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2009年2月 2日 (月)

普通の国としてのスウェーデン

この間、ラテンアメリカ文学を研究している同僚と飲んでいたときに、僕があまり日本で知られていることのないスウェーデンの本当はこわ〜い話をしていたら、メキシコのプロレスを語らせたら右に出る者のいない彼はプロレス用語の「ヒール」を使って僕を「ヒールだ。」と言ってくれた。「ヒール」は本心からヒールなのではなく、一つの虚構のなかでそれを演じるのだから…そうした配慮まで込められたありがたい言葉だ。日本ではスウェーデンを含めて「北欧万歳」的なイメージがいまだに強いのだけれども、少なくとも我が国唯一のデンマーク語専攻とスウェーデン語専攻を擁する大阪大学は異なる。スウェーデンやデンマークの良いところも、悪いところも客観的に討究し、その成果をもって教育する。日本における「北欧礼賛」の風潮からすれば、ときにはヒールを演じることも辞さない。先週で今年度の北欧史の講義も大団円を迎えたが、例えばスウェーデンが第二次スレースヴィ戦争(いわゆるシュレスヴィッヒ・ホルシュタイン戦争)で「兄弟民族」デンマークを見捨てたこと、例えばスウェーデンが第二次世界大戦でノルウェー占領へむかうナチス・ドイツの軍隊に鉄道通過を認めたこと…北欧に対して淡い希望をもって入学してきた学生たちには、いささかショックな話ばかりだったろう。しかし、それも小国として主権国家体制に生きる道を模索するが故の話…スウェーデンもまたそういう意味では普通の国なのだ。

スウェーデンは一時期のスウェーデン人たちによってキリスト教世界におけるユートピアとして理想化されていたことは事実だが、もちろん実際にはユートピアなどではなかった。スウェーデンもまた様々な問題を抱える普通の国なのである。そしてそれは今もなおの話。かつてはヨーロッパ世界でも最貧国の一つであったスウェーデンはたまたま第二次大戦で中立を維持し、民間の社会経済セクターが温存されたため、第二次大戦後のヨーロッパ復興の過程で製造業の好調な輸出実績を踏み台として高負担・高福祉の体制を築き上げた。スウェーデンはかつては移民を多数アメリカなどへ送り出す国だったが、その時期以降は南欧・東欧・中東・ラテンアメリカなどからの移民を受け入れる国へと転換した。東西両陣営とも一定の距離を保ったスウェーデンは、ベトナム戦争に倦んだアメリカ兵の亡命をも受け入れた。僕は移民研究の専門ではないので何とも言えないけれど、市民生活の視点にたって行政をチェックするオンブズマンの制度も先進的に整えることができたことを見てもわかるように、もちろん基本的人権に対する考えは徹底している国だろう。けれど、高負担を支える担税者とをより多く必要としているという本音も考えてみる必要もあるだろう。

一昨日、TV4というスウェーデンのTV局が、スウェーデンのヨンシェーピングの電話販売会社で、外国出身の従業員に対してスウェーデン風の名前を語ることが強制されていることを報道した。このニュースはTV4の独自取材によるもので事実としてオーソライズされたものではないが、TV局の報道によれば、電話販売の実績に悪影響があるため販売会社の使用者側からスウェーデン風の名前を使うことが強制されたという。これに対して使用者側は、外国出身の従業員がスウェーデン風の名前を使っているのは事実だが、それは従業員の自発的な判断によるものだと主張しているという。このニュースに登場する人種差別問題オンブズマンも認めるように、強制の事実が判明されればこれは明らかな人種差別だ。スウェーデンにおける人種差別の歴史は今回の発言では控えようと思うが、多民族化の進行は今に始まったわけではなく、ましてや我が国では移民受け入れの先進性をもって紹介されるスウェーデンにおいて、スウェーデンにおける生活を円滑に進めるためにはスウェーデン風の名前を用いてスウェーデン社会に溶け込む必要が求められる隠れた圧力があるとすれば、スウェーデンはますますユートピアなどとは言えない隠された差別の蔓延する普通の国だとも言える。けれど、過度にユートピア視して観察するよりは、質の差こそあれ日本も、スウェーデンも似通っている問題が山積する普通の国として観察するほうが、僕はよりスウェーデンから多くのことが学べると思っている。(今回の発言はたまたま厳しいものになったけれども、いずれ良いところも紹介しよう。念のため。)

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