最近のトラックバック

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« 第1回大阪大学21世紀懐徳堂シンポジウム | トップページ | シェーバーを買い換えた »

2008年10月15日 (水)

近世イギリス史研究会に参加して

先日、近世イギリス史研究会に招かれて、指昭博編『王はいかに受け入れられたか』(刀水書房)の合評会にコメンテータとして参加しました。30人近く参加されていたでしょうか。近世、しかもイギリスに限定して銘打った研究会、しかも報告者は近世イギリスだけではなく、近世フランスに、近世スウェーデンなのに盛会でした。それでも、門外漢でも暖かく迎えて下さった研究会のみなさん、ありがとうございました。懇親会に至るまで、久しぶりに僕は自分の専門を活かす時間を過ごすことができ、とても楽しかったです。(実はその日、子供の運動会があって、お昼まで運動会に参加し、ヘロヘロ状態で研究会に臨んだ筈だったのですが、疲れは最後には消えていました。)僕は、国家儀礼やメデイアなどで「スウェーデン王はいかように表現されたか」ではなくて、カルマル連合以来のスウェーデン固有の歴史的経緯を縦軸に、近世バルト海世界における地政学的状況を横軸にして、「バルト海世界でスウェーデン王はいかに受け入れられたか」を報告しました。確かに、(1)「王をいかように表現しよう」とも、その表現の仕方は表現者の戦略によって多様であり(…二宮宏之先生はかつてそれを国家儀礼やメディアといった複数の回路で分類していた…)、(2)さらにそうして表現されたものを受けとる側が「王をいかに受けいれたか」については、表現者の戦略とはズレがあるはずで、それを確認することは研究方法論上なかなか困難であるということはあるでしょう。とはいえ個人的には、イギリス、フランス、スウェーデンといった、各々の複合国家編成をいかに維持するかの戦略性の違いに応じて、王の受容イメージにだいぶ差があることがはっきりしました。とりわけイギリスとスウェーデンは、大陸ヨーロッパからみれば辺境に位置する北海・バルト海をつないだ北方ヨーロッパ世界の成員として大いに比較されるべきところですが、例えば、16世紀以降の古典文化の受容の仕方も、宗教改革以降の宗教と王権の位置づけも、おそらく帝国的編成をめぐる意図の差から異なります。最近の僕は東欧と北欧(あるいはバルカンとスカンディナヴィア)の比較検討のための連携に傾注していましたが、それを一つの軸としつつも、他方でブリテンとスカンディナヴィアの比較検討も一つの軸に据えたいと思いました。なんというのか、僕らは、天路歴程のあるべき姿を西洋世界に求めた明治以来の歴史学のイデオロギとその残滓によって、実はヨーロッパ世界のより実態に即した姿を知らなさすぎる側面があるのだけれども、今回、近世イギリス史研究会に出てみて、良い意味でヨーロッパ世界の一地方の政治文化研究が落ち着いて進んでいる姿を思ったとき、「これはそうした人たちと連携することで、僕たちはようやく狭い「公」の考え方に捕らわれてきたヨーロッパ観を越えて、はじめて腰を落ち着けてヨーロッパ世界の実態解明に結びつく諸地域連携の立体的研究ができる地平に立てたのだなと思いました。だから、この研究会に参加できて嬉しかったです。

« 第1回大阪大学21世紀懐徳堂シンポジウム | トップページ | シェーバーを買い換えた »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 第1回大阪大学21世紀懐徳堂シンポジウム | トップページ | シェーバーを買い換えた »