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2007年7月15日 (日)

【ミネルヴァの関係者の皆様へ】近世軍事革命論、もう少しです!

今日はシベリウスなど聞きながら論文を書いています。体調がまだ万全でありませんので、この連休に予定されていた研究会などの予定は一切キャンセルです。しかし、こうしてコーヒーの香りをくゆらせつつ、クラシックを聴きながら歴史を想像する時間は最良のものです。

(シベリウスはバルビローリとハレ管のものですが、iTunesでリッピングしてみると、なんとなく音質が堅く、アンサンブルも粗が見えますね。それから、最近入手したシャイーとミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響の『プッチーニ・ディスカヴァリーズ』。これは、プッチーニの知られざる曲が集められていて、実に面白い。ルチアーノ・ベリオ版の『トゥーランドット』の終幕は、聞き慣れたアルファーニ補作版の絢爛豪華さと比べると後者の印象が強く耳に残っているために、ベリオ版の無常な世界には拍子抜けするけれど、そのほかにも乾電池発明100周年を記念して作られた『電気ショック』行進曲とか、『ラ・ボエーム』のテーマを編曲した『シチリアの軍艦行進曲』とか、おもしろすぎ。)

で、体調不良のためしばらく放置せざるを得なかった「近世軍事革命」論に関する論文に、再び手をつけています。戦術面を重視するロバーツあるいはそれをうけたパーカーの議論は否定されるものになるでしょう。もちろん、軍事が近世ヨーロッパ世界の変革を支えた一局面であるという観点には代わりはありません。だから、ブラックのように戦術の変革を支えた国家経営の変質に目を払うことが、軍事革命論の新たな姿となる。

この所説を補強するには、ウェーバーやヒンツェ以来、ティリーやダウニングへと至る歴史社会学の議論も踏まえる必要がありますね。で、それを実証するには、各国の軍制と国制を振り返る必要があり、これをスペインから、ネーデルラントから、スウェーデンから…オスマン帝国にいたるまで網羅的に回顧していたら、締め切りをだいぶ遅れることになってしまいました。

例えば、スペインの軍制は、近世ヨーロッパの軍事を考える際に戦術・戦略のあらゆる面において先駆けとしての大きな意味を持つわけですが、ここに複合国家論的な視点を加えてみると、常備軍の展開が戦略上重要な拠点を防備するために配置された駐屯部隊からスタートしている点、常備軍も「面」としてのスペインを前提として成り立っているものではないということもわかってきます。そう…一般的に中央集権的な国家による暴力独占の典型的事例とされている常備軍に関しても、よくよくその来歴を見ていくならば、「面」としての国家統一を前提としていないということです。

なんだか、あれや、これや旋回して、締め切りを延々延ばしてもらっている大罪を犯しながらも、日本では誰もが今まで書いたことのない「軍事革命」論には仕上がりそうな予感がしています。あくまでも予感です。

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