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2007年11月13日 (火)

琉球人か、倭人か

史学雑誌の第116編第10号に所収されている渡辺美季さんの「琉球人か、倭人か」、面白かったです。夷人の審問過程をもとに明朝による琉球人と倭人との判定問題の検討から、広域秩序の変革期にあって、境域に生きる者の帰属性に関する問題が論じられています。僕自身、近世バルト海世界の抗争においてスウェーデンとデンマークの狭間で揺れたスコーネの帰属性について関心があって、常々「これって国史でいえば、琉球だよな」と思っていました。渡辺さんの論考は、そうした僕の関心に合致する論考でした。この論考は、近世東アジアの明朝を中核とした広域秩序が弛緩するという大きなコンテクストのうえで、まずはその中核の視点から夷人の帰属性の認定問題を論じています。僕自身、スコーネとスウェーデンの帰属性の問題を論じる際に、前者の視点、つまりスコーネに生きた者の視点から「自らは何者なのか」を検討するのは大変困難で、それゆえにここ数年は、後者のスウェーデン中央の視点からスウェーデン王権を頂点とするバルト海広域支配圏(…この広域支配圏を従来「バルト海帝国」と便宜的に呼んできましたが、最近は僕自身は意図的にこの呼称を回避しています…)に属する者の帰属性を、「祖国」概念だとかに注目しながら検討してきました。広域秩序の変革にあって、その中核にある存在が正統性を示し、その正統性に従って帰属性を設定する過程があるわけですから、中央からの視点に立った論考はわかりやすい。しかしながら残された問題は、実際に帰属していった側の意識の問題で、この点は渡辺さんも結論の最後で今後の課題に挙げられており、その点今後のご研究の発展がとても期待されるところです。で、それは同時に僕の課題でもあります。軍事革命論に決着をつけたら、ぼちぼちスコーネに戻ろうかと思っています。僕の場合は、ここ数年、聖職者関連の史料をおいかけてきたので、ついでにスコーネでのカテキニズムの話などおいかけ始めています。ひさしぶりにむさぼり読みました。

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