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2008年10月15日 (水)

カクテルとダンディズムの関係をいかに論ずるか?

以前一度だけこのブログでも言及したことのあるソレラの会のブログで、「カクテルはなぜダンディの象徴なのか?」について簡単な内容の文章を書きました。もし関心がございましたら、ご覧下さい。産業社会の発展を背景とした新たな消費の傾向…それは、例えばダンディを気取るような一定階層の人々の再生産過程ととらえれば、「カクテルを飲む」ふるまいも一つの文化消費と言えるのかも知れませんが…新たな文化消費の流行にともなう社会的コノテーションの変化に応じて、記号化されたカクテル消費のパターンも変化するといったことについては、平易な言葉で説明できたと思います。しかし、そもそもダンディを志向する人々がどうして登場したのか、その社会的背景にはあまり踏み込めていません。おそらく1980年代のマッケンドリックの「消費革命」論にはじまり、それを受けたブルーワらの消費主義の議論を踏まえておくべきだったのでしょうが…イギリス史の人たちに混じって、The Birth of a Consumer Societyあたりをきちんと勉強しておくべきでした。商業社会の進展とともに市民的公共圏を生み出す新たな文化的競争関係のなかに、そうしたダンディを気取る人々の登場の可能性はあったと言えるのでしょうか?みなさんはどう思われますか?

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