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2008年8月 6日 (水)

There is something in the air.

先月来、福岡、松本、柏原、東京と週末は大阪を留守にする生活が続いた。大阪にいても豊中、吹田、箕面を行き来している。そんな移動の多い日常のなかで、結局僕はMacBook Airを手放せなくなっている。ここのところiPod touchや携帯電話以上にMacBook Airを広げている時間が多い。新大阪駅や伊丹空港でMacBook Airを広げて史料と「にらめっこ」している白髪男がいたら、それはたぶん僕かもしれない。

最近の文書館史料のデジタル処理を促進している技術の一つは、PDFよりデータ圧縮率の高いDjvuの普及によるところが大きい。PDFはフォントを埋め込む必要があるため、低い処理能力のPCではデータ処理に時間がかかったり、特殊文字やいわゆる2バイト文字などのフォントが埋め込まれていない場合には文字化けが起きたりする。Djvuにはそれがないため画像処理が楽にもかかわらず、しかし(どうやっているのかは知らないが)OCR化された文字情報が埋め込まれていて文字列検索が可能なため、現時点で文書館史料のデジタル処理に適した最適のフォーマットだ。Djvu技術を用いた史料、そして今や「古典的」となったPDFフォーマットによる史料や論文は、液晶画面に表示させてみれば相応に小さな文字として表示される。例えば、18世紀当時のスウェーデンにおける活字史料は不鮮明な印刷でフラクトゥーアが用いられている場合が一般的なため、f、k、sの読み取りには注意を払う必要がある。MacBook Airの液晶サイズならば、それらの文字を十分に視認可能である。

無線LAN環境がある大学と自宅では拡張性の乏しさも問題にはならない。ワンセグチューナが使えないなどと以前ここに記したが、そもそもテレビを見る時間などないのだからそんなことは問題とはならない。SSDは聴覚に依存したデータアクセス確認ができないため、不安も残る。しかしスリープ時からの立ち上げが快速だから、どこでもさっとMacBook Airを開いて史料や論文を確認できる。ラップトップを開く億劫は完全に払拭され、どこでも史料を読んでノートを取ろうという気分を高めてくれる。静音・低温だから一見すると文字通り「クール」なのだけれども、しかしなかなかどうして液晶輝度を落とせばバッテリ駆動時間も長く(5時間ほどはもつ)「粘り強い」ところもある。MacBook Airは、過激なまでに削ぎ落とされたスタイルのなかに「何か」を見いだせる人にとって、これ以上にないIdeaPad(あるいはThinkPad)たりうる可能性を秘めている。

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