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2008年3月20日 (木)

スウェーデンとデンマークの間

スウェーデン出張から帰ってきて突っ走り続けています。昨日は国際シンポジウムが終わりましたが、ヘトヘトです。まずは東京や北海道など、遠方より足を運んでいただいた研究者のみなさん!みなさんの報告、質疑応答、興味深いものを頂きありがとうございました。今回、僕も報告もしましたが、みなさん、Keynoteで作成した美麗なプレゼンテーションをお楽しみ頂けましたか?

ロスキレ条約350周年じゃないけれど、僕は、「スウェーデンとデンマークの間」というテーマで、言語や宗教や歴史的記憶が似通っている二つの国家がなぜ一度とたりとして一つの国家に統合されたことがないのかを報告しました。格好良く言えば、二者の異化作用を促す背景は何かというテーマです。二者の相違を検証する際にその視座を二者間(自己と他者)という比較においてしまうと、「アイツとは宗教が違う、言語が違う」といった二項対立的比較しかできませんよね。だから、その視座にたってしまうと、スウェーデンとデンマークの異化を論じることはできません。そこで、僕としては、以下のような筋立てで論を組み立てました。

(1)まずはスウェーデンとデンマークそれぞれの文化的構成・政治的構造を腑分けしてみると、そこで見出される政治的・文化的要素のなかに、スウェーデンとデンマークの双方で共有されている要素があることがわかる。それら両者に共有されている政治的・文化的要素は、大陸ヨーロッパ世界を中心としてバルト海世界までを包含するヨーロッパ文明における普遍言語から横領・摂取された語彙である。(ここでいう言語や語彙は、論理や理念と言っても良い。)

(2)諸国家間と政治的・経済的・文化的競争を繰り広げるためには、大陸ヨーロッパ世界を中心としてバルト海世界にまで拡がるヨーロッパという舞台にスウェーデンやデンマークが参画する必要がある。ヨーロッパへの参画の際には、ヨーロッパ文明の参画者としてヨーロッパ文明で共有されている文化的コードを共有することが必要であり、それゆえに普遍言語の横領・摂取が行われてきた。

(3)普遍言語の横領・接収により個別言語によるスウェーデンとデンマークの政治・文化的構造は強化されるが、この個別言語による政治・文化構造の確立過程が両者の異化をもたらす。スウェーデンとデンマークが競争に参画しようとするヨーロッパ世界(あるいはその周縁であるバルト海世界)の政治力学上におけるデンマークとスウェーデンの立ち位置の違いによって、個別言語への普遍言語の横領をめぐる戦略は異なるものになる。それゆえ、ここにスウェーデンとデンマークの政治的・文化的構造の差異が生まれる。

以上の論旨を、12世紀のルンド大司教座の設置と分裂、15〜16世紀のカルマル連合の成立と分裂、19世紀のスカンディナヴィア主義の勃興と挫折などを事例に論じました。ローマ・カトリックや福音主義ルター派の宗教的語彙、歪曲された古典文明や市民社会の政治的語彙など、ことの詳細はここでは省略しますが、以上が僕の主張の骨子です。今回は、言語と自文化創生というテーマでしたから、このような話になりました。

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