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2008年7月

2008年7月29日 (火)

大阪教育大のみなさんへ!

大阪教育大で「比較政治経済学」(教養学科)、「西洋史特講II」(教員養成)を受講されるみなさんへ。すみません。ちょっとだけ忙しくて、発言が遅れました。けれど問題はありませんので、ご安心を。以下の内容で集中講義を行う旨、連絡します。

  • 7月30日(水)〜8月1日(金)(初日の30日は午前9時から開始)
  • 教室はA棟302講義室

授業運営上最低限の印刷物を配布する予定ですが、僕の講義スタイルの基本はパワーポイントによるプレゼンテーションですので、印刷物に頼らずパワーポイントと話に注目してください。授業での配布資料は、このブログの発言中でアップロードします。また配付資料についてはパスワードロックがかかっています。授業に出てパスワードを確認してください。

「リンネの帝国」への道(3)

すみません。今月の「リンネの帝国」への道は、ほとんど新しい進捗はありません。いくつか18世紀スウェーデンの政治文化論に関してめぼしい文献を発注して、それを入手して、さらっと目を通しているくらいです。研究ノート的なものは、この秋以降出していきます。(今月は昔なじみの研究者や若い研究者のみなさんとつながりができて、いろいろと勉強させてもらったことが一番の勉強です。)最近、一つ大きい問題を感じてはいます。スウェーデンの見地にたっていると、スウェーデンの立場を相克しようとする際にその前提として「バルト海世界」を主張することがよくあります。「バルト海世界」を言うと確かにロシアやポーランドやプロイセンといった、従来「北欧」という地域概念では連携できなかった「東欧」なり「中欧」なりと連携しうる可能性がでてきます。しかし、その一方でアイスランドなど「大西洋世界」の扱いはどうしたら良いのかという問題がでてきます。つまり「バルト海世界」をことさら主張すると、「北欧」が東西に分裂する可能性がある。「北海世界」を考えれば、ブリテン、ネーデルラント、ノルウェー、デンマーク、アイスランドを縫合できるでしょう。では「バルト海・北海世界」にすれば良い…?う〜む、くどい。海には限界があるかな?こう考えると「バルト・スカンディナヴィア」という枠組みはよくできた地域設定だと思います。独り言ですみません。要は、今月は何ら目立った進捗はありません。

2008年7月26日 (土)

オープンキャンパスを終えて

炎天下、今年のオープンキャンパスが挙行されました。遠方より足をお運びくださったみなさん、ありがとうございました。今年のオープンキャンパスは阪大となって初めてのものでした。そうした影響もあるでしょうか、例えばスウェーデン語専攻の専攻企画へは昨年以上に多くの人が集まってくれたように思います。

外国語学部のオープンキャンパスでは、各専攻の催しがそれぞれ個性溢れるもので、「偵察」などと称してほかの専攻のブースをめぐるのが楽しみです。一般的な傾向として、教員が在学生たちとともに専攻の企画をたてているところが多く、これは大阪外大時代以来から教員と学生の関係が非常に親密な外国語学部の特徴だと思います。民族音楽・民族衣装あり、模擬授業あり…。最近は外国語学部の先生方は豊中や箕面を行き来することが多く、みなさん大変にお忙しい日々を過ごしていらっしゃいますが、こうしたオープンキャンパスで各専攻の盛り上がりを見ていると、頼もしさを感じます。

受験生のみなさんは、まずは入試を乗り越えて、ぜひ阪大外国語学部へいらしてください。外国語を学ぶことの意味に不安を感じることもあるでしょう。勉強するってことは、「自分っていかに何も知らない人間なのか」っていう経験の連続、わからないことの連続です。僕らだって、今日のオープンキャンパスで「ウルドゥー語って5億人も話者がいるの…スウェーデン語なんて900万人程度なのに…。」なんて感じで、日々勉強できる毎日です。

たぶん世界を知るというのは、「僕は何でも知っていて世界の中心だ」といった感覚を相対化するに一番の近道だと思います。知らないことは何も恥ずかしいことではなく、知らないことを知れたことが人生の次のステップへ羽ばたくうえでもっとも幸せな体験でしょう。(知らないことを知った後にも知らないままにしておくことは恥ずかしいことですが。)外国語学部はそんな体験を積めるところ、さぁ、いらっしゃいな、未知の世界へ。

2008年7月25日 (金)

ブログ通信簿

Tushinbo_imgrb昨日もよく汗をかき、よく働きました。夏は好きです。

さて、最近話題になっているgooラボによるブログ通信簿を試してみました。小学生の頃って、夏休みに入る前、学期末に先生からもらう通信簿って、ドキドキしましたよね。

で、このブログの評価は左にある通りです。なにもこうした冗談モノでまで、「学者をめざしましょう。」などと指摘されなくても…。まだまだ弱輩者ということでしょう。精進します。

2008年7月23日 (水)

すっとこどっこいMacBook Air

MacBook Airは今日から本格運用です。液晶やキーボードのバックライトを点灯させ、無線LANを使ってネットに接続させている環境で今日はおよそ3時間30分ほど作業ができました。これくらいがバッテリ駆動時間の限界のようです。

MacBook Airのすっとこどっこいな部分が徐々にわかってきました。

まずUSB接続タイプのワンセグチューナが使えない…といいましょうか、USBポートが本体右奥の奥まったところに隠れているため、ポートの奥までUSB端子が刺さらないのです。この問題はワンセグチューナだけでなく、USBメモリでも、USBケーブルでも、USB装置の本体部分が厚いものを使っている場合には、共通して起きる問題でしょう。USBケーブル、USBメモリなどは薄型でないと使えない可能性が高いです。

そもそもUSBポートが一つしかなく拡張性が低いのに、この問題は致命的ではないか?!あは…汗

で、USBポートが一つしかないということは、PFUのドキュメントスキャナScanSnap 300Mを使おうと思ったら、USBポートはデータ転送のケーブルに独占されてしまうから、電源供給用のUSBを確保できず、従ってACアダプタなしでは使えないということ。あはは…汗。

それと随分と高価なラップトップの割にはスピーカがモノラルで、音質は悪い。本体右奥のほうから、申し訳なさそうにしか音が聞こえてきません。

こんなMacBook Airをどう思いますか?あなたはそれでもデザイン・コンシャスを気取って、やせ我慢しますか?あはははは…汗。

2008年7月22日 (火)

今年も夏は終わった…

慣れていることではあるけれど、「適切ではない。」というご意見があれば、即座に対応しますが、夏向けにブログのテンプレートを変えてみました…って、テンプレートは夏向けになったけれど、今年の僕の夏…というか、高校野球の夏は終わってしましました。

今年は僕の出身校である水戸一高が創立130周年で、硬式野球部が「強そう…」との噂もなんとなく漏れ伝わってきており、県大会もベスト16まで進んでいたので、「これは…」と密か思っていたのですが、敗退してしまったそうです。

3年生の人は新しい人生のステップにむかって励んででもらいたいし、2・1年生の人は秋以降の大会、来年の大会で楽しんで下さいね。僕も大阪のあっつ〜い空の下から応援しています。いつかは…僕が死ぬまでには、甲子園で水戸一高のあの校歌が流れることを祈っています。僕にとっての夏の甲子園も、みなさんと同じで県大会で水戸一高が負けたのを知ると終わっています。

そういえば、松本で聞いた話ですけれど、長野出身の人は長野県の歌っていうのをみんなが歌えるそうですね。僕にとって忘れられない郷土の歌はなんといっても、「旭輝く日の本の…」とか、「世界に競う列強と…」とかではじまる水戸一高の校歌ですね。おっとっと、この歌詞も「適切ではない。」とのお叱りの対象になりますか?水戸学は天下の大道とともにありますから、一切動じませんよ(笑)。最近、これを歌える機会が大阪では皆無で実に寂しいですが。

MacBook Airについて

巷はiPhone 3Gの話題で一色で、「何を今更」といった感がありますが、新たなモバイル用途の相棒としてMacBook Airが手元に届きましたので、使い始めの感想を整理しましょう。最近一部の方から、僕がPC関連の発言をするとその発言に何が書かれているのかわからないと指摘を受けていて…「こんなブログ、やめてしまおうかな」とも思う機会もあるのですが、しかし世の中のどなたかの参考になればと思いますからとりあえず整理しておきます。(それにしても長い「独り言」だ。)

最近EeePCのような安価なサブノートが話題になっていますが、僕は10年ほど前からLibrettoやMobileGearなどのミニノートやPDAを使ってきた経験から、出先の仕事でも効率的に仕事をこなそうと思うならばフルスペックのラップトップが必要と今では考えるに至っています。ですからMacBook Airを選びました。Papersに、Keynoteに、Word…。複数のアプリケーションを同時に立ち上げていても、ストレスなく作業することができます。4年間モバイル用途で使い続けてきたThinkPad X40、最近になって復活させたiBook G4に処理能力の限界を感じていましたから、MacBook Airには完璧にそれを置き換える処理能力が秘められていると感じます。

MacBook Airは予想していたほどには軽くありません。確かに薄いことは薄いのですが、13インチ液晶とフルサイズのキーボードを備えているわけで、それなりの大きさはありズシリと重い。1.4Kgほど。これでDVDドライブなど内蔵していないのですから…どんなものでしょう?これだけの筐体の大きさがありながら、拡張端子はUSBポートが一つ。だからMacBook Airを使おうと思う場合、その取り回しには知恵が必要となります。取り回しを容易に済ませたいならば、ThinkPad X300やVAIO type Zを選択すべきでしょう。

もしすでにMacOS Xを使用している人ならば、DVDドライブが内蔵されていないことはそれほど問題だと僕は感じていません。環境整備の最初の段階でアプリケーションをインストールするときには、主たるコンピュータがMacであるならば、システム環境設定の共有機能にあるリモートドライブを指定すると簡単にドライブを共有させることができます。このあたりの取り回しの簡便さはMac OS Xならではのものだと思います。この点、もしWindowsユーザがMacBook Airを選択したときに直面する問題になるかもしれません。

とはいえたとえMacユーザであっても、AirはIEEE1394ポートを備えていないため、既存のMac OS Xから環境移行を図るターゲットディスクモードが使えず、この点は不便です。結果的にデータ転送は、スピードのことさら遅いUSBハードディスクを経由させて行いました。今時USBに依存せねばならないなんてやりきれません。MacBook Airの拡張性の低さはいかんともしがたいので、MacBook Airは初心者むけではなく、使う人を選ぶマシンだといえます。

液晶画面の明るさと大きさは良いです。モバイル用途では、少なくとも12インチ以上の液晶サイズが必要と僕は考えています。MacBook Airの13インチは十分に広い。加えて実際に使い始めて感心した点は、MacBook以来搭載された薄型キーボードの着実な進化です。MacBookの「のっぺり」とした感じのキータッチに比べると、MacBook Airのキータッチは「乾いた」感じがあり、ストロークの跳ね返りが実に心地よい。これなら長文を打ち込んでいても、なんら疲れることはないでしょう。この点では、MacBook Airを高く評価したいと思います。

今回入手したMacBook Airはソリッドステートドライブを搭載しているモデルで、ハードディスクのないゼロスピンドル機です。初めてSDDモデルを使い始めましたが、HDDの回転音などまったく発生しません。これは一見快適ですが、「本当に今このMacは動作しているのだろうか?」と思う機会もあり、なるほどパソコンを使う際には耳から入ってくる情報にも依存していたのだということ認識させられます。SSDではコールドスタートの際、電源スイッチを入れてから立ち上がるまで、(おそらく64GB分のメモリチェックを行っているのでしょう…)しばらく何も液晶に表示されない時間があります。これはSSD独特の癖というものでしょう。スリープ状態の開始と復元は快速です。

SSDの容量は全くアプリケーションを入れていない状態で空き容量が40GB弱しかなく、今は必要最低限のアプリと個人作成のデータをコピーした結果、残りが10GBほどしかありません。アプリケーションについては、大物ではiWork'08、Microsoft Office 2008、Adobe Creative Suites 3くらいに絞りこみました。そのほかはPapersやJamming、Jedit Xなどの小物。最近はWindowsを全く立ち上げなくなりましたので、今のところParallelsを導入していません。もしWindowsのアプリケーションを走らせたい場合には、BootCampやエミュレータを使うよりは、WineベースのOS互換レイヤーソフトであるCross Over Macを使い、アプリの容量を極力減らすほうが得策かもしれません。

バッテリが本体に内蔵されていて、自ら交換できないところはさすがに不安です。液晶輝度をゼロにしてBluetoothや無線LANをオフししてみたところ、バッテリ駆動の時間が6時間程度と表示されました。実際に液晶輝度をつけてバッテリ駆動させてみると、3〜4時間程度といったところ。実用上これで問題はありませんが、2年後どうなっているかはわかりません。経験上、2年で一つのバッテリを交換しています。ですから、今後4年間使い続けようと思うと、一度はバッテリの有償交換をAppleに依頼することになりそうです。SSDを搭載している機種ということもあるかもしれませんが、デュアルコアプロセッサを搭載した今時のラップトップにしては発熱量も少なく、その点では「大阪の夏」向けの機種といえるかもしれません。今後4年くらいで減価償却を達成すべく、この「大阪の夏」から待ったなしで活用します。

2008年7月21日 (月)

近江八幡を歩く

松本から帰着した連休の最後、肉が食べたくなったこともあり、家族サービスで近江八幡を訪ねる。アイスランドで鍛えられた妻の運転。名神、京滋バイパスで片道一時間ちょっとの道程。駅前の老舗の肉屋で近江牛を頂いた後は、八幡堀で知られる近江八幡の旧市街へ。豊臣秀次の八幡城…というよりは筆頭家老となった田中吉政による都市景観。近接する安土山の城下町から、琵琶湖東岸における近江経済の中核にすべく八幡堀を中心に都市機能が移設された町として知られているが、戦国の世も終わりを迎えた16世紀末から17世紀初頭における新たな城下町の都市プランは、例えばこの近江八幡を出発点として岡崎、柳川など田中吉政の功績が大きい。日牟禮八幡宮で子供たちに神社詣でのしきたりを教え、八幡山のロープウェーを登り、旧八幡城址から西湖の水郷地帯、安土山、琵琶湖を臨む。なるほど八幡山に登ってみれば、ここが水路・陸路の中継の要衝たりうる地の利にあることが一目で理解できる。百聞は一見にしかずの典型。しかし暑かったので、子供を担いで即座に山から下り、ふもとの八幡様に面した老舗の和菓子屋でぜんざいを頂き、琵琶湖沿いおさざなみ街道を下って、大阪に帰着。半日コースの旅としては充実していた。彦根、安土、長浜。近江にはまだまだ訪ねなければならない土地が数多く残されている。

2008年7月20日 (日)

松本を行く

生まれて初めて名古屋から中央本線を北上して松本に滞在する。MacBook Airを馴らそうと思ったが、木曽路の美しさに目を奪われ、MacBook Airなど正直どうでもよくなる。木曽川沿いの北上は、梅雨明け一過の晴れ空の下で緑が濃く美しく映る。寝覚めの床、木曽福島のD51…見所はたくさんあって、何度も途中下車したくなる思いにかられる。「しなの」号が振り子式だったということもあって、車内で気分が落ち着かなかったということもある。通過する駅舎は昔懐かしい木造が多い。木曽が中・近世以来、中央の木材需要を支えていたことを今に偲ばせる。電車の通過するトンネルは赤煉瓦のものが多い。明治以降の殖産興業で繊維産業の中核が置かれていた信州との縁を感じさせる。

松本は物心がついてからははじめての滞在。時間はそれほどなかったが、駅から松本城や開智学校あたりまで散策。おそらく松本市内の散策は松本城にばかり目を奪われていてはいけないのだろう。信州大学や松本深志高校などに至る旧制高校のあった土地柄、生糸産業の集積地として栄えた土地柄を反映してのことだろうか、むしろ明治期以降に建てられた和洋折衷の洋館が多く残されていることに目を奪われる。あと趣のある古本や古レコード屋、洋食屋の数々。町中を歩いていて僕は「信州モダン」とでも呼ぶべき雰囲気が松本に育まれていたのではと感じる。

酒好きの運命の赴くまま、僕は松本の美味い店へと誘われる。今回、「山海亭」という落ち着いた郷土料理のお店にて、信州出身のM君の親友による造り酒屋の銘柄「大信州」を知る。松本に日本アルプスの伏流に発する清冽なる水があればこその澄みきった味わい。純米でもかなり切れ味がよく、うだる日本の暑さを一瞬忘れさせてくれる清涼な感覚が記憶に刻まれる。松本市内を散策しているとリアルエールを味あわせてくれる「オールド・ロック」というパブも見つけた。長野といえば軽井沢の「よなよな」。そのパブも「よなよな」をメインに出している。「よなよな」の工場のある佐久から距離の近い松本なら、同じ「よなよな」でも大阪や東京と比べて鮮度の高いエールを味わうことができる。だから(松本城帰りで汗だくだったということもあるが)あのパブでいただいた甘いポーターはとりわけ美味しく感じた。

今回の松本滞在の白眉は老舗フランス料理レストラン「鯛萬」での結婚パーティ。「鯛萬」の店構えは堂々たる洋館で、店内の雰囲気も品がよい。「鯛萬」の洋館は典型的なハーフティンバー様式で作られている…と僕はみた。木材が多用されているこの様式によって、エントランス、小ホール、メインダイニングに迎えられたゲストは、柔らかく暖かい感覚に包まれるような感じを得る。フランスとは言ってもアルプスに近い…例えばアルザスやロレーヌあたりのイメージ。そこは松本だから冷ややかな石造りというよりはそうした山荘風な作りの洋館がよく似合う。(僕はこれに似た雰囲気を大山崎にある山荘美術館にあるように思う。)「鯛萬」の料理はあらためて僕などが言葉を加えるまでもない上質なもの。信州の特産も用いられたりして。最近の僕としては珍しくキリリと冷えたシャルドネをたくさん頂いた。悪酔いせず食後に爽快な気分になるというのは、本当に美味しい食事を頂いたときにだけ到来する感覚。

もちろんそのパーティで幸せな気持ちをお裾分け頂いたからこそ、僕も素敵な松本滞在を送ることができたことは言うまでもない。「鯛萬」での暖かな雰囲気にあふれたパーティは忘れられない。そうだね、あんな雰囲気のある家庭を築けたらいいですね…Mくん、Nさん。おめでとう、そしてありがとう。

2008年7月18日 (金)

現代北欧地域論4a

金曜4時間目に北欧史講義を受講しているみなさん。こちらに来週の問題をあげておきます。連休中しっかり勉強して下さい。よろしくお願いします。

来週の問題をダウンロード

ありえない話

大阪に猛烈な蒸し暑さの季節到来。昨日は枚方の関西外大で今学期最後の補講。眩暈がするほどの暑さだったので、駅から大学までタクシーに乗る。タクシーの運転手さん、とても良い人だったと思う。「暑いですね。」という言葉から会話もはずむ。タクシーは、運転手さんとの会話が楽しくて好きだ。同じ理由で床屋も。で、「お客さんが30代になる頃は、大阪も赤道直下のような熱帯になるんじゃないですか?」なんて言葉が出始める。はてな、30代?大学の正門に到着、料金精算のときに「お客さん、3回生?4回生?」との言葉。んん!!運転手さん、終始、僕を学部生と思っていたらしい。ありえない!

いやはや、院生ならともかかく、学部生に間違えられるなんて何年ぶりのことだろう?大阪外大着任当時はまだ事務方に顔を覚えてもらっていなかったので、よく学生に間違えられていた。だからネクタイを着用するようになったのだけれど、さすがにこの暑い季節になるとネクタイを着用するのも馬鹿馬鹿しく、軽装になる。それでも最近は白髪がたいそう増えたので40代に見られることさえあり、逆に20代に間違えられるということは滅多になかった。だから学部生に間違えられたというのは正直嬉しかったのだけれど、後から「あの運転手さんは目が悪くて、僕の白髪や頭が見えなかったのではないか?」と冷静になって考えてみる。とするならばあのタクシー、かなり危なかったのではないか?それとも大阪の暑さにやられてしまってのこと?大阪の「夏の夜の夢」?こんなタクシー、どうよ?

2008年7月17日 (木)

現代北欧地域論4a

北欧史の講義に参加されている皆さん。明日の今学期最後の講義ファイルをアップロードします。よろしくお願いします。

明日の講義ファイルをダウンロード

スウェーデン語Ia

金曜5時限のスウェーデン語講読に参加している皆さん。こちらに今学期最後のテキストをアップロードします。授業は来週まで通常どおりにやります。よろしくお願いします。

7月18日・25日のテキストをダウンロード

僕は胸を張りたい

昨日はどうやら東京方面でIT関連のとある企画事が行われていて、僕が上京するのではないかと思われていたらしいのですが、すみません、公務優先でそれはブッチぎってしまいました。そのかわり、昨日の(も)大阪での仕事は充実していました。午後のスウェーデン史、デンマーク史のゼミはともにナショナリズム批判がらみの報告が続きましたので、ナショナリズムについて思いの丈を語らせてもらいましたし(…梅雨明けで相当に蒸し暑かったでしょうに教室をさらに熱くしてしまった感があります…)、それに地誌の授業は学期末最後のグループ報告ということで、「都市に懐胎する記憶」というテーマでそれぞれの報告を楽しませてもらいました。

外国語学部(旧阪外大)の学生たちが正直に「凄いな。」と感心するのは、2〜3年くらいデンマーク語やスウェーデン語を勉強しただけなのに、日本語ではほとんどない北欧の情報を現地語を使って用意し、それを的確に整理して日本語でプレゼンしてしまうところです。昨日のゼミだって、「19世紀におけるヴァイキング表象の意図的創造について」(→ヴァイキングのイメージが客観的な考古学的根拠に基づいた北欧独自のものではなく、ワーグナーなどに結実していくロマン主義美術の普遍化された古ゲルマンの幻想的イメージに基づいて創造された…みたいな話。今、古谷ゼミ的にはヴァイキング批判が流行です…笑)だとか、地誌の報告だって、「レイキャヴィークのハットルグリム教会を事例に、アイスランドの自然環境・経済資源・デンマークの文化的影響の融合からなるアイスランドらしさを語る」とか、「ヴィスビーに遺された城壁とコペンハーゲンで壊された城壁を事例にして、「城壁」という点からバルト海世界における都市の性格の差を語る」とか…。そりゃ、外国語学部の場合、歴史学や人文地理学といった学問手法を訓練はしないから方法論的には稚拙かもしれませんが、ほとんどが日本語では入手できない情報ですから、「よくぞ、ここまで!」と感心します。

実は、先のエントリで発言したように昨日の午前中には新しい企画事の会議に参加したのです。それはそれで学内行政の会議としては珍しく、工学、医学、文学…といった各研究科の先生方が集まるなかで和やかな雰囲気ですすめられたとても楽しい会議でした。(コーヒーや酒を片手に科学を語り合おうという「サイエンス・カフェ」をされている先生とかいらっしゃって…あぁ、酒場で酒を片手に世界の歴史と文化を語っちゃってる「誰かさん」と似てるなぁ…と。そりゃ、すぐに意気投合しますよね。)総合大学になって、通常なら全く出会うことのない異なる学問分野のエキスパートの方々と一緒に仕事をさせてもらうことは勉強になることが実に多いです。それは知らない知識を身につけるというよりは、「世の中には自分の知らない面白いことを知っていて、能力のある人のなんと多いことか」を知ることによって自分の立ち位置を相対化することができるから有益ということ。これは総合大学になって良かった点です。

その会議が終わった後に、とある工学研究科の先生から声を掛けていただきました。おそらく、共通教育でその先生が担当されている授業に外国語学部の学生が出ているということだと思うのですが、開口一番、「外国語学部の学生は元気があって、すばらしいですね。」とお褒めの言葉を頂きました。決して自分が褒められたわけではないのですけれど、この先生からの言葉は正直嬉しかったですね。その先生が言うには、「おそらく外国語学部の学生は、一年生のうちから何を勉強したいか目的がはっきりしているから、授業に望む態度も違うのでしょう。」とのこと。これ、人文系の先生から頂いた言葉ではなくて、工学研究科の先生から頂いた言葉なのです。だから、僕はこの言葉を聞いて、なおさら嬉しかったですね。梅雨明けした大阪はとても蒸し暑い一日でしたが、僕はそんな学生たちと一緒になって勉強できるんだと胸を張って豊中から箕面へ帰ってきました。こういう日は疲れも爽やかなものになってしまいます。


2008年7月16日 (水)

Why not Mac

会議の席上、総長先生の手元をじっと見る。統合協議のときにお目にかかった頃から印象に残っているのだけれど、多色マルチボールペンを愛用されている。今日の会議に参加されていた方々も多くはマルチボールペン。そして僕もLAMY2000の4色。阪大の会議って面白くて、結構使っている道具がみんなでおそろいなんてことがある。今回はマルチボールペンだけれども、別の某会議では会議参加者の使うノートパソコンがみんなパナソニックのLet's noteを使っていて、思わずふいてしまったことがある。(しかしなぜパナかな?パナはやっぱり良いのか?どうなんだ、K君?Macでいいじゃん(笑))

今日の夕方、特任のM君と帰りを共にする。M君はこの連休中に結婚されるのだけれども、その前に「思わず買っちゃいました。」との報告。MacBook(White)だそうである。(結婚を控えて出費も嵩むだろうにと思うとまさに英断。)コストパフォーマンスを考えると実に賢い選択。堅実なM君らしい判断。はじめてのMacらしく馴れないことも多いらしい。最初は誰も知らないところから出発するのだから、畏れる事なかれ!勇躍前へ進め!Qapla' ! M君、ご結婚、そして新しいMac、二重におめでとう。長寿と繁栄を!

じわじわと僕の周りにMacユーザが増えつつある。M君をはじめ、6階のS先生も、8階のNさんも、スウェーデン人教員のJさんも。スウェーデン語専攻では学生用にMacBookの新型が一台プールされている。(あのMacBookはいつ学生が使うのだろう?学生が使うまでは6階のTさんにお使いいただこうか!TさんがMacユーザになれば、スウェーデン語研究室はみながMac環境に移行することになる。考えてみれば、ルンド大学はかなり大口のMacお得意様だったことを今思い出す。あぁ、だからルンド大学出身のJさんはMacユーザなんだ。)お隣のUさんに至っては、iMacにあわせてこの間iPod touchまでご購入。いずれの人も共通するのは、2000年代初頭から半ばのWindows XP機のリプレースにあたって、Windows VistaへむかわずMacOS Xに流れたということ。

で…なかなか届かぬ、とあるブツの状況を某所に問い合わせて見る。Appleからは出荷済みで、埼玉あたりの集配所でうだらうだらしているらしい。月末の大教大での集中講義でデビューさせることができるのか…さぁて、いったいそれはなんだろう?


とりとめもない話

まだまだ一学期の授業は続いています。先週かなりハードに肉体を酷使して北欧史関連の仕事をしたので、ちょっと北欧を考えることは一休み。今日は午前中に豊中で某会議があるのですが(…午後は箕面に移って授業です。結構ハードなスケジュールですが、すでに普通に思えてきました…)、その会議はなんだか大学全体のことで新しいことを企画できそうなので参加するのが楽しみ。(秘匿事項のあるような重大会議ではありません!だから発言します。)新しい大学行政では教授じゃないとあまり中央の会議に呼ばれなくなったのですが、今回は准教授にも声がかかってきたというところ…しかも楽しいげな感じの企画で正直嬉しい。人選してくれた方の判断が後から振り返ってみて「英断」だったと思えるような仕事を…これが水戸人の生き方ってものです

今日の仕事は、ファームウェアをiPhoneと同じくVer.2.0にアップグレードしたiPod touchと、LAMY 2000をはじめて携えてのぞみます。iPod touchのファームウェア・アップグレードは、悩みました。これをしてしまうと電子辞書が使えなくなるからです。それでも、日本語入力の機能が改善されていたり、デフォルトでPowerPointやPDFファイルを閲覧できるようになっていたり…で、なにせApple純正の大幅なアップグレードでしたから、やってしまいました。ネット関連の速度と安定度が高まったような気がします。もっとも大きな違いは、iTunes Storeからアプリケーションをダウンロードしてインストールできるようになった点。これでEPWINGビューワが出てくれば、ナレッジワーカのツールとしては鬼に金棒といった感じです。(今はまだだめです。)

LAMYについては、妻からロディアの11番のメモ帳をめぐんでもらったところ、それまでの書き心地の悪さが嘘のように解消されました。やはり筆記具には紙との相性があるのですね。ペン軸の太いLAMYは、筆圧の強い僕の書き癖もしっかりと受け止めてくれます。サラサラとメモって今日の仕事も円滑に進めたいものです。蒸し暑いのですが、なんだか、やる気も起きてきた。よい道具をもってしまうと、こういう根拠のない気持ちが高ぶってしまうところが、恐ろしいですね。物欲には気をつけましょう。

2008年7月15日 (火)

物欲とは何か

先週末、博多の某大学で開催されたとある科研の研究会に急遽お呼ばれして、スウェーデン人研究者の報告に英語でコメント。準備時間に余裕がなく、それ相応の内容でしたが、それでも研究会は盛り上がったようで、スウェーデン語で話しもできて、僕の役目はなんとか果たせたといった感じ。(九州産業大学の方々にはお世話になりました。ありがとうございました。)博多は祇園山笠の季節でしたが、そんなのを一切見ずに帰阪。見たかったな。それにしても、博多という町は実に合理的に都市インフラが整備されていて感心することしきり。福岡空港、JR博多駅、ビジネスホテルの立地条件のよさ。ストレスなく移動でき、次の仕事にとっさに移れるインフラ。すばらしい。感心できない点はただ一点。おみやげ物が辛子明太子ばかり。美味しいけれど、子供むけではありません。

先週末以来、会う人、会う人に尋ねられることは、「iPhone、どうされました?」という一言。あの、iPhone、すみません…今回はパスです。買えたとしても、今は忙しくてとてもじゃないが、あの長い列に並んで契約までもっていく時間と気力と体力がありません。大阪でも、博多でも、ローカルニュースがiPhoneに狂奔する人々の姿を伝えていました。確かに良い物です。それはわかっています。ちょっと考えてみると高いか…。二年しばりで20万強を支払うことを思うと、ちょっと良いノートパソコンが欲しくなります。iPhoneは、携帯情報端末としてのノートパソコンの命脈を絶つ発明品だと理解していますから、僕などiPhoneに触手が向かわずノートパソコンがほしいと思ってしまうところで、「あぁ、僕もいつの間にかロートルだな。」と思ってしまいます。iPhoneは時代を革新する道具であることは間違いありません。お金と時間と体力と気力に余裕があれば…そう、10年前ほど前の僕ならば、きっと購入に走っていたと思います。

むしろ某科研でご一緒させていただいたイギリス福祉国家研究をされているT先生が、ロディアのブロックノートにアイデアメモを走らせ、実にスマートな受け答えをしているのを目にして、「やはりペンとノートに適う情報ツールはないよな。」と再認識。遠目に見ていたので確証はないけれど、先生がお使いだったのは、おそらくロディアのNo.16というA5サイズのノートだったかもしれない。実は先週くらいから、A5ノートを持ち歩いてみようかという気分が高まっていて、先週は普段使いの筆記具としてLAMYの古風なモデル2000(万年筆と4色ボールペン)を購入したところだったのです。普段、僕はA7サイズのメモを持ち歩いているのですが、これにはとっさのアイデアを書き込むには便利でも、それを整理するスペースがありません。かといってA4では大きすぎる。そう考えたときに、A5サイズのノートはなかなか理想的な大きさです。まぁ、A5サイズのノートを持ち歩くと言うことは、手ぶら通勤ができなくなるということなので、まだ決心できていませんが。

結局は、iPhoneをもとうが、A5サイズのメモ帳をもとうが、そうした道具があって良い仕事ができなければ本末転倒なのであって…けれども、そうした道具が先にあると、できてもいないのに、なんだか良い仕事ができそうな気分になって…それゆえ、物欲の定義とは、「良い成果を先物買いするという自己正当化の論理だ。」と結論づけることができます。iPhoneは三日で100万台が売れたらしいですね。100万人の方々がよい仕事をされることを祈ります。(こんな発言ですみません。想像力の泉が枯渇しています。)

2008年7月14日 (月)

地域研究VIII

17 日の補講の際に使う講義ファイルをアップロードします。よろしくお願いします。補講の時間と場所は今日再確認します。それとレポートのほうもよろしく。それでは4時間目・5時間目にお会いしましょう。

補講の講義ファイルをダウンロード

2008年7月 9日 (水)

スウェーデン史ゼミの人へ

明日(というか今日)のゼミは言語ゼミとの合同です。午後1時きっかりに、C棟の4階に直接行ってください。図書館ではありませんので、注意してください!

2008年7月 8日 (火)

折りたたみ傘を選ぶ

梅雨の季節に限らず、傘は僕を悩ませる道具の一つ。問題の核心は一つ。雨が降れば傘は必要だが、手ぶら通勤をする場合、傘ほど携帯するに厄介な代物はないということ。置き傘という手もあるが、それでは梅雨のような季節に突然外出先で雨に降られたときにどうしようもない。基本、手ぶら通勤を励行する者としては、神様に「今日も雨が降りませんように。」念じるか、「水も滴る男」を決め込みずぶ濡れ覚悟でいくか、極小折りたたみ傘を携帯するかののいずれかの選択に迫られる。今回は三番目の選択肢のこと。

最近は格安の携帯折りたたみ傘が各所で売られているのを目する。しかしそれらに僕の触手が伸びない理由は一にデザイン、二に耐久性の問題。やはり身近に携帯するものだからもっていて良いものだと思えるものが良いから。そこで、これまで僕はアメリカのtoets社のbrella tinyという折りたたみ傘を愛用してきた。出張する際にもスーツケースやバッグの片隅に潜ませておいて至る所に持ち運んできた。brella tinyは1,800円と比較的安価にもかかわらずなかなかのものだった。重量は185g、携帯時は15cm×5cm×5cmにまで小さくなり、これを広げると6本柄をもった88cmサイズの傘になる。傘の巻き取りのベルト部分が大きく、収納時の折りたたみもスムーズにできて、これはこれで満足できる出来の傘だった。

これに対して最近ドイツの老舗Knirps社が極小折りたたみ傘を出してきた。Knirps社は世界ではじめて折りたたみ傘の特許を取得し、製品化に成功した会社として知られている。折りたたみ傘の世界では、このKnirps社のものこそが最高峰とヨーロッパでの評価も高く、いつかはKnirpsをもちたいと思い続けてきた。しかしこれまでKnirpsには手ぶら通勤用途に合致する極小折りたたみ傘がなく、Knirpsを所有する喜びを得ることはできなかった。そうしたときに新たに発表されたモデルが、Fiber Y1。重量は200g、収納時サイズは20cm×7cm×4cmの、開くと7本柄の87cmサイズに。Fiber Y1は、これまで愛用してきたbrella tinyに比べると若干重量もサイズも大きく(その一つの理由は傘の骨がbrella tinyをはじめとする折りたたみ傘では6本が一般的だが、Fiber Y1はこの骨を7本にして耐久性を高めている)、なにより携帯用折りたたみ傘にしては若干高価だが、Knirpsを携帯できるという喜びを与えてくれる。

Knirps社の折りたたみ傘に共通して言える特徴は、この会社がまさに機能主義の台頭していた1930年代に創業されたということもあって、伝統的に継承されている機能的なデザイン。今回のFiber Y1は、ファイバー素材を使ってただ軽いだけではなく、収納時に4cm厚の直方体形状に折りたたまれる点が特徴的。直方体状なので鞄の隙間に収納しやすいし、手ぶら通勤励行者にとっては、それがズボン等のポケットにすっぽりと収まって、かさばらないデザインである点が重要。この点においてFiber Y1は、手ぶら通勤励行者にとっての逸品に思える。(「傘など使えればいいじゃん!」って突っ込みが聞こえてくるなぁ。まぁ、確かにその通り。でもなんとなく書いてみた。駄文失礼しました。)

2008年7月 7日 (月)

地域研究VIII

関西外大のみなさん!こちらに来週の講義ファイルをアップロードします。よろしくお願いします。

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2008年7月 4日 (金)

スウェーデン語の発音を確認する術

二日ほどほぼ徹夜が続き(…やればできるもんだ…)、昨晩はようやく4時間ぐらい睡眠しました。睡眠っていいね。疲れたなんて、言っていられません。阪大外国語学部のみなさんのうち、今日の4時間目の北欧史講義に参加されているみなさんは、先週までに配布した講義ファイルをもって、今日の講義に参加してください。先生は、今日もしっかり働きます。

さて、とある原稿を仕上げる過程で、スウェーデン語による地名・人名のカナ表記を確認する必要がありました。スウェーデン語の発音は母音の数が日本語の比ではなく多いので、カナ表記が本当に難しいと思います。(ウィキペディアが信用できないのは、例えばカナ表記がぼろぼろなので、執筆者が本当にスウェーデン語のことがわかっているのか疑わしいというところがあります。ウィキペディアだけでなく、日本語で書かれたスウェーデンの文章全般に言えることです。)だから日本語で文章を書くときには、スウェーデン語のカナ表記には最深の注意が必要です。とりわけ阪大外国語学部のみなさんには、日本におけるスウェーデン語のスペシャリストとして、この点に留意していただきたい。

そうしたときに役立つのがtyda.seというスウェーデン語辞書サイトで、ここでは単語の発音を聞くことができます。スウェーデン語の発音を聞くときには、その単語の英語のもので検索して、意味をスウェーデン語で表示させる必要がありますが、このサイトのおかげで適切なカナ表記に近づけることもできます。あとは研究室にある発音辞典で発音記号を確認して、文章全体でカナ表記の方法に統一をもたせればよい…といった感じです。いやはや、スウェーデン語の世界は、この点、本当に奥深いものです。(個人的には、デンマーク語の発音がとても難しいので、これから訓練していきたいと思っています。)

一服の清涼剤

疲れたときに一服の清涼剤のような痛快・爽快なブログをぜひご紹介したい。誰が書いているとは言いません(言えません)が、天満放浪記というブログ。「さすがは文学者!」といったブログで、ファンタジ的要素が随所に込められつつも、しかし視点の鋭い言葉が溢れる文章の数々が綴られていて、僕はこの楽しいブログのファンです。ちなみに僕はメタボではありません。あしからず。

2008年7月 1日 (火)

展覧会の絵

梃子でも動かぬ自宅研修の一日。昨日あたりから印象派の音楽ばかりが頭のなかをめぐっていて、ラヴェルつながりで「展覧会の絵」が猛烈に聞きたくなった。

ムソルグスキの「展覧会の絵」のオーケストラ編曲版はいくつかあるものの、やはりラヴェルの編曲版が好き。しかし、ラヴェル版「展覧会の絵」は、オーケストレーションの魔術師として知られたリムスキ・コルサコフの「シェヘラザード」などと並んで、有名にもかかわらず決定版と呼ばれる録音が少ない。結果的に、子供の頃から、豪勢な演奏で眩惑させられるカラヤン(アナログステレオ時代のものが懐かしいけれど、デジタル録音時代に入ってからのボレロやスペイン狂詩曲などとカップリングされたものなど)で満足していた。

「21世紀に入ってからの「展覧会の絵」はどうなのだろう?」とふと思いたち、今回はネット上の情報に依拠しながらiTunes Storeで渉猟してみた。するとゲルギエフがウィーン・フィルと入れた演奏がなかなかの評判だった。カラヤンやバーンスタインなどの20世紀のスターいなくなった後、ゲルギエフの演奏は、チャイコフスキやショスタコヴィッチなどで今様の名演を作り出している…との一定の評価があって、それなりに注目している。最新のロンドンでのマーラーはどうかと思うが、確かにプロコフィエフなど(そうだね…「アレクサンドル・ネフスキ」とか)は良い。(ウィーン・フィルとのチャイコフスキは期待が大きかった分、拍子抜けで、それについて最近はカラヤン…しかも70年代のベルリン・フィルばかりだけど。)

で、「展覧会の絵」、聞いてみた。なんというのか、「展覧会の絵」っていうのは、僕にとっては、たぶんオーケストラで聞く場合、それはムソルグスキの作品というよりは、小さい頃からラヴェルの作品と認識しつづけてきていたんだということを実感させられる録音だった。まわりくどくなるけれど、ゲルギエフの演奏は悪くはないが、批評される方々は「ロシア的な演奏」でとかこの録音を評している通りでウィーン・フィルらしからぬ泥っとした厚みのある音作りに徹した演奏で、こういう解釈もありなんだろうが、僕には「これは僕の知っている展覧会の絵じゃないよ〜」って感じ。「展覧会の絵」のラヴェル版は、フランスの音楽なのだ。

僕は、精緻な洒落たラヴェルの響きこそを「展覧会の絵」に求めていたということがわかったので、iTunes Storeで購入した甲斐はあった。そうだよね、考えてみれば、僕は小さい頃から、オーマンディのフィラデルフィア・サウンドとか、すごい好きで育ってきたんだもの…。ゲルギエフの演奏は、そんなのとは対局ですから。(同時にキーロフとの「シェエラザード」も買ったけど、これは良いね。カップリングの「中央アジアの草原」にてとか、最高。)

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