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2007年7月

2007年7月30日 (月)

アイスランドへ行ってきます

というわけで、大阪教育大での集中講義、大阪外大でのオープンキャンパスも終わり、日曜日一日でパッキングをすませました。今朝からちょいとアイスランドへ行ってきます。向こうでは、一応ネット環境のあるところに滞在できるものと期待していますが、どうなるかはわかりませんので、このブログもしばらく発言が滞るかも知れません。

かつて前人未踏の荒れ地でありながら、それでもヴァイキングが定住したアイスランドとは、どのようなところなのでようか?北欧史研究者として、その地を体感できることはとても楽しみです。近頃の気温を見ていると、異常な高温にさいなまれている南欧とは異なり、アイスランドは日本で言えば三月頃の気温(日中12〜13度、最低で7〜8度)だそうです。これだけ、今の真夏の日本と気温差の大きいところへ行くのは初めての経験で、服装の選択には悩みました。

飛び道具はバッテリー問題を解決したMacBookと電子辞書とPDFビューワーとしてザウルスを持参します。携帯電話はフランクフルトまでの往復で搭乗するANAのサービスを利用して、今日Nokiaの6610が届きました。イギリス経由の通話サービスになり、発着信両方ともに課金されるものですから、緊急時以外は利用しないでしょう。(こうしたときにauは実に不便で、ヨーロッパへ行く機会が多いなら、やはりソフトバンクかなと思いました。)

やりかけの仕事が多く、PDF化した資料をかなり持参して、アイスランドでも仕事は続きます。そして北欧歴史家会議!旧知の研究者による様々なセッションもだけれど、レイキャヴィーク市によるレセプションパーティーだとか、アイスランド大学の研究者によるホームパーティーだとか…新たな出会いも楽しみです。箕面の大学のことは常に気がかりですが、荒涼としたアイスランドの大地が、大学で仕事をすることの原点、北欧を研究することの原点を僕に見いださせてくれるる旅になればと思います。

それでは、行って参ります。

2007年7月29日 (日)

大阪教育大学のみなさんへ!

三日間の集中講義に参加してくれて、ありがとうございました。7月25日の発言のほうに、レポートの課題についてもあらためてファイルをアップロードしました。閲覧には、他のファイルと同じパスワードがかかっています。この4つの課題から1つを選んで、8月8日までにレポートを提出してください。よろしくお願いします。

2007年7月28日 (土)

オープンキャンパス終わる

「大阪大学外国語学部」として初めてのオープンキャンパスが今日開催されました。受験生の皆さんの注目はどうだったでしょうか?

スウェーデン語専攻は三回のセッションをもちましたが、一回目と二回目は30人くらい、そして三回目は40人くらい話を聞きにきて頂けました。これはこれまでになかった盛況ぶりです。確かに三回目は、他の専攻が説明会を終えてしまっていたり、突如としてにわか雨が降ったという理由もあるでしょう。来年度から外国語学部の入試は、国語や地歴といった科目が増えて変わりますが、それでも僕は、新たな外国語学部への受験生の期待度はますます高まっていると感じました。

(受験科目が増えるという理由で受験生の数が減るだろうという予想をしている某雑誌がありましたが、その分析は一部の受験生たちの勉学意欲を愚弄する分析だと感じています。本当に勉強したい気持ちでいる受験生に、受験科目の多い・少ないは関係ありません。きっとそうした分析をしている人は、かつて受験科目で悩んだ人たちなのだとご同情申し上げます。)

突如として激しい雷雨に見舞われた三回目のセッションで、僕は受験生のみなさんに、「北欧神話で信仰の厚い、そして戦いの神としても知られる雷神トールが、受験生のみなさんの入試という戦いを応援しに来てくれた。」と述べました。皆さんが力を尽くして狭き門より入られ、ともに勉強できる日を楽しみにしています。

2007年7月26日 (木)

MacBookのバッテリー交換と発火事故

昨日から大阪教育大での集中講義がはじまりました。豊中の自宅から柏原キャンパスまでは、ドアツードアでまるまる2時間かかりますが、大阪外大とはまた違った学生のみなさんと、僕の本来の専門である西洋史学での講義を、山間に開けた柏原キャンパスののびやかな環境でできるということで、肉体的にハードですが毎年楽しみな三日間です。(しかし今年はちょっと個人的な状況が違います。たった昨日一日だけで、返信と回答を要するメールが大阪外大のほうから多数寄せられており、帰宅後一眠りしましたが、深夜に起き出してガシガシ返答と指示をだしています。こんな調子でアイスランドへ二週間ちょっと逃亡して、大学は大丈夫だろうか?不安です。)

昨日は天神祭ということもあって、久し振りにラッシュアワーの近鉄電車や御堂筋線に乗ったら、浴衣姿の人たちを多くみかけました。梅雨明けした夏の大阪の風情は、なかなか良いもんです。(それと夕方の鶴橋駅の焼き肉の香り!)僕は疲れた体に鞭を打って、心斎橋で途中下車。こじゃれた心斎橋界隈を歩くなんて何ヶ月ぶりだかわかりませんが、例の突然死を起こしたMacBookを診てもらいにApple Storeへ行きました。事前予約していたお陰もあって、またApple側もバッテリー突然死の問題を十全に把握していたこともあって、スムーズに事は運びました。正常なバッテリーと交換してもらうことで、アイスランドへの出張前に問題解決です。

Apple Storeの修理カウンターであるGenious Barでの対応は迅速丁寧で心地よいものでした…が、帰宅してみてびっくり!経済産業省から、僕も愛用しているMacBook MA472J/Aという機種が発火事故を起こす事例が確認され、現在原因を調査しているという報告がなされました。原因はまだ特定されていませんが、以前からソニー製のバッテリーが発火に結びつくという点がほうぼうで指摘されて問題になっていました。今回僕が直面したバッテリーの突然死が、この問題と関連するのかどうかはわかりませんが、ちょうど一年前くらいに出荷されたMacBookの最初期モデルには、ハードウェア上の問題がいろいろと隠されているのかも知れません。

しかし、発火するMacBook…突然死ならまだ良いけど、いくら仕事の相棒とはいえ、僕が大学でのことでカッカ、カッカと頭に来ているときに、机の上で僕の代わりに燃えることはしないでもらいたいなぁ。

2007年7月25日 (水)

比較政治経済史・西洋史特講II

大阪教育大の学生のみなさん、今回の講義で僕が用いる講義ファイルをPDF化して以下に アップロードしますので、予習・復習の際に活用してください。なお、この講義ファイルを閲覧するために必要なパスワードは、授業の最初の回で指示します。

7月25日の講義ファイル1をダウンロード
7月25日の講義ファイル2をダウンロード
7月25日の講義ファイル3をダウンロード

7月26日の講義ファイル1をダウンロード
7月26日の講義ファイル2をダウンロード
7月26日の講義ファイル3をダウンロード

7月27日の講義ファイル1をダウンロード
7月27日の講義ファイル2をダウンロード
7月27日の講義ファイル3をダウンロード

成績評価は出席点とレポートの点数を基準として算出します。レポートについては、講義の最終時間に課題を4題発表しますので、そのうち1題を選択してもらい、それについての解答をレポートしてもらいます。

課題は最後の授業のときに指示したとおりですが、一部の方々から公開の要請がありましたので、ここに課題を示したファイルをアップロードします。このファイルにある4題のうち、1題を選んで解答してください。閲覧には、他の講義ファイルと同じパスワードが必要です。

レポート課題をダウンロード

レポートの提出締め切りは8月8日(水)午後5時。原則として提出先は大阪教育大教務課に設置されるレポート提出ボックスへお願いします

2007年7月24日 (火)

しばらく箕面を離れます

大阪も梅雨が明けたようです。今日も研究室に出てきていますが、結局、一ヶ月近く前に発注した新しい相棒は届かず、手負いのMacBookを抱えて、明日からしばらく「遠征」が続きます。三日間は柏原の大阪教育大学で集中講義、週末に一日だけ外大に戻ってオープンキャンパス、一日おいて来週早々からアイスランドへの渡航。今日、Appleからエアライン電源アダプタが届きましたが、果たして飛行機のなかで使えるかどうか…。結局、自分に科せられた仕事の多くは終わっていませんが、しかし箕面から離れることでしばらくはそれに没頭できそう。けれど、その一方で箕面をめぐるあの問題とか、その問題とか、この問題とか…来月半ばに至るこの「遠征」を終えた頃、箕面をめぐる様々なことについて、僕はすっかり浦島太郎状態になっているんじゃないかな。大丈夫かな?心配だ。(現にアイスランド出張に突然あの重大問題が重なってしまい、その重大問題について僕は一切の権利を行使できないことになってしまった。大学行政で力を尽くしてきても、肝心なところで権利を行使できないなんて…期日前投票とか、不在者投票とかないもんね…はぁ~、やってられないよ。)

大阪教育大のみなさんへ!

大阪教育大で「比較政治経済学」(教養学科)、「西洋史特講II」(教員養成)を受講されるみなさんへ。以下の内容で集中講義を行う旨、連絡します。

  • 7月25日(水)〜27日(金)(初日の25日は午前9時から開始)
  • 教室はA棟302講義室

授業運営上最低限の印刷物を配布する予定ですが、僕の講義スタイルの基本はパワーポイントによるプレゼンテーションですので、印刷物に頼らずパワー ポイントと話に注目してください。授業での配布資料は、このブログの発言中でアップロードします。

いよいよ今年も鶴橋を経由して柏原へ行ける!今年も柏原キャンパスでの出会いを楽しみにしています。

MacBookのバッテリー突然死

今晩、MacBookのバッテリーが突然認識されなくなりました。あちゃ〜。酷使しすぎた結果、僕より先に逝っちゃったみたいです。大阪教育大での集中講義とアイスランドでの仕事をこれで乗り切ろうと思っていたのに。

購入後1年きっかりのタイミングでこの問題。ネット上でも、Appleでもこの問題はよくあげられているようです。PMUのリセットをしても駄目な場合のバッテリー交換プログラムはいつの間にか2年に延長されていました。

アイスランドへの渡航一週間前を切り、大阪教育大への集中講義を明日に控え、さらにミネルバの論文脱稿直前にあるこの忙しさのなか、心斎橋のApple Storeに駆け込む必要がでてきました。もう分刻みのスケジュールです。

「神よ、何処におわします?!」忙しいときに、必要なときに、問題が起きるのがパソコンというもの。全く信頼のおけない道具です。とりあえず、明日大阪教育大での授業を終えたら、その足で心斎橋に立ち寄ろうと思います。MacBookがなければ、アイスランドでの仕事もできませんから。

全くついていない。最悪だ、どうにかしてくれ。アイスランドの荒野は、そんな悪運を断ち切ってくれるだろうか。

2007年7月19日 (木)

疲れました

ども。「大阪外大で一番忙しい奴だ。」とおもしろおかしく噂されている男です。結局、臨時に会議が入って今日は会議が8つ。(大学院の課程委員会を前期と後期で分ければ、9つという見方もできる。)しかし、8つ目の会議は急遽臨時開催ということで参加できず。心身ともに疲れ切り、今日は論文を書けません。一人の人間に8つもの会議をかけもちさせる異常事態の大学でまじめに働いてしまうと、このように自分の研究はさせてもらえません。一人で会議をはしごして自分の研究ができないでいるのは、バカみたい。みんな賢くて大学の仕事を適当に流して自分の仕事に集中しているのかな?それとも本当に大学の仕事ができないから一部の人間にだけ負担がまわってくるのかな?今日の場合、箕面での会議はあいかわらずため息感たっぷりだったのに対して、豊中での会議は実に生産的だったことを思うと…。誰か、助けてください。こういうことを考えているとむかついてくるので、明日以降は論文書いたりして、「なんだあいつ、いつの間に研究してたんだ。」と遮二無二一人業績を積んじゃって見返すしかないと思っています。

2007年7月18日 (水)

記録更新

今日帰りがけに明日の予定を整理したみたら、明日は会議を7つハシゴすることになってます。箕面で5つ、場所を移して豊中で2つ。それぞれ一時間くらいで、会議をはしごします。秘書もいないのに、すべての会議がバッティングすることなく、7つズラッと並んでいるスケジュール帳は、ある意味、壮観。

端から見ると「どんだけ〜!」って数と思われるでしょう…でも、これが現実なんだな。大学院生している頃は、夢にも思わなかった大学教員の労働実態。働けど働けどなお我が大学楽にならざりじっと手を見る…って、思わず気分は、啄木っちゃうよ…これで給料は一緒だもんな。まぁ、これが一般的だとは言えないと思いますが、ともかく会議が多いということは、話し合わねばならない題目が多いということで、組織が機械的に動いていないことの例証だと解釈もできるでしょう。

体調がようやく回復しつつあるところで、こんなので奮闘するというのは、本末転倒ですが。僕が奮闘しようとしていたことは、会議ではありませんから。で、明日もはやいから、お休みなさい…と言えないところが辛い。ようやく自由に自分の勉強ができる時間はこれから明け方にかけてまで。はい、今晩も論文、進めましょう。

2007年7月17日 (火)

オヤジ、奮闘する

連休も終わりということで、論文執筆を一時中断し、家族で近所をドライブ。ただし、僕は運転免許証をもっていないので、妻の運転で。東豊中に最近できた蕎麦屋さん「木田」で舌鼓をうつ。大阪に来てはじめて、「美味い!」と思った。蕎麦好きなキースの山本さん、ここの蕎麦はめっけものですよ!(桃山台から豊中方面へむけての東豊中は交通の便は悪いが、他にも隠れた名店は多い。)

以前から、僕の書斎にただ積まれているだけのスウェーデン空軍の戦闘機のプラモデル・コレクションに関心をもちはじめた息子に、「近いうちに飛行機のプラモデルを買って、一緒につくろう!」と約束していたことを実践。(いずれ、スウェーデン語専攻の研究室に、スウェーデンが軍事国家であることの証として陳列しようと収集したコレクションは、フランスのエレールやイタリアのイタレリといった会社の貴重なもので、さすがに子供に供出することはできず…汗。)

しかしなんですなぁ、最近、模型屋さんってのは完全に衰退してますね。近郊型大型店舗の大手おもちゃやさんでは、ガンダム、ガンダムばかりでスケールモデルなんて置いていない。そんなに良い物なのか…ガンダムとやらは?かといって、昔は近所によくあった模型屋さんってのは、この界隈で全く見かけなくなっている。みんながみんな、ガンダム、ガンダム…で売れるものを売りたがるのがこの世の常だから、そうなっちゃってるのか…。それとも、ゲーム全盛で子供たちはプラモデルなんて関心を全くもたなくなっているのか…。

今日は、毎年春の入試業務で関西大学へ行っていたときに、大阪外大のプラモデル好きの同僚(…結構、いるんですよね…)の間で噂になっていた関大前の関西模型にまで行ってみたけれど、あいにく定休日。そこで、上野東にあることを記憶していた小さな模型屋さんに「駄目もと」で行ってみたら、そこには、ちゃんと長谷川模型の1/200スケールのボーイング777-300(息子の希望でJAL仕様)があった。売り場面積のとても狭いお店のおっちゃん、あんまり売る気なさそうだったけれども、そんな雰囲気がとても懐かしいお店でした。あぁいう昔ながらの模型屋さんは、是非続いて欲しい。

で、このボーイング777-300なんだけれども、最初はパーツ数も少ないし、「子供でも楽勝じゃん?」と高をくくっていたのが大間違い。さすがは「世界のハセガワ」によるモールドは精巧そのものだし、デカールの数ときたら頭くるくらい。息子には、エンジン部分を組み立てさせ、あとは日の丸など、大きな目立つデカールだけ貼らせて、残りは僕自身、素組みをするのがやっと。ディスプレイ台に展示しようものなら、ピンバイスで支持部分に穴をあけなきゃいけないなんて作業、4歳児には酷だよ。1/200とはいえ、さすがは双発機で世界最長を誇るB777-300なんで、30cmクラスの大物。今回は、子供相手だから素組みで済ませたけれども、このサイズになると接合面がぴったりといくわけでないから、本来ならばパテ盛り込んでヤスリがけをし、コンパウンドをかけて塗装に入るところをはしおった。

一言、疲れた…けど、こんな感じで、この週末は心身ともにリラックスしながら時間を過ごすことができました。と思った矢先、先ほど東京の先生から、「ぼくも負けずに奮闘します」というメールを頂きました。アイスランドへ出張するまであと2週間。僕も奮闘します。

2007年7月16日 (月)

子供の関心事

古谷家の特徴の一つは、現代日本文化を代表する「漫画本」が家に一冊もないということに求められます。また、日曜日の夕刻は「ちびまる子ちゃん」や「サザエさん」を決して見ないことが不文律となってきました。しかし、最近、子供たちがまる子ちゃんやサザエさん、あろうことかドラえもんやアンパンマンにさえ関心を持ち始め、それらに関する関心が皆無である僕は途方に暮れています。仕方ないので、Youtubeやニコニコ動画で見せたりしていますが。とはいえ、古谷家で漫画が全く受容されていないというわけではなく、古くは「美味しんぼ」、新しいところでは「鉄子の旅」なんてものは大好きなわけです。(ニコニコ動画なんて見てますと、懐かしい「美味しんぼ」がたくさんアップロードされていて、久しぶりに見ると丸の内線がステンレス車両になる前の「アミアミ」な模様のあるものだったりして懐かしくなりますね。)僕はいわゆる「鉄ちゃん」ではないんですけれども、「鉄子の旅」の鉄オタと漫画家の珍道中は見ていて実に面白い…時代の風は鉄オタに吹いているとするならば、息子よ、よかったね!というのも、息子は地図マニアにして、鉄マニアに育ちつつあるので(って、誰の影響なのだろう?)「鉄子」はわかりやすく、大受けです。(この間、リヒテンシュタインの国旗を言い当てたときには、「この子は一体どうしちゃったんだろう?」と真剣におもいました。)そんな子供たちに「悪いことしてるなぁ…」って思うのは、僕の「若手芸人の青田狩り」の趣味で、最近、「そんなのカンケイねー!」でおなじみの小島義雄くんを見ていたら、息子も娘もそのわかりやすい芸をまねする…まねする…まねをする。で、息子は小島くんがすっかり人口に膾炙しているものと思いこみ、どうやら幼稚園で「オッパッピー!」とそのネタを披露したらしいのだけれども、誰にもそれを理解してもらえず封印してしまったらしい。かわいそうな息子。ごめんなさい…こんな親で。子供の友達づきあいを考えるならば、やはりアンパンマンやちびまる子ちゃんを見せておくのが穏当なようです。

2007年7月15日 (日)

【ミネルヴァの関係者の皆様へ】近世軍事革命論、もう少しです!

今日はシベリウスなど聞きながら論文を書いています。体調がまだ万全でありませんので、この連休に予定されていた研究会などの予定は一切キャンセルです。しかし、こうしてコーヒーの香りをくゆらせつつ、クラシックを聴きながら歴史を想像する時間は最良のものです。

(シベリウスはバルビローリとハレ管のものですが、iTunesでリッピングしてみると、なんとなく音質が堅く、アンサンブルも粗が見えますね。それから、最近入手したシャイーとミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響の『プッチーニ・ディスカヴァリーズ』。これは、プッチーニの知られざる曲が集められていて、実に面白い。ルチアーノ・ベリオ版の『トゥーランドット』の終幕は、聞き慣れたアルファーニ補作版の絢爛豪華さと比べると後者の印象が強く耳に残っているために、ベリオ版の無常な世界には拍子抜けするけれど、そのほかにも乾電池発明100周年を記念して作られた『電気ショック』行進曲とか、『ラ・ボエーム』のテーマを編曲した『シチリアの軍艦行進曲』とか、おもしろすぎ。)

で、体調不良のためしばらく放置せざるを得なかった「近世軍事革命」論に関する論文に、再び手をつけています。戦術面を重視するロバーツあるいはそれをうけたパーカーの議論は否定されるものになるでしょう。もちろん、軍事が近世ヨーロッパ世界の変革を支えた一局面であるという観点には代わりはありません。だから、ブラックのように戦術の変革を支えた国家経営の変質に目を払うことが、軍事革命論の新たな姿となる。

この所説を補強するには、ウェーバーやヒンツェ以来、ティリーやダウニングへと至る歴史社会学の議論も踏まえる必要がありますね。で、それを実証するには、各国の軍制と国制を振り返る必要があり、これをスペインから、ネーデルラントから、スウェーデンから…オスマン帝国にいたるまで網羅的に回顧していたら、締め切りをだいぶ遅れることになってしまいました。

例えば、スペインの軍制は、近世ヨーロッパの軍事を考える際に戦術・戦略のあらゆる面において先駆けとしての大きな意味を持つわけですが、ここに複合国家論的な視点を加えてみると、常備軍の展開が戦略上重要な拠点を防備するために配置された駐屯部隊からスタートしている点、常備軍も「面」としてのスペインを前提として成り立っているものではないということもわかってきます。そう…一般的に中央集権的な国家による暴力独占の典型的事例とされている常備軍に関しても、よくよくその来歴を見ていくならば、「面」としての国家統一を前提としていないということです。

なんだか、あれや、これや旋回して、締め切りを延々延ばしてもらっている大罪を犯しながらも、日本では誰もが今まで書いたことのない「軍事革命」論には仕上がりそうな予感がしています。あくまでも予感です。

2007年7月14日 (土)

友達って良いよね

台風が近づいてますが、皆さんのところはいかがでしょうか?こちらは本格的に仕事に復帰しました。昨日の地誌の授業で、「友達っていいよね。」と話をしていましたが、昨晩はとりわけ仲の良い同僚のうち数名と一学期を打ち上げました。(首の傾き具合の問題でジョッキを水平以上に傾けられないので、ストロー持参しようかと思いましたが、いずれにせよ、打ち上げ会へ行けるくらい体調は回復しています。)この打ち上げは…忘れもしません…僕が大阪へ来た最初の年に開いていただいたもので、そのメンバーで今も続いています。なんというか、同世代の者同士、気軽に公私にわたる話しを打ち明けられる会で、精神的な開放感が得られます。はじめて開いていただいた頃は、講師になりたてで授業準備だけで自転車操業…しかも単身赴任のすさんだ生活を送っていました。スウェーデンから移ってきたばかりで大阪の右も左もわからず、職場にも友達らしい友達もない状況でしたから、打ち上げということで声をかけていただいたことがとても嬉しかったですね。そのときの感謝の気持ちは今も忘れられません。それから6年。あの頃、まさか大阪外大が統合されるとは思わなかったけれど、こういう同僚と一緒ならば、新しい大学も楽しいものにしていけると思います。

2007年7月12日 (木)

こんな長文を書けるくらい楽になりました

多くの方に暖かい言葉をいただきましたこと、心から感謝申し上げます。昨晩は会議に参加・帰宅した後、泥のように眠ってしまいました。今、こうしてパソコンに迎えるように、体調は回復しつつあります。k2さん、いばらきのははさん、元夏迪さんからいただいたご助言のように、昨日は2年か、3年かぶりに病院へ行きました。以前病院へ行ったとき、切開のための麻酔処置で気を失って以来、どうも病院へ行くことは怖くて仕方がありません。でも、一昨日の晩から昨日の朝にかけては横になることができず一睡もできませんでしたから、これはたまらず、昨日は朝一番で病院へ行って事情を説明し、レントゲン撮影も受けてみました。これといった異常も見つからなかったので、痛み止めの薬をもらって帰宅しました。

病院は怖くて仕方がないのですが、現代医学はさすがです。痛み止めの薬は効果絶大で、服用した後、数時間後には横になることができるようになりました。すでに昨日は休講の通知をした後でしたので、お昼過ぎまでは自宅にいましたが、夕方には首に湿布をあてたまま大学へ赴いて、会議を主宰してきました。この会議、昨日は遠路はるばる阪大の先生方を箕面キャンパスにお招きする会議でした。なんとしてもこの会議(というか、この会議が進めていること)は成功させねばならないものですから。(大学院の後輩であった続くんからのコメントで、「編集長並みの職務」とありましたが、実際僕は今大阪外大の編集部門の長を務めていて、ここ何号かの『大阪外大論集』は僕の名前が発行責任者になっています。そちらは、現在、外大の研究機関としての歴史を振り返る最終号の編集を進めています。)なんだか、本当にいろいろな仕事を引き受けています。

確かに35歳にしては(…大学院では決して習えなかったような…)大学行政のいろいろなことを勉強させてもらっています。例えば、通常の人文系研究では扱わないような億単位のプロジェクトの運営。世間では21世紀COE、その後のグローバルCOEが注目されますが、それと匹敵する費用と人的・物的資源を動員する研究・教育プロジェクトは他にもいろいろとあって、世間的には目立たない…そして自分個人の実績にはおよそ結びつかないプロジェクトの運営にも関わっています。それはスウェーデンのこととも、近世史のことと全く絡まないプロジェクトですから、僕個人の業績とは全く関係がない。なんで関わっているんだろう?たまたま研究推進室に関わっていたというのが直接的な理由ですが、こうしたプロジェクトの運営に関わった経験が、10年後、20年後の将来、僕らの世代が学界の中心になったときに、本当に問題関心を共有できている人たちと有意義な共同研究を進めていこうとする際に生きてくるだろうとも思っています。そういう意味では、今苦労していることも、将来への長い目で考えてみれば、宝のような貴重な経験かも知れません。就職事情が困難な学界の現状にあっては、同輩や後輩のみんなと来るべき学界を担う日のために、今は多少の困難も甘受して、こうした経験を積んでおくことが職に就いている者の責務の一つだと思っているのです。

とはいえ、COEなんて絡んだことがないので、プロジェクトの運営は誰からも教わることができずいつも手探り状態。しかも、門外漢だし。まさに「素人の手習い」といった感じ丸出しなので、COEなどに関わったことがある、しかるべき経験を積んだ学外の先生方には、僕らの素人さ加減を看破されてしまいます。研究者としては恥ずかしい限りです。このように素人がそんなプロジェクトを進めなければならないことは、大阪外大が「研究機関」として抱え込んでいた問題の一つだと僕は考えています。つまり、COEや間接経費のつく大型科研の獲得が難しい大阪外大の場合、大学を運営させるにはとにかく運営費交付金のような形でもお金をもってこなければいけない。その立案は、大阪外大にいる現場の教員の研究実績を結集した場合、どのようなことができるのかということから議論が始まるのではなく、とにかく運営のためのお金が必要なのだという緊急な発想にたって一部の人だけで行われる。その際、学内の研究実績について分析を進めて情報をもっている研究推進室の室長代理などはその立案に関わることはなく、文科省・財務省からお金がとれたとの返事があった場合にだけ、「金はとったから、あとは進めてくれ」といった形で依頼される。立案の段階で学内のコンセンサスをとることなく進められたプロジェクトは、現場の教員からすると「寝耳に水」のような話が多く、さらに深刻な問題は、そうしたプロジェクトはこの大学に属している教員の専門分野に合致しない場合が多く、「協力してくれ」と上から言われても、例え協力したくても研究者の本分からして協力の仕様がない。そうなると、たまたま研究推進室などで働いていた人間が、門外漢の素人であるにも関わらず、重責を負うことになってしまう。

この話の難しいところは、攻められるべき「戦犯」はどこにもおらず、立案をする人も、現場の教員も、「大学のために」あるいは「研究者の本分」という各々の義にたって行動しているところなんです。体調を崩しながら、最近、プライベートで現代の理論物理学の世界に関する話を勉強していたんですが、一般相対性理論のようなマクロな視点をもつ人が考えていることも、量子力学のようなミクロな視点をもつ人が考えていることも、それぞれに間違いはない…って話と似ているような気がするんです。で、万人が納得する両者を統合するヴィジョンが示されたとしたら、それは神だな。ただ一言…僕らは神ではないのだから、なにごとも、身の丈にあったことを正直にこなすことが大事じゃないでしょうかねぇ。僕は、大学が統合されたら、とにかく歴史学を研究する本分に立ち返って史料を丹念に読み込み、自分の知性が楽しいと思えることに地道にとりくんで、その楽しさを学生のみんなに伝えるという、自分の身の丈にあった正直な生き方をしたい。

昨晩は唾液を飲み込むだけで激痛が走りましたが、今はだいぶ楽になりました。それでも首を上へむけることにはまだ不自由しているので、コップにくまれた飲み物を口にするのは一苦労しています。とりあえず、今日は一日自宅で休んで、明日の授業に英気を養いたいと思います。明日は学生たちによる地誌の授業のプレゼン会とスウェーデンの歴史ゼミの研究報告会。学生たちが自分の指導した作法にのっとって僕も知らなかったような事実を発見し、それを生き生きと報告してくれる姿は、疲れた心身にはなによりの薬です。

2007年7月11日 (水)

【緊急】今日・明日は休みます!

延髄に激痛のはしるこんな体調ではまともに仕事ができません。というか、ゼミと講読の授業は、真剣に勉強している学生のみんなへ礼を尽くすという意味で、教員としても万全の態勢で臨むべきでしょう。ということで、今日3時間目のデンマークの歴史ゼミと5時間目のスウェーデン語の講読の授業、急遽休講にします。本当にごめんなさい。とても体が痛くて、辛いのです。

デンマークの歴史ゼミで明日報告を予定していた二人(前田さんと山本さん)は、来週水曜日のゼミの時間に報告をスライドしてください。それから来週水曜日に報告が予定されていた二人(藪本さんと伊尻くん)は、ゼミメンバの同意が得られるならば、来週木曜のアセンブリの時間あたりに補講を入れたいと思いますので、そのときに報告してください。

今日の某重大会議は誰かに議事進行役を代わってもらいます。それから明日の教授会は研究推進室からの報告事項もなさそうなので、欠席させてもらいます。言語社会学会の理事会と新制阪大の言語文化研究科の説明会も欠席します。できる人だけで会議とか進めてもらえばよい。体調のボロボロな今の僕はどのみち戦力外でしょう。それから土日の予定はすべてキャンセル。とにかく休ませてください。

2007年7月10日 (火)

体調は最悪です

熱は下がったのですが、首(から後頭部にかけて)が痛くて今日は曲げることが一切できません。頭の重みを首から下へ分散させている限りは、まだ生活ができます。今日の北欧史の講義のみなさんには醜態をさらして、申し訳ありませんでした。心配してくれたみんな、ありがとう。

で、今、座ることと立つことはできますが、横になれません。横になろうとすると激しい痛みが伴うので、眠れません。今はモノを飲み込むときも首の痛みを伴います。唾を飲み込むのさえ、体が痛みで震えます。それと咳き込むと、本当に脳髄がえぐられるように痛い。今回の首の痛みは、左右への痛みではなく上下と前後への痛みです。例えば、車やバスが発進するときの加速だけで、激痛が走ります。こんな痛みは大阪で生活をしはじめて以来、はじめてのものです。

夜が更けてきたら痛みも増してきたようで、とにかく痛くて痛くて仕方がない。冗談抜きで、大人げなく大声でわめいて、涙を流しています。僕がなにか神様から罰せられるような悪いことでもしたというなら、この痛みもわかる。けれど人一倍大学のために働いて、その報いがこのような激しい痛みだっていうんだから、なんだか悔しくて、それを思うと首の痛み以上に泣けてくる。

誰か、助けて…

明日は自分が主宰せねばならないとても重要な会議があり、僕は議長なだけにこれを欠席することはどうしてもできません。もちろん、ゼミや講読の授業ももはや休講はできないでしょう。とにかく、僕のかわりになる人がいないから、病院へ行ったり、休んだりすることができないでいます。これが、大学ではたらくってことなんでしょうか。

現代北欧地域論4aの試験問題

大阪外大で北欧史の講義を受講されているみなさん!ここに来週予定されている期末試験の問題をアップロードしますので、よろしくお願いします。持ち込みは何でもOK。ただし試験時間90分を守って、回答できる分量で回答してください。

2007年度第一学期末試験問題をダウンロード

2007年7月 9日 (月)

地域研究VIIIは今日がレポート提出です!

関西外大のみなさん!

地域研究VIIIの一学期の講義は今日が最終日です。4時間目に補講をしますが、その教室は掲示のほうを見てください。そして、5時間目に先週アップロードした講義ファイルに基づいて、最後の回の講義をします。

また、原則として今日がレポート提出の締め切り日になっています。授業時間内にあらためてレポート回収の時間をとりますので、提出をお願いします。

2007年7月 5日 (木)

スウェーデン語Ia

今学期最後のテキストは、19世紀から20世紀にかけてのスウェーデンからアメリカへの移民の話。例によって、A. Åbergの手になる文章です。

"Stora_utvandrigen"をダウンロード

2007年7月 3日 (火)

【緊急】今日の現代北欧地域論4a

大阪外大で火曜4限の北欧史を受講されているみなさん!

今日7月3日の講義は、僕の体調が優れないので休講とします。本当に申し訳ありません。

2007年7月 2日 (月)

いまだ発熱中

体が悲鳴を上げています。熱が下がりません。のどと頭が連動して痛いです。

現代北欧地域論4a

大阪外大のみなさん、明日の講義ファイルをアップロードしておきます。

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地域研究VIII

関西外大のみなさん!来週、今学期最後の講義ファイルをアップロードします。それから、来週はレポートの提出締め切りもあります。提出をよろしく。

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2007年7月 1日 (日)

熱にうなされて…

ボーッとしながら、昔のことを思い出してた。いえね…最近、共同研究室のパソコンが壊れたとき、そのパソコンは「僕が一つ一つ部品を厳選して作ったんだよ…。」なんて話をしたら、学生から間髪入れず、「先生って、アキバ系?!」とか言われたり。それから、僕が外大で指導し、この春に東大駒場の大学院に進学したS君が、本郷で僕の指導教官だったI先生にお会いしたとき、「古谷?…あぁ、あのパソコンマニアか。」という答えが返ってきたという話をきいたり…で。

東大の大学院生をしていた頃は、根津駅と不忍池にほど近い池之端というところに住んでてね。そこは、自転車を駆れば秋葉原に10分とかからない場所で、1990年代半ばから後半にかけては、よく秋葉原に通ってた。でも、僕は巷でおもしろおかしく言われているようなアキバ系ではなかったな。あの頃は、スウェーデン人も興味津々のメイド喫茶なんて代物もなかったし。秋葉原も歴史ある街区だから、結構老舗の食べ物屋とかあったりして、そういうところを巡るのも好きだった。

(東京は自転車で巡ると良い…神田・秋葉原・御徒町・上野・鶯谷、湯島・根津・谷中・千駄木…あぁ、懐かしい。)

小さい頃の僕は、父から教わって、半田ごてとか握って鉱石ラジオとか自作するような子供だった。(半田ごてとかわかる?)機械の分解や組み立てには小さい頃から慣れ親しんでいたということ。僕の田舎は茨城だったから、僕にとっての東京の玄関口は啄木よろしく上野駅で、秋葉原といえば、小さい頃から部品を買ったり、電気製品を買ったり…大きくなってからは石丸電気のようなところで輸入もののCDを買ったりする場所だった。(昔はHMVとかなかったし。)

僕にとってのパソコンってのは、そうした小さい頃からの「機械」観と「秋葉原」観の延長線上にあって、速くて安定した研究の道具を得るには、とにかく秋葉原へ行って安くて良い部品を見つけて、くみ上げれば良いんだって感じだった。昔は秋葉原のジャンク屋で投げ売りされていたり、粗大ゴミとして捨てられていた古い機種を得ては、分解して、抵抗をつけかえてクロック周波数をアップさせるなんて、涙ぐましいことをしていたよな。

僕が学生だった頃は、インターネットとパソコンの草創期。あの頃はまだWWWもよちよち歩きの段階で、通信速度の遅いアナログ電話回線を使っては重くて使い物にならなかった。そんなときにTelnetという手段を使えば、スウェーデンのウップサーラ大学やルンド大学のOPACにアクセスできることを知り、「この手段があれば、スウェーデンの書誌情報や研究動向もリアルタイムに、網羅的に知ることができる。」と思った。Telnetを使ってむこうの図書館に、ハッカーよろしくアクセスし、文献情報を得られたときの興奮は、あたかも宝の山を見つけた感じで、今でも忘れられない。

日本にはスウェーデン語によるスウェーデン史のしかるべき研究文献が少ないかったから、とにかくそんなところから、僕自身の研究を成立させることとコンピュータの知識・技術を向上させることが一致して、今ある僕になったというわけ。決してマニアじゃないよ(汗)。大学院以降の僕を知らない学部生の頃つきあっていた彼女なんか、たぶんそんな僕の姿、思いもよらないだろうな。

発熱中

熱、出しています。最悪な体調。昨日は本来ならば、昼は最後の大阪外大の夏祭り、夜は梅田のフェニックスホールでのバルト三国のレクチャーコンサートへ行く予定でした。しかし、どうにも朦朧とした気分が抜けず、節々も痛いので休みました。

フェニックスホールのTさん、本当にすみません。志摩先生のレクチャーが聴けず、残念でした。(外大の学生は参加したのかな?夏祭りとかぶってしまったのが痛い。)フェニックスホールの野心的な試みについては、いずれまた発言しましょう。月曜日からの仕事のこともあるし、とにかく苦しいので、今日はこのへんで。

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