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2008年4月29日 (火)

「リンネの帝国」への道(1)

ブログにはアクセス解析という機能がついていますが、先週IKEAの発言をした頃を境に、毎日のアクセス数がこれまでの2〜3倍に増えています。なんでだろう?IKEAや北欧関連でアクセスがあるかというと、キーワード検索の結果を見るかぎりそのようなアクセスはほぼ皆無だ…という点が不思議です。まぁ、もとよりこのブログはPC関連やテレビ番組関連の発言が多かったため、キーワード検索の結果をみると「このブログの執筆者は精神分裂気味か?」と思うくらい、多岐にわたっています。で、例によって、北欧史関連のアクセスは実に少ない…(笑)。

(しっかし、なんですな…今この発言はレストアしたiBook G4で書き込んでいますが、MacBook Proの明るい液晶に慣れてしまうと3年前の機種であるiBook G4の液晶はもの凄く暗い。とりわけモノレールや電車のなかではほとんど何も見えない。)

それはさておき、2ヶ月ほど前にぶちあげた「リンネの帝国」の実現へむけて、1ヶ月に一度くらいは研究の過程を備忘録程度にまとめていこうかと思います。いつ完成するかわからないけれども、どんなに公務で忙しくても勉強は続けているんだ。僕も研究者という存在証明。

今月は来月に軍事革命論関連で学会報告を控えているということもあるのだけれども、それとの関連で近世スウェーデンにおける「正戦(bellum justum)」論を整理中。「近世国家は複合国家っていうけれど、じゃぁ複合国家の統合軸って何よ?」って問題。ぶっちゃけ、統合理念(…そうだね、大学統合もまったく同じような話さ…)ってものは戦争のような事態に及んだときに、王国議会などで参戦理由などが言明される際に用いられるレトリックのなかに見え隠れする場合が多い。(戦争ってのは、普段目に見えない国家や社会の論理が目に見える形になってくるから研究対象として有効なんだな。)

僕の「リンネの帝国」の構想は、科学史研究としてリンネとその弟子の業績を検討するものではありません。それは近世ヨーロッパ国家論なのであって、近世国家の独特な相貌をスウェーデンの見地から検討するもの。近世国家の独特な相貌の一つは、社会的にも、政治的にも、文化的にも様々な要素が複合し構成されている点だと思いますが、そうした多様な要素の併存を確認する一方で、それらを統合する軸というのも論じる必要がある。この点が、スウェーデンの歴史学界でも未だに議論が手薄なところ。複合、複合…って言ったって、近世にだって「スウェーデン」という国は確かにあったのですから。つまり統合軸を確認するというのは「スウェーデン」は何かってこと。

「リンネの帝国」って構想は、西洋史学研究の文脈で言えば近世国家の統合軸の変遷っていうことが裏テーマであり、北欧史研究の文脈で言えば「スウェーデン」理念の変遷っていうことが裏テーマ。僕は近世国家と近代国家との間に断絶説をとる者ではないので(…というか、スウェーデン、革命もないし全然断絶していないんで…)、ネイションステイト(あるいは19世紀スウェーデン)へつながる系譜を論じるものにもなるんだろうな。18世紀におけるスウェーデン国家の統合軸は「祖国」という言説によく見えると思うのだけれども、その「祖国」理念にたった自然解釈がリンネとその弟子の業績なんじゃないかと直感しているところがあって、この部分はこのあと検討しなければいけない部分。ここらへんは先行研究の動向を整理しているけれども、未だ曖昧。

今は「祖国」理念のような18世紀スウェーデンの統合軸がどのように生み出されてきたのかというところを詰めていて、それは17世紀スウェーデンの軍事国家としての勃興と挫折という経験を総括しなければならないですね。17世紀スウェーデンの総括というのは、研究史的にいえば一も二もなくM.ロバーツ以来の軍事革命論を総括するというふうに言っても良い。それは、今度の学会報告で披瀝しようと思っているのでここでは言及しませんが、「リンネの帝国」との関係で言えば、17世紀の軍事国家スウェーデンにおける資源動員のレトリックとなった「正戦論」のなかに近世スウェーデンの統合軸の源流をみようとしてたわけっす。史料としては王国議会での説教などをみていくといういつもの手ですが…なんだかありきたりの結論に向かいそうだけれども、そこらへんの話は来月の学会報告で披瀝します。

今月の「リンネの帝国」への道の詰めは、ゴールデンウィーク中の勉強にかかっているのです、正直なところ。というか、なんだか誇大妄想も行き着くところまでいってしまったような妄言で恥ずかしい。でも、ブログなんて書いている時点で厚顔無恥と思われているわけだし、ま、いいっか。ブラームスだって二十数年かけて壮大な1番交響曲を書き上げたわけだし。ゆっくりと。ぶっちゃけ、これくらい大きいほうが、なんだかおもしろうそうじゃない?

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