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2007年9月19日 (水)

大阪外国語大学における研究の歩み

先日某所で、「先生のブログ、ぼちぼち多くの人が読んでいるらしいのに、最近更新されていませんね。」と指摘されました。「先生のブログは、息抜きとして書かれているんですよね。」とも指摘されました。そうでした、そうでした…このブログは、多忙な日々の仕事のストレス発散と逃避の場でもありました。ということで…ぼちぼち復活。もちろん、仕事はすすめていますから、関係者のみなさん、今しばらくお待ち下さい。

で、なんていうのかな…今日も公務で大学に詰めています。(統合はまだなされていませんし、9月末日で大阪外大が終わるのではなく、10月1日以降も阪大外国語学部として続くのです。統合はおわりではなく、すべてのはじまり。)

昨日は、ようやく「大阪外国語大学における研究活動の沿革」を書き上げました。これまで僕が室長代理を務める研究推進室は、大正10年(1921年)から平成19年(2007年)までに大阪外国語学校・大阪外事専門学校・大阪外国語大学から刊行された著作物を網羅的に収集した刊行物目録の作成を進めてきました。今回、僕は、この書誌データベースに掲載された約9400点の情報を基に、大阪外大の組織の沿革も適宜触れながら、80年以上におよぶ研究活動の流れを概観しました。

その内容は、9月末に発行される『大阪外国語大学論集最終号 大阪外国語大学研究推進室編 大阪外国語大学刊行物目録』を見てください。海外実務者養成を目的につくられた教育機関であって、研究機関としての体制が整備されていなかった本学(…ついぞ、そうした全学的な研究体制は完成に至らなかったわけですが…)が、研究者それぞれが属する語科・専攻語・講座単位で多彩な研究実績を残すようになった過程、各語科・専攻語による研究活動は言語・文学・歴史学など様々なディシプリンをもつ研究者が少数ながら集まることによって、それぞれの言語圏に関する我が国でもそれぞれがほぼ唯一の総合研究を実践してきたこと、一般教育にあたってきた研究者あるいは平成5年(1993年)の学科改組後は国際文化学科の研究者の知見が加わることによって、各語科・専攻語が行ってきた言語・言語圏を討究する個別性重視の研究に、普遍性追求の態度が加わり個別と普遍、実践と理論が研究活動にみられた過程などが整理されています。

大阪外国語大学には、平成4年(1992年)に公刊された『大阪外国語大学70年史』があるのですが、この統合を機会これを補遺する企画は一切耳にしていません。従って、今回の拙文が唯一大阪外国語大学の80有余年にわたる歴史を回顧する文章になる可能性が高い。(ただし研究活動面に限った回顧ですけれど。)

夏休みの一つの大きな宿題をやり終えた感じですが、一言。今は大阪外大の一員としての強い自覚をもって仕事をしている僕ですが、僕はもともと大阪外大の出身者ではありません。外部から来た人間だからこそ客観的にこの大学の歴史を回顧できたという部分もあるかもしれません。けれども、大阪外大出身のみなさんにとっては、自らの大学の歴史を総括するような大切な仕事をこんな人間に任せてよかったのでしょうか?この仕事に関しては書き終えた今でも、「大阪外大の人にとっての母校への思いとは、どのようなものだろう?」と心にひっかかるものがあります。

守るべきものがあるならば、自ら(時には命がけで)それが守るに値する価値があることを証明する必要があるんじゃないかな。それをこの僕が…それでよかったのかなぁ?統合は終わりじゃなくてはじまりでもあるんだから。「どうせだめなんだ」とあきらめるのは簡単だけど、ここは一つ、「それがどうした」くらいの気概をもって未来志向で主張していけばいいんじゃないかな。今は大阪外大の人間という強い自覚をもって、大阪外大のために骨身をけずって日々生活している者としての言葉です。

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コメント

はじめまして。googleで検索していたらなかなか興味深いblogでしたので読ませていただきました。

私は、外大の卒業生です。英語専攻なんですけど、先生の所属されていた中北欧のほうの専攻になります。(ゼミがT先生の商業英語のとこだったので、イギリス専攻なのです)

結局、外大は阪大に吸収されてしまいましたが、外大出身の先生方は何にもならなかったんでしょうかね?

同窓会にしてもそうですけれど、同窓生には企業の偉い方や学者の偉い方も大勢いるでしょうし、せめて、なくなる前に、どデカイイベントなんかをやれなかったのかなぁと。

合併しか道がなかったのならば、仕方がないことですが、せめて外大の最後を、盛大に見送ってあげる方法を見つけて欲しかったですね。

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