時並行的に読んでいることは分裂しきったおかしな話だが、それには僕なりの理由があった。たまたま近いうちにとあるイベントで沖縄について話をする機会があって、(…スウェーデン史研究者の範疇を逸脱しているが、ありがたいことに語り部としての仕事は増えるばかりだ…)その準備をせざるをえない僕の頭のなかでは、現在アメリカ軍基地に依存する状況をもった島嶼部として両者がつながったからだ。もちろん二つの論文と現在の話とには何ら関係はないけれど…まぁ、いいじゃない、面白かったし、勉強させてもらえたから。

調べてみて驚いたのだけれども、今の沖縄県の面積はおよそ2300平方キロメートルしかないのに人口は140万人。アイスランドの場合には、面積がおよそ10万平方キロメートルもあるのに人口は32万人。無論、両者の置かれてきた自然環境や文化環境はまるで異なるし、日米安全保障条約に絡む重大な問題もあるから短絡的な比較は厳に慎むべきだけれど、冷戦期における地政学的な関係においてアメリカ軍基地が築かれた点では似ている。アイスランドは宗主国たるデンマークからの独立過程において、アメリカ軍基地の存在を利用してアメリカ(そしてイギリス)の支持を取り付けた。海外で軍事活動が展開される場合、軍隊の駐留する地域において、いわゆる地位協定が締結され軍事活動の自律性が保証されるのは一般的なことであって、それは沖縄だけのことではなく、NATOに加盟しているヨーロッパ諸国でも同じこと。(イラクなどに自衛隊が派遣された場合でも地位協定のようなものはあったはずだ。)

アイスランドの場合には、自国の軍隊を保有しないかわりに安全保障面でアメリカの軍事力に依存しているが、例えばアメリカ軍基地へ経済的に依存することなく、アメリカに政治的に従属することなく、独立国として自立できた背景には、20世紀後半の技術革新によってアイスランドが極北の貧国から脱することができた部分が大きい。例えば、地熱開発の進展はアイスランドの生活を根本から変えた要因の一つだと思う。アイスランドは古来漁業国として知られているが、地熱発電の開発は豊富に産出されるボーキサイトからのアルミニウム精製(多量に電力を用いるらしい)という工業を発展させ、地熱を利用した農業はアイスランドに自給自足可能な豊かな食料をもたらした。アイスランドの大部分は氷河や火山に覆われ、人も住むことのできない地勢が拡がっているために人の住める土地が少なく、結果として人口が少ないということもあるが、例え30万人強の人口といえども自活できる経済環境を得たことは、アメリカ軍基地に依存しながらも主権国家としての地位を確たるものにした大きな要因だろう。(もちろん昨年のアメリカ発の金融危機で真っ先にアイスランドが深刻な影響を受けたことから、両者が経済的に深いつながりがあることも理解しておくべきだろうけれど。)

ここまで書いて思ったけれど、そうした自活可能な経済環境があるアイスランドは、同じアメリカ軍基地があるとは言え、沖縄との比較にはむきそうにない。となると、沖縄のように(1)珊瑚礁などが堆積した結果として石灰岩系の土壌があり(そしてその結果としての農業環境があり)、(2)特定海域において中継貿易に依拠した自律的な立場をもった歴史があり、(3)現在は世界遺産のような観光資源に依存する産業構造をもった島嶼としては、例えばバルト海最大の島ゴットランド(現在はスウェーデンを構成する一つの県を構成している)が思い当たる。ゴットランドはもちろんアメリカ軍基地があるわけではないし、それゆえにスウェーデン本国から特になんらかの支援を受けているわけでもない。ゴットランドの面積は沖縄とそれほどかわらない2900平方キロメートル程度だが、そこに住む人口はほんの5万人ほど。(そういえば、ゴットランドも近世に新たにスウェーデン領になった地域だけれども、ここではスコーネ地方にみられたスウェーデンへの同化を強制する「スウェーデン化」政策の話を聞かない。沖縄でも、例えば「日本」化政策のような話を聞かないなぁ。)中世のハンザ同盟華やかなりし昔ならいざ知らず、このゴットランドが今の状態でアイスランドのように独立することはおよそ考えられないだろう。

ヴィスビーでも、琉球でも、特定海域における商業圏が活性化した一時期に、諸国家間体系下における国益を念頭に集権的政策を実施する近世王権のような存在がなかった状況ではじめて栄えることができたに過ぎない。人口140万人を擁しながらも自活可能な経済環境のない沖縄の今を考えてみるに、東アジアにおける地政学的位置ならびに歴史的位置とにおいてみれば、アイスランドやゴットランドといった一見似通った来歴と現状を持つ島嶼部とは、まるで話が違うことがわかってくる。沖縄を巡っては、一言で言えば、琉球が辿った二重の「敗北」の関係(琉球→日本→アメリカ)が話を複雑にしているわけだ。益々頭の痛い話。(そういえば13世紀以降のアイスランドの歴史もある意味二重の「従属」の過程(アイスランド→ノルウェー→デンマーク)を辿ったんだな。)さてさて北欧史を専門とする僕は、沖縄をどういう切り口で論じるべきだろうか…って、なにやってるんだか(笑)。

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