最近のトラックバック

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« Googleグループのススメ | トップページ | 引きこもる週末 »

2007年12月 8日 (土)

二つのスウェーデン農民観

やばい…寝ている暇などないのに、帰宅後寝てしまった。コンタクト入れたままだったので、目が痛い。それはさておき、昨日のスウェーデン史のゼミは、16世紀ヴァーサ朝成立当時のスウェーデン農民に関する二つの報告が学生からなされて、それが実に興味深かったです。

一つは、グスタヴ1世ヴァーサ時代の農民生活の一年間のサイクルや農民の余暇などに関する報告。出典はおそらく、グスタヴ王の義理の弟にあたるPer Braheによって書かれたOeconomia eller Hushållsbok för ungt adelsfolk にある叙述。これは、ヴァーサ家との姻戚関係を基盤に当代きっての権勢を誇った家門であるブラーエ家にりょう若き貴族子弟むけの家政指南書。当時のスウェーデン中央において領地経営に求められた知見が整理されているもので、ここに領地農民に対する接し方なども触れられている。(…はず。僕自身がまだ原典にあたってないので、未確認だけど。)

もう一つは、有名なオラウス・マグヌスによる北方民族誌に見るスウェーデンの農民生活と森に関する報告。こちらの出典は、グスタヴ王が断行した宗教改革の結果、イタリアへの亡命を余儀なくされた後のウップサーラ大司教オラウス・マグヌスが、ローマ・カトリック世界にスウェーデンのカトリック教徒の窮状を訴えるべく、北方の風俗・生活・自然などを紹介する目的で叙述されたもので、16世紀に至るまでの農民生活に関して百科事典的に多岐に渡る項目が詳細に描かれている。(初版はラテン語だけれども、谷口幸男先生による記念碑的な邦語訳あり。)

で、16世紀当時の農民生活がどのようだったかという事実認定というよりは、ほぼ同時代に描かれた農民生活に関する叙述の視点(あるいは描かれ方)が、筆者の立場によって異なることが推測され、二つのゼミ報告を聞きながらこの点に気がついたとき、睡眠不足で死んでいた灰色の脳細胞が一気に活性化する感覚を覚えました。つまり、前者はヴァーサ家を支えたブラーエ家の視点。もちろん、実際にあった農民生活を参考にして書かれたとは思うけれども、新たに形成されていくヴァーサ王権を頂点としたルター派国家において国家エリートに属する視点から、監督に資する担税農民の暮らしぶりの理想的モデルが整理されていると言えるわけです。

これに対してオラウス・マグヌスのほうは、従来その多岐に渡る項目の内容が客観的であるとの評価もないではなかったが、あらためて読んでみると「北では○○○であるが、これは南のイタリアでは×××であって(異なる)」といった叙述箇所が多く、意図的に大陸のローマ・カトリック世界とは異なる北方世界の独自性が誘導されていることに気がつきます。なるほど、17世紀後半にO.ルードベックがゴート主義を体系化していく際に、オラウスの叙述を一つの根拠としていることがよくわかります。となれば、意図的な北方民族の独自性の構築というオラウスの動機を踏まえて、僕たちはこの北方民族誌をあらためて読み直す必要があるでしょう。

さてさて、昨日のゼミは、そうしたヴァーサ朝スウェーデンの国家中枢にあってオーソドクスとされていく農民観と、ヴァーサ朝体制から除外されていった者による農民観がはからずも対比されたということです。これらの報告をしてくれた二人の学生さんは、是非この内容をそれぞれ深めて、できれば二人ワンセットで整理されたら実に面白いと思う。ルター派国家とカトリックの双方からスウェーデン農民がどのようにイメージされていたかを比較するなんていう研究は、スウェーデン本国では全くなされてこなかったと思います。

で、そうした研究をするには意義があります。近世スウェーデン国家は、カルマル連合の自立を果たした「農民」叛乱の延長線につくられたものとして、国王は「農民」共同体の指導者として権力の正統性が与えられ、「農民」という存在に立脚しながらバルト海覇権の基盤を形成していきます。ここでいう「農民」とは何か?もちろん実態としてではなく、国家経営に資する理念化された「農民」像でありますが、その原像は、まさに昨日の報告にあったヴァーサ朝草創期につくられていったものと言えるでしょうね。

今年のスウェーデン史ゼミがひと味違うのは、学生たち自身による問題設定もさることながら、常に原典(二次文献ではなく可能な限りスウェーデン語による一次史料)にあたりながら史実を解釈していこうとする傾向が、学生たちの報告のなかに醸成されていることです。単なる二次文献の紹介ではありません。これは一学期に、現在のスウェーデンで教えられている歴史方法論をもとに、「歴史学の作法」を議論した結果なのではないかと思っています。

(だからこそ、教養課程(あるいは共通教育科目)でしっかりと歴史学方法論(あるいは史学概論)を教授し、勉強しておく必要があるんだ!四年生でしっかりとした卒業論文をものにしようと思うなら、一年生のときに受ける史学概論こそが実はもっとも大切な授業なんじゃないか!う〜ん、阪大でやらせてもらえないかな〜。)

スウェーデン語の史料を使いながらスウェーデン史を解釈していくなんてゼミは、おそらく…いや絶対に今の日本ではここ大阪大学外国語学部だけの話。学生のみんなが苦労して習得したスウェーデン語が、歴史学の方法論に従ってうまく活かされているようで…だから、先生、心の底からうれしかったよ。

« Googleグループのススメ | トップページ | 引きこもる週末 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 二つのスウェーデン農民観:

« Googleグループのススメ | トップページ | 引きこもる週末 »