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2007年5月18日 (金)

楽天的な自分

このブログのタイトルを「古谷の駄目、駄目日記」にしようかと一寸思い始めていましたが(笑)、ようやくMicrosoftがMacOSのOffice用にOffice 2007のファイルをコンバートするプラグインを公開してくれたことで.docxなどがMacでも扱えるようになって嬉しいのでやめます。

いえいえ…それはさておき、今日もよく働いたと思うけれど、悪いことばかりではないですからね。この間、「地球を愚痴る」という暴挙をこのブログではたらいたら、いつも的確な指示を与えてくれる事務方の同僚から、「先生、裁量労働制というのは、自分で自分の体を守る制度ですよ」と助言を頂きました。なるほど合点がいきます。

その言葉を頂いて帰宅してみると、NHKのニュースで20代・30代の人に最近過労死が増えているという他人事にはみえない特集がなされていました。「過労死が起きるメカニズム」というのに関心があるのですが、何人かの不幸な事例が紹介されていたその特集を見る限り、重大な責任を与えられてオーバーワークするというところまでは僕もかわりはないのだけれども、そこでとりあげられていた事例の場合には、周りに愚痴ることもなく黙々と仕事を抱え込んだ結果の悲劇という点で、僕とは異なるなと思いました。

僕がまだ幸せだと思うのは、愚痴を聞いてもらえる同僚や友人に恵まれているということ、そうした人たちとの会話のなかから「次にこういうことができたら楽しいだろうな」と楽天的になれることでしょう。キュルケゴールが「死に至る病とは絶望である」と言っていたかと思いますが、僕には全くそれはあてはまらない。

「迷惑かな」とは思いますが、次の仕事で恩返しをしようと思うので、みなには感謝しています。話を聞いてもらえるだけで、内心涙が出るほど嬉しいんですよ。(この間、長電話につきあってくれたSさん、ありがとう!)で、今の仕事は研究室を離れて人と接する機会が多いのですが、仕事量と気を遣うことは多くとも、接した人から学ぶことは多く、今後にそれを生かそうと思えば、いかりや長介よろしく「次、いってみよう!」という気分にもなります。

例えば、大阪外大で働いていて、この大学の同僚の先生方が外国語教育に真摯に取り組まれている姿を見ていると、「自分も大阪外大の人間として、こういう仕事をやってみたい」という次の仕事が思い浮かびます。例えば、中級レベルの文章読解を養成するテキストの編纂。今やっているスウェーデン語の講読の授業が楽しいので、そこから思いついたことではあるのですが。

学部1・2年生でスウェーデン語文法をマスターしても、なかなか学術論文をよめるようにはなりません。そこで、一般的なスウェーデンの教養人たちが読んでいるような歴史や文化、社会などに関するテキストを例文として選び出し、初級レベルを修了した学生たちがステップアップを図るために自習できるようなテキストを作ってみたい。それぞれの例文には、関連する歴史や文化に関するコラムなどを加えてみて、例文にあげられるような文章がスウェーデン人によって書かれた背景なども学べるようにして、向こうの一般的な人と対等に対話できるような基礎的教養も身につけられるような。

いけない、いけない、またブログで気分転換をしすぎてしまった…(汗)。というわけで、仕事に戻ります。

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