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2008年11月 3日 (月)

技術に眩惑された日

連休中、急な用事で姫路へ出かけた。午後には箕面キャンパスで催されていた語劇祭(外大時代の間谷祭の後継)に参加しなければならない。だから朝早く新幹線で発って、昼間には帰阪する計画をたてた。ついでなので今月末に退役となる0系新幹線に乗って。

Img_0066 0系がどんな思いで戦後日本社会の希望を担い開発されたか、ここで多くを語る必要もなかろう。個人的にいうと、実のところ僕は0系への思い出は少ない。0系が東海道新幹線で現役だった頃、僕は関東平野から一歩も外に出ることがなかった。中学の修学旅行で京都へ行ったときは、0系だったろうか。(高校のときには修学旅行などなかった。恩田陸さんが『夜のピクニック』で描いた「歩く会」。あれが僕らの高校では修学旅行の代わりとなる行事だった。)ようやく大学生になって関西へぼちぼちと出かけるようになった頃、東海道新幹線の主軸は300系(100系でさえすでにこだま扱いだった)になっていた。そう思うと、今回の0系への搭乗が事実上の初体験。休日と言うのに新大阪駅のホームも、福岡行きのこだま号の車内も、カメラを携えた鉄道ファンでごった返している。「鉄道ファンはこれほどに熱いのか!」と再認識した瞬間。僕は鉄道には興味がないが、それでもちょっと古ぼけた車内デザインがこんな僕にもノスタルジを思いおこさせる。おそらく感圧式なのだろう…自動ドアはガタガタガタという音とともにぎこちなく開閉する(しかも、人が挟まれるのを防止するセンサなどついていないので、何人もの人が挟まれる)。中川家のネタではないが最近の新幹線なら「シューッ…ガポ」と勢いよくモノが吸い込まれる水洗トイレも、0系のものはちょろちょろと水流が流れるだけ。西明石や姫路では数分の停車時間があったので、熱い鉄道ファンに混じって一応車両正面の写真もおさめた。リベットをうちつけて成形しているあたり時代を感じさせるけれど、これこそが高度経済成長時代の日本人の希望を一身に集めたデザインだったと思うと、鉄道ファンでなくとも感慨深いものがある。

(ついでながら0系というと、個人的には佐藤純弥監督の『新幹線大爆破』の記憶が強い。デザインとしては0系の車体ばかりに注目が集まるのだろうが、新幹線の安全神話を築いたという意味では、この0系の運行にあたって整備された運行システムも、今のようなオンライン化されたコンピュータの発達以前の話を思えばえらい発明だったと思う。新幹線の美しさはそうした運行システムを含めたトータルデザインのなかで際だつと僕は思っているのだけれども、『新幹線大爆破』はその運行システムをついた話で、結末はわかっているのだが今でも繰り返し見てしまう作品の一つ。宇津井健の扮する運転司令室長が格好良かった。北欧つながりでいけば、最後、高倉健扮する主人公は最後スカンディナヴィア航空で国外逃亡を図るのだが…。)

Img_0078 姫路では、姫路城に立ち寄った。これも日本人のつくりしデザインの一つ。城郭建築は天守閣ばかりが注目されるけれども、天守閣を中心とした城郭プラン、城郭を中心とした城下町のプラン(天守を中心として三重螺旋の構造をもった都市区画…曲輪といったほうが良いのかな?)などなど、関心はつきない。ここもまた僕は生まれてはじめて立ち寄ったのだけれども、いやはや複雑な城郭のプランには正直まいった。時間がなかったので、いわゆる天守を中心とした内曲輪だけをめぐるものの、肝心の天守閣に辿り着く前に、正直体力が尽きてしまった。これだけ迷路のように複雑な構造で、本丸に近寄りがたく曲輪を構成しておけば、戦略上そりゃ攻め込む側も気分は萎えるだろう。実際に体験してみて、そこらへんのことがよくわかった(汗)。それとおよそ30メートルの高さをもった天守閣は圧倒的。これが純粋な木造建築と思うと筆舌を失う。ヨーロッパで結構多くの高層建築を登ったことがあるけれど、それらはみんな石積みだった。こちらは心柱に30メートル級の檜を用いた木造。われらが大阪城なんかは、なんてったって近代建築の粋を集めた鉄骨鉄筋コンクリート造りで、巨大木造建築としての世界遺産姫路城とは比べようもない。誰だったかと大阪城に行ったときに、「さすが日本人、大阪城にエレベータがあるとは…!」と感心していたけれど、もちろん姫路城にはそんなエレベータはないわけで、天守閣の最上部まで登ったときには、汗だくになっていた。「エレベータ、欲しい…」と心底思ったけれど、なるほどこうした経験をしてみれば、天守閣は日常的に使用された空間ではなかったことがよくわかる。たまたま訪れた日は秋の特別公開の日で、天守閣内に設置された厠を見ることもできた。その説明曰く、「一度も使用された痕跡はなく、戦時の籠城時に使用することを目的に設置された」とある。これもまた非日常の産物。

Img_0089_2 ところで、僕は写真を撮るのが本当に苦手。どんなに良いカメラをあてがわれても、どんなに光の具合のことを考えても、「これ!」といったものをシャッターにおさめることが出来ないからだ。人間だから不得意なことがあるのは当然だけれども、僕は小さい頃から絵を描くことはそれなりに訓練され、それになりに評価されてきた。数字や道具にだって弱いほうではないはずである。なのに写真だけはだめなのである。そんな僕だけれども、最近写真を撮るのが楽しくて仕方がなくなっている。きっかけはiPhoneだ。iPhoneのカメラは200万画素のCMOSセンサ、固定フォーカスという…今となっては時代錯誤的な仕様。けれど、トイカメラのように現像してみなければわからない意外な効果が時として現れて、これが面白い。例えば今回ここに掲げる写真は、朝早くで人気のない姫路城天守閣のなかの様子。(火縄銃の英訳がFirearmsになっていたけれどharquebusでなくていいの?)どういう撮影結果になるか、まるで予測不可能なのであれこれと考えず、光の具合と空間の構成でこれは良さそうと思った瞬間に直感的にシャッターを切る。あとは見てのお楽しみ。10枚撮って1枚ぐらい面白い写真があればそれでよし…なんていういい加減な撮り方。まさかiPhoneのカメラが写真嫌いの僕を刺激するとは…それこそが予測不可能な成果そのもの。

これらの写真をおさめた後、僕は箕面キャンパスへととんぼ返り。帰路は、山陽新幹線にしか走っていない700系を改装したひかりレールスター。あっという間に箕面へ辿り着き、何事もなかったかのようにデンマーク語とスウェーデン語の語劇を参観。朝から姫路、夕には箕面…なんとも非日常的な一日を過ごしたが、これも現実。圧倒的な雄姿を誇る姫路城も、高速移動を誇る新幹線システムも、それが実現されたときには夢のようだったろう。iPhoneのようなスマートフォンも10年前から考えれば考えられないようなデバイスだ。そうしたことを思えば、非現実的世界を現実化してしまう人の技術力にこそ眩惑された一日だった。

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