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2009年9月

2009年9月29日 (火)

調和の霊感、所有の霊感

先週末に子供たちのヴァイオリンのホームコンサートがあって、6歳になる息子は、ヴァイオリン初学者ならば誰もが学ぶヴィヴァルディの『調和の霊感』に収められているイ短調協奏曲を演奏した。(指導のおかげもあろうが、彼はよく演奏した。)

普段の僕はあまりバロック音楽を好んで聴くほうではないのだけれど、さすがにここ数週間は自宅にいるといつもこの曲ばかり聴かされていて、頭のなかはヴィヴァルディ一色に染まってしまっていた。息子には悪いが、そもそも一流の演奏家が演奏したら、この曲はどうなるのか?思い立って、自宅のCDコレクションから『調和の霊感』を探そうとしたが、なんら整理されないままに(かの「超整理法」よろしく)聞いた順にそのまま放置している数千枚のCDのなかから、『調和の霊感』だけを引っ張り出すのは一苦労。そもそも『調和の霊感』を所有していたかどうかも覚束ない。

こうなってくるから…勢いネット上のiTunes Storeに頼って、ネット上からダウンロード購入してしまおうか…ということになる。しかし『調和の霊感』についてiTunes Storeにあるラインナップを見ると、昔懐かしいモダン楽器によるマリナーとアカデミー室内管弦楽団の演奏や古楽演奏の先駆ピノックとイングリッシュ・コンサート(これも懐かしい!…昔、朝と言えば『朝のバロック』だったよね?…)などはあっても、「これは名演!」と直感できる演奏がない。(あろうことか、イ・ムジチだとか、ホグウッドとかの名盤さえない。)

iTunes Storeのラインナップ不足が幸いしたのだけれども、そこらへんから僕の記憶のなかの「所有の霊感」がはたらきはじめた…(笑)。どこの誰の演奏だったかは忘れたけれども、遠い昔にエラート・レーベルあたりでヴィヴァルディのCDを買っていた…おぼろげな…そしてある意味、むずがゆさを感じる「所有の霊感」。ゴソゴソとCD棚を「発掘」し始め…CDの山と格闘すること十数分…ビンゴ!あったよ、あった…シモーネとイ・ソリスティ・ヴェネティによる1987年デジタル録音盤が!早速iTunesに取り込んで、ヴィヴァルディを聞きながらこの発言を書いている。しかし昔は流麗な演奏だということで気に入っていたこの演奏も…なんとなく斬新な古楽演奏に馴れた身には、可もなく、不可もなくといった中庸な演奏に聞こえる。四半世紀で聴く側の耳も変わってきてしまったということ。

そうだ…そういえば『四季』についても、バーンスタインとニューヨーク・フィルによる大時代的演奏の極致をいった変態録音がどこかにあった筈…再び「所有の霊感」が僕に降臨しないかな!

2009年9月27日 (日)

iPhoneによるVNCの実現

Img_0553PCを使い続けて15年あまり。Virtual Network Computing(VNC)は、これまで僕が切望しながらもついぞ実現させることができないでいた機能である。簡単に言ってしまえば、これはネットワーク上にあるPCを遠隔操作する機能。この機能が使えると、例えば、外出先にあっても自宅のPCに蓄えられたデータにアクセスし、ファイルの編集や送信などを遠隔操作で可能にする。

これまでこのVNCを実現できなかった理由は、第一にルータに独自IPを設定して常時外から出入り可能な「穴」を空けて置くことができなかったこと(したくなかったこと)、第二に外からアクセスしたときにスリープ状態にある自宅のPCを立ち上げてデータを共有するWake on Demand機能がこれまでのMacOS Xではできなかったことにある。これらの問題が、先月末に発売されたMacOS X 10.6 Snow Leopard では、MacとAirMacベースステーション(あるいはTime Capsule)の組み合わせで完全に解決され、素人でも安心してVNCを実現できるようになった。

簡単に説明するならば、外出先へはリモートコントローラとなるiPhoneのみを持ち出しておき、必要な場合にiPhoneから自宅にあるiMacへ接続、iPhoneにインストールしてある遠隔操作用のアプリケーションを使って自宅のiMacを操作する。自宅のiMacは外出時にはスリープ状態にしておき、iPhoneから外部接続したときにのみ起動し、遠隔操作が切断された数分後に再び自動的にスリープ状態に戻るように設定しておく。このように出先から遠隔操作ができれば、最悪、出先で緊急に必要になったファイルを自宅PCのハードディスクから取り出したり、出先で緊急に修正の必要になったファイルを自宅PCにインストールされたアプリケーションを遠隔操作して修正することもできる。

この機能は、先日発言した「手ぶら通勤」を励行するうえでおそらく最も有用なものだと2000年代に入りかけた頃からわかっていた。それが、ようやく(僕の場合には)iPhone・Time Capsule・iMac(Snow Leopard)の組み合わせで可能になった。僕のような素人でも、Snow LeopardとiPhoneに組み込んだ遠隔操作アプリケーション(今回はJaadu VNC)の組み合わせならば、簡単にVNCを実現できた。Time Capsuleを通じてネット接続されているiMac側はシステム環境設定にある省エネルギーの設定で「ネットワークアクセスによってスリープを解除」に、共有の設定で「画面共有」と「VNC使用者が画面操作を操作することを許可」ならびに「リモートログイン」にチェックを入れるだけ。iPhone側に至っては、Jaadu VNCが自動的に遠隔操作対象のMacを見つけてくれるので、(3G回線の場合にはEncryptionをオンにして、)遠隔操作対象となるPCを選んで、あとはパスワードを入れるだけである。

屈折10年あまり。遠隔操作の実現はあまりにあっけなかった。(それだけSnow Leopardがユーザに負担をかけない、簡潔なつくりだということだ。)この発言の最初に掲載した写真は、実際にiPhoneを使ってiMacに接続した画面。Snow Leopardのスリープからの復帰は2〜3秒もかからないので、あっという間にiMacのデスクトップの画面がiPhoneに現れる。iPhone上のデスクトップの画面を拡大させながら遠隔操作を行うが、Snow Leopard側の処理はiMacが行うためWordを操作しようが、Photoshopを操作しようが、実に軽快である。(日本語入力の遠隔操作も問題ない。ちなみに、この写真には研究活動でもっとも重宝しているPapersが起ち上がっている。)

iPhoneを用いてこれほどまでに軽快に、ほとんどタイムラグのない状態でiMacを遠隔操作できるならば…極端な話、ラップトップPCを出先にモーバイルする必要もなくなる。出先でPCが必要になる場合には、iPhoneから自宅のiMacに接続して作業をすればよいからだ。これですべての出先での作業をiPhone一つで肩代わりさせることができるようになる。(出先でのファイル印刷については、コンビニのコピー機をプリンタ代わりに使えるクロネコ@ファックスや富士ゼロックスのネットプリントなどを使えばよい。)iPhoneによりVNCが実現できたことで、僕の「手ぶら通勤」のスタイルはまた一つ進化を遂げた。

2009年9月26日 (土)

チャンプルーの文化

昨日の発言で書いた沖縄の話。今日一日いろいろ考えてみて、沖縄の文化を説明するのに「チャンプルーの文化」というキーワードでまとめるのが妥当と判断。「これは良い!」と思っていたら皆考えることは同じらしい。後から調べてみると、すでにネット上の各所でも用いられて、新奇性はないので残念。でも、今まで調べてきた沖縄の地政的位置や歴史的位置を包括するキーワードとしては、これが最も妥当だろう。「チャンプルー」は沖縄口で「混ぜ合わせる」という意味があるが、沖縄の文化(とりわけ今回僕に求められている食文化の来歴)の本質は、東南アジア・東アジア…そしてアメリカとの文化的習合。(宗教学上の本来の語義から外れるが、僕の頭のなかのイメージとしてはシンクレティズムに近い。)泡盛という酒の話や豚や昆布を多用する料理の話などは、東南アジアと東アジアを結ぶ、そして日本と中国を結ぶ沖縄の地政的・歴史的位置をもわかりやすく、(「沖縄」につきものの悲劇的な物語性を回避しつつ)あぶりだしてくれるものだろう。(北欧の話は今回はなしかな。)というわけで、頭の中の種がはじけたので、一気に講義メモを執筆中。その講義の席では、『春雨』で知られる宮里酒造所から『春雨』の仕込み水を直々に提供頂き、それを用いた『春雨』の前割も振る舞われることが確定したらしい。その仕込み水が本土に持ち込まれるのは今回が初めてということらしいので、これはえらいことだ。大学の枠では決してできない企画を実現させてしまう大阪の町中に生きる人たちの熱意と力に敬意を払いたい。


2009年9月25日 (金)

沖縄をめぐる北欧的アプローチ

しばらくブログを更新していなかったけれども、こうして自由時間ができて更新を繰り返していると、結構な数の人がこの駄文を読みに帰ってきてくれているようだ。ありがとう。(→この程度の内容ならば、ブログではなくてTwitterのほうが良いのかな?)

昨日は箕面のほうに『史学雑誌』と『北欧史研究』の最新号が届いて、それぞれ巻頭に掲載されていた近世の琉球貿易と中世アイスランドに関する論文を並行させながら読んでいた。対象となっている時代も、地域も、研究手法もまるで異なる二つの論文を同時並行的に読んでいることは分裂しきったおかしな話だが、それには僕なりの理由があった。たまたま近いうちにとあるイベントで沖縄について話をする機会があって、(…スウェーデン史研究者の範疇を逸脱しているが、ありがたいことに語り部としての仕事は増えるばかりだ…)その準備をせざるをえない僕の頭のなかでは、現在アメリカ軍基地に依存する状況をもった島嶼部として両者がつながったからだ。もちろん二つの論文と現在の話とには何ら関係はないけれど…まぁ、いいじゃない、面白かったし、勉強させてもらえたから。

調べてみて驚いたのだけれども、今の沖縄県の面積はおよそ2300平方キロメートルしかないのに人口は140万人。アイスランドの場合には、面積がおよそ10万平方キロメートルもあるのに人口は32万人。無論、両者の置かれてきた自然環境や文化環境はまるで異なるし、日米安全保障条約に絡む重大な問題もあるから短絡的な比較は厳に慎むべきだけれど、冷戦期における地政学的な関係においてアメリカ軍基地が築かれた点では似ている。アイスランドは宗主国たるデンマークからの独立過程において、アメリカ軍基地の存在を利用してアメリカ(そしてイギリス)の支持を取り付けた。海外で軍事活動が展開される場合、軍隊の駐留する地域において、いわゆる地位協定が締結され軍事活動の自律性が保証されるのは一般的なことであって、それは沖縄だけのことではなく、NATOに加盟しているヨーロッパ諸国でも同じこと。(イラクなどに自衛隊が派遣された場合でも地位協定のようなものはあったはずだ。)

アイスランドの場合には、自国の軍隊を保有しないかわりに安全保障面でアメリカの軍事力に依存しているが、例えばアメリカ軍基地へ経済的に依存することなく、アメリカに政治的に従属することなく、独立国として自立できた背景には、20世紀後半の技術革新によってアイスランドが極北の貧国から脱することができた部分が大きい。例えば、地熱開発の進展はアイスランドの生活を根本から変えた要因の一つだと思う。アイスランドは古来漁業国として知られているが、地熱発電の開発は豊富に産出されるボーキサイトからのアルミニウム精製(多量に電力を用いるらしい)という工業を発展させ、地熱を利用した農業はアイスランドに自給自足可能な豊かな食料をもたらした。アイスランドの大部分は氷河や火山に覆われ、人も住むことのできない地勢が拡がっているために人の住める土地が少なく、結果として人口が少ないということもあるが、例え30万人強の人口といえども自活できる経済環境を得たことは、アメリカ軍基地に依存しながらも主権国家としての地位を確たるものにした大きな要因だろう。(もちろん昨年のアメリカ発の金融危機で真っ先にアイスランドが深刻な影響を受けたことから、両者が経済的に深いつながりがあることも理解しておくべきだろうけれど。)

ここまで書いて思ったけれど、そうした自活可能な経済環境があるアイスランドは、同じアメリカ軍基地があるとは言え、沖縄との比較にはむきそうにない。となると、沖縄のように(1)珊瑚礁などが堆積した結果として石灰岩系の土壌があり(そしてその結果としての農業環境があり)、(2)特定海域において中継貿易に依拠した自律的な立場をもった歴史があり、(3)現在は世界遺産のような観光資源に依存する産業構造をもった島嶼としては、例えばバルト海最大の島ゴットランド(現在はスウェーデンを構成する一つの県を構成している)が思い当たる。ゴットランドはもちろんアメリカ軍基地があるわけではないし、それゆえにスウェーデン本国から特になんらかの支援を受けているわけでもない。ゴットランドの面積は沖縄とそれほどかわらない2900平方キロメートル程度だが、そこに住む人口はほんの5万人ほど。(そういえば、ゴットランドも近世に新たにスウェーデン領になった地域だけれども、ここではスコーネ地方にみられたスウェーデンへの同化を強制する「スウェーデン化」政策の話を聞かない。沖縄でも、例えば「日本」化政策のような話を聞かないなぁ。)中世のハンザ同盟華やかなりし昔ならいざ知らず、このゴットランドが今の状態でアイスランドのように独立することはおよそ考えられないだろう。

ヴィスビーでも、琉球でも、特定海域における商業圏が活性化した一時期に、諸国家間体系下における国益を念頭に集権的政策を実施する近世王権のような存在がなかった状況ではじめて栄えることができたに過ぎない。人口140万人を擁しながらも自活可能な経済環境のない沖縄の今を考えてみるに、東アジアにおける地政学的位置ならびに歴史的位置とにおいてみれば、アイスランドやゴットランドといった一見似通った来歴と現状を持つ島嶼部とは、まるで話が違うことがわかってくる。沖縄を巡っては、一言で言えば、琉球が辿った二重の「敗北」の関係(琉球→日本→アメリカ)が話を複雑にしているわけだ。益々頭の痛い話。(そういえば13世紀以降のアイスランドの歴史もある意味二重の「従属」の過程(アイスランド→ノルウェー→デンマーク)を辿ったんだな。)さてさて北欧史を専門とする僕は、沖縄をどういう切り口で論じるべきだろうか…って、なにやってるんだか(笑)。

2009年9月24日 (木)

生の感覚に基づく地域概念の検討

およそ二週間ぶりに箕面の研究室に来ました。今、この2月に開催された国際シンポジウムで僕が座長を務めたワークショップのコロークの編集をしています。活字化してみると、とてもなが〜くて編集作業に手間どってますが、これが結構おもしろい。なんとしても今日中に編集作業を終わらせるつもりですので、またあとでその話を書きますね。

2009年9月23日 (水)

進化する手ぶら通勤

前の発言で鞄を話題にしておきながら、間髪入れず鞄を用いない手ぶら通勤のことを発言するのは精神分裂の証左ととられても仕方がないかも知れないが、このブログは(…忘れかけていたけれど…)授業連絡・物欲ネタ・ITネタの三本柱でこれまで成り立ってきたように思うので、今日はITネタがらみで発言してみたい。

手ぶら通勤については以前も数回このブログで話題にしたことがある。この8〜9月のようにノマドな生活を送ることがなければ(つまり自宅と本務校を往復するだけの生活ならば)僕は、手ぶら通勤のスタイルを堅持することにしている。それは、先の発言に書いたように、「胸を張って颯爽と闊歩する虚勢」を重視しているからだ。そうした僕のスタイルを実現するに多くを負っている道具は、かつての携帯電話であり、今のスマートフォンである。とりわけ昨年のiPhoneの導入によって、僕の手ぶら通勤スタイルが劇的に進化を遂げたことは、ここでも発言した。最近は、同僚や学生の間でもiPhoneを愛用している人を多く見かけるようになった。なかには携帯電話とiPhoneの使い方に大きな違いがあるために、僕にアドヴァイスを請う方もいらっしゃる。

スウェーデンに滞在していた頃から今までの半年の間、iPhoneを核とした手ぶら通勤スタイルはさらに進化の度合いを深めた。(あまり薦められたことではないが)僕はスウェーデンでiPhoneとクレジットカードとパスポートだけをポケットに入れて、手ぶらでストックホルムやウップサーラを闊歩していた。さすがにインドではそうはいかなかったが、iPhoneは日本国内だけでなく、無線LANのある環境なら(たとえ携帯電話の回線を用いなくても)とても便利な道具である。海外での旅行スケジュールやはじめて訪れる町の地図、そうした町にあるレストランなど様々な施設の情報(その情報は大抵の場合、地図と連動している)…ポケットに収納できる道具だけで、見知らぬ町も迷わず歩くことが出来る。

手ぶら通勤の進化という点から言えば、iPhoneの活用によって僕の携帯する道具から排除されたものが三つある。電子辞書、デジタルカメラ、そしてUSBメモリである。電子辞書については、EPWING形式(かつて存在した電子ブックのデータ形式)の辞書ファイルさえiPhoneに仕込んでおけば、ネットワークに接続できない環境でも英語・ドイツ語・フランス語・スウェーデン語はもとより、平凡社やブリタニカなど定評のある百科事典、時間つぶし程度にWikipediaを検索できる。デジタルカメラについては、iPhone内蔵のカメラは決して画素数が高いわけでもないが、(どういう理由なのだろう…レンズが明るいのか、どうなのか…)スナップ写真程度なら、(人によって程度はかわるだろうが…)僕には満足できる写真が撮れるので、デジカメを持ち歩かなくなった。(例えば、二つ前の発言にあるIKEA鶴浜でのランチプレートの写真はiPhoneで撮った無加工の写真である。)またデジカメはコピーしたい文献がある場合にコピー(あるいはスキャナ)の代わりに用いていたが、iPhoneでは意外にもA4程度の大きさならば文字を認識できる写真を撮影できるので、スキャナの代わりとしても使えている。

この話の極めつけは、USBメモリを携帯しなくなったという点だろう。厳密に言えば、不測の事態に対応するためにキーホルダにはUSBメモリを一つかけているのだが、それを使うことはほとんどない。USBメモリは便利そうに見えて実のところリスクも高い道具だと僕は思っている。例えば、USBメモリは様々なPCに接続されるために、無意識のうちにウィルスに感染してしまう可能性が(通常のスタンドアローンなクライアントPCに比べると)高い。また最近はスマートなデザインゆえに華奢なUSBメモリが増えたため、コネクタ部を中心に物理的に破損する可能性が高い。さらに…よく話題にされることだが、USBメモリは携帯に便利である反面、忘れ物になりやすい。おそらく個人情報の漏洩は、USBメモリの紛失によって頻繁に起きているだろう。

そうしたUSBメモリのリスクを念頭に、僕は仕事上作業の必要なファイルの保存をネットワーク上のストレージサービスに依存するようになった。ここ一年ほどのクラウドコンピューティングの発展は、クライアントのハードウェアにデータを保存するという従来のワーキングスタイルを一新し、ネットワークに接続された端末ならばどんな端末からもサーバの上ストレージに保存された書類にアクセスして「いつでも、どこでも」作業できるようになった。僕は、データ転送の速度と安定という点からDropboxというサービスを、iPhoneやMacとの連携という点からmobilemeのiDiskというサービスを使って、ネットに接続された環境にあれば「いつでも、どこでも」データを引き出せるようにしている。

30分くらいバスに揺られる通勤ではあえてPCを開こうという気分にはならないが、iPhoneであれば音楽を聴きながら、メールをチェックして、次いでに書きかけの書類や転送されてきた書類に目を通そうか…というくらいの気分になる。読みかけの論文についてはPapersのサブセットで対応できるが、iPhoneはDropboxやiDiskに保存された書類を引き出して閲覧できる。MicrosoftのOffice文書のうちWordやExcelのファイルも、最近はiPhone上で編集もできるようになった。もちろんiPhoneを核とした手ぶら通勤のスタイルは、なんでもかんでもできるオールマイティのものではない。(そういう目的をもつならば、動作速度の遅さに耐えつつもフルセットのWindowsが使える工人舎のPMや、シャープのNetWalkerなどを携帯すべきだろうが…その時点で手ぶらではなくなるから、僕は却下だ。)手ぶら通勤とは、仕事場についてから本格的な作業を行うのだと決め、バスや電車のなかではちょっとファイルを閲覧するだけ…と割りきる「潔さ」こそが肝心のワーキングスタイル。とはいえ、この「潔さ」も「虚勢」からくるわけだから…あれやこれとコトバを重ねるほど「虚しさ」が残る。

2009年9月22日 (火)

鞄とともに振り返る日々

なんだか昨日の発言で紹介したTwitterのブログパーツが、今日になってみるとローディングエラーになっている。まぁ、こんなもんだね。6月の大阪復帰以降、ブログを書く時間も見つけられない日々を過ごしているが、こうした日々を過ごしていると僕はいきおい消費行動を通じてカタルシスを得ることに依存してしまう傾向がある。この発言では、この数ヶ月を鞄をめぐる僕の消費行動から振り返ってみよう。

スウェーデンでの禁欲生活から開放された6月の僕は京都で物欲を開放した。ウップサーラにいたとき、酷使の結果くたびれてしまった国立商店の2Way Light Briefという鞄をリプレースしようと考えていた。2Way Light Briefという鞄はとてもよくできた鞄で、ラップトップPCの収納メインでデザインされた鞄は収納の面でとても機能的、しかも一見帆布に見える特殊な化学繊維は軽くてとても丈夫。ここ4年ほどラップトップPCを携える必要がある場合には国内外のどこへ行くにも…あの過酷な統合協議の日々も…常に携えていた。定番化された商品というものは少しづつ不具合が修正されて完成度がさらに高まり、何年も商店のカタログに掲載されるもの。この2Way Light Briefも(今は在庫がないようだが)今でも購入することができる。(デザインもよく、軽くて丈夫な鞄を探しているという人がいたら、僕はこれをお薦めする。)

リプレースにあたっては同じ2Way Light Briefを候補に考えないでもなかったが、スウェーデン帰国後の反動から、京都へ行って、京都を散歩して、京都で時間を過ごしたい気持ちも高まっていたから、昨年姉小路にオープンした土屋鞄にでも行ってから考えてみることにした。ウップサーラにいたときから、ここのとても薄い形のブリーフケースが気になっていたし、革製品ならば、僕のもうひとつの趣味である「革みがき」も満足させてくれると思っていた。(靴や鞄に油をぬりこむ「革みがき」という単調な行為は、不思議と精神に安定をもたらしてくれる。やりたい仕事ができない、仕事がうまくいかない…といったときに荒んだ気持ちを落ち着かせるには、こうした単調な作業がとてもよいリハビリになる。)

収納できる物量や総計としての重量などの点から鞄の機能を重んじるならば、2Way Light Briefを選ぶべきだ。しかし、そのときは機能性を度外視して、8〜9月にかけての激務をなんとなく想定しつつ…所有しているだけで気持ちが落ち着きそうなもの…というとんでもない観点から新たな仕事のパートナを選んだ。(見ているだけで、「ニヤニヤ」してしまうものってあるよね…。)このブリーフケースは、ラップトップPCの収納を前提としてつくられてはいない。幅がたったの6cmほどしかないのである。愛用のMacBook Airは2cmほどの薄型筐体だからかろうじて収納できるが、それでいっぱい、いっぱい。もちろんラップトップを保護する素材など使われていない。個人的に男のお洒落で大切なことは、どんなに忙しくても背筋を伸ばし、胸を張って歩く「虚勢」にあると僕は思っている。そういう(偏屈な)考えにたつならば、鞄の重さから背中を丸めずに町中を颯爽と闊歩できるスマートさをこそ、この鞄に僕は求めた。(だから、こういう(偏屈な)考えを共有できないならば、僕はこの鞄を誰にもお薦めしない。)

しかしこのブリーフケース、「虚勢」精神には最適だが、鞄としての機能は本当に低い。この8〜9月にかけては、大阪府内の柏原〜豊中、そして枚方〜豊中を往復したり、インドへ出張したり…と商売道具を抱えて出先を歩く日々を過ごした。こういうノマドな日々を過ごしていると、片道1時間30分ほどの通勤時間でモノレールや電車を「研究室」にすべく、そこで見るべき書類や本を抱える必要があるし、いつどこで降り始めるかわからないにわか雨から商売道具を守る装備も必要となってくる。そこでインドへの出張を前にして、そうした機能を備えた鞄としてEastern ShapeのForcaというショルダーバッグを買った。この鞄は2004年の発売以来、AppleのラップトップPCを使っている一部の人たちの間から「神の鞄」と呼ばれているもの。タイを結んでジャケットを羽織るスタイルが多いので、個人的にショルダーバッグを避けてきた。しかし日本のラッシュアワやインドの都市のような数多くの人と「密着」するような場では、荷物を保護する必要からショルダーバッグのスタイルに一利を感じる。このForcaは、ラップトップPC収納を第一にデザインされていて、無駄がない。激しい雨に降られてもPCや書類の類が濡れない工夫には感動を覚えるほど。2004年度のグッドデザイン賞受賞の肩書きは伊達ではない。(だから、もし機能とデザインの両立したショルダーバッグを探しているという人がいたら、僕はこれをお薦めする。)

久しぶりにブログを書くと、こんな駄文でも意外と疲れるのでそろそろこの発言を閉じよう。結局、この発言のオチは特になく…あれこれ理由を見出してはいるけれども、咄嗟の消費行動を繰り返すことで、かろうじて日々の甲斐性の回復を得ていた…という告白。なんとなく、本末転倒かな…と思うのだけれども、鞄の話の次に明日は「手ぶら通勤」の発言でもしてみようと思う。

2009年9月21日 (月)

Twitterの効用

一学期の授業がやっと終わって、自由な時間がとれるようになった…とはいえあと二週間ほどだけど。ちょっと時間ができたので、このブログにはこの頃世間に認知されるようになったTwitterのパーツを加えた。

この春ウップサーラにいた頃、ウップサーラ警察がTwitterをはじめたというニュースを目にし、スウェーデンでもTwitterが日常生活に徐々に根づいている実感を得ていた。しかし個人的には、一つの発言が140字に制限される「つぶやき」が一体何の役に立つのか、どうやって使うべきなのか、わからなかった。

最近になって世話になっているバーがホームページを新設され、そのページで、Twitterを使って、例えばその日の食材の仕入れ状況やそれに応じたその日限りの料理について、リアルタイムな情報がアップロードされる仕組みを知った。(もちろん一つ一つのつぶやきにリプライも可能だから、双方向性は維持されている。)目から鱗が落ちる思いだった。

携帯電話によるメールは受信者・送信者間だけのものであり、非公開なもの。ブログは不特定多数の者に公開されるが、携帯電話などを使った出先からの発言には(できないことはないが)あまりむかない。となると、日常的に必ず携帯している携帯電話などを使い、不特定多数者に対して即座に情報を公開・閲覧するには、Twitterくらいが一番適しているとなる。結局、電車やバスに乗っていたり、駅の構内を歩いていたりするとき、遅刻や休講など、緊急に公開しなけらばならない情報がある場合、その発言は長文を必要としない。そうした場合には、情報の発信と受信の即応性こそが重要なのだ。

このように考えて、しばらく僕はTwitterを「小回りの効く公開掲示板」くらいの役割で使ってみようと思う。取り急ぎこのブログの左上では、僕が一言つぶやいているパーツを置いた。例えば、僕の授業に出ていくれている学生のみんなは、携帯電話で閲覧できるTwitterのページを使ったりして、僕のつぶやきをフォローしてみてほしい。

2009年9月20日 (日)

スウェーデン旗が泣いている

Img_0538_2“シルバーウィーク(…そんな言葉はいつできた?…)”二日目。昨日、突然ブラックアウトを起こしたMacBook Pro(…使い始めてはや二年。グラフィックボードの不具合からリコール対象になっている型番を今まで使っていたが、よくここまで無問題だったと思う…)をApple Store 心斎橋へ修理依頼するついでに、家族とともにIKEA鶴浜へ行った。家族一同、久方ぶりにスウェーデンの食と酒にありつこうと意気投合したからだ。

IKEA鶴浜のレストランについては、以前このブログで苦言を呈したことがある。スウェーデン風ミートボールの「スウェーデン風」たる所以の苔桃のジャムが添えられていなかったという問題である。まずはIKEA鶴浜の名誉のために(…今回は「ジャム、大盛りで!」とあらかじめ伝えたこともあるが…)スウェーデン風ミートボールについて、今はきちんと苔桃のジャムも添えられるようになったことを、ここで明言しておく。これはよかった。(とはいえ、子供むけのミートボールには、やはりこちらが言わなければジャムを添えてもらえなかった。)

僕の公的な肩書き上、発言の影響力に鑑みてあまりスウェーデンのことについてとやかく言うべきではないと思っているが、しかしまた…ミートボールとは別にIKEA鶴浜で落胆させられることがあったので、今回は一言そのことについて書いておきたい。

実は今日のIKEA鶴浜への訪問では、一つ確認してみたいことがあった。先日行きつけのバーのマスターからうかがった「IKEA鶴浜に訪れてみたもののスウェーデンの酒が売られていなかった。」という話である。そして今日、事実そうであることを確認した。いや、より正確に言うならば、会計を出た場所にあるスウェーデン食材の売店では、かろうじてアクアヴィットと…どうみても去冬の余り物としか見えないグレッグ(スウェーデン風のホットワインの原酒)が売られていることは確認した。(あろうことか、スウェーデンは全く生産することのできないワインが堂々と売られている始末…どうしてくれようぞ!)

しかしながら、スウェーデンの酒文化を考える上でとても大切な位置を占めるビールが…ようやくIKEAが本格的に日本に展開することで日本人が味わえるようになったスウェーデン・ビールが、その姿を完全に消していた。世界的に著名な酒評論家のマイケル・ジャクソンがかつて指摘していたように、ヨーロッパ統合の進展とともにEU諸国のビール市場では、例えばデンマークのカールスベアのような大手企業による寡占が進行するなかで(…EUの生産基準は、かの有名なドイツのビール純粋令まで廃止に追い込んだ…)、システム・ボラ−ゲットが国内の酒市場を保護する結果となったスウェーデンにおいては、地方で生産される個性豊かなビールに接することができる。スウェーデンのシステム・ボラ−ゲットの小売店で目の当たりにするスウェーデン・ビールの豊富さは、一見過度な中央集権に見えるスウェーデンの国家政策が実のところ地方社会の多様性を大切にする上で成り立っていることを感じさせてくれる良い例証である。

ようやく昨年来日本ではIKEAによってのみ並行輸入されるようになったスウェーデン・ビールは、(…それでもスウェーデンで大手のスペンドルップのものに限られてはいたが…)そうしたスウェーデンの雰囲気を日本にいながらにして知ることのできる大切な資料だった。ところが、今はその姿をIKEA鶴浜で見ることができない。集中講義の疲れを癒すという目的でスウェーデン・ビールを楽しみにしていた僕の落胆は大きかった。しかも、この写真にあるように唯一IKEA鶴浜で飲むことができるビールは…あろうことか…サッポロの黒ラベル。もちろんサッポロの黒ラベルが良くできた日本を代表するビールであることは知っている。僕も大好きな銘柄の一つだ。しかし、ここは大阪である。大阪という土地を知る者ならば、大阪麦酒会社に起源をもつアサヒ・ビールを選ぶのが常識だろうと思う。

ここまでは感情に流されるままに一方的な発言をしたためてきたが、冷静になってみるならば、IKEA鶴浜…というよりはIKEA日本に、スウェーデン・ビールの並行輸入に関するなんらかの問題があったのかも知れない。そもそも日本へ世界の酒が輸入される場合には酒造会社やその関連会社と契約を結んだ代理店が行うのが常だが、スウェーデンの酒の場合、スウェーデンにおける酒の仲買・小売を支配しているシステム・ボラ−ゲットと日本の代理店が直接契約を結べないなんらかの事情があるのかも知れない。(デンマークならば、例えばアクアヴィットやビールを生産している会社と日本の輸入代理店が直接契約して、輸入されることはよくなされている。)それゆえ、これまでもスウェーデンの酒は、日本の小売店に並ぶことは全くなく、もし見かけたとしても、それは代理店を通さない「個人」的な並行輸入の結果だった。昨年のIKEA日本によるビール扱いもそうした類のものだったのかも知れない。百歩譲ってそうした輸入システムの問題があると想定したとしても、今でもなおIKEAではスウェーデンのアクアヴィットやグレッグが売られているのだから、「なぜビールだけが?」と腑に落ちない点が残る。

まさか「日本人の口にはスウェーデンのビールはあわないから…。」などという理由で、かのスペンドルップのビールが排斥されたわけではなかろう。これはIKEA鶴浜だけの話なのだろうか?なぜビールだけ?(実際には国際企業化しているけれども…)スウェーデン的雰囲気を「売り」にしているIKEAなればこそ、そうした点の説明を是非聞いてみたいものである。かつてスウェーデンは「北斗七星の下の国」と呼ばれたが、(サッポロ・ビールに描かれた)北海道開拓使のシンボルである北辰星(北極星)の下では、ミートボールに翻るスウェーデンの旗が僕には不憫に思えてならないので…。

2009年9月19日 (土)

「1学期」が終わった

あっという間に9月も半ばを過ぎているわけだが、僕はようやく昨日「1学期」分の最後の授業を終えた。学生はまだ夏期休業期間ではあるが、8月前半・半ば・9月半ばと3回に渡って集中講義をこなした。(この間に市民向けの講演も2回ほどこなしている。)8月後半にインドへ出張していたから、実質休めた期間はお盆のときぐらい。 こういう8〜9月になった理由は、今年の3月から5月末にウップサーラ大学に滞在したため開講できなかった授業を、夏期休業期間中の集中講義にまわさざるをえなかったためである。公的理由で派遣される海外出張でも閉講が認められなかったのは、僕の代わりに授業を担当してもらえる者が見つからなかったため。 時間的にも肉体的にも過酷な8〜9月だった。このうえさらに研究活動にも精進せよ…というのである。ただただ求められているものは、肉体的にはスーパーマンのような強靱さ、精神的にはお釈迦さまのような寛容さ。サバティカルもなく、閉講も認められず…では、海外の大学へ講義にいこう…なんて誰も思わないだろう。日本の大学教員が海外の大学に出たがらない理由は、講義で使う外国語へのアレルギ以上に、そうした日本の大学における労働環境の問題があるのだろう。一部の分野ではそうした大学の環境が鎖国状態を生んでいる。深刻だ。

2009年9月14日 (月)

地域研究Ⅷ

関西外大の学生のみなさん、今回の講義で僕が用いる講義ファイルをPDF化して以下にアップロードしますので、予習・復習の際に活用してください。なお、この講義ファイルを閲覧するために必要なパスワードは、授業の最初の回で指示したとおりです。

講義概要をダウンロード

8月6日 序論をダウンロード

北欧世界の基本をダウンロード

スウェーデン総論をダウンロード

8月7日 スウェーデン各論をダウンロード

デンマーク総論をダウンロード

デンマーク各論をダウンロード

8月10日 ノルウェー総論をダウンロード

ノルウェー各論をダウンロード

フィンランド総論をダウンロード

8月11日 フィンランド各論をダウンロード

アイスランド論をダウンロード

自治領など〜未知の北欧論をダウンロード

8月期レポートについて

  • 課題「8月期に扱った北欧の9つの地域のうち自分が関心をもった1つの地域について、その地域の政治・社会・文化などに関する1つのトピックを選んで、文字数1500〜2000字程度でまとめなさい。なおレポートには必ず出典情報に関する参考文献等リストをつけること。」
  • 提出締切は8月31日、提出方法は電子メールでの添付ファイルによる提出、提出先は講義概要(ないしはこのブログの左上にある)古谷のメールアドレスまで。なお、提出時のメール送信後、2〜3日を経過しても古谷から「受領確認メール」が届かない場合には、メールが古谷まで未着だと思って、添付ファイル付きメールを再送してください。

9月15日 北欧の都市論をダウンロード

北欧の政治都市〜コペンハーゲン論をダウンロード

北欧の経済都市〜ユーテボリ論をダウンロード

9月16日 北欧の宗教都市〜ロスキレ論をダウンロード (文字化けがありましたので修正版に差し替えました。指摘ありがとう!)

北欧の学術都市〜ルンド論をダウンロード

北欧の世界遺産論(1)をダウンロード

9月17日 北欧の世界遺産論(2)をダウンロード (リンク先を修正しました。指摘ありがとう!)

森の墓地(スウェーデン)論をダウンロード

ビルカ(スウェーデン)・イェリング(デンマーク)論をダウンロード

9月18日 

ハンザ同盟都市ヴィスビー(スウェーデン)論をダウンロード

北欧の首都を巡る(1)をダウンロード

北欧の首都を巡る(2)をダウンロード

9月期レポートについて

  • 課題「北欧に位置する都市あるいは世界遺産のうち自分が関心をもった対象を1つ選んで、文字数1500〜2000字程度でまとめなさい。なおレポートには必ず出典情報に関する参考文献等リストをつけること。」
  • 提出締切は9月30日、提出方法は電子メールでの添付ファイルによる提出、提出先は講義概要(ないしはこのブログの左上にある)古谷のメールアド レスまで。なお、提出時のメール送信後、2〜3日を経過しても古谷から「受領確認メール」が届かない場合には、メールが古谷まで未着だと思って、添付ファ イル付きメールを再送してください。

成績評価は、出席点(8割以上の出席は必須)、平常点、レポート(8月期、9月期の計2回)の点数から算出します。レポートについては、講義の最終時間に課題を発表しますので、それについてのレポートを提出してもらいます。以上、よろしくお願いします。

2009年9月 3日 (木)

【続】関西外大のみなさんへ

関西外大の学生でレポートを提出してくれたみなさん。ありがとう。今日の時点で提出してもらったすべての人には、僕からレポート受領の確認メールを出しました。なかには何度もメールをくれた人いて、すぐに返信できなかったことをとても申し訳なく思っています。ここまでのところ、提出してくれ、僕のところに届いたみなさんのレポートはきちんと閲覧できていますから、安心してください。もし、今日の時点でまだ僕からの受領確認メールが届いていない人がいたとしたら、その場合は、本当にレポートが届いていませんので、今一度レポートを送って下さい。受領確認のメールが届いている人は問題ありません。お疲れ様でした。また9月期の集中講義でお会いしましょう。

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