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2009年3月 9日 (月)

そろそろ脱稿?

北海道大学スラブ研究センターでの研究報告を終えた後、その報告をすぐさま活字化しようと思い立ち、一切外との連絡を絶って引きこもって論文を書いていた。例によって、ある程度の分量をもった日本語・スウェーデン語の混在する文書を執筆すると突然落ちてしまうWordと格闘しながらである。今回の報告ならびに論文で扱った一次史料は旅行記が多いのだけれども、議論の参考にした二次文献を含めて、結構多くのものをネット上で獲得した。なかでもありがたかったのは、ウップサーラ大学でリネーの薫陶を受け世界探検に出かけた弟子のうちロシア帝国で探検事業を行ったファルク(Johan Peter Falck)の旅行記が容易に入手できたこと。彼は1768年から1774年にかけてロシア、中央アジアを経て清との国境線まで探検し、ヴォルガ川に臨むカザンにて没した人物で、彼の旅行記は彼の死の10年の後にドイツでHerr Joh. Pet. Falck, Beyträge zur Topographischen Kenntniss des Russischen Reichs,s.n., 1786として公刊されている。今回はローザンヌ大学が所蔵している出版当時の版を得た。公務の合間を縫って研究時間を捻出している者にとっては、ありがたいことこのうえない。そんな技術に裏付けられながら、僕は「リンネの帝国」への道を着々と歩んでいる(…と思いたい)。

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