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2009年5月12日 (火)

Mycket naturのなかで思う

先週、僕は、ストックホルム在住の日本人研究者のご家族とともに、森の墓地・ビルカと二つの世界遺産を巡った。森の墓地とビルカがどのような意味をもって世界遺産に登録されたものかは、様々なメディアで公にされているガイドをご覧になって頂ければよい。実のところ僕は両者とも今回はじめて訪れた。

僕はかつて両方とも『世界遺産』のテレビ番組作りに協力させてもらったことがあり、森の墓地が現代北欧建築の先駆者とされるアスプルンドのライフワークとなった場所だとか、ビルカが(対岸のホーブゴーデンとともに)ウップサーラ王権によるガムラ・ウップサーラやシグトゥーナなどへの活動拠点の移動以前にあったヴァイキング活動の拠点(そして聖アンスガールによるスウェーデンへのキリスト教布教の起点)だとかいった、百科事典的な知識をそれなりにもっていた。だからはじめは…「森の火葬場、森の礼拝堂、復活の礼拝堂…をめぐればいいだろう」、「ビルカの博物館を見て、聖アンスガールの十字架を目指せばいいだろう」…と思いながら歩いていた。けれど、僕はエンシェーデの森とビョルク島の「溢れる自然」(mycket natur)のなかを散策しながら、百科事典的な知識に基づいたそうした歩き方は建造物などのメルクマールを目指すものとなり、「点」を知るにとどまることにふと気がついた。

森の墓地にせよ、ビルカにせよ、総延長では2kmもないような距離の散策路が域内に巡らされていて、僕らはこの時期ならば新緑あふれる自然のなかを散策することになり、結果、僕らは広く「面」としてその地を経験することになる。森の墓地は公営墓地だから一年中開放されているが、ビルカは夏の間しかストックホルムからの渡し船が通っておらず訪れることができない。それゆえ、まさに緑あふれる自然のなかでの散策を目的に開放されているとも言える。「溢れる自然」を巡る散策路が無秩序にあるのかと言えば、そうではない。例えば森の墓地の場合には、アスプルンドと友人のレヴェレンツが綿密に礼拝堂・火葬場・墓地を結ぶ墓地全体のプランを構想している。森の礼拝堂や聖十字架礼拝堂で葬儀を終えた後、森の火葬場で荼毘に付された人は、「追憶の木立」と同義の匿名墓地から鬱蒼とした森のなかをまっすぐと走る七つの泉の小道を抜け、その先に復活の礼拝堂が待っているというプランだ。そこを訪れる僕たちもまた、そのプランに従って、森の墓地に「溢れる自然」を追体験することになる。

Minneslund Hill_and_ploughed_field_near_dres_2 森の墓地にあっては、アスプルンドやレヴェレンツが例えば19世紀前半の(ドイツ・ロマン派というよりは)バルト海世界を代表するフリードリヒの描いた自然風景の影響を強く受けている。例えば、左の写真は森の墓地にある瞑想の木立で、右の絵画はフリードリヒによる『ドレスデン近郊の丘と耕地』。この瞑想の木立のプランを構想したのはレヴェレンツとされていて、森の墓地にある復活の礼拝堂を見てもわかるように、彼は一般的にはギリシア・ローマの古典に学ぶ新古典主義様式の建築家と言われる。けれども、スウェーデン統治下のグライフスヴァルトに生まれ育ったフリードリヒの描く風景を森の墓地に再現しようとしていたのである。(北ドイツのバルト海沿岸にある大学都市グライフスヴァルトはナポレオン戦争までスウェーデン領だった。何をもって「○○人の画家」の「○○」を決めるのか…その基準はいろいろだと思うが、もし生まれたときの国ということになればフリードリヒは「スウェーデンの画家」となる。)世界観叙述の古典的論法を横領して独自様式に発展させる「本歌取り」的方法は、スウェーデン文化の構造を理解するときに重要だけれども、森の墓地はいわばバルト海世界に生きた人々に共有された自然観を反映させたものであり、その自然観に応じた散策路のプランが練られているのだとも言えよう。

ビルカについても、今そこを散策する人のどれくらいがかつてのヴァイキング時代の歴史的事実を理解しながら散策しているかは疑問だ。船着き場にはじまり、博物館や復元家屋を横目に見て、聖アンスガールの十字架を目指し、リンベルトの記録によればビルカが焼失した結果、土壌が炭化したため名付けられた「黒い地」を抜け、聖アンスガール礼拝堂と数少ないビルカの民家をたどり、再びストックホルムへ戻る船着き場へと帰る。確かに、「点」としてはヴァイキング時代に由来するメルクマールを辿るルートだが、しかしビルカの場合にはほとんど往事を思わせる建造物の類は残されていない。おそらく「世界遺産だから!」と喜び勇んでビルカに渡った日本人は、何も残されていない現場を見て落胆する人が多いだろう。しかしストックホルム市庁舎脇の船着き場から渡し船、ビルカの散策路をともにしたスウェーデン人たちを見ていると、ヴァイキング時代の遺構を結ぶルートを辿りつつも、ヴァイキング時代の歴史を求めてビルカに渡るというよりは、普段着のままで新緑の芽吹いた「溢れる自然」を求めて散策しているように見える。

意識的か、無意識的かはわからないが、スウェーデン人たちは、ある計画性に基づきつつ「溢れる自然」に接する傾向がある。そんなスウェーデン人たちの「自然」に対する態度を感じたとき、僕は「軍事国家」としての近世スウェーデン国家の論じ方にちょっとした補強が必要なのではないかと思うようなった。厳しい国土ゆえ効率的に資源動員を求めたという点に違いはない。そうしたスウェーデン国家観に補強が必要だと僕が思うのは、おそらくそうした「資源動員」を下支えする概念的基盤としてスウェーデン人に独特な「自然」観があるのだろうという点だ。おそらく近世以降のスウェーデンの政治文化を担った知識人たちは、多かれ少なかれ、そうした観点からスウェーデンの「自然」をデザインしてきたのではないか?例えば、大北方戦争の敗戦後、バルト海世界における軍事的覇権が失われた後の啓蒙期に生きたリネーらの「自然」をめぐる言説は、スウェーデン国家再編期にあって「スウェーデンとは何か?」という問いかけに決定的な役割を果たしたと思う。研究者としての僕も与するこれまでの近世スウェーデン国家研究は制度的側面に着目して「軍事国家」だとか「複合国家」だとかを論じてきた傾向があるが、おそらくそうした近世国家の制度を近世スウェーデンに生きた人々の文脈に即して理解するには、もうワンクッション…そうした制度を構想する際に発想の基盤として意識的・無意識的に機能する理念(…この発言の場合は「溢れる自然」という理念…)をも射程にいれねばならないのではないか…と、僕はスウェーデンの「溢れる自然」のなかで思った。

(そんな見方を簡単な事例に応用してみると、例えば、オリエンテーリングというスポーツ競技は、軍事的側面からよく「斥候教練を目的としてスウェーデンで始められた」と説明されるけれども、この競技のスウェーデンにおけるポピュラリティは、「斥候教練」といった制度的側面によって支持されたのではなく、それがスポーツ競技としてのルールという計画性をもって「溢れる自然」を散策するというスウェーデン人の自然に対する接し方によくよく合致したから支持されたと考えるべきだろうね。)

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コメント

初めて書き込みします。
97年スウェーデン語科を卒業したものです。卒論はスウェーデン中世史でした(^^)←歴史オタクですわ。ついつい懐かしく、ブログの内容を拝見しました。
今では北陸地方の田舎町で、実家の診療所を手伝いながら二人の子供を育てていますが、スウェーデンで過ごした学生時代が懐かしくなりました。またちょくちょく覗かせていただきたいと思いますので、スウェーデンの近況など、楽しみにしています。

へろへろですさん、はじめまして。コメントへのお礼が遅れまして申し訳ありません。こちらではあちこち飛び回っています。

97年にご卒業されたということで、当時は牧野先生によるご指導だったでしょうか?僕は2001年から外大で働き始めました。牧野先生もお元気でいらっしゃいます。(歴史ゼミは、北欧史ゼミ→スウェーデン史ゼミ・デンマーク史ゼミと分割されるようになりました。)

北陸からの書き込みということでお話をしますと、もともと妻の実家は越前勝山にあり、今は移ってしまったので毎年金沢へ参ります。いずれ北陸の話でもいろいろとお話を伺えたら、うれしく思います。(僕は北陸の歴史なんかに関心をもっていたりします。)

ぜひぜひお気軽に発言ください!またのコメントをお待ち申し上げます。

古谷先生、早速のレスありがとうございます。こちらからのご返答も遅くなり、失礼いたしました。

おっしゃるとおり、当時は牧野先生の下で苦悩しながら北欧史を勉強しておりました(笑)。牧野先生もお元気だとお伺いでき、うれしく思います。当時、牧野先生に良く鍋焼きうどんをご馳走になりました。とても良い思い出です。

金沢にもいらしているとお伺いして、これまたうれしい限りです。私は隣の富山県で生息しております。機会があれば、ぜひ北陸のお話もできればと思います。これからも、よろしくお願い致します♪

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