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2008年8月

2008年8月26日 (火)

長い間、お世話になりました

2005年4月から続けてきたブログですが、今日をもって閉じさせて頂きます。今までご覧になられていた方、ありがとうございました。

明日僕は37歳になります。30代半ばの実験としては、このブログもそれなりの成果があったと思います。しかし40歳になる前には研究者として片付けたいことがあります。それはブログで気分転換を称して心の隙間を埋めて、どうにもなるものではない。決めました。このブログは、これにて終了。

(第一期としてのブログは終わりということで、いずれ第二期を復活させる可能性もありますので、ログはしばらく残しておきます。)

授業運営にブログが役立つことはわかりました。学生のみなさんには、そうしたことで別に配付資料用のブログをつくると思います。それはそれでお知らせします。

これを閉じるのは、僕自身次のステップに向かおうとしているからです。どうぞ、みなさん、お元気で。さようなら。

追伸 この秋以降、関西圏で北欧史関連の研究会を主宰したいと思っています。その連絡もいずれどこかでしようと思います。

2008年8月25日 (月)

小田中さん、栗田さん、お気をつけて!

今日はバーンスタインの生誕90年目の日。新しい録音が発見されたということもないわけで(ライブ演奏のDVDは出て居るみたいだけれども)気分は盛り上がらず。僕の一番のヒーローなのに。どよんと沈滞したムードの一日…というか一日ではないな.ここ数日は立ち直りのきっかけをつかめず、どうしようもないっす。小田中さんや栗田さんのブログを読んで、「ヨーロッパはいいな」と思うのみ。

小田中さんの「フランスにヨドバシカメラを!」には笑いました。IKEA商法が世界を席巻したなら、ポイント還元のヨドバシ商法も世界を席巻できるのでは?(最近、ヨドバシなんかには「コンシェルジュ」なんているらしくて笑った。これ見てると日欧の決定的な差を感じる。IKEAを見てもわかるようにヨーロッパの生活文化は自主・自責・自前で成り立っているところがあるけれど、日本は消費者に過保護すぎる…よ〜な感じがする。でも、それが1年365日豊富な在庫の揃っている日本の家電量販店のあり方につながって、海外からの旅行者を感激させるのだろうけれど。)

スウェーデンから来日した人をヨドバシカメラに連れて行くと、在庫はもとよりあのポイント還元制度なんてのにも涙流して喜びますから、ヨドバシ商法は結構いけるんじゃないかな?もしヨドバシがパリに出店したら、ターミナル駅に隣接して出店する?例えばリヨン駅前店だとか、キタ駅前店たとか?大型店舗の出店規制とかあるのかな、パリは?(小田中さんのパシャパシャデジカメを撮られている姿が目に浮かびます。来月の渡欧では僕はデジカメを新調します。メモに使うならカシオの安価なエクシリムで十分かと。)

栗田さんが地下鉄でノキアの携帯の着信音を聴いて携帯電話文化の違いを感じたと発言されています。ヨーロッパへ行くとどの街角でも耳にするあのメロディは「アルハンブラの思い出」で有名なスペインの作曲家フランシスコ・ターレガのつくったGran Vals(大円舞曲)という曲の一節なのですが、先日発言した超絶技巧ピアニストであるアムランが、このノキアの着信音(Nokia tune)の変奏曲というのを作っていて(演奏していて?)その演奏がまた面白い。それはRing-Tone Waltzという曲です。その動画は、Euro Artsが製作したNo LimitsというDVDに所収されています。

しかしこんな蘊蓄を語ったって、何の意味もない。馬鹿馬鹿しい。なんかこう…スカッとしない。

2008年8月23日 (土)

仕事の道具としてのiPod touchの近況

なぜか今日は京都の烏丸界隈にある某カフェからエントリ。このカフェには、MacBook Airのデザインがすんなり溶け込む…そんなカフェといったらどこだか場所はもうわかるかな?最近自分の勉強でPCを封印しているけれど、趣味としては使い続けているので、気分転換にPC関連の発言。最近のiPod touchの話。

iPod touchはファームウェアを2.0にアップグレードしてからは電子辞書機能が使えない日々が続いている。けれど、iTunes StoreのApp Storeにあがってくるアプリケーションを加えることで、胸を張って堂々と誰もが仕事でも使える道具に仕上げる環境は整いつつある。(電子辞書機能もいずれiDicが新しいファームウェアに対応してApp Storeで配布されるようになれば、問題はなくなるだろう。)

MacOSを使っていることが前提になるが、母艦となっているMacとiPod touchの間でファイルを往来させ容易にiPod touchでPDFやOfficeドキュメントを閲覧できるようになった。FileMagnetというアプリケーションである。ただしPDFの場合にはもととなるPDFファイルを作成する際に、パスワード設定などあまり手の込んだ仕掛けを加えると閲覧ではできないので注意は必要であるが。

同一の無線LAN環境にあるMacを、Apple RemoteのようにiPod touchを使って遠隔操作させるiSofaというアプリケーションがあって、これを使うと遠隔操作対象になるMac内部のドキュメントをiPod touch上のサファリからも閲覧できる。ファームウェア2.0のSafariでは別段特別なプロトコル設定を加えることなくPDFが閲覧可能なので、iSofaを導入してもPDFを読むことはできる。ただしiSofaの場合には、FileMagnetとは違ってiPod touchのメモリにファイルを保存させることはできないので、常にリモート接続をしておく必要があるが。

仕事柄、「こんなものがあればプレゼンも楽しくなるのに。」と求めていた機能は、iPod touchでMacを遠隔操作する機能である。とはいえ、Apple Remoteのようにあらかじめ割り当てられたアプリケーションをFront Rawよろしく操作するのではなく、iPod touchの画面をあたかもMacのタッチパッドのように使って、Mac全体を遠隔操作する機能。これが欲しかった。そうした機能は実のところ、すでに数年前にBluetooth接続が可能であるNokiaのスマートフォンを使って実現していたものであった。(2005年の千葉大学での日本西洋史学会のときにそれを使っていた。)しかし、ここ数年はauの携帯電話を使うようになっていて、それもできなくなっていた。

最近App StoreでリリースされたPadというアプリケーションを加えれば、iPod touchでもそれが実現できるようになった。同一無線LAN環境上にあるMacBook Airを連携相手として選ぶと、MacBook Airで実現されているピンチやスワイプといったマルチタッチのタッチパッド機能さえ、iPod touch上で実現できる。これによってプレゼンソフトがPowerPointであろうが、KeyNoteであろうが、自在に扱えるようになった。来月のザグレブとベオグラードでのシンポジウムの際には、早速iPod touchを使って報告を試みよう。もちろん秋以降の僕の授業ではすべてiPod touchで操作を試みようと思う。お楽しみに。

2008年8月21日 (木)

狂ったショパン

箕面の研究室で作業中。今日はショパンの練習曲ならびにゴドフスキによるそれの編曲ものを並べたベレゾフスキーのアルバムを聴きながら。ゴドフスキ編曲のいわゆる「ショパンのエチュードに基づく53の練習曲」は全集ならアムランのものが決定版と言われているものの、個人的には学生時代の頃より19世紀的ヴィルトーゾの残り香を漂わせているボレットの抜粋版を大事にしてきた。ただしアムランにせよ、ボレットにせよ、ゴドフスキ編曲のものだけを並べていて、ショパンの原曲とは比較されていない。それに対してこのベレゾフスキーによるアルバムは、作品10ー1の全音階にはじまり、鬼火、黒鍵、革命、エオリアン・ハープなど、ショパンの作品10、25のなかから比較的有名な曲を抜粋して、原曲とゴドフスキの編曲を並べて交互に聞かせてくれている。一言、おもしろい。装飾過多で(どうやって二本の腕だけで演奏しているかわからない)全音階や、左手だけで弾いてしまう革命など。何がどう変わっているかがよくわかる。実のところ、このアルバムは2005年に発売されていたものだけれども、最近になってベレゾフスキーがこれを演奏しているライブ映像をYoutubeで見て、とても刺激的なライブだったのでこのアルバムを買ってみたという経緯がある。こういう野心的なプログラムを実現させてしまうところに、このピアニストの知性を感じる。ちょっと変態っぽさもあっていい。このアルバムもライブ録音だから多少ミスタッチもあるけれど、それはそれでいいじゃない?こんな洒落っ気たっぷりだけど、刺激的な実験録音は今までなかったわけだから。このアルバムには、ライブでアンコール演奏されたゴドフスキによるなつかしいウィーンとショパンの子犬のワルツの編曲も入っている。なつかしいウィーンはゴドフスキの作品のなかではトリアコンタメロンという名前でわりとメジャーな作品。子犬のワルツはそれはそれでまた大時代的で装飾過多で変態チックなワルツになっているわけだけれど、世紀末的なデガダンな雰囲気たっぷりで僕は好き。ゴドフスキ編曲によるワルツならボレットが良い。とりわけ華麗なる大円舞曲。華麗というよりは退廃円舞曲といった感じだけど。ベレゾフスキーによる練習曲集、ここ最近手にしたクラシックのアルバムのなかでは知的刺激度と変態度がダントツで、狂いまくっていておすすめ。

2008年8月20日 (水)

原点回帰を試みる

みなさん、お元気ですか?大阪はお盆を過ぎても暑い日が続いています。この8月は月初めの合評会での体験からはじまって、落ち込んだ日々を過ごしています。(落ち込みを決定づけたのは、来月の海外出張でかかる燃料サーチャージの金額だったのですが。校務は順調ですよ。一昨日の会議なんて、海洋堂のフィギュアの話で盛り上がったりして。阪大は多士済々ですね。)人は誰でも好調な時期と不調な時期は交互に巡ってくるものでしょう。落ち込んだ時期がなければそれを踏み台にして次のステージへステップアップすることもできないのですから、むしろ落ち込みの到来はありがたいものと思っています。「楽天的な未来指向の落ち込み」ということですから、僕の場合、躁鬱というより分裂してますね。

そんななか、あらためて「ロッキー」なんて見てました。「ロッキー・ザ・ファイナル」もようやく見ました。なんだかこっぱずかしいけれども、昔から苦しいときに僕は無性に「ロッキー」を見たくなるんですよ。あんなボクシングはありえない、それはフィクションだとはわかっていても、打たれても打たれても、痛いだろうに何度も立ち上がってくる姿。決してクールな生き方じゃないかもしれないけれど、不器用でも汗水ながす生き方がいい。何度1作目を見たかわからないのですが、今回は「ファイナル」も込み。1作目の最後の台詞"Yo, Adrian! I did it."に呼応するかたちで、「ファイナル」の最後の台詞はエイドリアンのお墓の前で"Yo, Adrian! We did it."で閉じられるんですね。最後は"We"なんですよ!泣きました。"If I can change, you can change. Everybody can change."という「ファイナル」でのメッセージも、今の自分の心に響くものがありましたね。アメリカ映画って本当はCGとかなくても、懐の深い映画をつくれる力があるよね。でもって"Gonna fly now"とか、"Going distance"だとか、ビル・コンティの名曲をがんがんかけまくっています。

(ビル・コンティといえば「ライト・スタッフ」でアカデミー賞作曲賞を獲っているけれど、なぜ「ライト・スタッフ」のサントラはiTunes Storeにあがってこないのだろう?「ライト・スタッフ」のサム・シェパードとかいい。彼はチャック・イェーガーっていう飛行士の役を演じているんだけれども、このイェーガーってのはX-1型実験機に乗り込んで世界で初めて音速の壁を越えた人物で、少年の頃からの僕の憧れの人物の一人でした。というか「ライト・スタッフ」たちの葛藤と格闘の姿が好き。「ロッキー」も、「ライト・スタッフ」も、苦悶しつつも壁を越えようとして戦いをあきらめない姿勢が好きです。)

勉強の仕方も原点回帰させています。この間の合評会のときに近藤和彦先生から、「なにか今日の合評会では新兵器が出てくるのかな?アナログの?」と声を掛けられたことに触発されていますが、A5版のロディアNo.16に手書きメモをとりはじめました。ロディアの場合、文献メモをとったらそれぞれのページを切り離すことができます。それぞれのページには索引になる見出しをつけておいて、あとから項目別に関連するメモをクリップでまとめる。卒論を書いていたころ京大式カードでやっていた方法をロディアでやっているということです。しばらく勉強ではPCを封印。今はアナログ的方法に落ち着くことで、頭と心を落ち着かせることが大切と思っています。

原点回帰は研究の方法的枠組みにも及んでいます。このお盆の時期は、僕が学生時代から「お手本にしたい!」と思っていたオームスの「徳川イデオロギー」やコシュマンの「水戸イデオロギー」をかるく読み直していました。ついでにアルチュセールやテルボーンあたりも。何が原点回帰かと言えば、昔々から頭のなかにある実践としてのイデオロギーというイメージや思想構造と意図的行動の連関のイメージをどう今のスウェーデン研究に結びつけるかということなのですが。近世スウェーデンだと、ブルンナーやコゼレックらによるGeschichtliche Grundbegriffeの影響を受けたB.リンドバリやP.ハルベリあたりによって思想史研究が進められているけれども、しかしアルチュセール的な枠組みまでは行っていない…というか、思想構造の解明には厚い研究史があっても、それが実践との関連にまで結びついていない感があり、僕らなりの政治社会研究に達するには、例えば18世紀のリンネらの実践を事例として、それとスウェーデン特有の近世的「イデオロギー」の往還が明らかにされるべきのではないかなんて思っています。

長くなってしまいました。収拾が付かなくなりつつあるので発言を閉じます。というわけで、ぼちぼちやってます。一言、落ち込んでいる人には、「ロッキー・ザ・ファイナル」。なかなか良い薬になりますよ…って、結論はそれだ。(ロッキー、チャック・イェーガー、シカゴ学派、いずれも僕の原点にかかわるものですが、みんなアメリカってのはたまたまです。この並びも、かなり分裂してますね。)

2008年8月14日 (木)

You are so beautiful

個人的に一押しの中国出身のジャズ歌手ベイ・シューさんの新しいアルバム"You are so beautiful"が13日にリリースされました。数えて4枚目のアルバムで、彼女が活動拠点をニューヨークから上海に移して最初のアルバムになるそうです。今回もバラード集ですね。僕は最初、彼女のセカンド・アルバム"Lost in Translation"をたまたまiTunes Music Storeで聞いて、英語あり、中国語あり、はたまた日本語ありの不思議な世界に魅了されました。ちょうど大学統合も大詰めの時期で、会議が連続して大変だった時には、いつもiPodで彼女の声を聞いて、心を落ち着かせていました。北京オリンピックのニュース、中国がらみのニュースに一喜一憂させられる日々が続いていますが、彼女の低く響きのある、深く落ち着いた声は高ぶった気持ちを静め、傷ついた心を癒してくれるでしょう。あまりジャズのことは詳しくないのですが、だからこそ素人の僕でもすんなり良い物だと思えたから、ここに彼女のアルバムをお薦めします。(なおiTunes Music Storeで"You are so beautiful"を購入すると、通常のCD版には含まれていないボーナストラック"Everything"が含まれています!)

2008年8月13日 (水)

僕らが酒場を巡る理由

今は(なぜか)水戸に併呑されてしまった内原へ買い物へ出かけました。だいぶ以前にこのブログでも触れたことがあるかも知れませんが、内原と言えば、満蒙開拓青少年義勇軍の内原訓練所があったところとして知られています。かつてその訓練所所長だった加藤完治が創設した日本国民高等学校の流れをくむ(…「北欧」を勉強されているかたは、この組織の名前にピンときますよね?かつての日本ではこのような「北欧」受容のあり方もあったことは、忘れないでおきたいと思います…)教育組織の建物を傍らに眺めつつ、内原の農村地帯を抜けると茨城の田園風景にはいささか不釣り合いな巨大なジョッピングセンタが目に入ってきます。最近は日本のどこへ行っても目にすることのできる某大手ショッピング

2008年8月10日 (日)

筑波

かつて大阪にいらしたNさんご家族を筑波に訪ねました。Nさんの新居を訪れた後、Nさんと僕は筑波大関係者もよく集まる(らしい)居酒屋さんへ抜け出しました。筑波研究学園都市のなかを歩くと、意外とこの人工的に開鑿された町が「古ぼけ」ていることに気づきました。30数年前に茨城に生まれ、そこで育った者からすると、「つくば」は未来を指し示す新しい町というイメージが強いんです。けれど実際には、大阪で言う千里ニュータウンのように、築30年近くは経つのではないかと思われる建物がそこかしこにあって、そうした外観は「化粧」で取り繕えるものでもなく、外見的に「老けかけている」ことを実感しました。筑波の場合、ゼロから出発した町ですので、ようやく第一世代の建物が入れ替わる時期に達したところなのかも知れません。筑波は今でもどんどんと新しいインフラが整備され続けていて、古ぼけていて保守的で自ら変わろうとする様子のない周りの茨城の田舎と比べると、町の新陳代謝はかなり激しい。では、町の成熟度はどうなのでしょうか?この町は成熟したのでしょうか?そもそも町の成熟度を判定する基準とは何なのでしょうか?Nさんとの飲みの続きは「大阪で…」ということにして楽しみを残しつつ、ほろ酔い加減で真夏の筑波を歩きながら、実はそんなことを考えていました。

2008年8月 9日 (土)

帰省

N700系に乗って帰省。(700系だとスピードについて行けず、がたついて体がつらいというときがあったけど、N700系はそれがないですね。東京まであっという間。しかも電源とれるし。)うだるような暑さは東京も、茨城も同じ。今回の帰省のテーマは、とにかく「休む。眠る。」…だ。オリンピックには全く興味が沸かないので、ちょっと筑波まで、懐かしいNさんに会いに行ってきます。

2008年8月 7日 (木)

一休みします

一学期がそろそろ終わります。こちらのブログもちょっと休みます。更新の頻度を下げるということです。頭の回転が鈍っています。だから心身を休ませます。そして自分の勉強に集中します。何かありましたらメールで連絡をください。それではみなさん、よい夏をお過ごし下さい。

2008年8月 6日 (水)

There is something in the air.

先月来、福岡、松本、柏原、東京と週末は大阪を留守にする生活が続いた。大阪にいても豊中、吹田、箕面を行き来している。そんな移動の多い日常のなかで、結局僕はMacBook Airを手放せなくなっている。ここのところiPod touchや携帯電話以上にMacBook Airを広げている時間が多い。新大阪駅や伊丹空港でMacBook Airを広げて史料と「にらめっこ」している白髪男がいたら、それはたぶん僕かもしれない。

最近の文書館史料のデジタル処理を促進している技術の一つは、PDFよりデータ圧縮率の高いDjvuの普及によるところが大きい。PDFはフォントを埋め込む必要があるため、低い処理能力のPCではデータ処理に時間がかかったり、特殊文字やいわゆる2バイト文字などのフォントが埋め込まれていない場合には文字化けが起きたりする。Djvuにはそれがないため画像処理が楽にもかかわらず、しかし(どうやっているのかは知らないが)OCR化された文字情報が埋め込まれていて文字列検索が可能なため、現時点で文書館史料のデジタル処理に適した最適のフォーマットだ。Djvu技術を用いた史料、そして今や「古典的」となったPDFフォーマットによる史料や論文は、液晶画面に表示させてみれば相応に小さな文字として表示される。例えば、18世紀当時のスウェーデンにおける活字史料は不鮮明な印刷でフラクトゥーアが用いられている場合が一般的なため、f、k、sの読み取りには注意を払う必要がある。MacBook Airの液晶サイズならば、それらの文字を十分に視認可能である。

無線LAN環境がある大学と自宅では拡張性の乏しさも問題にはならない。ワンセグチューナが使えないなどと以前ここに記したが、そもそもテレビを見る時間などないのだからそんなことは問題とはならない。SSDは聴覚に依存したデータアクセス確認ができないため、不安も残る。しかしスリープ時からの立ち上げが快速だから、どこでもさっとMacBook Airを開いて史料や論文を確認できる。ラップトップを開く億劫は完全に払拭され、どこでも史料を読んでノートを取ろうという気分を高めてくれる。静音・低温だから一見すると文字通り「クール」なのだけれども、しかしなかなかどうして液晶輝度を落とせばバッテリ駆動時間も長く(5時間ほどはもつ)「粘り強い」ところもある。MacBook Airは、過激なまでに削ぎ落とされたスタイルのなかに「何か」を見いだせる人にとって、これ以上にないIdeaPad(あるいはThinkPad)たりうる可能性を秘めている。

リンネと共にスコーネを旅をしよう

一学期の成績処理をしながらも、先週末の合評会での批判を受けてこの夏以降の研究をどうすすめるかに悩み、リンネのスコーネ旅行記に目を通しつつ、スウェーデンの文書館サイトを渉猟する。近いうちにスウェーデンの文書館制度について小文を書く予定だが、Djvu技術によって日本にいながらにしても18〜19世紀の文献はよく読めるようになった。

リンネのスコーネ旅行記は18世紀のスウェーデンに生きた人々にとっての旅行記だけではなく、時空間を超えて、今の僕にとってはスコーネを考える指標となる「旅行記」だ。先日のIさんの批判、Sさんの研究を受けるならば、スコーネ・ナショーンは、18世紀のスウェーデンの制度的枠組みのなかでナショーン意識を基礎づける型をもち、デンマーク時代のそれとどのような違いをもつのかを見ていく必要を強く感じる。しばらく祖国論でスコーネから離れてしまったが、もう一度、リンネの指し示すまま、スコーネにたちかえってみよう。

「リンネの帝国」に至るには、「歴史的ヨーロッパの政治社会」の未完部分を補完がまずは必要。スウェーデンから見た18世紀スコーネの姿から何かヒントは得られるだろうか?リンネのスコーネ観察の枠組みから、独特な地縁集団を観察する際の18世紀的な認識枠が見えてくるのではないか。リンネのスコーネ旅行記は1749年のものだが、それとは別に後年リンネとリンネの弟子であるティードストレムが1756年に行った際のスコーネ旅行記も入手した。また最近、1749年の旅行記に(1751年公刊の版)に20世紀初頭の研究者C.ハッレンボリが直々に読書メモを書き込んだ旅行記がDjvuで読めるようになった。またスコーネを旅したい。

2008年8月 3日 (日)

秋葉原へ行った…

昨晩は本郷がはけたあと、昔から数多くの助言とよき指導を頂いてきた先輩Iさんとお茶の水方面へと歩き、珍しく湯島にあるホテルに泊まりました。夏休みの週末ということもあって、いつも泊まっているすべてのホテルは予約がとれない状況でした。Iさんとはメンゲルベルクやら、フーベルマンやら…まぁ、昔懐かしいクラシック音楽の話で盛り上がりましたので、あっという間に湯島に着いてしまいました。

今朝は湯島のホテルをはやめにチェックアウトし、何年かぶりに秋葉原まで歩きました。しかし暑いの、なんの。目的地をヨドバシカメラに設定したのですが、そこに着く頃には滝のように汗が流れ出てきました。「もう秋葉原なんてどうでもいいや?」と思ってしまいましたが、朦朧とする意識の下でも、秋葉原の町並みが僕がかつてよく通っていた頃とは全く異なっていることはわかりました。

大阪では忙しくてなかなか家電店に行く機会はなく、最近話題のものもネット情報だけで知っていて、実際に手にしたことはありませんでした。今朝は秋葉原で、そうしたもののいくつかをようやく手にすることができました。

iPhone 3Gはいいですね。iPod touchの操作に慣れた身としては何の違和感もなく操作できます。日本の携帯電話と比べれば確かに大きいですが、しかしこれは携帯電話ではなく、iPodあるいは超小型MacOSマシンだと考えれば十分な大きさ。欲しくなりました。

eeePCや工人舎の格安ミニノートもはじめて見ました。確かに小さい!そしてWindowsXPならば意外とはやく動くことに感動。ただし僕には小さすぎるし、値段相応だと思うのだけれども筐体のつくりが安っぽいといいうましょうか…プラスチッキー(そんな日本語ある?)で安っぽい感じがしました。

秋葉原にたどり着いて10数分。なんだかすぐに飽きてしまったので(…僕も成長しました…)、東京で昔から大好物のチキン弁当を買って、すぐに大阪への帰路につきました。僕は東京駅ではいつもチキン弁当。これ、僕が子供の頃からあって好きだった…と思ってその起源を調べたら、なんとチキン弁当は昭和39年の東海道新幹線の開業とともに発売されたんですって!僕よりもチキン弁当のほうが7歳も年上ってことになるんですね。機能主義的弁当と言ったらオーバーですが、チキンライスと鶏の唐揚げだけといういさぎよいシンプルな構成が美しさすら感じさせます。

それにしても、暑いからだと思うのですが、駅の中を歩いている人の動きがおそい。それとも僕一人だけが齷齪していたということでしょうか。東京駅や秋葉原駅で人混みをなかなか抜けられない自分がそこにいて、もはや東京が遠くなりつつあることを感じました。

「歴史的ヨーロッパの政治社会」の合評会

昨日、東大本郷で行われた「歴史的ヨーロッパの政治社会」の合評会に参加しました。集中講義明けということもあって体力的に厳しくて本調子ではなく、積極的に議論に参加できなかったことが悔しいです。この本には僕も論文を載せていますが、かなり手厳しい意見を多く頂きました。普段の大学生活ではなかなかそうしたものが頂けませんので辛かったのですが、今後の勉強の糧にとしてそうした意見の数々を大切にしていきたいと思います。

ナショーンと祖国ということで論を展開しましたが、二つの概念を接合させつつ、たんなる帰属概念の静態分析だけではなく、そこに動態分析を組み合わせようとしたところの脆さが指摘されています。いささか近代ネイションへの単線的発展論にみえる論理構成として受け取られてしまったようです。僕は「市民」概念が登場したとしてもそれが宗教言説に基づく集合だった点に、いわゆる近代「市民」とは異なる点を主張していますが。またナショーンについてはスコーネを事例に説明をしていますが、これが方法概念なのか、実態概念なのかというところもするどく批判されました。これは方法概念的にもちいているのですが、先にもう少しきちんと腑分けして論を展開すべきでした。反省します。

それに続けるならば、スコーネのナショーンが「スウェーデン化」政策後どうなったのかの話が語られていない点も批判の対象です。確かに。近世スコーネについては、かつての「スウェーデン化」論において17世紀については研究が盛んでしたが、18世紀は「スウェーデン」ナショーンに包摂されたとの見解が一般的だったため、18世紀以降のスコーネ・ナショーンの実態分析あるいは変質についてはほとんど研究をみたことがありません。というわけで、「それをやったら?」という意見も強いのですが、懸案の「リンネの帝国」ではリンネ自身が「スコーネ旅行記」を記している以上、当然触れなければならない箇所ですから、検討することになるでしょう。

昨日は援護など全くなく厳しかったけれど、親しい研究仲間同士だからこそ、こうした意見をいただけるのだと、感謝の気持ちでいっぱいです。みなさん、ありがとうございました。

2008年8月 2日 (土)

比較政治経済史・西洋史特講II

大阪教育大の学生のみなさん、今回の講義で僕が用いる講義ファイルをPDF化して以下にアップロードしますので、予習・復習の際に活用してください。なお、この講義ファイルを閲覧するために必要なパスワードは、授業の最初の回で指示します。

7月30日の講義ファイル(1)をダウンロード

7月30日の講義ファイル(2)をダウンロード

7月30日の講義ファイル(3)をダウンロード

7月31日の講義ファイル(1)をダウンロード

7月31日の講義ファイル(2)をダウンロード

7月31日の講義ファイル(3)をダウンロード

8月1日の講義ファイル(1)をダウンロード

8月1日の講義ファイル(2)をダウンロード

8月1日の講義ファイル(3)をダウンロード

成績評価は出席点とレポートの点数を基準として算出します。レポートについては、講義の最終時間に課題を4題発表しますので、そのうち1題を選択してもらい、それについての解答をレポートしてもらいます。

【8月1日追記】 ここに課題を示したファイルをアップロードします。このファイルにある4題のうち、1題を選んで解答してください。閲覧には、他の講義ファイルと同じパスワードが必要です。

レポート課題をダウンロード

レポートの提出締め切りは8月11日()午後5時。原則として提出先は大阪教育大教務課に設置されるレポート提出ボックスへお願いします。

アンケートへの回答と感謝

一部メールをいただいている方々への返信が滞っており、「日本にいるの?」といったお言葉まで頂いており、関係各方面にはご迷惑をかけております。誠に申し訳ありません。大阪教育大でのマラソン講義も昨日無事に終わりました。今日はこれから上京して、『歴史的ヨーロッパの政治社会』の合評会に参加します。週明けの月曜日には大阪に戻り、箕面での通常業務に復帰します。すべての方々、今しばらくお待ちください。

さて、真夏の恒例行事になっている大阪教育大での集中講義ですが、今年も楽しく講義させていただきました。連続90分×15の長丁場に参加してくれた学生のみなさん、お疲れ様でした。柏原までの道中は片道2時間近くかかるものの、なにせ斑鳩と難波津を結ぶ竜田道を行くものですから、我が国の古代に思いを馳せるとそんな時間もあっという間。さすがに途中下車はできませんが、しかし歴史好きにはたまらない時間です。そしてなにより柏原キャンパスの開けた雰囲気と阪大とはまた違うキャラクターの教育大のみなさんと接することが楽しみで、あっという間の三日間でした。この集中講義が楽しいのは、普段の阪大での講義は「北欧」の枠で教えることが要請されているのに対して、教育大では「西洋史」の枠で教えられるため、僕の本来のフィールドで話しができるということもあるでしょう。

今年参加してくれたみなさんはとりわけ反応が良く、理解できればうなづき、そうでなければ首を振り…といったリアクションを頂けました。残念ながら一人一人の人と直接声を掛けて話しをする時間はありませんでしたが、そうしたリアクションがあったので言葉はなくともコミュニケーションはとれていた感じがします。せめてもの罪滅ぼしに授業アンケートで頂いたご意見のうちご批判を頂いた部分についてこの場を借りて回答したいと思います。

「質疑応答の時間を閉じた後、すぐに講義に復帰するので、質疑内容を理解する余裕がなかった。」というご意見。ありがとうございます。確かに15時間の集中講義にはあれやこれやと内容を詰め込みすぎていて、時間がいっぱいいっぱいでしたね。一つ一つのセクションが終わったところで質疑にあてる機会をできるだけとったつもりですが、もう少し講義内容をスリム化すれば、みなさんが理解すべき点をよりピンポイントで示せるたけでなく、質疑応答の時間とそれを理解する時間を多くとれるようになると思います。今後の改善点としましょう。

「あれ、なんといったかな?と途中で言葉がつまるときがあった。」というご指摘。ありがとうございます。みなさん、僕の講義スタイルは、講義ノートをまったくみないでみなさんの顔を見ながら語りかけるものであったことに気がついてくれましたか?講義内容は頭のなかに事前に入れておいてのぞんでいますが、そうしたスタイルの長所はみなさんのリアクションや表情を確認しながらその場で講義の語り口を調整しつつ、講義の流れを止めることなく進めていくことができる点にあるものの、短所はときたま補足内容の正確な情報が不明になってしまう点にあります。これを改善するには手元に講義ノートを置いておく必要があるでしょうが、そうするとノートにばかり目がいって、みなさんの表情を忘れて講義の流れが寸断されてしまう可能性もある。実のところ、講義ノートはプロジェクタに接続させているパソコンのなかにはいっており、プレゼンソフトの発表者ツールにあるノート機能(カンニングペーパ機能)を活用して補足事項を書き込んでおけば確かに対応できます。でもね…補足事項は何を語ろうかあらかじめ計画的に用意されているわけではないんですよ。みんなの表情を見ながら、「この点についてよりよく理解してもらうためには、このことを話すと良いかな?」と僕はアドリブで瞬間的に頭のなかで選んでいますから、講義の流れによって補足事項もそのときどきで異なるのです。難しいところです。

「比較政治経済史なのだからアジアなどとの比較があればよかった。」というご意見。ごもっとも。僕がもし「門外漢だからアジアのことを語れない。」と言うのは、単なる逃げ口上にしか過ぎない。北欧の特徴を明確にするために、なるべく北欧以外の話をあげながら語っていたつもりですが、比較の幅をより広くとって、体系的に語る努力はしてみましょう。

「映像があればよかった。」というご意見。ありがとうございます。そうした授業も他の大学での「北欧紹介」のような授業ではしています。一応教育大の授業は「西洋史」の枠ですので、ビデオ教材は使わずテキストメインで語っています。時間の限られた集中講義では、なかなか映像をお見せする余裕がないのですが、「気を引き締めてもらう」時間と「気を抜いてもらう」時間のメリハリをつけないと、それに参加している学生のみなさんの集中力も持続できないですよね。検討してみましょう。

「集中講義は体力的にも辛いので、週一のレギュラー講義のほうがよい。腰も痛くなった。」というご意見。確かにね。これは一言、僕の本務校でのレギュラー授業の予定との兼ね合いです。すみません。

「エアコンが効きすぎて寒かった。」というご批判。確かに一日目は寒かったですね。僕もエアコンの調整方法がわからず、(というよりも本来教育大の温度管理は集中統御で教室で適宜調整できないのですが、)一日目はすみませんでした。二日目以降は「裏技」で対処しましたが、気をつけます。寒いとき、暑いとき、ぜひ意見を突っ込んでください。

こんなところでしょうか。あらためまして教育大で懇切に対応頂いた先生、事務方のみなさんを含め、なによりはじめてきくことばかりだっただろう北欧史の講義に三日間つきあってくれた学生のみなさんに感謝申し上げます。おかげさまで、この夏もとても楽しい講義ができました。

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