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2008年8月 3日 (日)

「歴史的ヨーロッパの政治社会」の合評会

昨日、東大本郷で行われた「歴史的ヨーロッパの政治社会」の合評会に参加しました。集中講義明けということもあって体力的に厳しくて本調子ではなく、積極的に議論に参加できなかったことが悔しいです。この本には僕も論文を載せていますが、かなり手厳しい意見を多く頂きました。普段の大学生活ではなかなかそうしたものが頂けませんので辛かったのですが、今後の勉強の糧にとしてそうした意見の数々を大切にしていきたいと思います。

ナショーンと祖国ということで論を展開しましたが、二つの概念を接合させつつ、たんなる帰属概念の静態分析だけではなく、そこに動態分析を組み合わせようとしたところの脆さが指摘されています。いささか近代ネイションへの単線的発展論にみえる論理構成として受け取られてしまったようです。僕は「市民」概念が登場したとしてもそれが宗教言説に基づく集合だった点に、いわゆる近代「市民」とは異なる点を主張していますが。またナショーンについてはスコーネを事例に説明をしていますが、これが方法概念なのか、実態概念なのかというところもするどく批判されました。これは方法概念的にもちいているのですが、先にもう少しきちんと腑分けして論を展開すべきでした。反省します。

それに続けるならば、スコーネのナショーンが「スウェーデン化」政策後どうなったのかの話が語られていない点も批判の対象です。確かに。近世スコーネについては、かつての「スウェーデン化」論において17世紀については研究が盛んでしたが、18世紀は「スウェーデン」ナショーンに包摂されたとの見解が一般的だったため、18世紀以降のスコーネ・ナショーンの実態分析あるいは変質についてはほとんど研究をみたことがありません。というわけで、「それをやったら?」という意見も強いのですが、懸案の「リンネの帝国」ではリンネ自身が「スコーネ旅行記」を記している以上、当然触れなければならない箇所ですから、検討することになるでしょう。

昨日は援護など全くなく厳しかったけれど、親しい研究仲間同士だからこそ、こうした意見をいただけるのだと、感謝の気持ちでいっぱいです。みなさん、ありがとうございました。

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