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2008年5月12日 (月)

松江はやはり「美しかった」…日本西洋史学会第58回大会を終えて

松江から大阪に日本西洋史学会を終えて帰ってきました。まずは島根大学の関係者のみなさん、学生のみなさんのご尽力に心から感謝申し上げます。僕はちょっとした個人的な感慨とともに今回の学会で得られた経験は忘れることができないものになると思います。

学会に参加するのは二年ぶりのこと。昔なじみの面々…これまでもお世話をいただいてきた先生や編集者の方々、今は各地に散らばってしまって普段お会いできない先輩・後輩のみなさんと(いろいろと不義理を働いてきたにもかかわらず)今回の学会で久々にお会いしたとき、皆さんから暖かいお言葉を頂けたこと、これが一番嬉しかったことです。会う度、話す度、目頭の熱くなることを感じました。すみません、松江の美しい景観にもほだされて感傷的な気分になっています。けれど、皆さんのお気持ちは僕に爽やかなやる気を与えてくれたことは確かです。だから、心から「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べさせてください。

さて、肝心の学会ですが、日曜日の午後に小シンポジウムを控えていたこともあり、土曜日の基調講演を除けば、シンポジウムにむけて最後の最後まで準備作業に時間を費やしていました。小シンポジウム「近世ヨーロッパにおける戦争と国家〜「軍事革命」の彼方へ」にご参加下さった皆様、あらためて感謝申し上げます。松江からの帰りがけにお会いした方々の話を聞きますと、小シンポジウムは古代史の衰退のセッションも、近世の気候変動のセッションも、なかなかの盛り上がりだったようで、嬉しく思います。(個人的には、「ブドウ栽培とワイン醸造」の話を聞きたかった…というか、「戦争」と「気候」のセッションを結びつければ、17世紀の全般的危機論争を総括できそうでさらに面白かったと思うのです。)

「戦争」の小シンポジウムはいかがでしたでしょうか?皆様から頂いたご助言は今後の僕たちの共同研究に必ずや反映させていきたいと思います。僕個人の報告は、ちょっと無難すぎたでしょうか?かみかみのプレゼンではありましたが(…自己演出をリハーサルするだけの余裕はありませんでした…)、スウェーデンにおけるモデル的な「軍事革命」の整理→スウェーデンにおける軍事経営の実態の整理→バルト海世界における戦争の経験がスウェーデン国家の展開に与えた影響という流れをスッキリと整理することに努めました。いみじくも僕が卒論→修論→就職以降現在で勉強してきた内容を総括したようなものだったことは、セッションが終わった後、僕を古くから知る人たちから鋭く指摘されました。確かにそうだったかもしれません。ある意味、今までの自分を総括して新しい自分へ向かいたい(…つまりこのブログでの発言で言えば、「リンネの帝国」へと…)気持ちの表れだったかもしれませんので。

「戦争と国家」と「軍事革命」論の批判との関係については、小シンポジウム全体でより明確に話しを進めても良かったかなと個人的には思っています。今回のシンポジウムでの議論の出発点に置かれたJ.ブルクハルトの所説は、彼自身がドイツの研究者だということで、O.ヒンツェやM.ウェーバー以来のドイツ国制史の伝統を踏まえたものです。近代国家に関するウェーバーの有名なシェーマを挙げるまでもなく、この伝統には戦争が国家構造に与える影響を論ずる視角がすでに内包されていました。これに対して、戦時における「軍事革命」論は、アングロ・サクソン系の研究者によって主に主張されてきた議論です。アングロ・サクソン系の研究者の論調も、一方では軍事経営の技術論を中心に展開するものと、他方では集約化された国家構造論を中心に展開する歴史社会学のものとにわかれているところがあります。後者の議論は、その発想の源泉の一つにウェーバーの存在がありますから、その部分で「戦争と国家」と「軍事革命」論はなんらかの結びつきを得られるということになります。

軍事経営の技術論に限定された「軍事革命」の説明と、その結果としての戦争の変質に伴う集約的な国家経営の発展というシェーマは、大変理解しやすい考え方であり、「近代以降の国家経営がいかにつくられてきたのか?」という先験的に設定されてしまっていた問題関心に、格好のモデルを提供してきました。僕たちは歴史学者ですから、モデル化されたイメージを先験的に有してそれを歴史事象に当てはめるということは極力さけねばなりません。「軍事革命」論が「近世の戦争の変質が近代国家の原点をつくる」というイメージをあまりにも強烈に植え付けてしまったが結果、近世の戦争と国家の関係の実態が見えにくくなってしまっていたのです。そこで今一度、僕たち近世史研究者の目をまっさらな状態にして近世の戦争に絡む史料群を再検討し、戦争に絡むところで近世の国家・社会・文化の実態はどうだったのかを解明しようということが、「「軍事革命」の彼方へ」というサブタイトルの真意だと思います。

そもそも「軍事革命」論の嚆矢となったM.ロバーツの議論が17世紀の全般的危機論争のなかから生まれてきた経緯を思うならば、もともとこの議論が生み出されてきたときにあった問題関心は「近代国家の原点を措定する」ということではなく、ルネサンス・宗教改革・いわゆる「大航海」の後を受けた17世紀の時代文脈(そこには気候変動という要因も含まれる!)における政治・文化・社会の実態を問うということに置かれていたはずです。そして、16世紀から17世紀にかけてに存在した近世ヨーロッパ独特の政治文化なり、政治社会なりを問うことこそが僕たちがやるべきことなのであって、それであればこそ複合国家や混合王政といった近世国家の実態に、戦争という現象(あるいはその時代に共通するプラットフォーム)から肉薄することが求められていると言えるのでしょう。そういう意味で、近世ヨーロッパの実態に即した「戦争と国家」の研究は、「軍事革命」論を批判(あるいは批判的に継承)し、「軍事革命」論の彼方にこそはじめて求められるものなのです。

というわけで…誰とどこで飲んだとか、誰とどこではっちゃけてたとか、「あれ、なんでパワポで飛び道具を出さなかったの?」とか(…WindowsのOffice 2003はだめ、本当にだめ!MacのOffice 2008でつくったパワポファイルがまったく再現されない!みなさん!なんでマイクロソフトはOffice 2007以降、docxとか、pptxとか、XTMLの集合体であるファイルに移行したか知っていますか?それこそ、異なるプラットフォームの上でも読み書きの可能なXTMLという共通言語でつくられたファイルにすることで、ファイル内容の再現を完全にするためという理由によるのですよ!結局、Office 2003が使われ続ける限り、そんなマイクロソフトの意図は全く実現されないままになってしまうことになりますが…)、そんな裏話は一切なしで今回の学会の発言を閉じます。今回の学会の思い出は本当によいものだったから、個人的に「美しい」ままの記憶として心に秘めておきたいので…。(でも最後に一言。今回の学会で爪切りは買いませんでした…爪も「美しく」切り揃えられていましたからね…ということでこお発言のオチはつきましたね?!)

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コメント

ご無沙汰しております。
J・ブルクハルトの論文とか、昔読んだのを懐かしく思い出しました。古谷さんたちの小シンポジウム、(かつての拙論が、このテーマへの思想史的アプローチだったこともあって)聴いてみたかったです。友人の結婚式さえなければ、松江まで行ってましたよ、ええ。
共同研究の成果、いつか書籍になるんですよね? それを楽しみにしております。

おぉ、続くん、ご無沙汰してます。松江では、1990年代半ばから末にかけて本郷で机を並べた面々が勢揃いで、もちろん先生方も勢揃いで、さながら同窓会の雰囲気でしたよ。この共同研究はあと2年続くので、それが終われば、今回のシンポの内容をよりブラッシュアップさせた形でパブリッシュされる可能性は高いと思います。(それとは別に今年度中には(啓蒙書ですが)単著を出します。)

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