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2009年4月13日 (月)

北を実感する旅

イースター休暇を利用したノッランド旅行から昨日帰ってきた。僕はスウェーデンのことを勉強しているけれども、これまでは最南端のスコーネへの滞在が長く、北へ向かうのはこれがはじめての経験である。

伝統的なスウェーデンの地方区分は北から大きく分けて、ノッランド、スヴェーアランド、ユータランドの三つに分かれる。(伝統的な区分ゆえ、本来スコーネは南部のユータランドには含まれないが、現在の地方区分ではそれに含まれる。)ノッランドは面積的に言って一番広いが、今回の旅行はそのなかでもボスニア湾北部に面するヴェステルボッテンとノルボッテンのみ。(ちなみに伝統的レーン区分に言うウステルボッテンはフィンランドに含まれ、○○ボッテンとはボスニア湾を取り囲むレーン区分を指す。)

往路はアーランダ空港より空路でヴェステルボッテンの中心都市ウーメオーへ。ここでの滞在目的は、かつて根津に住んでいた頃、スウェーデン語を教わったスウェーデン人の家族に再会するため。ウーメオーは大学町として20世紀後半に急激に発展した町だが、今回の滞在では日本人のご主人とその子供たちとともに、ウーメオー郊外のいまだ雪に閉ざされた深い森のなかでもっぱら雪遊びに興じる。真冬には氷点下十数度に落ち込むという環境のなかにあっては屋外に出るのも死活問題。こういう環境にあっては長く家屋のなかに閉ざされる時間も長くなり、あれこれと想像をめぐらす力もたくましくなるだろうと実感。

(スウェーデンには「プラモデルをつくる」ことを趣味とする人は少ないようだが、現在のように日本のサブカルチャーがとても流行している状況にあっては、寒く暗い冬の時間を楽しむ習慣として「プラモデル」など、きっともてはやされるのではないか。)

ウーメオー滞在の後、バスにてノルボッテンの中心都市であるルーレオ—へむかう。SJの鉄道路線では直接ルーレオーへむかう路線が限られ、大抵は途中フェレフテオーで乗り換えを求められる。バスで揺られること4時間半あまり。途中では、とても小さな集落であるビュグデオーにもバスは立ち寄る。ビュグデオーは、近世スウェーデン軍事国家研究の泰斗であるウップサーラ大学のJ.リンデグレーン教授が学位論文で、農民の兵員徴発による人口動態論的観点を含む資源搾取論を検証した村。それを知らなければ、ただ通り過ぎるだけの土地だと実感。

ルーレオー滞在の目的は、世界遺産に登録されているガンメルスタードを訪れること。ルーレオーはボスニア湾北端のルーレ川河口に位置し、ノッランド交易の拠点として中世以来栄えた港町。ただしスカンディナヴィア半島の隆起の影響を受けて、17世紀半ばに港湾機能を備えた都市部は移動させられ、結果的に現在世界遺産として登録されているガンメルスタード(旧市街)は、現在の都市部より10kmほどルーレ川の上流に位置している。

日本で言えば、盆か正月かというようなイースター休暇の時期。ガンメルスタードどころか、ルーレオーの市街地にも人は少ない。挙げ句の果てに時機を逸した水分混じりの降雪。ガンメルスタードへの訪問は、肉体的にも精神的にも寒いものであったが、だからこそ、教会を中心に教会訪問者の滞在用コテージが数百も集まって建てられているシュルクスタードと呼ばれるガンメルスタード独特の集落構造の意味を、身をもって知ることもできる。そうしたコテージをコンディトリとして改装している店に入ったときには、「家屋のなかで得られる暖」のありがたみを実感。

ルーレオーには、サーミ文化の蒐集で著名なノルボッテン博物館があるも、なにせイースター休暇ということで見ることができず。しかしかわりに、凍てついたルーレ川(というか、ほとんどボスニア湾)の上につくられた「氷の道」の上を雪橇でめぐる。ここでいう橇とは、スウェーデン語で言うスパルク(キック式橇)で、足で雪面を蹴り上げながら滑るもの。これまでも、このスパルクについては(…たぶんO.マグヌスの『北方民俗誌』か何かで…)知っていたのだけれども、実際に凍てつくボスニア湾の氷上を快適に滑ってみて、これならば氷上が凍てつく冬のほうがボスニア湾の東西南北をめぐる人と物の移動は円滑だったろうと実感。

復路はルーレオ—駅よりSJの寝台列車に乗って、12時間以上かけてウップサーラへと戻る。寝台列車は、SJが世界に誇る振り子式特急のX2000とは異なり、振り子式の台車ではないから、揺れること、揺れること…揺れること。夜中に遠心力で体が押し出されたり、引き戻されたりする感覚を何度となく味わう。それは、森林地帯を縫うように鉄路が敷設されたがゆえ、スウェーデンの鉄道にはカーブが多い結果である。それゆえ、いかにX2000がそうしたスウェーデンの地勢に対応する形で開発された画期的な特急だったかということを実感。

戻ってみれば、ウップサーラの気温はセ氏15度を越えている。ルーレオーでは考えられないことだが、ここのスウェーデン人たちは夏支度の服装でカフェや中庭でたむろをはじめている。北欧神話の昔から、北欧の季節に春や秋はなく、夏と冬だけと良く言うが、酷寒のルーレオーから初夏を思わせる陽気のウップサーラへ戻ることで、冬から夏への季節の移り変わりを一気に実感。

復路の列車のなかでスウェーデンの地図を眺めながら思っていたことだが、南北に長いスウェーデンを今一度北の視点から眺めてみると、その中間はスンズヴァルあたりにあって、ストックホルムやウップサーラなど伝統的に人口の集中した地域はだいぶ南に位置し、ルンドやマルメーのあるスコーネはもはや南国(…もとはデンマークなのだから当然異国というべき…)のようだ。あくまでも気候と地勢の面から言うのだが、伝統的な区分で言うスウェーデンとデンマークはやはり別世界。むしろフィンランドを含むスウェーデンと、スコーネを含むデンマークの区分こそが、そうした気候と地勢の面から言って自然な区分だと実感。

ことほど左様に、文献から培った知識を体の五感を活かして感得する歴史学の醍醐味を実感できる旅だった。

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