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2007年11月

2007年11月30日 (金)

県の中心で愛を叫ぶ

笑いが、人がそれぞれに常識だと理解している各人の価値体系のズレや逸脱から引き起こされるものだと理解するならば、毎週木曜日に帰宅したときにテレビで目にする「秘密のケンミンSHOW」という番組は、そうした笑いの構造を納得させる秀逸なバラエティーだと思う。各都道府県・地方出身者が抱いている常識とそれ以外の出身者が抱いているイメージのズレから引き起こされる笑いは、悪のりや内輪うけといった手法でみられる笑いの理由を共有できないしらけたものとは異なって、一つ、一つの笑いの根拠が自分のもつ価値とのズレにあることを納得できるので、屈託なく笑うことができる。番組の締めで各県の美人ママさんを紹介する「ケンミンの名は?」でのみのもんた氏一流のかけあいも好きだけど、僕はとりわけ生粋の東京都民・東 京一郞が恋の旅人となって各県の美人とご当地をめぐる「県の中心で愛を叫ぶ」というコーナーが興味深い。このコーナーはご当地美人がガイドとなって当地を紹介するものだから、一見すると、そこで紹介される言葉や習慣、名所の一つ一つが興味深いということで終わってしまうコーナーだ。しかしながら、僕はこのコーナーでガイド役になる各県の美人さんが「今週はどんな人だろう?」と楽しみにしてしまう自分がいることに気がついた。自分のなかに生まれるこの感覚は、このバラエティー番組の依って立つ笑いの構造上、不思議なことだ。つまり、この番組は「日本」という一元的な名辞の裏に隠された地域性の複合という実態に依拠した出身地間のコードのずれに笑いを求めているはずなのに、このコーナーでは紹介される場所をかえても「美麗な人を好む」という感覚は普遍的なものだと意識させられるからである。となると、個人の認識の枠内では個別的価値と普遍的価値というものがそれぞれ別個に認識されているものだということも、この番組を通じて想起させられる。滑稽さを醸し出すために、あえて小難しい言葉を並べ立てて論評してみたけれども、要は何処にも綺麗な人はいて、その魅力には抗いがたいということ。そんなこんなで、この番組はおもしろいですよ。

2007年11月29日 (木)

ラディカルな講読の授業

学生との授業はいつも楽しくてついつい時間が経つのを忘れてしまいます。どの授業も楽しいのですが、とりわけスウェーデン語の講読の授業は、僕自身のスウェーデン語の勉強にもなりますし、楽しいです。講読の授業というと、辞書とテキストのにらめっこで逐語訳…ってイメージが強いと思いますが、それをどう楽しくするか。これは教員としてはひとつのチャレンジです。テキストの内容を面白いものにして、楽しい講読の時間にする。これはよく試みられていると思います。例えば、スウェーデン語を使ってスウェーデンの勉強をするのは当たり前すぎる(誰でもできる)と思うので、僕は、スウェーデン語を使ってスウェーデンで受容された日本イメージと日本文化なんてテーマで、日本のことも勉強できるような、そんなテキストを選んできました。今は、スウェーデンにおけるジャポニスムに関するスウェーデン研究者の論文を読んでいます。昨日などは、延々と「金唐革」と「金唐革紙(擬革紙)」を議論していました。

("gyllenläderstapeter"なんて単語は、(そもそもスウェーデン語の辞書に載っていない合成語だけれども)ふつうに訳してみたら、「金」の「革」の「壁紙」になるわけですが、この単語の前に"imiterade"という言葉があると、ヨーロッパ伝統の宮廷などを豪奢に飾った「金唐革」になる。(19世紀後半に和紙でもってイミテーション生産されたものならば、「金唐革紙」。)やはり、日本のことをきちんと知らないと、こんな訳にはたどり着かないですね。

「金唐革紙」は、本郷あたりに詳しい人ならば旧岩崎邸の洋館の壁紙として用いられている壁紙として知っているかもしれません。そもそもスウェーデンへのジャポニスムの受容過程はフランスからダイレクトに伝わったものではなく、W.バージェスやE.W.ゴドウィンといったイギリスのネオ・ゴシック主義の建築家やC.ドレッサーのようなデザイナーらによって形成されていったアングロ・ジャパニーズという流行を受けて、Libertyあたりで生産販売された金唐革紙などの「日本風」商品を通じてイギリス経由で入ってきているらしい。)

このような「目から鱗が落ちる」ような体験ができるのも、面白いテキストがあればこそなのだけれども、いつもそういう場合とは限らない。とりわけ、高度に客観的な内容を伴うスウェーデン語の学術的文章をテキストとして選ぶと、学生のみなさんはそれを逐語訳するので懸命で、そのテキストからあふれ出る様々な興味深い情報まで予習はたどり着かない。例えば、今読んでいるテキストも、金唐革紙だとか、アングロ・ジャパニーズだとか、バージェスだとか、ゴドウィンだとか…果ては産業革命以降勃興しつつあった新興ブルジョワ層の嗜好だとか、それに伴うヴィクトリアン様式の流行だとか…挙げればきりがないけれど、「スウェーデンとか関係がないから調べなくてもかまわないだろう」と思われるような事実の一つ、一つが実は面白い内容を含んでいて、それを知ってこそはじめてスウェーデンのジャポニスムに関するテキストの内容を理解できるわけです。

(それに、文字ばかりのテキストだと、なかなか視覚化されたイメージを得にくいところもありますね。アングロ・ジャパニーズのデザインの特徴なんて、「日本の家紋に見られるような文様や松や鳥が配された曲線状のモチーフが雲などとお互い絡み合って刻まれている」なんていうスウェーデン語の文章が出てきたときに、いったい何を言っているのか全くわからないわけだけれども、こんなのは金唐革紙の写真を見れば瞬時に内容を理解できる。)

そこで思いついたのが…というより妄想したのが、以下のような講読の授業スタイル。

設備条件として、各机にネットワークに接続されたPCのあることが大前提ですが、テキスト一切なし、辞書一切持ち込みなしの講読の授業。その日のこちらの気分で、ネットを開いてスウェーデンのマスメディアだとか、官公庁とか、大学・研究機関だとかのホームページを開いて、「はい、今日は、このテキストを読んでみよう!」とテキストを選択。で、しばらく時間を与えて、ネット上にあるレファランスサイトをはじめとする情報源を駆使してもらって、その場で訳してもらい、授業の後半で邦語訳の発表。情報は、スウェーデン語の単語の意味だけでなく、画像・動画も含めた様々なデータを駆使すれば、訳の内容とテキストの理解も深まるだろうし、何よりスウェーデンとかに行っていつも辞書とか抱えているわけではないから、ネット上の情報を駆使してテキストを理解する術を身につけたほうが、実践的…かな。

なんて感じの講読の授業を、夢想しますが、あまりにラディカルすぎるので、きっと却下…だな。

2007年11月28日 (水)

阪大外国語学部デンマーク語・スウェーデン語専攻の学生のみなさんへ!

長らく故障したまま放置してあった共同研究室のPCですが、いつまでも共同研究室でPCが使えないのはみなさんにとって不利益であると思い、僕が研究室で使っていたMac mini(液晶モニタ、Appleのキーボードとマウス)を共同研究室へ移設しました。現在設定の最終段階ですので、いましばらくお待ち下さい。

さて、問題がいくつかあります。これは、みなさん自身で解決してもらいたい問題です。

一つ、Mac miniですから、当然OSはMacOS Xです。Windowsではありません。しかし、もはや時代は、WindowsやMacといったOSレベルの違いで「できる」ことと「できない」ことが別れる時代ではありません。要は、自分がどういった作業をそのコンピュータを使って成し遂げたいのかということであって、それを到達するための手段はネット上の情報を自ら検索して、自らの力で見出してください。

「Windowsではないから、作業ができない。」とは答えになりません。なぜならば、かつてコアなWindowsユーザであった僕は、今はMacだけで仕事が完全にできているからです。

二つ、キーボードは英語キーボードです。僕はデザイン上の無駄が嫌いなので、無駄な仮名文字が印字されている日本語キーボードを使ってきませんでした。英語キーボードでもって日本語を入力する際の方法。これも、ネット上で検索してみてください。容易に手段が見つかるはずです。みなさんは、デンマーク、スウェーデンのことを勉強している我が国でも選ばれた学生です。いずれはデンマークやスウェーデンへ留学して、むこうの言葉のキーボードで日本語入力をすることになる人もいるでしょう。

なぜ言葉を話したり、読んだり、書いたりする勉強ができるのに、言葉を操る道具の扱い方ができないというのでしょうか。大丈夫、簡単なことです。みなさんなら、きっとできますよ!

2007年11月26日 (月)

地域研究VIII

関西外大のみなさん!今日の授業ですが、僕の体調が悪いので休講にします。今日は、授業の後の夕食会も予定されていたにもかかわらず、本当に申し訳ありません。補講の日程、夕食会の日程は来週話し合うことにしましょう。すみません。

2007年11月19日 (月)

現代北欧地域論4b

明日の北欧史の講義の講義ファイルをアップします。とはいえ、先週の講義ファイルを明日の授業では必ず持参してください。よろしくお願いします。

11月20日の講義ファイルをダウンロード

地域研究VIII

関西外大のみなさん!遅くなってすみません。今日の講義ファイルをアップします。今日から、北欧の世界遺産へと話をシフトします。どうぞお楽しみに!

11月19日の講義ファイルをダウンロード

『ベオウルフ』

全く知らないでいたのですが、この冬、ロバート・ゼメキス監督による映画『ベオウルフ』が公開されるそうですね。(かつてのクリストファー・ ランバート主演のものが翻案もので…な内容でしたから)『指輪物語』が映画化された頃から、巨人とかドラゴンとか、バンバン登場しちゃうあんなテイストでいつか再び来るだろうと思っていたら、案の定。ベオウルフは古英語の作品でも、その出身はスウェーデン、その活躍の場はデンマークですからね〜。アンソニー・ホプキンスがフロスガル王を演じているんですね…これは期待。学生のみなさん、どうぞよろしく〜。

ナショーンを調べていたら…

来週、京都で開催される某研究会で報告することになっています。阪大世界言語研究センターの研究員らしい報告を準備しようとしていて、何気なくPeter Burke, Languages and Communities in Early Modern Europe, Cambridge 2004を読んでいたら、最後の最後で近世スコーネにおける言語事情の言及に行き着き、その注釈を見たらHarald Gustafssonが個人的にPeter Burkeにこのときはまだ公刊されていなかった"Att göra svenskar av danskar?"(現在は、Da Østdanmark blev Sydsverigeに所収)を送っていたことが判明!しかも参考文献にはJens Lenbomの博論も挙げられているではないか!(あの論文、僕も2004年にケンブリッジで研究合宿をする前にスウェーデンに立ち寄ったときハラルドからもらっていた。ハラルド、そんなこと一言も言ってなかったけど。)しかも、スウェーデン語で言及されている!Burke先生はいったい何カ国語を理解されるのでしょう!こんな話に出くわすと、今度の報告、ゴート主義に見る近世ナショーン理解の特質を論じようと思っているのですが、やる気になってきました。

2007年11月16日 (金)

北欧文化特殊研究I

北欧の地誌の講義に出席されているみなさん!第一回目のグループ報告会のプレゼン資料をアップロードします。パスワードは「内密に」ということで。一応、再来週にクロンボーの報告をお願いします。

西ノルウェーのフィヨルド群をダウンロード
リューレオのガンメルスタードとサーミの地域をダウンロード
クロンボー城をダウンロード

2007年11月13日 (火)

境域を論じる

先の発言に続く発言です。現在の北欧歴史学界(というか、とりわけオレスンド/エアソン・リージョンの研究者たち…彼らにデンマーク、スウェーデンの研究者たちと言ったら「アナクロ!」って一笑に付されそう…)で頻繁に掲げられるテーマがあって、それは"över gränsen"という言葉に集約されます。直訳すれば、脱領域(あるいは脱境界、「境界を越えて」)。もはや世界観に中心点・固定点をもてなくなった現代社会において、あたかも浮遊するかのごとく生きている私たちにとって、「自らは果たして何者なのか(あるいは何者だったのか)」という問題設定は、存在論的にも認識論的にも時代が求める必然的関心だと言えるでしょう。それゆえに、琉球人か、倭人かという問題も現在性をもって論じられうるテーマだと思うし、世界中にいろいろと比較可能な対象があるでしょう。北欧でもスコーネや南ユランをはじめ、大陸でもピレネーやアルザスなど枚挙にいとまがないし、最近、個人的に関心をもっているものとしては、(また最新のニュースでも話題になっている)パキスタン・アフガニスタンの間のパシュトゥーンの帰属性の問題だとか、面白そう。境域、あるいは従来の世界構造にあって中心点からみて狭間とされた地域の帰属性を論じることは、逆にこれまで中心点とされてきた世界の中心性を逆照射することになるのだから、現代的に論じる意味は大きいと思います。そういえば、ぼくもそろそろ青年と中年の境にさしかかりつつある年齢になりました…ってところで、ニッチな境域史研究会でもたちあげてみるのも、悪い話ではないですね(笑)。(北欧史的に言えば、デンマークってのは、狭間と狭間に挟まれた狭間って…語義矛盾おこした表現で恐縮ですけれど、面白い対象になりえますね。北の世界と大陸の世界との狭間としての南ユラン、北の世界における中心点をめぐるスウェーデンとデンマークの狭間としてのスコーネ。国の南と東で帰属性をめぐる問題にあふれている。帰属性が多義的・重層的な地域の狭間にあったデンマークそのものってのは、一体どのように意識されてきたのでしょうかね?面白い問題です。)

琉球人か、倭人か

史学雑誌の第116編第10号に所収されている渡辺美季さんの「琉球人か、倭人か」、面白かったです。夷人の審問過程をもとに明朝による琉球人と倭人との判定問題の検討から、広域秩序の変革期にあって、境域に生きる者の帰属性に関する問題が論じられています。僕自身、近世バルト海世界の抗争においてスウェーデンとデンマークの狭間で揺れたスコーネの帰属性について関心があって、常々「これって国史でいえば、琉球だよな」と思っていました。渡辺さんの論考は、そうした僕の関心に合致する論考でした。この論考は、近世東アジアの明朝を中核とした広域秩序が弛緩するという大きなコンテクストのうえで、まずはその中核の視点から夷人の帰属性の認定問題を論じています。僕自身、スコーネとスウェーデンの帰属性の問題を論じる際に、前者の視点、つまりスコーネに生きた者の視点から「自らは何者なのか」を検討するのは大変困難で、それゆえにここ数年は、後者のスウェーデン中央の視点からスウェーデン王権を頂点とするバルト海広域支配圏(…この広域支配圏を従来「バルト海帝国」と便宜的に呼んできましたが、最近は僕自身は意図的にこの呼称を回避しています…)に属する者の帰属性を、「祖国」概念だとかに注目しながら検討してきました。広域秩序の変革にあって、その中核にある存在が正統性を示し、その正統性に従って帰属性を設定する過程があるわけですから、中央からの視点に立った論考はわかりやすい。しかしながら残された問題は、実際に帰属していった側の意識の問題で、この点は渡辺さんも結論の最後で今後の課題に挙げられており、その点今後のご研究の発展がとても期待されるところです。で、それは同時に僕の課題でもあります。軍事革命論に決着をつけたら、ぼちぼちスコーネに戻ろうかと思っています。僕の場合は、ここ数年、聖職者関連の史料をおいかけてきたので、ついでにスコーネでのカテキニズムの話などおいかけ始めています。ひさしぶりにむさぼり読みました。

2007年11月12日 (月)

現代北欧地域論4b

阪大外国語学部のみなさん!明日の北欧史の講義ファイルをアップロードします。よろしくお願いします。

11月13日の講義ファイルをダウンロード

地域研究VIII

関西外大のみなさん!今日の講義ファイルのほう、なんとかアップロードできました。遅くなって申し訳ありません。5時間目にお会いしましょう。 11月12日の講義ファイルをダウンロード

2007年11月 6日 (火)

Bar Quintaのこと

ども。気がついてみれば、よしこんと比べられると二味ほど(おそらくマイナス気分にさせてしまう)後味の悪いブログを書き連ねている者です…(笑)。そんな気分の皆様がいらしたら、ぜひ一度足を運んでもらいたいお店をご紹介!もう、かっとび、本当に楽しい気分になってしまうお店です!

で、そちらは北新地に10月にオープンした「Bar Quinta」というお店!ここはスペインにあるバルテイストなお店で、北新地のスエヒロの裏手すぐにあります。こちらのお店は、バーアルテミスでバーテンダーをされていた萬川さんが独立されてオープンされたお店。北新地とはいえ、萬川さんの気さくなお人柄もあいまって、お店の雰囲気・照明ともに明るく入りやすくて、肩肘はらずにゆっくりと時間を過ごすことができる〜、ル〜、ル〜!

萬川さんといえば、スペインでヴェネンシアドールの修行をされ、その資格をお持ちであるということでその筋では知られていますが、こちらのQuintaは、とにかく様々な種類のシェリーが置かれています。そして、バルに見られるタパスが可能な限り北新地の地に実現されていて、いつ伺ってもおいしい一品料理が数多く用意されていて、その日の気分とお酒にあわせてあれやこれや注文できます。(さらにバルというからにはお酒を飲まずとも、例えば、コーヒーだけでもいけてしまう!)それでいて、おいしいお酒とお料理を頂いても、実に良心的な値段設定である点、これは特筆に値すべきことで、「気さくに楽しんでもらいたい」という萬川さんの心意気たるや、よし!

Quintaはいろいろな意味を込めてつけられた名前だそうですが、そのなかでも僕の記憶に残っている意味は、かつての四大元素説に立った場合、五番目に見出されるべき完璧・完全なものというもの。なるほど、イベリア半島で、錬金術で、蒸留で…そしてヘレスで、カディスで、大航海ってわけですか。ヘレスで、カディスで、大航海…なんだか、語呂が良いですね。かつては、スウェーデンから中国広州にむかった東インド会社の大船団も、必ずカディスに立ち寄って船荷を整えていきましたからね〜。シェリーとカディスがつなぐ世界…って、こんな話がさりげなくできてしまうのも、Quintaの懐の深さ。

もしコンパなどで使っちゃう3000円〜5000円くらいの軍資金があるならば、それをもってこのお店に繰り出し、スペイン風のバルの雰囲気を味わうのも良いのではないでしょうか。とはいえ、みなさん!居心地よく、食事もおいしく、楽しい気分に浸れるとはいっても、シェリーの飲み過ぎには注意です。なにせかつての大航海を支えたアルコール強化型ワインなのですから…大後悔しないようにね(自戒の念を込めて。)。

2007年11月 4日 (日)

物欲の神、降臨

先々週、科研申請の執筆と授業と会議とでヘトヘトになって帰宅した深夜、意識朦朧とする僕の下に突如として物欲の神が降臨召され、神の見えざる手が僕に衝動買いを求めました…いえ、思わず、ポチッとネットで衝動買いしてしまいました。ピアノです。とはいっても、電子ピアノですが。

最近、バイオリンをしている息子がピアノにも関心を寄せているので、「いずれはピアノでも…」と思っていましたが、あの晩たまたまボーッとネットで見てみると電子ピアノが意外と安い。で、安価ながら評判の高いヤマハのYDP-151という機種を、「えぇい、ままよ」と深夜にご購入とあいなった次第。(妻は、僕の文学的感性には疑いの目を向けるけれども、買い物に対する「嗅覚」には信頼を置いてくれている…経験の差ですよ。)

実際に鍵盤のタッチや音などを確認することをしなかったので、これまでの衝動買い人生のなかでは冒険の度合いの高い買い物でした。しかし届いてみれば築30年以上のおんぼろ官舎に置いて、子供が練習するには十分すぎるものでした。電子ピアノとはいえ、数十キロもある重さで安定感がある。僕はただ一点、鍵盤のタッチだけが気になっていたのですが、重みのあるしっとりとしたタッチはピアノそのものといった感じで、ちゃんと連打もできる。どうなっているのだろう…本当によくできているなぁ。

僕は耳があまりよくないので、音についてどうこうは議論できません(笑)が、プリセットされている50曲あまりのクラシックの名曲を自動演奏させていると、普段CDで聞き慣れているのとは全く異なるふくよかな現実味のある音。そりゃそうです。目の前のピアノそのものから音が鳴っているのですから。(詳しくは、このブログとほぼ連動する形で古谷家の日常を伝えるよしこんのブログを参照願いたいのですが、このプリセットされた曲目にある「舟歌」をめぐって、普通「舟歌」といえば、それは八代亜紀なのか、ショパンなのか、「舟歌」論争が勃発しました。プリセットされていたのはチャイコフスキーらしいのですが。)

今は高価なオルゴールとして自動演奏させまくっていますが、気分転換に数十年ぶりにピアノを演奏してみるのもいいか…と思わせてくれる買い物でした。物欲の神様、ありがとう。

Leopard入れてみました!

新しいもの好きな僕は、先週金沢から帰阪して(科研申請があるから「慣れたPC環境が必要だ」なんてことお構いなしに)、バックアップをとる時間さえ惜しんで…つまり、なんの予防措置をとらぬまま新しいOS、MacOS X Leopardを一気呵成にインストールしてしまいました。「これでダメなら僕の運もこれまでよ!」って感じで、バックアップとらずに環境更新に挑んだわけですが、決してそんなまねはしないでくださいね。で、DVDを入れ数回クリックして1時間少し待つただけで、自動的に、これといった問題もなくインストールが終わってしまったのですが、OSのメジャーアップデートだというのに、新しいOSになっても動作が軽快であるのは、さすがMacOS Xといったところ。OSのメジャーアップデートの可否を、ハードウェア性能に多く依存するWindowsとは全く異なります。

さて、アップデートしてみて便利な点、不便な点はいろいろとあるのですが、総じて不便な点よりも便利になった点を多く感じているので、今回のアップデートには満足しています。一言で言うと、今回のアップデートは、仕事の効率化を図る最大限の可能性が示されているものと思います。例えば、ファイルの内容を当該アプリケーションを起動させなくても確認できるQuickViewは、便利このうえない。メールについても、メールの文章からスケジュールに関する日時の情報を読み取り、iCalと連動してスケジュール管理ができる点、実に効率的です。Safariやテキストエディットといった既存のアプリケーションのアップデートもなされており、とりわけブラウザはSafariだけで十分かなと思えるようになったのでFirefoxなど捨てました。PDFを直接編集できるようになったプレビューもよい。それから、ネットワークとの接続と連携は、これまで以上に自然と無意識のうちに行えるようになりました。家庭内のネットワークにあるHDDやプリンタとの共有は、AirMac Extremeを媒介させていることもあるけれども、ローカル環境で使っているのと同じような感覚で使えるようになりました。

現状では、サードパーティのアプリケーションがLeopardに対応していないもので問題が起きています。頭を抱える最大の問題は、Adobe Acrobat。どうやらこれのプリンタドライバがLeopardとうまく連携できていないようで、Acrobatを経由してPDFを作成することができないでいます。この問題には、LeopardデフォルトのPDF作成・編集の機能をつかって急場をしのいでいますが、Adobeは高価なソフトですから、早々に対応してもらいたいものです。そもそも、OSのアップデートに際して、それまで設定していたプリンタドライバの設定がすべてなくなったということからして、印刷機能に関連するソフトウェア群は、Leopardではうまく動いていないという感じがします。例えば、ラベル・名刺作成ソフトのラベル屋さんなど。これは全く起動しません。

というわけで、メジャーアップデートだったとはいえ、これまでのところ大きな問題もなく快適な環境は継続されており、無事に科研申請もLeopardに載せ替えたMacBook Proで終えることもできました。本当のところを告白すると、気分転換を目的としてLeopardへのアップグレードを図ると、このブログでも宣言していたわけで、もう少し問題らしい問題が起きてその解決を云々と試行錯誤するほうが、仕事を忘れることのできる「気分転換」になったのかも知れません。逆説的な言い方になりますが、そうした「気分転換」の時間を与えないほどのあっけないアップグレード…仕事をするうえでストレスのない環境が、継続的に確保されているという結論が一番なのでしょう。使い込む時間が増えれば、いろいろな短所や長所も見えてくるでしょう。そうしたことがでてくれば、またこちらで発言します。(しかし15000円程度の出費で、この新しい環境ならば、買いですね〜。)

結婚式って本当に楽しいですね

先週末は金沢で、今週末は大阪で結婚式に参加しました。金沢は妹の結婚式、大阪は僕がゼミで指導した学生の結婚式。いや〜、結婚式って本当に楽しい、楽しい、楽しい!しかも前者は前田利家公を祀る尾山神社での神道形式での式、後者はキリスト教形式での式ということで、その比較もおもしろかったですね〜。(また後で。)そういえば、来年2月で僕らのところも結婚して10年になります。僕らの式もかなり楽しかったですよね?>出席された皆様

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