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2009年4月17日 (金)

Systembolagetで世界を思う

というわけで、気分爽やかに迎えた週末なので、Systembolagetがらみの話をひとつ。

スウェーデンでもっともスウェーデン的な場所は、おそらくSystembolagetの酒類小売店舗だと思う。ここで僕が言うスウェーデン的という言葉の意味は、体系化された管理システムで得られる安定ということである。

スウェーデンではおよそアルコール度数5%以上の酒類を小売店舗にて自由に販売・購入することはできず、その流通と小売はSystembolagetによって管理されている。例えば、隣国デンマークのように酒類を自由に買えないということが不自由かといえば、そうではない。スウェーデンの都市部にあるSystembolagetの店舗には、Systembolagetが買い付けた世界中の酒類が網羅的、かつ体系的に販売されている。その販売カタログは季刊発行の全体カタログに加え、最近は毎月新たに販売される酒類リストも月刊で配布されるようにもなった。ウップサーラでいえば、世界の体系だった知は、かつてウップサーラ大学にてフランス語教員を務めていたフーコーが彼の学位論文となった『狂気の歴史』を執筆するために通い詰めたことでも知られる大学総合図書館(Carolina Rediviva)に集約されていることは言うまでもない。そして、もしその次に世界の文化が集約されている場を求めようとするならば、おそらくSystembolagetになろうと僕は思う。

僕も年を取ってスウェーデン語の知識と酒の知識が増えるにつれて、スウェーデンでSystembolagetを訪れる度に新たな発見をするようになった。例えば、今回のウップサーラ滞在では、意外にもスウェーデンで、スペインのヘレス地方で生産されている酒精強化ワインであるシェリーが豊富に、しかも安く販売されていることを知った。Systembolagetで売られているシェリーは、辛口のフィーノ、酸化熟成が進み褐色がかったアモンティリャード、滑らかな口当たりで甘口のオロロソ…といったように、大抵の小売店舗の陳列棚では、辛口から甘口へとその種類別に並べて売られている。そこは生物分類の体系化を果たしたカール・フォン・リネーを生んだお国柄。彼の『自然の体系』よろしく、Systembolagetにおける酒類の陳列は、酒の世界が見事に体系化されている。そして今回、そうした様々な種類のシェリーのなかに、イングランドでは良く知られたハーヴェイ社のブリストル・クリームが、ここスウェーデンでも売られていることに気がついた。

シェークスピアが『ウィンザーの陽気な女房』のなかでファルスタッフの愛飲した酒として描いているように、シェリーはスペインのヘレス地方で生産されるものの、「イングランドのワイン」として人気を博した酒である。その背景には、百年戦争でフランス領を失った後のイングランドに対する純正ワインの輸入量減少と、レコンキスタを完成させた後のスペイン王国によるイングランドへのシェリー輸出振興政策があるとされているが、ここでは深追いはしない。「フランスのワイン」ではなく「イングランドのワイン」としてシェリーが好まれていたということだけ、理解していただければよい。現在のように樽を幾重にも並べるソレラ・システムでシェリーが生産されるようになったのは19世紀以降とされているが、19世紀はイングランドでアフタヌーン・ティーや食前酒・食後酒の習慣が普及した時代でもあった。(シェリー樽を使うスコッチ・ウィスキーの話や、この時期にフランスで猛威をふるったフィノキセラの話についても深追いはしない。)例えば、ハーヴェイ社のブリストル・クリームは食後酒としてよく提供される。その特徴は、クリームのように滑らかで甘美な味わいにあり、ここで言うクリームとは、シェリーの一種類を指す名前である。それは、辛口のフィーノ、褐色がかったアモンティリャード、甘口のオロロソをブレンドしてつくられる。ブリストル・クリームを生産しているハーヴェイ社は、アフタヌーン・ティーや食前酒・食後酒の習慣が普及しはじめた頃にブリストルに設立された会社であった。

ブリストルはイングランド西部にあって、古来スペインなどのヨーロッパ大陸諸国と、16世紀以降はアメリカ大陸との交易の拠点となった港町。ブリストルは、もともとアイルランドから輸入された羊毛を原料として毛織物を生産し、それを輸出することで栄えていた。毛織物の輸出先の一つにはスペインがあり、スペインにむけて毛織物を積んだ商船は、シェリーの生産されるヘレスを後背地にもったスペイン南部の港町カディスに達し、毛織物を積み出した後にはヘレスで生産されたシェリーを積んでブリストルに戻ってきた。いわばブリストルは、イングランドにとってシェリーの玄関口にあたる港町だった。かつてのハーヴェイ社は、フィーノやアモンティリャード、オロロソといったシェリーを購入してブリストルに持ち帰り、ブリストルでクリームを生産していた。今ではハーヴェイ社はブリストル・クレームをスペイン・アンダルシア地方のヘレスで生産しているが、それでもその銘柄にブリストルという名前を冠しているのには、そうした背景がある。

そもそもブリストルを出航したイングランド商船の寄港先だったカディスは、今から3000年ほど前にヘレスで酒精強化ワインを作りはじめたフェニキア人が交易拠点としてつくった港町であり、かのコロンブスが新大陸アメリカを目指して出立した港でもあった。スウェーデンとの関係で言えば、かつてユーテボリより出航したスウェーデン東インド会社の商船団が中国の広州を目指す長い航海の前に必ず寄港した港町が、カディスだった。シェリーは長期間に及ぶ大航海を支えた酒としても知られているが、紀元前の昔にあっては地中海を支配したフェニキア、今から500年ほど前にあってはアメリカからアジアにまたがる「陽の沈まぬ帝国」を築いたスペイン帝国、そして今から200〜100年ほど前にあっては七つの海を支配したブリテン帝国と、それぞれの時代にあって世界を支配した帝国に愛された酒だったのではないか…と僕は陳列棚に並べられたブリストル・クリームを手にしてふと思った。

ことほど左様に、Systembolagetとは、酒という世界が体系化された場所であるがゆえに、ヨーロッパの北の辺境にあってもそんな世界への思いの馳せ方ができる場所である。

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