最近のトラックバック

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »

2009年1月

2009年1月29日 (木)

頭は痛いが仕事は続行

今日は一日箕面キャンパスでドタバタとしていた。落ち着かない状態が続いたからだろうか、帰宅後、子供たちを風呂に入れようと浴槽を掃除し、風呂釜をかけて風呂場を出ようとしたとき、思い切りサッシに右側頭部を強打してしまった。一瞬泡を吹いてしまった。今も氷で冷やしているが、正直、痛い。頭が痛い話で続けると、今年度は研究で欠くことのできない道具がよく壊れた。秋には2年半ほど自宅で使ってきたMacBookが、何の前触れもなく…バックアップされていないデータとともに壊れた。急遽代替としてiMacを購入したものの、納品直後の真新しいiMacも年末に壊れた。そして4年近く使い続けてきた複合型のインクジェットプリンタも、ここのところ色合いがおかしくなりつつあったので、急遽新しく購入した。

僕はキャノンのプリンタを長らく愛用してきた。それは何の深い意味もなく「なんとなく」キャノンのブランドイメージだけで選んできた結果だったと思う。「なんとなく」ブランドイメージだけで商品を選択してきた消費者にとっては、偽装請負の実態など労働者の雇用を巡る問題がいやしくも経団連会長のお膝元で発覚したという報道があっただけで、例え今は反省しているのだと弁解されたとしても、「なんとなく」今までもっていたブランドイメージに希望を託せなくなる。もちろん現場ではより良い商品の開発に心血を注いでいる人たちも多いことはわかっているが、そうした生産の現場が消費者には目に見えない以上、マスコミが作り上げた批判的イメージは、「なんとなく」のまま購買にも影響を与えてしまう。ただそれだけの理由で、今回は初めてエプソンのプリンタにしてみた。

(繰り返すけれど、モノとしてキャノンのピクサスやイクシー、イオスといった商品も良いものであることはわかっている。)

今回新たに買い換えた機種はEP-901Aという複合型インクジェットプリンタ。オートシートフィーダや無線LANも内蔵されている。今まで使っていたキャノンの複合型プリンタは複合型が市場に出回り始めた最初期のもので、図体はでかく兎に角とても重い。無骨だか丈夫だったからだろう、知らず知らずのうちに4年も使い続けていた。今回、久しぶりにインクジェットプリンタを買い換えたが、まず驚いたのはEP-901Aの筐体のスマートさ。複合機にしては薄くて、オーディオ機器のような面持ち。無線LANやBluetoothなど無線で印刷できる機能が内蔵されている点も4年前では考えられなかったことだ。次に驚いたのは、単体で使うときのコピーのスピードの速さ。十分にコピー機の代わりになるスピードだと思った。でもちょっと音が五月蠅いかな?あとMacのドライバやユーティリティのインストール用のソフトがちょっと古いような気がする。肝心のMacからの印刷スピードやインクの発色などはいまだ確認していない。オートシートフィーダもまだ試してはいない。4年の間にプリンタも相当進化していたんだなということはすぐにわかった。進化はわかるけれど、お願いだからもう壊れないで…こんなことで頭が痛くなるのは嫌なので。それが切なる願い。

2009年1月28日 (水)

大阪ミュージアム構想

橋下徹さんが大阪府知事に就任されて一年。彼の手腕とその成否について価値判断を下すには今はまだ時間が浅すぎると思うけれど、これまでの大阪府で「なぜこんなことができなかったのだろう?」と思えることが、ようやく今になってちらほら出てきていることは事実だ。大阪府にぎわい創造部の大阪ミュージアム構想推進チームが起ち上げた大阪ミュージアム構想のホームページもその一つ。このホームページは、大阪を知りたいと思う者にとって本当によくできていると思う。個人的に秀逸だと思う部分は「映像室」だ。橋下さん自身が大阪各地の伝統行事や建造物などを紹介する映像クリップを集めている。背後にどのようなメディア・プランナーがついているのかわからないが彼のキャラクターを活かしたこのページは、為政者自身が統治地域の隅々をめぐることで統治住民の信用をひろく獲得する水戸黄門的あるいは王の巡礼的な手法の現代版のような気がする。「学芸員」を大阪府民に開放してバーチャルな大阪ミュージアムの運営に府民を巻き込もうとする手法はちょいとばかりポピュリズム的志向があからさまな気がしないでもないけれど、下衆の勘ぐりもここまで。小難しい政治の世界の話は僕にはま〜ったくわからないから、「映像室」だけでなく「展示室」の部分も含めて、今は大阪府の術中にはまって、このページのままに「大阪っておもしろいところだ」と魅せられてしまおう(笑)。お見事。

2009年1月27日 (火)

交響曲『宇宙戦艦ヤマト』に思う

国公立大の二次試験の出願が始まったが、各予備校のセンター試験リサーチに基づく出願予想によれば、阪大も軒並み文系の学部の出願者が増えそうということ。予想だから結果はどうなるかはわからないけれども、外国語学部ではヨーロッパ系言語の専攻の出願数はかわらず、むしろアジア系言語の専攻の出願が増えそうということ、文系でも文学部や人間科学部、法学部の国際公共政策学科あたりの出願が増えそうということから見ると、阪大と大阪外大の統合で教育体制が強化されたところに受験生の関心と期待が高まっているということだろうから、統合の成果がジワジワとでてきているといった感じ。そうした関心に応えられるよう、常に統合の成果を見届けつつ学生と社会への責任を果たしたいものだ。これはこれで元気の出る話。

元気が出る話つながりでいくと、今年の5月に東京芸術劇場で大友直人さんの指揮する東京交響楽団が、1984年にNHK交響楽団と初演したきり再演の機会に恵まれなかった交響曲『宇宙戦艦ヤマト』を再演するという話を昨日知った。この交響曲は、宇宙戦艦ヤマトを語る上で大切な二人の作曲家である宮川泰さんと羽田健太郎さんが、宇宙戦艦ヤマトの製作10周年を記念して、数々の美しいヤマトのモチーフをアレンジし、純粋なクラシック音楽作品として作り上げたもの。今は二人とも鬼籍にはいられてしまった。初演を指揮したのはほかならぬ大友さんで、その当時のN響のコンマスである徳永次男さんがソロヴァイオリンを担当し、生前の羽田さんがピアノを担当していた。第三楽章には川島和子さんによる「あの」有名なスキャットが入り、第四楽章にはヴァイオリンとピアノによる二重協奏曲の形式が用いられ、宇宙戦艦ヤマトの楽曲を後世に残すべく相当な力が入っていたのだろうと思う。

僕は映画でもアニメでも映像作品を目ではなく耳で感じる傾向があって、例えばハリウッド全盛期の名画は「もう一人のアマデウス」コルンゴルト、マックス・スタイナー、ディミトリ・ティオムキン、ロージャ・ミクローシュ…そうしたクラシック音楽の作曲家としても知られる人たちの音楽とともに記憶に残っている。アニメ大国とされる我が国ではあるけれども、そもそも宇宙戦艦ヤマトがアニメ史上に画期的だった理由は、宮川さんと羽田さんという二人のメロディーメーカがクラシック作品としても耐えうる音楽で作品の世界観を確立してくれていたという点にも求められるのだろう。かの宮崎アニメの世界観に久石譲さんの音楽が欠かせないことは誰もが認めるところだろうが、宮崎アニメの画期となった『風の谷のナウシカ』に最初久石さんが音楽をつけた年は、いみじくもこの交響曲『宇宙戦艦ヤマト』が初演された1984年だった。なんとも興味深い歴史の符合。(ジョージ・オーウェル的な「1984年」にならなかったのは、この年に発売されたMacintoshとアニメの隆盛のおかげか(笑))

それから数えて四半世紀。初演者の大友さんも、この5月の再演は感慨深いものになるのではないだろうか?残念なことは、この5月に僕は日本におらずこの演奏会を聞きに行くことができないことだ。で、Youtubeには初演メンバーによる映像があがっているのだけれども、この映像の著作権がどのようにクリアされているのかわからないので、このブログでその映像を紹介することは控える。最近は気軽にYoutubeなどの動画共有サイトにあげられた動画をブログで紹介できるようになったが、例えYoutubeがアメリカ合衆国におけるデジタルミレニアム著作権法に則りつつしっかりとしたポリシーを策定して、動画の管理を徹底していようとも、さすがに今回の交響曲の映像は、もとある映像資源を楽章毎に切っただけの長編クリップで正当な利用には思えないからだ。(例えば前回紹介した真っ赤なスカーフのクリップは、動画作成者の手による編集の度合いが高く、こちらでも紹介したけれど。)

2009年1月25日 (日)

理系の先生たちとの会話

昨日は阪大と統合する前から家族ぐるみで付き合いのある阪大の接合科学研と工学研究科の先生方と久しぶりにご一緒させてもらった。阪大と統合してからというもの、人付き合いの幅は確実に広がり、とりわけ理系の先生たちとの付き合いからは普段文系の世界では知り得ないことがあれこれとわかるので、人付き合いの幅に比例して人生の幅も広がっていく感じがする。これは明らかに大学統合の大きなメリットの一つだ。

たまたま一昨日盛況のうちに終えることのできたグルジアの公開セミナーがらみで社学連携の話からはじまったのだが、理系の先生方から見ると、文系分野で行われている哲学カフェなどの市民向けイベントは華々しく見えるらしい。確かに市民のなかに入っていって目立つからね。でも寄付金や研究費などの獲得という点でいえば、理系分野における企業との産学連携のほうが華々しくも見える。例えば、僕たちのやっている市民向け講座など象徴的な意味での微々たる資金しか動かないから。とはいえ、学術的な知識を蓄積する基礎研究は大学が受け持ち、基礎研究に裏付けられた成果を市民の需要に的確に応じた「製品」へ発展させる応用研究は企業が受け持つという役割分担は、理系も文系も違いはない。例えば、今回のグルジアの公開セミナーについても、グルジアの歴史・文化・言語に関する基礎研究を進め公開するのは大学の役割で、その基礎情報に基づいて観光商品を開発するのは企業の役割という分担が示された形だ。

そうした理科系の先生から、昨日はとても面白い話を聞いた。6時間も一緒に飲み食いしていたので話は多岐に渡ったが、そのなかでも印象深かった話は、関西が誇るパナソニックのラムダッシュ・ブランドのシェーバーの話。このブログでも紹介したことがあるように、僕は最近になってES8801というパナソニックのシェーバーを使い始めた。例によって家電ネタは、文系・理系の壁を越えて大いに盛り上がれるネタなのだが、「最近使い始めたパナソニックのシェーバーの切れ味がとても滑らかで、肌にも優しい。」という話を僕が切り出したところ、接合科学研の先生が「その話をしたらパナソニックの人たちはとても喜ぶよ。」と教えてくれた。

僕は長らくブラウンのシェーバーの愛用者だったが、深剃りはするものの肌荒れも酷かった。その先生が言うには、ブラウンのシェーバーは髭にそって90度の角度で歯がはいり、外刃で押さえつけた髭を内歯で引きちぎる構造になっているのだという。これに対してパナソニックのシェーバーは髭に対して30度の角度で内歯が入り、さらに内刃や外刃は日本刀の材料として知られている安来鋼という刃物鋼を鍛造する手法で作られているのだという。だから、パナソニックのシェーバーはスパッと髭が切れ、滑らかな肌触りになるのだと。(今回、はじめて知ったことなのだけれども、出雲の安来、ドイツのゾーリンゲン、そしてスウェーデンは世界の三大「鋼」産地なのだそうだ。確かに、スウェーデン鋼は軍事国家としてのスウェーデンを支えてきた重要資源だけれども、ここで、こんなつながりが出てこようとは!)

日本の伝統的な鍛造技術を応用しているところも凄いが、さらに凄いのは、あまりにスパっと切れてしまうために髭剃り時に音がならないため、わざと髭剃り時のジョリっという音を増幅するために音を共鳴させる工夫がなされているという点だ。これは、ブラウンの「まだこんなに髭のそり残しがありますね。」というコマーシャルを通じて、髭剃り時の音からそり残しを意識させる演出が巷に普及した結果できあがった「剃れる=ジョリっという音」という固定観念に対する対応策なのだという。す、凄い。凄いぞ、パナソニック。

個人的には実体験として感じているパナソニックのシェーバーの柔らかな髭のそり味が、このような技術の集成のうえに成り立っている「根拠のある感覚」だったことを知り、こうして理系の先生からまた一つ勉強をさせてもらったことに感謝。文系の感性的な知が理系の知識で根拠のある知へと昇華させられるような感覚。そのような感覚を得られるのは文系も理系も集まる総合大学だからできる話で、そうした話のできる人間関係は実によいと思う。

確かにすばらしい人間関係なのだが…なにせ、同世代の集まりだから、いつもこのメンツで集まると最後はなぜか決まって宇宙戦艦ヤマトの話を目に涙を浮かべながら語り合い…『真っ赤なスカーフ』か、『ヤマトより愛を込めて』かを歌い…「いずれ文理融合型の基盤研究でヤマト科研を…。」という話が持ち上がり…最後は「生きて必ずやまた会いましょう!」と胸に手をあてるあのヤマト式敬礼をしながら別れるのが通例になっている…というオチ(^_^;)。(平成生まれも垣間見られるようになってきた学生諸君には、何のことかわからないだろうから、折角なのでYoutubeにある『真っ赤なスカーフ』の動画(しかも、この動画の編集はヤマトの有名なシーンや台詞を盛り込んでいてすばらしい!)をここに紹介しておこう。おっちゃんはこんなのを見て大きくなったという一例。)

2009年1月24日 (土)

USBメモリに注意せよ!

読売新聞の1月24日の記事。誰もがUSBメモリを携帯するようになって、このような被害はどの大学でも起きていると思う。名前があがった大学は氷山の一角にすぎないだろう。原因が特定されていないから、ウィルスだとは断定できないのだけれども、昨年僕のところでも、たまたま僕の授業をしていた教室が起点となってこれに似た問題が起きた。こちらトレンドマイクロのページにとてもよくUSBメモリ経由のウィルス被害について説明がなされている。ある道具の利便性を享受しようとするならば、その使用について適切な知識をもってのぞむことは義務である。学生諸君をはじめ、USBメモリを常用している人は一読いただきたい。

2009年1月23日 (金)

現代北欧地域論4b

金曜4限の北欧史の講義に参加されているみなさん!こちらに試験の問題をアップロードします。今回は3題用意しましたので、そのうち2題を解答してください。これまでの講義内容や教科書を使って、試験当日にはしっかりと準備してのぞんでください。(なおこの問題は、試験終了次第このブログからは削除します。)

2008年度2学期末試験問題をダウンロード

2009年1月22日 (木)

理解不能なありがたい話

iPodを常用するようになってから音楽ソフトの買い方は激変し、iTunes Storeにソフトを提供していないSony Classicalのようなレーベルを除いてはCDを購入する機会は減った。ライナーノーツが手に入らないということに目をつぶれば、どのみちiPod(今はiPhone)で音楽を聴いているので、安く手軽に音楽を購入できてしまうiTunes Storeを活用するようになった。で、そのiTunes Storeについては、時たま「なんでこんな値付けをするかな?」と腰が抜けるほど驚かされるときがある。

昨晩、夕飯を取った後、iPhoneを手にまったりとiTunes Storeのクラシックジャンルのトップセールスリストを眺めていた。すると、そこでEMIから昨年秋に発売された"Maria Callas: The Complete Puccini Studio Recordings"が1500円で売られている情報が目に飛び込んできた。かのマリア・カラスがレコーディングに加わったプッチーニの全集はCDだと15枚組で、例えばAmazonでは10000円以上の値がつけられている。ん?それが1500円?!僕は仕事の疲れなど一気に忘れ、買いに走った。

録音は古いが、この全集はカラスがEMIに残したプッチーニ関連のすべての音源が含まれている。昨年はプッチーニの生誕150周年にあたり、様々な音源が発売されてプッチーニ好きにはたまらない一年だったのだが、この全集もそうした企画の一つ。試しに、どれだけの曲が収録されているか、それをリストアップしてみよう。

     
  • 『トスカ』、カラス、ディ・ステファノ、ゴッビ、ミラノ・スカラ座合唱団、管弦楽団、サーバタ指揮 (1953年8月録音)
  • 『プッチーニ・アリア集』カラス、フィルハーモニア管弦楽団、セラフィン指揮 (1954年9月録音)
  • 『蝶々夫人』、カラス、ゲッダ、ダニエリ、ミラノ・スカラ座合唱団、管弦楽団、カラヤン指揮 (1955年8月録音)
  • 『ラ・ボエーム』、カラス、ディ・ステファノ、モッフォ、ミラノ・スカラ座合唱団、管弦楽団、ヴォットー指揮 (1956年8月-9月録音)
  • 『トゥーランドット』、カラス、フェルナンディ、シュヴァルツコップ、ミラノ・スカラ座合唱団、管弦楽団、セラフィン指揮 (1957年7月録音)
  • 『マノン・レスコー』、カラス、ディ・ステファノ、ミラノ・スカラ座合唱団、管弦楽団、セラフィン指揮 (1957年7月録音)
  • 『トスカ』、カラス、ツィオーニ、ゴッビ、コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団、管弦楽団、ツィッラリオ指揮 (1964年1月21日のライヴ録音)
  • 『トスカ』、カラス、ベルゴンツィ、ゴッビ、国立オペラ座合唱団、パリ音楽院管弦楽団、プレートル指揮 (1964年12月録音)
  どうよ…『トスカ』とか、凄い…コヴェントガーデンのライブも含めて三種類も含まれているんだからね。これがたったの1500円!オペラの場合、輸入CDに添付されてくるリーフレットはライナーノーツがなくて歌詞のみである場合が多いけれど、大抵の歌詞はすでに手元にあるんだから、この際そんなのがなくても関係ない。その値段こそが魅力…否、否…演奏こそが魅力(笑)。
 
  こうした破格のバーゲン価格は一時的なもので、時機を逸すると大抵の場合、適正な価格に戻ってしまう。だから頻繁にiTunes Storeで掘り出しモノをチェックする必要がある。これまでも、例えば、ランチベリーがフィルハーモニア管弦楽団を指揮して入れたチャイコフスキーの三大バレエの完全版(ハイライト版じゃない。三大バレエの完全版の録音って良い物がなかなかないんだよね。CDにして5枚組相当)、ラトルがEMIで録音しているアメリカ音楽集(これに含まれているガーシュインの『ポーギーとベス』はこの作品のベスト録音だと思う、CDにして7枚組相当)、昔懐かしいベームがベルリン・フィルを指揮して録音したモーツァルトの46の交響曲全集(CDにして10枚組相当)…あげたらきりがないけれども、iTunes Storeの無茶苦茶な値段設定の「恩恵」を僕は享受してきた。CD媒体で言えば。EMIやドイツ・グラモフォンなどが過去の録音を集成して発売している廉価版の、いわゆるCDボックスものがiTunes Storeでは時たま1500円くらいで売りに出されることが多い。けれどもそうしたボックスものだけではなく、例えば、あのフルトヴェングラーのバイロイトの第九や、バルビローリとベルリン・フィルによるマーラーの第九といった歴史的名演が600円で売られていたりもする。

  一体どうなっちゃってるの、iTunes Storeは?時期を逃すと値段が跳ね上がっていたりするから、「見つけたら即購入!」が原則なのだけれども…そうやって衝撃の値付けで一時的に理性を麻痺させた上で見境もなく即購入させることがiTunes Storeの戦術なのだ…くらいしか、今はこの値段設定の理由を推測できない。全く理解不能なiTunes Store。でも、そんな理由を考えることが今は野暮というもの。明日からはカラスのプッチーニのすべてをこの小さなiPhoneに収めて、阪急バスのなかでも、大阪モノレールのなかでも、いつでもどこでも僕はカラスと一緒にいられるというのだ!今はその至福を存分に享受しようじゃないか!

2009年1月19日 (月)

iPhoneとスウェーデン語学習

帰宅途中にSoftbankの直営店に立ち寄って、鳴り物入りで発売されたiPhone用の周辺機器TV&バッテリーを購入した。iPhoneはとにかくバッテリーのもちが悪いので、デザイン的にiPhoneを踏襲している補助バッテリーを入手するという点ではよかったけれども、プラスチック筐体のつくりがなんともチープで、そこにAppleのデザインとの歴然とした差を感じた。開封直後、呆れて二の句が継げない程の安っぽさ。電源を確保する場合、iPhoneとのバッテリー接続の場合、USB端子が必要になるため、筐体に厚みが出てしまうのは仕方がないのだろう。なんか、ちょっとした裁縫箱かマッチ箱のようだ。

TVチューナとして使う場合には無線で接続するのだけれども、いまだTVの映り具合は確認できていない…笑。少なくとも築40年ほどのコンクリートづくりの官舎のなかでは全く映らない。(これは携帯電話のときもそうだったから、織り込み済みだけれども。)でも良いんだ…どんなにデザインは野暮ったくても、日本の特殊な携帯電話市場のためだけにSoftbankがiPhoneの機能を補う周辺機器をデザインし、それを実現してくれたというその心意気は評価してる。実際のTV&バッテリーの筐体デザインがもっとスマートならもっとよかったけれども、本当に大切なことはそうした製品を市場動向を精査しながら企画していくデザイン力だから。

それはそうと、スウェーデン語学習者にとってiPhoneの立場を携帯電話より決定的に優位にするキラーアプリケーション(…と僕は思っているけれども…)が登場した。Clockwiseというところが開発したLexikonというアプリケーションだ。これはスウェーデンの言語審議会(国語審議会みたいなところ)がWeb上で公開しているLexinという辞書をiPhoneで検索するためのツールで、iTunesのAppStoreで無料配布されている。Lexinはもとは移民のスウェーデン語学習のために編纂されたスウェーデン語辞書であるが、それゆえ性や数、時制の変化なども丁寧に表記されており、スウェーデン語学習者にとって最も重宝する学習リソースである。(対照的なのはおそらく巷で一番普及しているであろうNorstedtのスウェーデン語・英語辞書などで、大方の辞書ではそうした文法事項の説明は省かれている。)LexinはWeb上でも長らく公開されていて、阪大外国語学部スウェーデン語専攻の学生も日常これを活用している人は多いし、僕もスウェーデン語を確認するときにはまずはこのLexinから始める。

そうしたLexinのコンテンツがiPhoneで検索できるようになったのだ。iPhoneはもとよりパケット定額制での契約が求められるから、携帯電話のようにネット上のリソースを使いすぎて莫大な使用料を請求される「パケ死」が起きる可能性は少ない。(ただし海外でiPhoneを使うとSoftbankのパケット定額制は非適用だから、「パケ死」になる可能性が出てくるので注意!)で、3Gの携帯回線ないしは無線LANによるネットワークに接続されていれば、常時iPhoneを使ってLexinを検索できる。(iPod touchでもLexikonを導入可能だが、無線LAN環境でしか検索はできない。)iPhoneが携帯電話より優れている点は、スウェーデン語の特殊文字の表記と入力が完璧に行える点だ。文字化けは一切ない。LexikonによるiPhoneでのスウェーデン語の検索の快適さは、あたかもスウェーデン語専用につくられた電子辞書のようだ。気軽に使えるスウェーデン語の電子辞書の登場こそスウェーデン語学習者にとって積年の夢であり、それがようやくiPhoneによって結実した感じがする…ただし英語が使えることが前提だが。(eラーニング的な語学学習教材もiPhoneで提供してみたら、どうだろう?)

QRコードや赤外線通信が使えない、それだけではワンセグも見られない、おサイフケータイが使えない、バッテリーのもちが悪い、内蔵カメラの性能が低い…iPhoneを携帯電話として考えると、携帯電話を使っている周りの人たちとのコミュニケーションが円滑にいかなくなるので、学生のみんなからすれば幻滅する部分が大きいと思う。けれども、僕は個人的にLexikonのようなアプリケーションは、そうした幻滅した部分を補って余り大きい存在だと思う。それにPodcastを使えば、スウェーデンのニュースもリアルタイムに見たり、聞いたりできるからね。iPhoneはパケット定額制に基づく常時ネットワーク接続が可能な端末だから、Wikipediaも、Lexinも…そしてときにはNEやSAOBさえ常に検索できるメリットをもつ。(箕面キャンパスはまだまだ無線ネットワークどころか、3Gの携帯回線が弱い場所なので、ネイティブ環境で動作するiDicのようなEPWING辞書も必需品なのだけれども、最近は国語辞書や英和辞書、仏和辞書までiPhone用に揃ってきた。)

たいぶ昔、冒冒グラフという深夜のバラエティー番組で「知識は荷物になりません。あなたを守る懐刀。」という合い言葉ではじまる外国語講座があったけれども、iPhoneは、もし2年契約で毎月8000円くらいの支払いを続けられるならば、そしてパケット定額制の意味をきちんと理解するならば(…みんながみんな、同じ考え、同じ状態ではなく、いろいろな事情があると思うから、僕はこれがすべての人におすすめするものではないけれども…)、スウェーデン語学習者にとって重宝される懐刀になりうる可能性があるような気がする。

あ、そうそう、デンマーク語については…残念ながら何もないし、何も進んでいない。なんでかね〜?

スウェーデンのエリート教育改革

センター試験、皆様、お疲れ様。さて、高等教育を巡る改革は洋の東西を問わず深刻な問題になっているわけだけれども、スウェーデンでは、僕も馴染みの深いルンドにある学校が、日本でいうところの現代GP(あるいは特色GP)を二つも得たということが報道された。(詳しくは、DNの1月15日付けの記事を読んで欲しい。タイトルは「ルンドがスウェーデンのエリート教育クラスの二つを獲得!」)スウェーデンも例のボローニャ宣言以来の高等教育改革の波に巻き込まれていて、(かくいう僕もそのプロセスの一つに位置づけられるエラスムス・ムンドゥスのユーロ・カルチャーで今度ウップサーラ大学へ教えに行くのだけれども)、スウェーデン高等教育庁のホームページを見ると、様々な改革プログラムの記事が踊っていて、追いかけるだけで大変だ。

今回の記事の肝は、ルンドにある二つの学校(日本で言えば高校レベル)で実験的に物理と歴史のエリート養成クラスが設けられ、そのクラスはそれぞれの分野で大学院博士レベルで研究実績をもつ者が教育を担当するもので、博士レベルの研究実績をもった教員による教育課程であるという点が評価されたという。このプログラムに参加する研究者はそれで単位も得られるし、副産物として高度な研究実績をもった教員による高校教科書の執筆など成果も期待されているらしい。スウェーデンでも博士レベルの研究者の研究機関への就職は非常に困難な状況にあるが、彼らの一時的な就職先と大学学士課程入学前の段階における教員のレベルアップと学生の学力向上を兼ね備えたプログラム。こうした博士レベルの研究者を教育現場にフィードバックさせることで中等教育の向上を見る実験はすでにフィンランドでの成功例が知られているので、これといって目新しいプログラムとも言えないが。

今回、このスウェーデン版GPのモデル校として歴史コースを設定することで選定された学校は、北欧随一の伝統と歴史をもちスウェーデンでも有数のエリート輩出校として知られているKatedralskolanだ。1085年にデンマークの聖クヌート(クヌート大王とは別人、スコーネに権力基盤を置いていた「最後のヴァイキング王」などとあだ名されるスヴェン・エストリーズセンの嫡出子であったクヌート4世)の寄進で作られた北欧最古の学校であって、読んで字のごとく、もとは北欧最初の大司教座が置かれたルンド大聖堂に付属して聖職者養成で知られた。僕はかつてルンド大学歴史学部に留学していたが、その頃からよく博士課程の連中はここに教えに行っていたことを記憶している。歴史学のエリート養成コースがここに置かれたというのは、そうしたルンド大学との深い関係を物語る例と言えるが、とはいえ、歴史教育の重視は、スウェーデンの歴史を回顧することで再びあるべきスウェーデン国民性の陶冶を図るといったようなことでは全くない。

昨年公表された我が国における高校の新学習指導要領の総則で「道徳心の養成」が謳われたことは広く報道されたが、我が国の指導要領をよく読むと、世界史A・Bにおいては日本史を含めた歴史への関心を高めるように歴史教育の内容を充実させるとある。それはそれで僕は個人的に妥当な流れだと思う。日本はあまりにも国史と世界史の違いを意識しすぎた。もとよりスウェーデンにおける歴史教育には国史と世界史の違いはなく歴史という科目しかない。スウェーデンの歴史は広くヨーロッパと世界の歴史の中に置いて教育されるのが当然であった。2005年のボローニャ宣言以来、ヨーロッパ市民の醸成を図るべくEUレベルでの高等教育改革を模索する流れが強化されていることは我が国でも知られていることだが、そうした目的を達成するために、国史と世界史との壁のない歴史という科目が選ばれたことは至極当然だろう。(「歴史学こそ諸学の雄」という話はここでは触れないでおくけれど(笑)。)そうした傾向と関連して興味深いのは、1月15日にルンドの記事が報道された直後、高等教育庁のホームページにおいて「歴史(教育)はさらなる国際化が必要である」との提言が公表されたことである。このことからも推測できるように、現在のスウェーデンで歴史教育重視の傾向は、明らかにヨーロッパ市民の陶冶を目指すボローニャ・プロセスを背景とするものだろう。

しかし、言うは易く行うは難し。歴史教育の国際化は、教育の対象となる時代も地域も概念も多種多様に用意されるというわけだから、これは教育の現場も今まで通りでは対処しきれない。そこで、我らがルンド大学の出番というわけだ。今回のエリート教育改革は一方で優秀な教員の養成という目的があるわけだけれども、ここにスウェーデンの大学というよりは、デンマークとスウェーデンの垣根を越えて北欧の大学として歴史学研究を発展させてきたルンドが選ばれたところが興味深い。(思えばかつてルンド大学にいたときも、今度ウップサーラ大学に行くときも、僕は「日本人の歴史学研究者」というレッテルから逃れようもなく、先方から日本と北欧の歴史(それは交渉史もあれば、史学史もある)を求められるのだけれども、そうした要請の建前には「スウェーデンの歴史には国際化が必要なんだ」という言葉があって、そういう言葉をもらう度に僕はやりがいを感じている。)今回の報道では歴史コースのほかに物理コースもルンドで選ばれているが、ルンド大学には北欧最大とも言われている高エネルギー加速器があって、各国の物理学者が盛んに往来していたように記憶している。となると歴史にせよ、物理にせよ、(あるいは人文学だろうが、自然科学だろうが、)学問分野の如何を問わずスウェーデンの枠を越えるエリートの要請という点が、今回の決定の肝なのかも知れない。

センター試験が終わったばかりだけれども、さぁて、僕らの国はどうしよう (^_-)

2009年1月18日 (日)

Windows 7 の試験導入

激しく新しいモノ好きな僕の話。Macで作業をしていて、Windowsから移行した身としては、どうしても解決できない問題が一つある。それは、一太郎で作成されたファイルをどうやって使うかだ。最近のMacはネイティヴにWindowsを動かせるし、またWindoesのエミュレータ環境も充実しているので、どうしても一太郎が必要な場合には、どこかでWindowsを導入する必要がある。Windowsから完全に逃れることはできないのだ。そこで今回の話は、Windowsの次期ヴァージョンであり、順調にいけば来年早々に発売されるWindows 7のこと。早速、ベータ版(32 bit 版)が公開されていたので、iMac上のParallelsのエミュレーション環境に導入してみた。

インストールは最初数回クリックするだけであとは自動…とても簡単。インストールをはじめてから実際に使いはじめるまで30分もかからなかっただろうか…実に快速。久しぶりにWindowsをインストールしてみたけれども、昔のことを考えるとだいぶユーザーフレンドリーになった。で、なぜかWindows PC以上にWindows XPが快速に動作してしまう…(笑)…Macのエミュレート環境だから、Windowsのネイティブ環境と単純比較はできないけれども、ブートスタートの時間は1分弱ほど。許せる範囲だ。

今手元にOffice 2007や一太郎など、Windowsのネイティヴ・アプリケーションがないので、そうしたアプリケーションの動作は確認できず、従って、Windows 7のシステムを弄ぶだけだけれども、Windows95以来の伝統的なユーザーインターフェースを踏襲しながら、すでにMacで実現されているような方向にますます近づいた気がする。悪い意味で言っているのではなく、使い勝手を考えれば、当然の「進化」だと思うという意味での発言。僕はここ数年本格的にWindowsを使っていない。それでも、Windows 7の操作は、WindowsXPのことを思い出しながら、すんなりとできた。

インターフェースに劇的な変化はないものの、「使い勝手が良くなっているな」と思ったのは、かつてならマイコンピュータのなかにマイドキュメントやマイミュージックなどのフォルダが乱立していた部分が、ログインしているユーザー名ごとに「ライブラリ」が用意され、その「ライブラリ」のなかにドキュメントやミュージックやピクチャなどが整理されて一元管理される点だ。例えばMacOS Xの場合、ログインしているユーザごとにフォルダが設定され、例えばバックアップを取る際には何も考えずに、自分のフォルダだけをコピーすればすべてよし。実に単純で合理的な発想だ。Windows 7も、ディレクトリ構造を見る限り、「ライブラリ」というディレクトリにユーザーごとにフォルダが設定されている。断言はできないけれども、おそらくMacOS Xと同じようなものではないか。だとするならば、これはとても明快なファイル構造なので、バックアップなども楽になる。

Windows 7、快速、快適でなかなか良い感じじゃない?!

2009年1月17日 (土)

元気の出る映像(補筆あり)

センター試験、この動画でも見て、元気を出そう!サー・ヴィヴィアン・ダンの指揮するイギリス王立海兵隊軍楽隊の演奏で、1966年(日本では67年)に公開された『サンダーバード』(Thunderbirds are go !)のクロージングの映像!バリー・グレイ作曲のお馴染みのテーマの(…おそらくダン中佐自身による…)編曲。厳密にはThunderbirdsのオリジナル・テーマではなくて、21世紀行進曲のほうか?マーチングもすばらしい。ダン中佐の頃の海兵隊バンドを見ると「あぁ、これが大英帝国の最後の姿」って感じがあって…同時にサンダーバードを見ると未来にむけた楽天主義的な感じがあって…そんな60年代のイギリスはぶっちゃけてていいね。大英帝国のあとを国際救助隊がひきうけた…って感じだから。(国際○○の本質ってそんな感じ?)いずれにせよ、この動画は、よくよく考えてみると「マーチって、やっぱイギリス王立海兵隊軍楽隊、イギリス近衛兵軍楽隊、オランダ王立海兵軍楽隊を聞いて、大人になったよね…。」っていう人むきかな…僕はそう思ってる(汗)。

で、ずっと僕は「Thunderbirds are go!」のgoの使い方は、to不定詞のtoが何らかの理由で省略されたものかと思い込んでいたのだけれども、思い切って僕の英語の師匠であるよしこんに「Thunderbirds are go! に言うgoとは何か?」という質問をしたら、よしこんから「このgoは形容詞の用法で、「用意が整っている」とか「順調に機能している」とかいう意味だ。」と教えてもらった。例えば、「すべての装置異常なし、準備よし」という場合には「All systems are go.」と言う。君はすばらしい、よしこん、また一つ勉強になったよ、ありがとう。

(ということは、1970年代に少年時代を過ごした僕としては、記憶から消えない『機動戦士ガンダム』の作品中、何度となく古谷徹さんによって発せられた「アムロ、ガンダム、行きま〜す!」という台詞は、「英訳するとどうなるだろう?」という疑問を得た。「アムロ、行きま〜す!」だと、アムロ自身が一人称で「アムロは準備よし!」ということになるけれど、それだと「I am go!」になる?「僕は順調に機能していて異常なし」…なんかおかしい。このgoの形容詞用法の場合、主語としてとれるのは非生物名詞で、話者は客観的に三人称的視点で使うような感じがする。例えば、パイロットが違う場合「セイラのガンダム、行きま〜す!」もあるわけで、また搭乗する機体が異なる場合「アムロのガンキャノン、行きま〜す!」という場合もあるから、そういうことを想定すると、日本語でいう「アムロ、ガンダム、行きま〜す!」のアムロとガンダムの間には「の」があって、「アムロのガンダム、行きま〜す!」と理解するならば、アポストロフィのエスをつけて、「Amuro's Gundam is go!」が妥当かな?世界言語研究センターの人で、こんなブログを読まれている方がいらしたら、今度お会いしたときにコッソリ教えてください。あかん、あかん、また変なこと考えてる。)

2009年1月16日 (金)

流行りモノを巡る寒い日の会話

センター試験の頃は一年でも一番寒い時期で、昨日あたりは箕面でも雪がちらついていた。寒さ厳しいこの頃の箕面で同僚(ただしオヤジ系限定だが)と交わされる会話のなかに、とある共通項があることに気がついた。

(お題の1)「古谷くん、ユニクロのヒートテックってどうよ?」

大学であまりアンダーウェアのこと(…そもそも服装のこと自体…)が話題になることは少ないけれども、小雪舞う箕面キャンパスで話題になるくらいだから、昨年来のヒット商品ヒートテックの普及の程が窺われる。ヒートテックは、「体から蒸発する水分を吸収して熱エネルギーに変換する「発熱機能」と、熱を外に逃がさない「保温機能」を兼ね備え」ているらしい。はげしく新しいもの好きな僕も、そうした機能性に着目してヒートテックを愛用している(笑)。それだけで劇的に暖かくなると言うことではなく、むしろそれにいかなる服を組み合わせるかがポイントだと僕は思っている。例えばヒートテックの上に、ピーチ加工された風合いの柔らかなコットン地のシャツやマイクロフリース地のパーカーを組み合わせるとか。

肌触りという感覚は、もう一つの皮膚を通じた感覚である温感にも影響するのか、厚手のゴワゴワとした風合いのウール地よりは実はソフトなタッチで肌に密着するコットン地のほうが「暖かさ」に直結する感じがする。その論理はマイクロフリースにも言える。フリースも進化していて、今年大々的に販売展開されたマイクロフリースは保温性はそのままだけれども風合いはより細やかで柔らかく、しかし生地のの厚みはかなり薄くなった。で、最近はそうした生地は薄いが保温性の高いヒートテックやマイクロフリースといった生地が普及したことで、寒い季節でもゴワゴワと重ね着をする人が減り、活動的でスマートな格好をしている人が増えたように思う。さすがに外出する際にはジャケットを羽織る必要はあるが、寒い季節でも室内ならば薄手の格好で十分生活ができるようになった。(スウェーデンの歴史を研究しておきながら、こんなことを言うのは矛盾しているかも知れないが…)僕は本来極端な寒がりなのだが、そんな僕でもユニクロの機能性の高い服を愛用することで、薄着にもかかわらず活動的でいられる。

(お題の2)「古谷くん、ソニーのVAIO type Pってどうよ?」

数日前、このブログでも滑稽なおねーちゃんたちの写真で紹介したVAIO type Pは、重量約600gという軽量スマートな筐体にもかかわらず、昨年大ヒットした安価なネットブックとは一線を画す処理能力をもち、しかも値段が10万円を切るときたから、そりゃ〜もう、箕面の同僚たちの間でも話題になっている。笑っちゃうのは、みなさん、仕事で忙しい日々を過ごしているにもかかわらず、「ヨドバシカメラへ行って実物を見てきたんだ・」と話しかける人が多いこと、多いこと。数日前のブログネタだけれども、実は皆さん、家電屋さん好きでしょう?隠れファンでしょう?だから、笑った。

僕は実物を見ていないし、そもそもWindows PCから完全に撤退してしまったので、これについては的確な答えを返すことができない。けれど、これまでのモバイル・ガジェットに関する経験から言えば、type Pで見るべき点は、第一に解像度、第二に処理速度、この二点だと思う。第一の解像度については、8インチ程度の小さな液晶画面で1600×768という解像度をもつというんだけれども、これは表示される文字がかなり小さく、細かくなるということだ。第二の処理速度については、最近流行りのネットブックに搭載されているAtom系CPUの処理能力がよくわからん。大抵の安いネットブックはOSをWindows XPにして、それでもなおモッサリとした緩慢な処理しかしてくれない。type Pは、そんなAtomでWindows Vistaを動かすのだと言う…大丈夫か?

OSをかえれば処理能力はどうにかクリアできるとしても、液晶画面の解像度の問題だけはいかんともしがたく、それゆえ、type Pは同僚のなかでも若い世代の人、とりわけ視力の衰えがなく、たとえ処理速度が遅くとも愚痴を言うことがない人、つまり、さっと鞄のなかからtype Pを取り出したときに、たとえ画面上では「砂時計」がクルクル回り続けていたとしても。外見的にはクールな表情を決められそうな人にしか、お勧めはしていない。

今回の発言の胆は、箕面キャンパスで僕に求めらる意見はスウェーデンや北欧の歴史に関することはほとんどなく、流行りモノに関する物欲系な話がほとんどだということ。いや〜皆さん、僕の本質を的確に見抜いていらっしゃる…f(^ー^;

「ゴート・トライアングル」という妄想

先の発言で来週の公開セミナーの件を紹介したが、ぶっちゃけ個人的にはコーカサスと聞いちゃうと、ここに書くような危ないことを妄想しちゃって、あかん、あかん。

旧約聖書に描かれているノアの箱船が漂着したアララト山はアルメニアあたりとされているが、ノアの末裔であるマゴグの一派がやがてゴート族となり、神に選ばれたノアの末裔であるゴート族に与えられたユートピアがスカンディナヴィアになり、さらにはゴート族の一派が南下してイベリア半島へ渡りスペインの源流の一つである西ゴート王国を築いていく…というヨーロッパ文明周縁部に生きた者たちの「来歴の想像」の過程を辿るとき、グルジアの一部がかつては「イベリア」(おそらく黒海・地中海を股に掛けて活躍したギリシア系の植民者がつけた名前なのだろうが)と言われていた事実を知ってしまうと、「なるほどヨーロッパ文明とは、コーカサス・スカンディナヴィア・イベリアを結ぶ「ゴート」トライアングルでくくることができるのだ…」と、ヨーロッパ文明の起源にギリシア・ローマ文明があるというルネサンス以来僕らが信じ込まされてきた歴史観を根底から覆すような猛々しい妄想が引き起こされちゃて…。

あかん、あかん。自制しよう。

古谷家のトイレには世界地図が貼られているのだけれども、トイレでふんばりながら長い時間を過ごす度、僕は、ヨーロッパ文明を小さな「島宇宙」と考え、この「島宇宙」を支えてきた「島柱」(一般的には半島と呼ばれるようなもの)が4本、そこから「つらら」のように垂れていて、それらが西からイベリア、イタリア、バルカン、コーカサスなのだとイメージしている。これもいささか妄想的発言だが、トイレの時空間は、息むぶん、妄想を集中するに適しているのかもしれない。(さっきトイレに入っていたら、上で述べた「ゴート・トライアングル」も、スペインのマドリードとグルジアのトビリシはほぼ緯度的に同じ位置にあり、ここにスウェーデンのストックホルムを加えるとほぼ正三角形が描けることがわかった。トイレってすごい妄想の源。)

それはさておき、いずれ「ゴートを巡る旅」とか題して旅行記を書くとか、ゴートゆかりの地を巡る旅行を企画するとか、良いかも知れない。今時、近世的な文芸共和国の時代にはあらず、貴族の子弟よろしくギリシアとかローマとかを目指すグランド・ツアーの時代でもないのだから、旅行会社の皆さん、そこのところ新たな観光資源として開発してみたらどうだろうか。協力は惜しみません。

グルジアの現在と歴史・文化を知る

大阪大学世界言語研究センターで進められている民族紛争の背景に関する地政学的研究が、一週間後の23日金曜日に梅田で公開セミナー「グルジアの現在と歴史・文化を知る」を開催します。以下にその概要を示します。この公開セミナーは、地政学的研究プロジェクトの研究成果を市民向けにわかりやすい形で提供するものです。とりわけ今回の公開セミナーは、昨年夏にいわゆる「グルジア紛争」が勃発したグルジアの現在のみならず、その歴史や文化についても、駐日グルジア大使館の協力を得てご紹介します。

グルジアは、最近はロシアとヨーロッパとの政治的力学関係のなかでクローズアップされましたが、歴史的に考えてみますとローマ帝国がキリスト教を公認するのと同じ頃にキリスト教に改宗した国(グルジア正教会)ですし、ヨーロッパ世界と非ヨーロッパ世界の東の境目として、あるいは文明の十字路として位置したために独特な文化が育まれてきた地です。それゆえ、日本ではまだ知られることのない世界遺産もありますし、近年、世界無形遺産に登録されたことでも知られる多声音楽歌謡をはじめ独特な民族文化も育まれてきました。生活文化という点では、例えばグルジアはワイン発祥の地の一つとされていて、そこで生産されるグルジア・ワインは古くはクレオパトラ、最近ではチャーチルが愛飲したことでも知られています。今回の企画でも、グルジア大使館の協力を得てグルジア・ワインが紹介されることにもなっています。

また今回の企画は、阪大世界言語研究センターとこれまで学術的観光コンテンツの開発研究で産学連携関係を築いてきたJTBカルチャーサロン大阪梅田教室の協力を得て、週末金曜日の夕刻に会場を梅田で開催するという点も特筆すべきところで、普段は北摂まで足を運ぶことのできない大阪の町中の方にも是非参加していただければと思います。参加費は無料ですので、関心のある方はふるってご参加下さい。

(ちなみに下のフライヤーはチャチャッと僕がつくりました。iWorkのPagesというソフトは、DTP的な編集の可能なソフトで、時間と手間をかけることなく、即席で下のようなフライヤーをつくることができるのでお薦め。)

gurujia090123.jpg

日時: 2009年1月23日 18時30分~20時30分

詳細:セミナー第一部:グルジアの現在を知る

   イヴァネ・マチャヴァリアニ(駐日グルジア大使)予定

   前田弘毅(大阪大学世界言語研究センター特任助教)

   セミナー第二部:グルジアの歴史・文化を知る

   初めて聞く見る「グルジア音楽・舞踊」の楽しみほか

参加費:無料(座席数50席強)

会場: JTBカルチャーサロン 大阪梅田教室

2009年1月12日 (月)

iPhoneからの投稿実験

iBloggerというiPhoneのブログクライアントが115円まで安くなっていたので導入。「Other MovableType」を選択すれば、ココログも問題ないようですね。カテゴリーは選択できないようだけれど、それは携帯電話上でココログを扱うのと同じ。Safari上からの投稿では、ココログの動作が不安定なので助かります。あとはオフィス系ファイルを閲覧だけでなく修正できるようなソフト(現状ではGoogle Docsで対応)があれば良いですね。こうして自分の必要な機能をあとからあれこれ付け加えていくうちに、iPhoneをあっという間に2年くらいは使ってしまいそうな勢いです。

と思いきや…僕にとってのキラーアプリであるiDicという電子辞書検索ソフトが、アップデートされたらこれまで辞書データを保存してきたディレクトリからデータを読みこまないという「奇妙な仕様」に変更され、結果、使えなくなった。あっちが立てば、こっちが立たず。こんな状態が続いていては、まだまだ仕事で信用できる道具になったとは言えません。

2009年1月10日 (土)

iMacの帰還

iMacの帰還

Appleより今朝方、修理に出していたiMacが返送されてきた。6日にピックアップ、7日に修理完了、8日に発送完了、9日朝に帰還。以前MacBookを修理に出したときもそうだったが、これ以上は考えられない最短コース。忙しい身の上では、こうしたピックアップサービスと迅速な対応は実にありがたい…そりゃ、壊れなければもっといいのだけれど。修理箇所は…僕の予想通り、電源周り。内部パワーケーブルが交換されたそうだ。今晩は、iMacに火を入れて自宅書斎を整理した後、ついでに購入後うまく作動していなかったScanSnap S300Mもちょこちょこっと自分で修理。これも完全に動作するようになった。機械いじりをしていると不思議と心が落ち着く。昨年末からほとんど仕事にならなかった自宅の環境もようやく整い、深夜だけれども気分は晴れやか。

2009年1月 9日 (金)

現代北欧地域論4b

金曜4限の北欧史の講義を受講されているみなさん。今年もよろしくお願いします。さて、今学期に使用する残り3つの講義ファイルをここにアップロードします。いずれも20世紀を対象としたのものです。よろしくお願いします。

今週の講義ファイルをダウンロード

再来週の講義ファイルをダウンロード

再々来週の講義ファイルをダウンロード

とある楽しき会話

はじめタイトルを「とあるアラフォー世代の会話」にしようかと思ったら、「アラフォー」の定義は「35〜45歳ほどの40歳前後の女性層」を意味するそうで、この発言はその世代の男同士の話だから無味乾燥なタイトルとなった。(「アラフォー」の意味、また一つ勉強させてもらった。)昨日、某大学で現代中国を研究されている方と楽しく語る機会をもった。お互いの研究の話は以前にしたことがあったので、昨日は僕が使っているiPhoneにその先生が関心をもたれたことから、電気製品…とりわけ家電製品の話で盛り上がった。携帯電話からテレビ、そしてシェーバーから鼻毛カッターへ。話しぶりからその先生も家電製品に相当こだわりをもっていることがわかり、僕も負けず劣らずだから会話は一気に白熱した。

昨日の会話の白眉は鼻毛カッターのくだり。その先生曰く、はじめヘンケルあたりの鼻毛カット用のハサミを使っていたけれどもバネが折れて使わなくなり、家電量販店の…大抵レジまわりに数百円のワゴンセール対象品になっている鼻毛カッターに注目するも納得がいかず、結果的にパナソニックのER430Pに行き着いたとのこと。そしてER430Pはカットされた鼻毛を吸引して、処理された鼻毛が飛び散らない点がすばらしく、鼻毛のカットはジョリっと音で判断している…と。ER430Pとは、かつてこのブログでも紹介したことのある…鼻毛カッター業界では3000円超もする高級鼻毛カッターのこと。そう…図らずも僕も愛用している鼻毛カッターの愛用者と出会えたわけで、40代前後の大学に勤める研究者同士、お互いの鼻毛カットの経験から鼻毛観に至るまで語りあった。僕はここに鼻毛の同志を見つけた。所詮、3000円代で購入できるもので盛り上がっているところが、なんとも小市民的ではあるが。

この話の胆は鼻毛カッター云々ではなく、誰の気分も害することなくその場の雰囲気を楽しい方向にもっていこうとする際、家電製品という話題はとても良いという点にある。普段あまり話題にはのぼらないけれど…あるいは、あらためて話題にしようとは思わないけれど、しかし家電製品は誰もが日常的に接する道具。だから一つ一つにこだわりはなくても「あ、自分はこんなのを使っています」程度には誰もが話に参加できる。たとえ家電製品に詳しくなくても、「近いうちに炊飯器を買い換えなくちゃ」とか、「掃除機がもう壊れそうなんだよね」くらいの関心があれば、誰もが話に参加したくなる。そして…これが肝心な点なのだけれども…家電製品は誰もが心に傷を負うことのない実に清々しい話題である。(いや、ひょっとしたら、「かつてアイロンで火傷したことがある」ような経験からトラウマを負っている人であれば、嫌な話題になるかもしれないけれど。)昨年来、「家電芸人」とカテゴライズされる芸人たちが、昼のワイドショー番組から夜のバラエティ番組まで、様々なテレビ番組を賑わすようになった背景には、家電製品が老若男女を問わずアクセスがしやすく、そして中庸的な話題だということがあるのだろう。

誰もが傷つかず、食いつきやすい話題。昨日の会話を顧みるならば、ひょっとすると鼻毛もその一つとして挙げることができるのかも知れない。普段あえて語ろうとする対象にあげられない鼻毛。けれど鼻毛とは不思議なものでその存在に隠微さやいやらしさがなく、一度あらためて話題にあげてみると、誰もがクスっという笑いをもって受け入れてくれる対象である。その笑いはたいていの場合、失笑や苦笑であるのだが、日常で無意識下にある対象を意図的に意識上の対象に引き上げることでうみだされる「ズレ」が「笑い」引き起こすという、「笑い」の原理にかなった好例だ。

聞けば、その先生の出身は長崎の佐世保だという。家電好きで佐世保と聞いた暁には、家電好き同士、ジャパネットたかたで盛り上がったことは言うまでもない。ジャパネットたかたの高田社長を聖人のごとく敬う40代近いの男性研究者同士の会話。(一応、お互いに研究者だから、ジャパネットのマネジメントの特性について、思うところを多いに語ったが)その側にいた人たちにはどのように映っていただろうか。この発言の趣旨からいけば、「そうした話題なら自分も参加したい」と思っていたかもしれない…と締めて筆を置くべきだろうが、冷静に考えてみるとやはり滑稽に映っていたことだろうよ。

言いたいことはわかるけど…

Sony2_17

左の無理矢理感たっぷりの写真を見て、思わずふいた。ソニーのVAIO type Pという、「ポケットスタイルPC」とかいうジャンルのラップトップPCの発表会での写真。左の写真、「小さいので、ポケットにも思わず入っちゃうほどです」的な感じで、言いたいことはわかる。けれど、一方では「思い切り、ポケットからはみ出てしまいます」的な感じもありありで、滑稽。商品発表会は商品のコンセプトを示すことが目的なのだと百歩譲ったとしても、このソニーの浮世離れしたセンスには頭を抱える。(Appleあたりだと新製品のプレゼンは、実際に使われる範囲でソリューションを示すので説得力があるけれど。)それともソニーという会社では、この写真のようにポケットから思い切りはみ出た状態でPCを持ち運びたがっている人が多いのか…(汗)。「おぉ、ポケットにはいるほど小さいのか!」と思う人もいるだろうけれども、まずこのような形で使うことはあり得ないわけだから、それこそ眩惑させられているというもの。「ポケットに突っ込めます」…というか、「無理矢理、突っ込んでくださいと言われました」的にキメキメのポーズをとらされているモデルのお姉さんたちも、内心、寒〜い気持ちになっていたに違いない。パンパンにはった彼女たちのポケットがもの悲しさを語る写真だ。

2009年1月 8日 (木)

災厄の伝染と解消

阪大では1月5日から授業が始まっている。僕の場合、年明け一発目の授業は今日から。久々の講義は興奮して、つい時間配分を忘れて話をしすぎてしまった。学生のみなさん、ごめんなさい。今日の大阪はとても寒かったのでレザー風ジャケット(笑)を羽織ったままで講義をしていたら汗だくになり、むしろ体が冷えてしまう失態。とはいえ爽快な疲労感。それもこれも、購入早々おニューのiMacが見事に壊れたことで、なんとなく厄が払われた気分でいるから…根拠はなにもないけれど。問題のiMacは今日の午前中にAppleの修理センターに届き、すでに今日中に修理は完了し、明日返送され、明後日には届くようだ。Appleの対応は誠に小気味がよい。

で、隣の研究室のデンマーク語の同僚の先生に新年の挨拶をしにいったところ、間髪入れずPCのヘルプ要請を受けた。聞けば1月3日以来、隣の研究室の先生が愛用しているiMacが起動しなくなったままで、サポートに電話をしてみても全く埒があかず、すでに保証期間がきれているため自腹を切って修理に出そうかと考えていたとのこと。実はその先生は僕が愛用しているMacBook Airをご覧になって、昨年末にAirを購入されていた。そして。たまたま12月29日に偶然僕が研究室に赴いた際にAirの環境構築を手伝い、iMacからのデータ転送も終えていたところだった。(その29日に帰宅後、僕の所では、おニューのiMacが完全沈黙した。)つまり、29日に僕のiMacが壊れ、1月3日に隣の先生のiMacの調子がおかしくなった。災厄は伝染する。しかも、隣の先生も、僕も、1月3日にAppleのサポートにiMacの修理で電話をかけていた。偶然の一致。(んむ〜、現行のiMacはダメ子ちゃんなのかしらん?Appleお得意の秘密主義?)

僕のiMacは、明後日自宅に返送されたときに添えられてくる修理箇所の明細を見て、はじめて故障の原因が明らかになるけれども、おそらく電源系と思われるハードウェア上のトラブルで八方塞がりの状態だった。けれど隣の先生のほうは電源を入れるとマシンは立ち上がり、起動途中で画面がブラックアウト、Darwin/BSD login:という表示がでてきて先に進めないというソフトウェア上のトラブルだった。MacOS XはDarwin/BSDというUNIXでできているが、本来は表に出てこないUNIXのCUI表記が前面にでてきて、MacOS XのGUIに移行できないという問題だった。これはMacOS Xではまれに起きるシステムエラーらしく、システム起動時の初期設定ファイルのいくつかがなんらかの拍子で破損していたときなどに起こるらしい。また一つ良い勉強をさせてもらった。

この問題の対処法は、もっとも軽微なエラーの場合にはログオン時のログインネームとパスワードを入力して再起動すればもとのGUI表記に移行できるが、隣の先生のiMacではそれができなかった。それなりに深刻な起動ファイルの破損が起きていたのだろう。しかし、ハードディスクは生きているから、隣の先生の書類やメールなどのデータも生きているはず。自腹を切るなんてもったいない!そこで、iMacをMacOS XのDVDから起動させ、もとの設定を残したままシステムを再インストールすることを決断。見立て通り、無事もとの状態を回復することができた。問題の発見から対策の行使までに要した時間は、15分程度。(システムの再インストールは授業があったので隣の先生に任せたけれど。今日は3時間連続で授業がある日だったのだけれども、その間隙をぬってこんなこともしていたのですよ…学生のみなさん。だから講義もハイテンションになっていたのかも。)

Appleのサポートもこの点はふがいないけど、だからといって「おまえ、仕事の選択を間違えただろ?」という僕への突っ込みはよしてください(汗)。今日は今日で、こんなことでも人のためになる仕事ができると思えたのだから。そして隣の先生の厄もこれで払われただろう…と祈ることができるのだから(笑)。災厄の伝染は願い下げだが、楽天的な雰囲気の伝染なら、いいもんじゃない?

2009年1月 7日 (水)

吉村くんの発言に答える

僕の所属している阪大世界言語研究センターで進められている「民族紛争の背景に関する地政学的研究」プロジェクトの特任助教で、Word Grammarという言語理論とチュルク系の言語研究を専門としている吉村大樹くんが、ご自身のブログで、「古谷先生、どんなもんでしょうか?」と僕に意見を求める発言をされているので、僕のブログのほうでそれへの回答を述べたいと思います。以下の発言は、吉村くんのブログの1月6日づけの発言をご覧になられてからお読みくださると幸いです。

吉村くん!「言語学なんて言いながら理論がどうこう、普遍文法がどうこうってのを振りかざす時点で、社会やら文化やらの研究とは程遠くなっている」っていう不信感は、世界言語研究センターに所属する研究者なら、誰ももっていないんじゃないかな。僕らの地政学的研究プロジェクトは開始2年目で、今のところ文化領域の研究がこれまでの地域研究の枠組みから言うと理解しやすいから、そういう方向が目立っているだけでないかな?でもね、世界言語研究センターは、「世界の言語と言語に裏打ちされた文化」を討究することがミッションの核だから、吉村くんの言うように、はやく世間に認められるような具体的なかたちで「言語と文化の総合的な研究」のあり方を示していく必要があるだろうね。そして、言語学のアプローチと歴史学・文学・社会学などのアプローチを有機的に連携させたところに、僕たち世界言語研究センターが21世紀の学界に提供できる新たな学術領域のあり方があるのだと思うよ。これは日本の他のどの研究機関も取り組んでいない野心的な試みだし、そのテストケースとして僕たちの「地政学的研究」があると思えば良い。

「社会的な文脈等々を排除しなくたって人間の言語能力の追及は十分に可能だし、その一方で言語話者(人間)がもっている文化的知識・社会的知識のような非言語的知識と言語知識とのメカニズムの両面を追求することも可能」という吉村くんの主張はおおかた賛同するよ。けれども、ここで「言語話者(人間)がもっている文化的知識・社会的知識のような非言語的知識」という言い方にはちょっと注意が必要だね。歴史学研究や文学研究をしている者ならば、人間の情報伝達・意思疎通の手段として言語あるいは言語的作法(これには音楽や絵画なども含まれる)が根幹にある以上、文化的知識・社会的知識は当然、非言語的知識にはならないことは誰もが理解していることだよ。(もちろん吉村くんの主張のコンテクストでは、「言語的知識」は「生成文法の枠組みが言うように「理想的なX語の話者」というものを設定し、社会的な文脈等々を排除して討究される人間の言語能力」という意味で用いられているのだろうけれども。)

文化的知識・社会的知識は言語的表現のうえに伝達されるけれども、その言語的表現はこれまた言語的認識枠を前提とした解釈のうえで、多様に変幻するもの。さらに複雑なのは、文化的知識・社会的知識の発信者と受信者の双方が、それぞれ自らが生きる環境に内在化された言語的認識枠に従って解釈を行うから、同じように綴られたり表現されたりする文化的知識・社会的知識も解釈の段階では意味が千差万別になってしまう。だから、歴史学研究や文学研究の現場では、ただ資料の文章を翻訳するだけでは何の意味もなく、資料・史料の文言の一つ、一つが時間的・空間的にどのような来歴やコンテクストをもって用いられているのかを考え、そしてその意味を解釈する必要がある。ことほどさように、歴史学や文学は語学力云々を超えたところで言語に対する慎重な理解、接し方ができなければ何も先に進めない研究分野なんだな。だから一つの論文を書くにも、時間がかかる。(こうした言語に対する理解や接し方について、社会科学系の学問はどうだろうか?)

最近の僕は、言語的認識の枠組みを前提とした解釈の過程では、主観性と客観性の二元論的対立を包括する間主観性の存在を感じていて、それが例えば時代性だったり、地域性だったりしていると思うのだけれども、そうしたものに迫ろうとする文化理解というのはそうした○○性と便宜的に表現しているものを形式として抽象化するのではなく、それぞれの時代や地域で言語的枠組をもって経験的、具体的に意識されたものに留意しなければならないと思ってる。だから、「ウズベク語の使用地域のような、一言語話者が同時にロシア語もタジク語も操るような複雑な言語地域にあっては、むしろ文法記述においても、そういう態度で臨んだほうがより現実的なんじゃないでしょうか」という吉村くんの提案については、それこそ複雑な言語地域を対象にすることは、近代主義が疑わなかった主観・客観の二元論を相克するための間主観的なものの存在を言語にうらづけられた経験的理解として示す最初のステップになりうるものとして適切な考えだと僕は思うから、来月の国際シンポのときにそういうアプローチで話をしてくれれば良いと思うよ。

なかなか意欲的な問題提起を吉村くんがしてくれたから、今日も良いコトを学ばせてもらいました。ありがとう。

2009年1月 5日 (月)

年頭のご挨拶

遅ればせながら、新年のご挨拶を申し上げます。

昨年来の世の中の陰鬱な雰囲気に流されるように、先月は僕自身も疲れていました。けれども、前の発言、前の前の発言をしていくうち、なんとなく今年の生き方も見えてきました。(書くって良いですね、曖昧とした頭の中味をしっかりと整理できるから。)

世の中、景気の悪い、悲惨な話ばかりが伝わってきます。けれど、世の中には小さいながらも良いコトがそこかしこに溢れています。そんなところにちょっと目を配る心の余裕があれば、それから少しづつ力をもらって、小さな一歩を踏み出すこともできるのではないか。あまり大きなコトは言いませんし、言えませんが、ちょっとした些細な良いコトを発見できるような生活を送ること…なんだか小学生や中学生のするような稚拙な発言になってこっぱずかしいのですが、けれどこれを僕の今年の目標としたいと思います。(今年のこのブログは、巷を褒めちぎる発言に溢れるのかな?)

この春は心機一転ウップサーラ大学での仕事も待っていますし、このブログもやめません!皆さんにとって、素敵な2009年になりますよう心からお祈り申し上げます。

大当たり

といっても縁起の良い「当たり」ではない。最近の僕を鬱にさせていた理由のひとつは、11月末に自宅で使用していた初代MacBookが何の前触れもなくHDDクラッシュを起こして、データがすべて消え、その代替として購入し、納入後2週間と立っていない(…正確に言えば、納入後1週間ほどは何も手をつけていなかったので、数日間しか使っていないことになるが…)ニューカマーのiMacが、年末にいきなり起動音も出ない状態で沈黙してしまったこと。液晶モニタに何も映らず、強制再起動やPRAMクリアをしてもダメ。DVDドライブからの起動を試みるも、DVDは挿入されただけでその後は排出さえできない状態。そもそもUSB接続されているマウスやキーボードさえも受け付けていない状態で…これは電源ユニットか、マザーボードに起因する深刻な問題と見た。

PCを使い始めて15年あまり。初物でコケてしまった例はこれが初めて。12月中はこのブログに発言ができないくらい仕事もうまくいっていなくて、追い打ちをかけるようにiMacが沈黙して、最初かなり鬱になったのは事実。でも、まぁ、いいの、いいの。しばらく手書きメインになったし、世界の事情からも隔絶されて、仕事は遅れたのは確かだけれど、これで今の僕に降りかかっている厄が払われたと思うならば、誰も傷ついていない訳だし、むしろ良かった。仕事もなんだか、この新年にあわせてすべてデフォルトにもっていって心機一転できると思えばね!ここはひとつポジティブシンキング!

1月3日にAppleにダメもとで電話をかけたら、もうAppleは仕事をはじめていて、冷たく冷え切ったiMacは休み明けの明日朝にAppleへと引き取られていくことに。ナイス!Apple!以前、MacBookの修理のときに経験したAppleの速やかな対応に期待するところ大。そもそも、そんな一週間ももたない商品に手を出すなって?数万台のうちに数台は予測不可能なものもあるでしょう?だから、そんな突っ込みは、聞かなかったことにしておこう (;;;´Д`)ゝ ほんの二、三日、使っただけだったけど、iMac、値段のわりに液晶の解像度も広々としていて、処理速度もMacBookなんかよりずっと速くて…こんな「当たり」がなければ、よかった…ような気がしているから。iMac、修理から返ってきたら、生産力があがる…ような気がしているから!あくまでも、そんな気がしているだけだけど ┐(´-`)┌

何の確証もないけれど、この正月はAppleのナイスサポートから、ちょっとだけ「あぁ、こんなところでも自分は支えてもらっているんだな」って気分がしたから、今は「どんといこう」っていう気にもなってる。ここでも一つ、小さなことだけれども良い仕事から勇気をもらった気分。

2009年1月 4日 (日)

初笑い

久々のブログの発言がこのような話題で申し訳ない。今日になってジャパネットたかたの高田社長と彼のモノマネでしられるビューティーこくぶさんが共演しているCMを見て、思わず初笑い。 ビューテーこくぶさんをみつめる高田社長。二人が分担する新聞の折り込み広告の宣伝。「モー買うしかないでしょう!」ってオチ。この企画自体については、パロディとその対象を直接同じ場面において比較するということで、誰でも思いつきやすいものだろう。従って、広告会社の企画力云々とは言わない。(いや、待てよ。これまでにバラエティー番組では芸人と本人を対面させる例はあったかもしれないが、公共の広告メディアでそれを堂々とやってのけたという例があまり思い浮かばないから、となればそれを実現させた広告会社の力は大きいかもしれない。)けれど、とにかく、それにゴーサインを出した高田社長の懐の広さには感服させられる。新聞の折り込み広告の宣伝をかけあうくだりでは、若干ビューティーこくぶさんのほうが声質が高いだけで、シンクロ率が高く高田社長の二重写しに眩惑させられるほど。そしてなにより、ビューティーこくぶさんを眺める高田社長のまなざし。あれは自分が対象になっているとはいえ自分が笑いの対象にさせられていることを嫌がるのではなく、その絶妙な芸に感嘆しつつ敬意をこめたまなざしだった。高田社長のその(…視線だけで感じる…過剰に…)真摯なまなざしに、僕はヤラレタ。あぁしたまなざしは好きだ。

新年早々良いものを見せてもらい、ちょことだけ笑顔回復。少しづつ、少しづつ、良いモノから学ばせてもらおう。で、遅ればせながら、今年もよろしくお願いします。

« 2008年12月 | トップページ | 2009年2月 »