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2008年3月28日 (金)

万能細胞としての「言語」の研究

ここ数日、新しい研究プロジェクトの草案づくりで籠もっています。いけいけ!どんどん!…といった感じです。世界言語研究センターで働いているとハッと目の覚めるような発言に勉強させられる機会が多くありますが、昨日は地政学プロジェクトで来てくれた特任助教のYさんから良い話を聞きました。(僕は言語学に詳しくないので語弊があったら申し訳ないのですが)「(認知言語学的に言えば)言語の定義は、それぞれの言葉のプロパティ(特性)の総体であるとしか言えない。」なるほど、示唆溢れる言葉です。

○○語は××文字で記述され、△△語族に属し…という定義は、確かに19世紀以来の「言語」を定義づけてきた基準で言えばそうとも言えるでしょうが、そもそも××文字といったような言い方はそうした基準が入ってくるまではまったくされていなかったわけで、そうした基準をもって実体的に「言語」を論ずることはできない。(これを仮に言語の存在論的検討としましょう。)

す、すみません…大学へ行く時間がぁ…この続きは仕事の合間に書きます…と思ったら、研究室に来てみたら、書いている暇がありません。ということで、今晩帰宅してから発言します。

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» 古谷先生へ [チュルクな日々:吉村大樹のウェブログ]
古谷先生のおっしゃられている「Y」とは、まさに僕のことだと思うのですが、この話はちゃんとすると長くなってしまって困るんですが、ちょっとだけ勝手に、あの時言いたかったことの補足をします。 「(認知言語学的に言えば)言語の定義は、それぞれの言葉のプロパティ(特性)の総体であるとしか言えない。」 ↓ 「(認知言語学的に言えば)ある言語Xと別の言語Yとの区別とは、音韻、形態、統語、意味、(文字表記を含む)社会的文脈といった点での様々なプロパティ(特性)の有無を用いてしかできない。」 音声やある状況... [続きを読む]

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