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2008年10月 8日 (水)

バルカンをめぐる(1)

このブログを休止している期間にいろいろな仕事をしていましたが、とりわけ思い出に残った仕事は、9月中のバルカン半島への出張でした。最初ストックホルムに渡り、ウップサーラ大学で所用をすませ、それからザグレブへ渡り、カンファレンスをこなし、陸路ベオグラードへ渡り、さらにカンファレンスをこなすという日程。「バルカン研究者でもない者がなぜ?」と思われるかもしれませんが、そのカンファレンスは、今、僕の所属している阪大世界言語研究センターが進めている「民族紛争の背景に関する地政学的研究」がザグレブ、ベオグラードの研究機関と連携し、日本のバルカン研究者と現地の研究者との研究交流を図るべく開催されたものであり、僕は阪大側の人間として参加した…という次第です。(司会者、報告者…クロージングリマークまでこなしましたよ。)会合で僕が行った報告は、明治以降の近代日本史学史とアイデンティティ模索に関するものでしたが、とりわけ戦後日本の復興に伴うアイデンティティ構築の問題では、旧ユーゴの研究者の関心も高く、議論ももりあがり…クロージングリマークでは阪大世界言語研究センターとそのミッションについても宣伝することもできて、充実した出張だったと言えます。(もちろん、このカンファレンスの実現には、何人もの方々のご尽力があったからこそであって、とりわけ、現地語で円滑にコミュニケーションをとる若手研究者の存在に、「コトバ」の力を感じた次第です。みんな、ありがとう。)しかしあまりに日本に対するイメージが良すぎて、僕の報告など、混沌に近いかたちで多様化している現在日本におけるアイデンティティ分裂の状況について話をすすめたにもかかわらず、「なぜ日本は世界をジャパナイゼーションしないのか?」という質問を現地研究者から受けたときには、(1)「ジャパナイゼーションという概念を使う場合の核になる「日本」とは今僕たちも何かわからない(…あるいは人によりそのスタンスは多様だ)。」、(2)「東アジアにおいて共有されるべき近代史の総括(あるいは近代史を相克する価値の共有)がなされない限り、日本が「日本」的価値を主張することには他国がアレルギをもっている。」と答えるのがやっとでした。こうした質問がでる背景には、バルカンという地域は、それぞれの歴史的文脈において、例えば、「ヨーロッパの火薬庫」のように他国から与えられた外発的な「バルカン」概念のうえに生きざるを得ず、結局のところ、「バルカン」を包括する(あるいはその地域に生きるものが共有しうる)内発的論理を生み出し得ず、現在でも分裂にあえぐ状況にあるのかなと思いましたが…。(1)、(2)をまとめると結局、「東アジアで共有されるべき、あるいは共有可能な「日本」的価値とは何なのか?」という問題を、遠く内的分裂を歴史的に繰り返しているバルカンの地でつきつけられたことが、今回の出張で最大の成果だったかも知れません。(まるで北欧とは関係ない話で恐縮です。)みなさんは、どう考えますか?

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