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2008年11月

2008年11月30日 (日)

IKEA鶴浜ってどうよ?

ユルウル

IKEA鶴浜へ行ってきた。鶴浜店へ行ったのははじめて。何も買う物はないので、真っ先にレストランへむかった。写真はそこで売られていたユル・ウル。アドベント(待降節)の時期に飲まれるいわば「クリスマス向けのビール」だ。モルトが深くローストされた結果、色は深いアンバーで一見うまそうに見える。ところがどっこい…そこはスウェーデンの味覚。どういう味付けをしたらそうなるのかわからないが、これが深く甘ったるい味で、一言「まずい」。この時期にしか飲めない季節限定のモノなので、この「まずさ」も年中行事のようなものとしてつきあっている。

(かつて僕がルンド大学歴史学研究所に留学していたときに、その頃、歴史学研究所の所長を務めていたキム・サロモン先生の肝いりで、その年は20世紀最後の年だったから、「クリスマス・パーティーと盛大にやろう!」ということになって、歴史学研究所はかなり大量にユル・ウルを買い込んだものの、まったくパーティーでは消費されず…そりゃぁ、まずいからだと明らかにわかるわけだが…そのパーティーが終わった後、「ダイスケ、ビール飲みたきゃ、いつでもキッチン(歴史学部の2階にキッチンがある)にユル・ウルがあるから、飲んでいいよ」と言われていたにもかかわらず、僕が急遽日本に帰国することになった翌年の3月まで、結局、消費しきれなかったという前歴がある。そのときになって僕は、「スウェーデン人も、ユル・ウルをまずいとわかっているんじゃないか…。」と実感し、スウェーデンの人たちとますます仲良くなれるような気がした。)

ユル・ウルに加えて、スウェーデンのホット・ワインであるグレッグが、グレッグ・ミックスとともに売られていた。グレッグは、赤ワインに砂糖、シナモン、カルダモン、オレンジ、クローブ、マディラ、バニラ、ショウガがミックスされた飲み物で、これを煮立たせない程度に温め、コップにアーモンドとレーズンを入れておき、そこに注いで飲むもので、やはりアドベントの季節によく飲まれる…というか、ヨーロッパではどこでも、マルド・ワインやヴァン・ショー、グリューワインといったような名前で飲まれる類の、やはり季節ものの飲み物だ。(しかし、面白いのは、それらの地域差は、ワインに混ぜ合わせる香辛料や調味料の種類である。興味がある人は、日本における「養命酒」も含めて、比較してみると面白いだろう。)

まぁ、しかし、こうしたユル・ウルやグレッグのようなものがフツーに日本で買えるようになったことに隔世の感を覚える。(そういえば、山のように積まれていた…これまた季節もののペッパーカーカ(ジンジャークッキー)は、どうするのだろう?あれは絶対に売れ残るぞ!)その点はで、イケア、よく頑張っているではないか…。この5月にスウェーデン大使が来訪された際に見せていたIKEA鶴浜の開店への意気込みも伊達ではなかった…と言いたいところだが、僕はIKEA鶴浜に一つ苦言を呈したい。

それは、レストランで提供されているシェットブッラル(ミートボール)のことだ。僕は最初15個入りを何気なく頼み、スウェーデン・ビールとともに食べ始めたときには気がつかなかったのだが、僕の妻が、リンゴンシュット(苔桃のジャム)が添えられていないことに気がついた。そこで僕らは二度目、さらに15個入りのシェットブッラルを頼み、そのときに妻は、「ジャムをつけてください。」とあえて給仕の人に申し出た。するとその人は、「お客さん、本当にジャムはいりますか?いるならのせます。」という対応をした。その対応を聞いて、一皿目に注文したときに苔桃のジャムが添えられていなかったことが「忘れた」ということではなく、確信犯的に苔桃のジャムを載せていなかったことを知った。

シェットブッラルについては、ブラウンソースと苔桃のジャムを添えて食べるのがスウェーデン本来の食べ方だ。ジャムなしのブラウンソースだけでは、単なる「スウェーデン風肉団子のブラウンソース添え」になってしまい、「シェットブッラル」とは似て非なるものになってしまう。大方の日本人は…とりわけ味にうるさい大阪の人たちは…「肉団子にジャムなんて…」と思うかもしれないが、そもそも今回のIKEA出店は可能な限りスウェーデンのスタイルそのままを日本にもちこむという方針があったはずだ。だからこそ、先に述べたように、食材コーナーでは、例えどんなに日本人の味覚にあわずともユル・ウルやグレッグ、はてはサルト・ラクリスの類まで売られているわけである。

しかしながら、どうだろう…この鶴浜のレストランの対応は!日本人むけ…あるいは大阪人むけ…のサービスだとするならば、それは余計なお節介というものである。食べたくない人、ちょっと試して嫌だと思った人は、それをのけて、肉団子だけを食べればよい。僕は、「肉団子にジャムとはなんぞや!」というクレームをあらかじめ前提としたような過度にお節介なサービスに疑問を呈する。もし本当にスウェーデンのことが知りたい…しかしスウェーデンに行く機会がない…だけどIKEAに行けば日本にいながらにしてスウェーデンの文化に触れることができるらしいという期待を抱いて、遠方からIKEA鶴浜にまで訪れた人がいたとしよう。もしその人がレストランで、「あぁ、これが夢にまで見たスウェーデンのシェットブッラルなのか!」と目を輝かせて食していたとき、もし何も知らされず、苔桃のジャムなしの肉団子を食べさせられていたとしたら…それは、何も知らされないまま「まがい物」を提供させられていたことになる。食料偽装とまで問題は深刻なものではないが、しかし、そのお節介なサービスは、スウェーデンの食文化の本来のあり方と日本の無垢な消費者を愚弄する行為だと…言おうと思えば言えるものだ。

日本にスウェーデンを夢見る無垢な消費者が多ければ多いほど、僕はスウェーデンに関わる人や企業はスウェーデンのありのままの姿を日本に伝えることが、スウェーデンに関わる者の責務だと思っている。ユル・ウルやシェットブッラルにみられる「まずさ」も、またスウェーデンの現実。その現実を受け入れられねば、スウェーデンのことなど到底理解できるようにはならない。日本風のアレンジなどいらない。なぜなら、それはスウェーデンの発想ではなく、結局、日本人の発想にしかすぎず、スウェーデンの地平から見ればまがい物にすぎないからだ。国際的に成功を収めているIKEA商法が日本にだけ適応できず、姑息な日本風のアレンジが必要というならば、やはり世界的に成功を収めているにもかかわらず、しかし狭溢な日本市場からの撤退を決めたNOKIAのように、IKEAも撤退するまでのことだろう。IKEA鶴浜のレストランでの対応が、一時的なものであることを切に願うばかりである。

2008年11月24日 (月)

久々に良いソニー

2006年秋からまる二年愛用してきたイヤフォンSony MDR-EX90SLが断線したようで、左側から全く音が出なくなった。(年末のお金のないとき、忙しいときにこういうことはよく起きる。この世はお金が飛んでいくようにできているんだ…きっと。)ネット各所で述べられているように、値段が安いにもかかわらず、再現される音のバランスがよく、とても良いイヤフォンだった。もしまだ販売が継続されていたら、同じものを購入しただろう。しかし今はもう販売されていない。イヤフォンは通勤時の必需品なので、最近になってこのEX90の後継機種として発売されたMDR-EX500SLを急遽購入。ドライバユニットを横置きにした一見奇異な外見のため最初は購入に躊躇したが、これがなかなか良い。2004年頃にはじめてインナーイヤー型イヤフォンに出会ってからというもの、僕は耳にイヤーピースがグサッと深くささるインナーイヤー型イヤフォンを愛用している。僕はiPhoneでいつもオーケストラを大々的に鳴らしていて、その音漏れが常々心配になのだが、インナーイヤー型にしてから音漏れの心配は減った。そしてインナーイヤー型にしてみると音が外に漏れない分、高い音も、低い音もひろってきて外出先でも「交響曲が交響曲として」聞こえるようになったというメリットもある。今回のEX500は「これでもか!」というくらい耳の穴の奥深くにグサッりとはまる。このグッサリ感が堪らない。ドライバユニット自体はEX90のものと口径はかわらないものだから、音の立体的再現はちょっとばかりスカスカな空間を耳に用意して響かせていたEX90のほうが自然だったとの評価が巷では多い。けれど、僕は思い切り耳の穴にレシーバを密着させながら、大口径のドライバを共鳴させて「これでもか!」と低音を響かせてくれるEX500のほうが好きだ。音作りは個人的な好みで好き嫌いがわかれるもので、この発言はあくまでも僕個人の感想だけれども、実質8,000円程度の買い物でこの音ならば良い買い物だったと言える。久々に良いソニーの商品を手にした。

2008年11月18日 (火)

iPhoneとの一ヶ月(iPhoneOS アップデート後の修正版)

iPhoneを使い始めて一ヶ月が過ぎ、はじめての料金請求が届いた。機種変更の事務手数料をのぞけば、請求料金は7000円弱。パケット通信は17万円弱を使っていたが、それでもパケット定額の上限には達しておらず、まだまだ使えたということに驚き。一言、安い。au時代の請求金額より2000円程度も安い。しかし仕事に使えているのは、今までの携帯電話以上にiPhone。となれば替えて良かったと言えるね。(この一ヶ月は意外と電話での通話が多かったので通話料が意外ととられた。ということで、他社の携帯電話との通話料が半額になるWホワイトというプランにも急遽加入した。)

iPhoneを使い始めて劇的に変化した点は、いつでもどこでも知りたいことを検索できるようになったこと。例えば、スウェーデン語の辞書や人名事典については、スウェーデンで公開されているしかるべきコンテンツをもったネットワーク上のレファランスを検索できるようになった。(wikipediaもよく閲覧しているが、叙述に明らかな間違いが見受けられるため暇つぶしに読む程度。)Lexin、Norstedt、SAOB、SBHLなどが使えているし、iPhoneOSが2.2にヴァージョンアップしてNationalencyklopednも検索できるようになった。iPhoneは常時ネットワークに接続できる環境が前提となる道具だ。けれども箕面キャンパスにあってはいつもネットにつなげるとは限らない。未だ無線LANが完備されておらず、携帯電話の電波さえ絶え絶えしい箕面キャンパスではオフライン検索ができるEPWING検索ツールも必須だが、それもiDicの登場でクリアされた。(EPWINGでなくても、広辞苑、大辞泉、ジーニアスといった辞書のソフトも出揃いはじめた。)来月にMicrosoft OfficeのファイルをiPhone上で加筆修正できるソフトウェアが登場すれば、ナレッジワーカのための道具としてのiPhoneはいよいよ完成の領域に至る。

おそらくiPhoneを使い始めて享受できたメリットは上述した一点に絞られる。しかしそのメリットさえ確たるものではない。この一ヶ月で使用したパケット通信料は15万円を超えた。定額制に入っておかねば、即破産だ。常時ネット接続のメリットは、パケット通信定額制度の上に成り立つ「砂上の楼閣」に過ぎない。iPhoneOS 2.2にバージョンアップしてブラウザのSafariの安定度は若干安定度が増したと言われているけれど、それでもまだ検索中に突然落ちてしまうことが頻繁にある、また無線LANあるいは3G携帯回線を通じて常時ネットワークにつながっているため、iPhoneの連続駆動時間はおそろしく短い。毎朝100%の状態で充電をしていても、毎夕ほぼ10%をきってしまう。いつも夜は不安。iPhoneOSのヴァージョンアップでは期待していた絵文字の利用がソフトバンクのものに限られるなど、期待はずれの部分もあった。けれど、今は未熟な道具でも、ファームウェアの更新で徐々に道具が熟成されていくことに期待しよう。ボジョレーの解禁は過ぎたけれど、ワインも熟成されて良い味を出すのだから。ちょっとはiPhoneに未来を託してみようか。


2008年11月17日 (月)

「なんだか良いね!」っていう感じの動画

youtubeが1280×720の解像度をもつHDクラスの映像に対応したらしいのですが、そのサンプルにあがっていた以下の動画…(有名らしいのですが)…なんだか、とても良いね。

2008年11月14日 (金)

現代北欧地域論4b

金曜4限の北欧史講義を受講されているみなさん!すみません。今日の講義ファイルを今日までアップロードできずにいました。ここにそれをアップロードします。よろしくお願いします。

今週の講義ファイルをダウンロード

2008年11月 9日 (日)

秋の日に

秋の日に


今日は滋賀の田舎に講演にきています。ちょっと肌寒いですが、空気がおいしいですね。

2008年11月 3日 (月)

技術に眩惑された日

連休中、急な用事で姫路へ出かけた。午後には箕面キャンパスで催されていた語劇祭(外大時代の間谷祭の後継)に参加しなければならない。だから朝早く新幹線で発って、昼間には帰阪する計画をたてた。ついでなので今月末に退役となる0系新幹線に乗って。

Img_0066 0系がどんな思いで戦後日本社会の希望を担い開発されたか、ここで多くを語る必要もなかろう。個人的にいうと、実のところ僕は0系への思い出は少ない。0系が東海道新幹線で現役だった頃、僕は関東平野から一歩も外に出ることがなかった。中学の修学旅行で京都へ行ったときは、0系だったろうか。(高校のときには修学旅行などなかった。恩田陸さんが『夜のピクニック』で描いた「歩く会」。あれが僕らの高校では修学旅行の代わりとなる行事だった。)ようやく大学生になって関西へぼちぼちと出かけるようになった頃、東海道新幹線の主軸は300系(100系でさえすでにこだま扱いだった)になっていた。そう思うと、今回の0系への搭乗が事実上の初体験。休日と言うのに新大阪駅のホームも、福岡行きのこだま号の車内も、カメラを携えた鉄道ファンでごった返している。「鉄道ファンはこれほどに熱いのか!」と再認識した瞬間。僕は鉄道には興味がないが、それでもちょっと古ぼけた車内デザインがこんな僕にもノスタルジを思いおこさせる。おそらく感圧式なのだろう…自動ドアはガタガタガタという音とともにぎこちなく開閉する(しかも、人が挟まれるのを防止するセンサなどついていないので、何人もの人が挟まれる)。中川家のネタではないが最近の新幹線なら「シューッ…ガポ」と勢いよくモノが吸い込まれる水洗トイレも、0系のものはちょろちょろと水流が流れるだけ。西明石や姫路では数分の停車時間があったので、熱い鉄道ファンに混じって一応車両正面の写真もおさめた。リベットをうちつけて成形しているあたり時代を感じさせるけれど、これこそが高度経済成長時代の日本人の希望を一身に集めたデザインだったと思うと、鉄道ファンでなくとも感慨深いものがある。

(ついでながら0系というと、個人的には佐藤純弥監督の『新幹線大爆破』の記憶が強い。デザインとしては0系の車体ばかりに注目が集まるのだろうが、新幹線の安全神話を築いたという意味では、この0系の運行にあたって整備された運行システムも、今のようなオンライン化されたコンピュータの発達以前の話を思えばえらい発明だったと思う。新幹線の美しさはそうした運行システムを含めたトータルデザインのなかで際だつと僕は思っているのだけれども、『新幹線大爆破』はその運行システムをついた話で、結末はわかっているのだが今でも繰り返し見てしまう作品の一つ。宇津井健の扮する運転司令室長が格好良かった。北欧つながりでいけば、最後、高倉健扮する主人公は最後スカンディナヴィア航空で国外逃亡を図るのだが…。)

Img_0078 姫路では、姫路城に立ち寄った。これも日本人のつくりしデザインの一つ。城郭建築は天守閣ばかりが注目されるけれども、天守閣を中心とした城郭プラン、城郭を中心とした城下町のプラン(天守を中心として三重螺旋の構造をもった都市区画…曲輪といったほうが良いのかな?)などなど、関心はつきない。ここもまた僕は生まれてはじめて立ち寄ったのだけれども、いやはや複雑な城郭のプランには正直まいった。時間がなかったので、いわゆる天守を中心とした内曲輪だけをめぐるものの、肝心の天守閣に辿り着く前に、正直体力が尽きてしまった。これだけ迷路のように複雑な構造で、本丸に近寄りがたく曲輪を構成しておけば、戦略上そりゃ攻め込む側も気分は萎えるだろう。実際に体験してみて、そこらへんのことがよくわかった(汗)。それとおよそ30メートルの高さをもった天守閣は圧倒的。これが純粋な木造建築と思うと筆舌を失う。ヨーロッパで結構多くの高層建築を登ったことがあるけれど、それらはみんな石積みだった。こちらは心柱に30メートル級の檜を用いた木造。われらが大阪城なんかは、なんてったって近代建築の粋を集めた鉄骨鉄筋コンクリート造りで、巨大木造建築としての世界遺産姫路城とは比べようもない。誰だったかと大阪城に行ったときに、「さすが日本人、大阪城にエレベータがあるとは…!」と感心していたけれど、もちろん姫路城にはそんなエレベータはないわけで、天守閣の最上部まで登ったときには、汗だくになっていた。「エレベータ、欲しい…」と心底思ったけれど、なるほどこうした経験をしてみれば、天守閣は日常的に使用された空間ではなかったことがよくわかる。たまたま訪れた日は秋の特別公開の日で、天守閣内に設置された厠を見ることもできた。その説明曰く、「一度も使用された痕跡はなく、戦時の籠城時に使用することを目的に設置された」とある。これもまた非日常の産物。

Img_0089_2 ところで、僕は写真を撮るのが本当に苦手。どんなに良いカメラをあてがわれても、どんなに光の具合のことを考えても、「これ!」といったものをシャッターにおさめることが出来ないからだ。人間だから不得意なことがあるのは当然だけれども、僕は小さい頃から絵を描くことはそれなりに訓練され、それになりに評価されてきた。数字や道具にだって弱いほうではないはずである。なのに写真だけはだめなのである。そんな僕だけれども、最近写真を撮るのが楽しくて仕方がなくなっている。きっかけはiPhoneだ。iPhoneのカメラは200万画素のCMOSセンサ、固定フォーカスという…今となっては時代錯誤的な仕様。けれど、トイカメラのように現像してみなければわからない意外な効果が時として現れて、これが面白い。例えば今回ここに掲げる写真は、朝早くで人気のない姫路城天守閣のなかの様子。(火縄銃の英訳がFirearmsになっていたけれどharquebusでなくていいの?)どういう撮影結果になるか、まるで予測不可能なのであれこれと考えず、光の具合と空間の構成でこれは良さそうと思った瞬間に直感的にシャッターを切る。あとは見てのお楽しみ。10枚撮って1枚ぐらい面白い写真があればそれでよし…なんていういい加減な撮り方。まさかiPhoneのカメラが写真嫌いの僕を刺激するとは…それこそが予測不可能な成果そのもの。

これらの写真をおさめた後、僕は箕面キャンパスへととんぼ返り。帰路は、山陽新幹線にしか走っていない700系を改装したひかりレールスター。あっという間に箕面へ辿り着き、何事もなかったかのようにデンマーク語とスウェーデン語の語劇を参観。朝から姫路、夕には箕面…なんとも非日常的な一日を過ごしたが、これも現実。圧倒的な雄姿を誇る姫路城も、高速移動を誇る新幹線システムも、それが実現されたときには夢のようだったろう。iPhoneのようなスマートフォンも10年前から考えれば考えられないようなデバイスだ。そうしたことを思えば、非現実的世界を現実化してしまう人の技術力にこそ眩惑された一日だった。

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