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2008年7月17日 (木)

僕は胸を張りたい

昨日はどうやら東京方面でIT関連のとある企画事が行われていて、僕が上京するのではないかと思われていたらしいのですが、すみません、公務優先でそれはブッチぎってしまいました。そのかわり、昨日の(も)大阪での仕事は充実していました。午後のスウェーデン史、デンマーク史のゼミはともにナショナリズム批判がらみの報告が続きましたので、ナショナリズムについて思いの丈を語らせてもらいましたし(…梅雨明けで相当に蒸し暑かったでしょうに教室をさらに熱くしてしまった感があります…)、それに地誌の授業は学期末最後のグループ報告ということで、「都市に懐胎する記憶」というテーマでそれぞれの報告を楽しませてもらいました。

外国語学部(旧阪外大)の学生たちが正直に「凄いな。」と感心するのは、2〜3年くらいデンマーク語やスウェーデン語を勉強しただけなのに、日本語ではほとんどない北欧の情報を現地語を使って用意し、それを的確に整理して日本語でプレゼンしてしまうところです。昨日のゼミだって、「19世紀におけるヴァイキング表象の意図的創造について」(→ヴァイキングのイメージが客観的な考古学的根拠に基づいた北欧独自のものではなく、ワーグナーなどに結実していくロマン主義美術の普遍化された古ゲルマンの幻想的イメージに基づいて創造された…みたいな話。今、古谷ゼミ的にはヴァイキング批判が流行です…笑)だとか、地誌の報告だって、「レイキャヴィークのハットルグリム教会を事例に、アイスランドの自然環境・経済資源・デンマークの文化的影響の融合からなるアイスランドらしさを語る」とか、「ヴィスビーに遺された城壁とコペンハーゲンで壊された城壁を事例にして、「城壁」という点からバルト海世界における都市の性格の差を語る」とか…。そりゃ、外国語学部の場合、歴史学や人文地理学といった学問手法を訓練はしないから方法論的には稚拙かもしれませんが、ほとんどが日本語では入手できない情報ですから、「よくぞ、ここまで!」と感心します。

実は、先のエントリで発言したように昨日の午前中には新しい企画事の会議に参加したのです。それはそれで学内行政の会議としては珍しく、工学、医学、文学…といった各研究科の先生方が集まるなかで和やかな雰囲気ですすめられたとても楽しい会議でした。(コーヒーや酒を片手に科学を語り合おうという「サイエンス・カフェ」をされている先生とかいらっしゃって…あぁ、酒場で酒を片手に世界の歴史と文化を語っちゃってる「誰かさん」と似てるなぁ…と。そりゃ、すぐに意気投合しますよね。)総合大学になって、通常なら全く出会うことのない異なる学問分野のエキスパートの方々と一緒に仕事をさせてもらうことは勉強になることが実に多いです。それは知らない知識を身につけるというよりは、「世の中には自分の知らない面白いことを知っていて、能力のある人のなんと多いことか」を知ることによって自分の立ち位置を相対化することができるから有益ということ。これは総合大学になって良かった点です。

その会議が終わった後に、とある工学研究科の先生から声を掛けていただきました。おそらく、共通教育でその先生が担当されている授業に外国語学部の学生が出ているということだと思うのですが、開口一番、「外国語学部の学生は元気があって、すばらしいですね。」とお褒めの言葉を頂きました。決して自分が褒められたわけではないのですけれど、この先生からの言葉は正直嬉しかったですね。その先生が言うには、「おそらく外国語学部の学生は、一年生のうちから何を勉強したいか目的がはっきりしているから、授業に望む態度も違うのでしょう。」とのこと。これ、人文系の先生から頂いた言葉ではなくて、工学研究科の先生から頂いた言葉なのです。だから、僕はこの言葉を聞いて、なおさら嬉しかったですね。梅雨明けした大阪はとても蒸し暑い一日でしたが、僕はそんな学生たちと一緒になって勉強できるんだと胸を張って豊中から箕面へ帰ってきました。こういう日は疲れも爽やかなものになってしまいます。


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