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2007年5月

2007年5月31日 (木)

僕は処理速度が欲しい…

学生のみなさんには、ごめんなさい。右目の調子が悪く、体も熱っぽいので、今日は自宅待機をしています。(めずらしく、会議が一つも入らなかったものですから。)

で、バロックにはまっているということを前に発言しましたが、疲れていても最近僕の知的回路は再び活性化してきたので、手元にある史料をデジタル化しようとPDF変換・OCRの作業を繰り返しています。仕事は待ったなしの状況が続いていて時間もないので、再活性した知的回路を十全に動かすためには、圧倒的な処理速度をもった機械が欲しくなります。

昨年くらいからデュアルコアプロセッサが普及しはじめた結果、画像処理など格段に処理速度はあがりましたが、ここに2GBくらいのメモリが搭載されていないとどうにもならない。デュアルコアでも、やはりCore2Duoってものならもっと速くなるんでしょうね。そんな新しい技術をいまだ使ったことないので、どれだけの恩恵を預かることができるのか、不明ですが。

しばらく「忙しいから…」といって研究室のPC環境をないがしろにしていたのですが、忙しいなかでも研究を進めねばならないという現状にあっては、限られた時間を有効に使うために圧倒的な処理速度が必要なのだろうなと思い直しています。MacBookは安いにもかかわらず処理能力の高いベターな選択肢ですが、重い。日本市場むけにAppleがMacBookの軽量版を出すという噂もあるのだけれども、アイスランド行きに間に合うかどうか…今更、Windowsマシン?!国産のPCはやけに高価だし…ばかばかしい。なんだか、こうしたことを考える時間は、実に非生産的でむなしい。

第26回北欧歴史家会議にエントリーした!

2007年8月8日から12日にレイキャヴィークのアイスランド大学を会場として開催される第26回北欧歴史家会議に、エントリーをすませた。毎回の慣行である開催市・市庁舎でのレセプション、ホスト大学の研究者宅に分かれてのホームパーティーなども。(hemma hos と呼ばれるホームパーティーは、それぞれの国の研究者の日常生活を垣間見られるのでおもしろい企画なのだが、日本の学会ではこういうことはできないだろうなぁ。プレゼント用に、日本の土産は欠かせない。こういう場合は、酒が定番だ。)

実のところ、この学会に参加するエントリー代金だけで、約4万円。って、アイスランドの物価がこれほど高いとは想像できなかった。大陸ヨーロッパ世界ではダントツに高いジュネーヴや、我らが東京の比ではない。(例えばホテル一泊3万円だとか、ざら。外食しようものなら5000円くらいは、ざら。)2週間弱、家族と一緒にアイスランドに滞在しようと思うので、今度の夏のボーナスは確実にこの滞在費・旅費で吹っ飛ぶことになる。荒涼としたアイスランドの大地は、わが家の懐事情も荒涼にするってこと。

しかし、旧知による学会報告の数々はもちろんだが、アイスランドの風土から得られるだろうインスピレーションには期待が高まる。かつてウィリアム・モリスが、アイスランドに保たれた民衆文化にアーツ・アンド・クラフツ運動の原点を見いだしたように!(妻は妻で、モリスの辿ったアイスランド紀行を再現するのだと、なかなか教養と知的センスを感じさせる滞在プランを立て始めている。すばらしい。)

2007年5月30日 (水)

ゴート主義とバロック国家

っていうか、想像の共同体なんて言う言い回しと結びつけられながら、ナショナリズムが語られてどのくらいたつものかなぁ。共同体を想像するという行為は、別に19世紀を待つまでもいと思うんだけど。例えば、「古き良きもの(と思われるもの)」と結びつけながら、「自分たちは何者なのか?」を語る行為は、割と古くからあるよねぇ…きっと。「北欧」民族が自覚的に語られた最初の事例を個々で挙げるならば、それは、1432年のバーゼル公会議に、初代カルマル連合王エーリック・ア・ポンメルンの名代として出席したスウェーデンはヴェクショー司教ラグヴァルディの、会議での席次をめぐる論争ということになるんだけど。

公会議における席次は、15世紀当時、(1)出席者の「出自となる集団(…これを民族とすべきかどうか…)」の起源の古さ、(2)出席者の「出自となる集団」がキリスト教に改宗した古さの二点を基準として決められていたって言うよね。ここでラグヴァルディは、カルマル連合に属する「北欧」民族の起源をノアの子孫であるゴート族に求め、スカンディナヴィア半島からイベリア半島に渡ったゴート族(いわゆる西ゴート王国)が異教徒たるイスラム教徒と戦ったことから、公会議における高い格付けを要求したんだ。いわゆる北欧におけるゴート主義のはしりでってやつ。

キリスト教という普遍世界における格付けの問題から、民族の出自という個別的問題が導き出されている点が興味深いと思いませんか!?。(公会議主義における民族性の問題…なんて、誰も研究していないだろうな?)で、ゴート族にこと寄せられた民族出自の説明は、17世紀後半にリンパ系を発見したことで知られるウップサーラ大学のO.ルードベックによって体系化されることによって、「バルト海帝国」の正統性を主張するための稀有壮大な誇大妄想的「物語」へと発展したことは、よく知られているよね。17世紀後半って時代を顧みると、ニュートンでも、スピノザでも、ライプニッツでも…まぁ、なんて言うのかな…「科学」という一見客観めいた語りの技法を用いて誇大妄想的な世界観を語り挙げようとしているところに、時代の流行っていうか、共通性みたいなものがあるよね。

ルードベックも、そうしたバロック期の思想家の典型だな。まぁ、そもそも、「バルト海帝国」なんてもの自体が、スウェーデン本国の人的・物的資源の実態とはかけ離れた誇大妄想の産物と考えられないでもないので、そうなるとそれは「バロック国家の典型」なんてことになるでしょうね…ルネサンス国家という言い方はあっても、バロック国家なんて言い方はまだないかもしれないけれど。しかし、それこそ、それは様々な質の異物をコングロマリットした、いびつで巨大な構造物。忘れていけない点は、ルードベックが、科学や古典…といった当時の学問を総合して、「客観的」体裁を保ちつつ「ゴート族の北欧」という「主観的」妄想を築いた点。こうして「古き良きもの」にこと寄せる論法が共同体の説明の仕方として説得力を高めた結果、ナショナリズムなんて呼ばれる時代…北欧で言えば、グルントヴィに代表されるような古き「北欧」を求める時代がやってくるんだろうね。

というわけで、僕の「バルト海帝国」論の結論は「バロックにあり!」ってことにあるってことに気がついて、今、バロックにはまっています。で、誰か、僕にバロックについて教えてください。これが論じられれば、公会議なゴシック世界とナショナリズムの近代市民社会を繋ぐラインで、「ゴート主義」「バルト海帝国」「北欧」を結びつけられそうです。でもって、「こんなことを夢想するお前が、一番の誇大妄想狂だ」というツッコミは…あまりにも的確すぎるので、よしてくださいな。

2007年5月28日 (月)

現代北欧地域論4a

大阪外大で火曜4限の北欧史に参加されているみなさん!

次回(明日)の講義ファイルをアップロードします。明日は、カルマル連合と複合国家の話を終わらせ、その流れを受けて今回アップロードするファイルにある宗教改革と宗派体制化の話に進みます!ですから、前回のファイルと今回のファイルの両方をお持ちください。

明日5月29日の講義ファイルをダウンロード

地域研究VIII

関西外大のみなさん!ここに次回の講義ファイルをアップロードします。今日の講義ファイルは、前回の発言をご覧ください。

次回6月11日の講義ファイルをダウンロード

さて、先週の授業でも話をしましたが、今日5月28日は授業をしますが、来週6月4日は休講です。申し訳ありません。それゆえ、次回の授業は6月11日としてあります。補講の日程については、あらためて話し合うことにしましょう。

それでは、今日の5時間目でお目にかかります。

2007年5月25日 (金)

スウェーデン史ゼミの次回のテキスト

大阪外大で金曜5限のスウェーデン史ゼミに参加しているみなさん!

次回のゼミで検討するテキストをここにアップロードしますので、各自ダウンロードして予習してきてください。テキストは、H.Gustafsson & B. Persson, Tider, Liber AB Stockholm, 1995で、次回はそのなかの"Historia som propaganda(プロパガンダとしての歴史)"の部分です。しばらくは、こうした(ごく少量だが)史料とその解説の載ったコラムを読んでいきましょう。

これはスウェーデンの中等教育後期の大学進学課程にある学生向けの歴史教科書ですが、字の部分ではなく各章末には、「歴史を学ぶこと」、「歴史を考えること」とはどのようなことなのか(…スウェーデンにおける歴史学方法論の基礎…)が、スウェーデンや世界の歴史を例に説明されています。

みなさんとほぼ同世代のスウェーデンの学生が「歴史を学ぶこと」をどのように教えられているのかを知るには格好のテキストだと思います。そしてスウェーデンに生きる人の歴史のとらえ方も。日本人にとっての歴史とはまた異なってくる部分もあるでしょう。歴史学方法の基礎と比較。分量は多くありません。しっかり読んで、その文章にスウェーデン語で付された問題にも、みなさんなりの解答を準備してみてください。議論しましょう。

"Historia som propaganda"をダウンロード

2007年5月24日 (木)

北欧文化特殊研究I

金曜3時限の北欧の地誌に参加しているみなさんへ!

遅くなりましたが、僕が授業でプレゼンした地誌の基礎に関する講義ファイルと、一回目のグールプ発表で用いられた各プレゼンファイルをアップロードします。遅れて、本当に申し訳ありません。パスワードは授業時間で伝えたとおりです。

北欧地誌の基礎に関するファイルをダウンロード
ヨーテボリ班一回目報告ファイルをダウンロード
コペンハーゲン班一回目報告ファイルをダウンロード
ウップサーラ班一回目報告ファイルをダウンロード

スウェーデン史ゼミに参加しているみなさんへ!

明日の5時間目のスウェーデン史ゼミですが、場所をかえてA棟6階の共同研究室でやります。論文の書き方指導の最終回ですが、共同研究室に設置したパソコンを使って、僕が思うところ最新の研究作法をご覧に入れようと思います。で、よろしく。

2007年5月20日 (日)

地球が欲しい

最近息子が、「地球が欲しい」とよく言っていて、その言葉を聞く度、「お前、アレクサンドロスやナポレオン以上の独裁者でも目指すのか?末恐ろしい」とドキッとしていた。しかし、なんのことはない…息子は地球儀が欲しいのだそうな。

昨日は家族と一緒に梅田に出て(…というか、家族と一緒なんて何日ぶりだ?…娘はいつの間にかおしゃべりになっているな…)、地球儀を探して大丸・阪神・ヨドバシカメラなどなどまわってみたけれど、まずない。(東京だったら、地球儀専門店なんてものもあるんだろうね。)で、あったとしても…薄いビニル張りの水性ペンで書き込みもできる安っぽい印刷なものとか、国別に色分けされてしまっていてあろうことか国旗まで書き込まれ説明過剰になっているものとか、ペンでタッチすると国歌が流れ様々な情報を説明してくれるものとか(…情報なんてすぐに古くなるのに、悪夢だ…)はあるのだが…こう、なんというか、子供だけでなく、教養ある大人もそれを眺めて世界のことを心落ち着けて夢想できるような、そんな地球儀がない。銀とか、黒とかで彩色されているものがあったが、あそこまでいくと地球儀のなんたるかを忘れた存在だ。

結構な値段がすることはあらかじめ知っていたけど、そんな安っぽい子供だましな地球儀に払う金はびた一文ない。こちらは国境線なんて意味のない…というか、人為的で無常な存在と思っているので、国の形を図示してくれるものよりは、人間の歴史を裏で支配してきた自然環境を立体的に再現してくれているようなもののほうが、息子に世界の人々の暮らしぶりなんかを説明するときには、便利だろうと思っている。国の形なんてすぐにでもかわりうるものだから、むしろ陸や海の情報のほうが長い目で見れば、大切だということだ。(なんだか、僕の地誌の授業で話していることみたい。)

結局、息子はペンでタッチすると情報が流れる地球儀にご執心な様子。ま、血は争えないと言おうか、そういう「ギミック好きな性分は親譲りだよな」と一寸微笑ましさを覚えたが、こちらは、それだけは頑として認めたくないので、泣き叫ぶ息子を無理矢理引き離して、地球儀はネット上であらためて購入を検討し直すことにし、妻は妻で彼女がご執心の草間弥生デザインの意匠が施された服を、僕は僕で出先での仕事専用にと比較的安価な万年筆を購入して帰宅した。息子が地球儀が欲しいというのを口実に、親がそれぞれの物欲を満足させて帰ってきたという形。

2007年5月19日 (土)

幸せな自分

昨日の金曜日も忙しかったけど、(写真撮影では学生のみんな、ありがとう!)個人的には忙しい時間を縫うように良いことも続けてあった。

一つ目は、大阪市内の某コンサートホールの企画担当者様がわざわざ僕の研究室までご足労くださり、レクチャーコンサートの話などをしてくださった。僕の妄想にも似た夢は劇場支配人になることなので(笑)、話の一つ一つが興味深く、嬉しい出会い。こうした方々と協力してできる仕事は楽しみだし、そんな仕事から学ばせてもらえる自分は幸せだ。

二つ目は、本当に久しぶりに大阪外大の同僚から飲みに誘われた。こんなことは本当に久しぶりで嬉しかった。で、僕は声をかけてもらえないのは、自分のほうに問題があって迷惑だからなのかなと思っていたから、「そうなんですかね?」と正直に聞いてみたら、そんなことはないらしい。ありがたい。一緒に困難な仕事にも取り組んでいこうという気分を取り戻した。苦しいときに、話を聞いてくれるこんな同僚をもてた自分は幸せだ。

2007年5月18日 (金)

楽天的な自分

このブログのタイトルを「古谷の駄目、駄目日記」にしようかと一寸思い始めていましたが(笑)、ようやくMicrosoftがMacOSのOffice用にOffice 2007のファイルをコンバートするプラグインを公開してくれたことで.docxなどがMacでも扱えるようになって嬉しいのでやめます。

いえいえ…それはさておき、今日もよく働いたと思うけれど、悪いことばかりではないですからね。この間、「地球を愚痴る」という暴挙をこのブログではたらいたら、いつも的確な指示を与えてくれる事務方の同僚から、「先生、裁量労働制というのは、自分で自分の体を守る制度ですよ」と助言を頂きました。なるほど合点がいきます。

その言葉を頂いて帰宅してみると、NHKのニュースで20代・30代の人に最近過労死が増えているという他人事にはみえない特集がなされていました。「過労死が起きるメカニズム」というのに関心があるのですが、何人かの不幸な事例が紹介されていたその特集を見る限り、重大な責任を与えられてオーバーワークするというところまでは僕もかわりはないのだけれども、そこでとりあげられていた事例の場合には、周りに愚痴ることもなく黙々と仕事を抱え込んだ結果の悲劇という点で、僕とは異なるなと思いました。

僕がまだ幸せだと思うのは、愚痴を聞いてもらえる同僚や友人に恵まれているということ、そうした人たちとの会話のなかから「次にこういうことができたら楽しいだろうな」と楽天的になれることでしょう。キュルケゴールが「死に至る病とは絶望である」と言っていたかと思いますが、僕には全くそれはあてはまらない。

「迷惑かな」とは思いますが、次の仕事で恩返しをしようと思うので、みなには感謝しています。話を聞いてもらえるだけで、内心涙が出るほど嬉しいんですよ。(この間、長電話につきあってくれたSさん、ありがとう!)で、今の仕事は研究室を離れて人と接する機会が多いのですが、仕事量と気を遣うことは多くとも、接した人から学ぶことは多く、今後にそれを生かそうと思えば、いかりや長介よろしく「次、いってみよう!」という気分にもなります。

例えば、大阪外大で働いていて、この大学の同僚の先生方が外国語教育に真摯に取り組まれている姿を見ていると、「自分も大阪外大の人間として、こういう仕事をやってみたい」という次の仕事が思い浮かびます。例えば、中級レベルの文章読解を養成するテキストの編纂。今やっているスウェーデン語の講読の授業が楽しいので、そこから思いついたことではあるのですが。

学部1・2年生でスウェーデン語文法をマスターしても、なかなか学術論文をよめるようにはなりません。そこで、一般的なスウェーデンの教養人たちが読んでいるような歴史や文化、社会などに関するテキストを例文として選び出し、初級レベルを修了した学生たちがステップアップを図るために自習できるようなテキストを作ってみたい。それぞれの例文には、関連する歴史や文化に関するコラムなどを加えてみて、例文にあげられるような文章がスウェーデン人によって書かれた背景なども学べるようにして、向こうの一般的な人と対等に対話できるような基礎的教養も身につけられるような。

いけない、いけない、またブログで気分転換をしすぎてしまった…(汗)。というわけで、仕事に戻ります。

2007年5月16日 (水)

スウェーデン語Ia

水曜5限のスウェーデン語講読に参加されているみなさん!来週はスコーネの森の民と義勇兵(snapphanar)を読みますが、その次に読んでいこうと思う文章をここにアップします。まずスコーネの義勇兵について知りたければ、

古谷大輔、「バルト海帝国とスコーネの「スウェーデン化」」、『IDUN』、2002年、15号、275-296頁

を参照してみてください。

さて、ここにアップロードする文章は、スウェーデンの経済を支えてきたファールンに関する文章です。出典はテキストのほうに記載されていなかったのですが、僕が目を通した限り百科事典的な文献からの引用だと思われます。

これまではしかるべきスウェーデンの歴史家の文章を読んでもらっていますが、この文章は情報伝達に徹した客観的説明文であり、みなさんがレポートなどを書く際に情報を参考・引用するスウェーデン語の文章としては、この程度のものをスラスラっと読めればよいと思います。

今日の授業では、スウェーデンに留学したらどういう食事を作って自炊するかという話で盛り上がりましたが、このファールンの文章…とあるスウェーデンの「国民食」に関わるものでもあります。こうご期待!

"Falu gruva"をダウンロード

破綻する自分

駄目だ…今晩…というか今朝も仕事、終わりません。裁量労働制とはいえ、完全にオーバーワーク。仕事がてら飲みまくっているトマトジュースの量と、終えることができない仕事が募ってあせりが増えるばかり。今日も僕が仕事を片付けることができず、どこかで迷惑を被る人がでてくると考えると、鬱だ。

だいたい朝あけるのはやすぎ。もうシャワー浴びて、大学いかなきゃいけないじゃん。一日を24時間たらしめちゃう自転活動しかできない地球め!誰にもぶちまけられないので、仕方ないからとりあえず地球を批判しちゃう!あのね…融通利かなすぎ。たまには、一日25時間とか、26時間とかしてみてよ。

授業はまったなし、会議もまったなし、督促もまったなし。えぇい、仕事、どんだけ〜!って感じ。最近耳にするようになった(野太いながらも「黄色い」声で)どんだけ〜!っていうフレーズは、それをはくたび…とりわけ研究室のロッカーや机を蹴り上げながら…カタルシスを感じるので、なかなか良いかも知れない。

というわけで、生活破綻と激やせと眉間のしわの深化は、どんだけ〜!って感じで進行中。箕面の山のシャア専用って気分で通常の3倍のスピードでデスクワークをこなさざるをえないとか、認めたくないものだな…若さ故にこきつかわれちゃうことを…なんてぼやいちゃうくらい脳内アホ化も進行中。

でもね、いずれの仕事も、たぶん今の僕じゃないとできない仕事ばかりと思うから、負けることはないと思うのですが…と強がってみる。こなくそ!今日もやりきってみせる。(このブログはね、長文で発言するようになってくると、それは現実逃避か、気分転換を求めている裏返しだと思ってくださいね。)

2007年5月15日 (火)

ThinkFree Officeを試せ!

ブラウザソフト上で利用するオフィススイートThinkFree Officeの日本語版が、ソースネクストより提供開始されました。とりあえずThinkFree てがるオフィスという名前で、今はベータ版ですからユーザ登録は無料、登録と同時にネット上に1GBのファイルストレージを確保できます。

さてこのThinkFree Officeですが、ブラウザ上で動作するソフトであるGoogle Docs & SpreadsheetsのようにInternetExplorerやSafari上で動かすワープロ、表計算、プレゼンシート作成のソフト。Microsoft Officeとは違って、いちいちパソコンにインストール作業を施すことなく、ThinkFree Officeのサイトをブラウザで閲覧し、ログオンするだけで文章を作成できます。(なぜか、うちのMac miniのFirefox 2.0.0.3ではうまく動作しませんが。Safariでは、ばっちりです。)

Googleよりすごい点は、Microsoft Word, Excel, PowerPointで作成されたファイルと互換性をもっている点。それだけでなく、高度編集モードにおけるソフトウェアのインターフェースは、一昔前のMicrosoft Officeそのもの。いやはや、ブラウザで動かせるワープロソフトで脚注まで挿入できたり、プレゼンテーションソフトでアニメーション効果を挿入して、それを実行させたりできるとは恐れ入りました。もう、ほとんどMicrosoft Office XP並みです。

でね!早速、講義で使えないかといろいろと弄んでいたら、これすごいですよ。とりわけプレゼンテーションソフト。例えば、PowerPointの入っていないパソコンってのは結構あるけれど、PowerPointがなくてもネットワークに接続されていて、ThinkFree Officeにログインできれば、そのプレゼンソフトでスライド実行すると、そのままプレゼンができてしまう!最近は、ネットワークにノートパソコンを接続させて講義を行い、情報検索の方法などをその場で実践したりしているけれど、ブラウザ一つでプレゼンも、情報検索もできちゃうってことになる。す、すばらしい。(相変わらず大阪外大の教室ではネットワークに接続できないから、来週の関西外大での授業から試してみよう。)

これが携帯電話で使えるなら、「もう本当にパソコンを持ち歩く必要もなくなるな」と淡い期待を抱きながら、携帯電話のPCサイトビューワ(auの場合は、Operaですが)で扱ってみましたが、ログインはするもののファイルが見られずアウト。今後に期待です。

こうしたブラウザで使用できるソフトが普及すれば、常時ネットワークに接続された環境ならば、高価なMicrosoft Officeをあえて導入する必要もなくなりますね。不正コピーなんて問題も回避できるようになる。なにより、パソコンの知識がない人も、インストールなんて面倒な作業をする必要なく、ただブラウザを開いて、パスワードを入力すれば、すぐに文書を作成できるようになる。それに、クライアント側にはクライアントOSとブラウザと日本語変換ソフトくらいを導入すれば十分になるから、システムアドミニストレータ(あるいは、いつもパソコンの面倒をみさせられている人)の管理が楽になる。

なんだか、この文章を書いていて、Microsoftのことを思うと寂しくなってきました。余計なお節介かもしれませんが。Windows Vistaが未来を感じさせないOSとして仕上がった結果、WindowsというOSのブランドネームは、一世を風靡したかつてのDOSと同じように、もはや「時代遅れ」の代名詞と変わりなくありつつあるし、文書作成の道具としてデファクトスタンダードの地位を占めたOfficeも、OpenOffice.orgやThinkFree Officeのような互換性の高いソフトが出回り、いずれ高価が仇となって使われなくなるんじゃないかな?さようなら…Microsoftって感じです。

(ま、十数年、世界のコンピュータ市場を牽引してきて、ソフトウェアのライセンス料なんて概念を生み出しただけでも、20世紀末から21世紀初頭の文化形成に一廉の役割を果たしたってところでしょうか。)

現代北欧地域論4a

大阪外大のみなさん!今日の講義ファイルをアップロードしておきます。前回の講義ファイルも持参してください。この5月15日分の内容にも、たぶん入ると思います。その内容は、いよいよ北欧における「複合国家」を触れる予定なのですが、お暇ならば、このブログで発言した「子守歌に見る複合国家」を読んでおいてください。ちょっとは面白くなるんじゃないかな。では、また!

今日の講義ファイルをダウンロード

2007年5月14日 (月)

地域研究VIII

関西外大のみなさん!ここに来週の講義ファイルをアップロードします。枚方も暑くなってきましたが、爽やかにいきましょう。では、5時間目にお目にかかります!

来週の講義ファイルをダウンロード

子守歌に見る北欧意識

前の発言で紹介したブランカ王妃の子守歌の話は、面白い話が続きます。

みなさん!この子守歌、王妃ブランカが息子のホーコン王子をあやしていて、その歌詞にはカルマル連合の支配者となったマルグレーテが出てくる…って話、なんだか、話がうまくできすぎている感じがしませんか?(14世紀後半の北欧史を説明するには、とても良くできたテキストだと思いますが。)そう、これは14世紀の同時代に語られた事実ではなく、19世紀に作られたフィクションです。実際に王妃ブランカが子供をあやすために14世紀に作られた子守歌ではないのです。

先の発言では、あえてこの子守歌の成立年代を説明していませんでしたが、この子守歌が作られたのは、19世紀後半だということが特定されています。まず、大阪外大の学生諸君と呼んだ子守歌そのものの歌詞は、19世紀後半にルンド大学で美学研究者として活躍したH.ハルベックの手になるものです。このハルベックの作詞は、先の発言でごらん頂いた、1877年に描かれたA.エーデルフェルトの絵に触発された結果だったということです。そして、このエーデルフェルトの絵そのものも、Z.トペリウスというスウェーデン系フィンランド人の歴史家・文学者が1871年に出版した『子供のための読み物』に収められていた「お馬さんに乗って」というブランカ王妃に取材した物語に触発されて描かれたものでした。

さて、この王妃ブランカの子守歌の成立に関わったA.エーデルフェルトという画家とZ.トペリウスは、ともにスウェーデン系フィンランド人であったという点に共通点があります。しかもロシア帝国下のフィンランド大公国時代に生きたスウェーデン系フィンランド人です。ここに、この子守歌成立をめぐる興味深い背景について、あれこれと思いを巡らせることができます。

この子守歌のプロットが1870年代以降に作成され、その内容が普及したという時代背景をまず考えてみましょう。北欧史の文脈では、1864年にいわゆる第二次スリースヴィ戦争(一般的には、シュレスヴィッヒ・ホルシュタイン戦争)でデンマークがプロイセン・オーストリア連合軍に敗北して、スカンディナヴィア主義による北欧民族の統一運動が挫折した後の時代となります。確かに、北欧三王国の合同による北欧民族の統一を目指したスカンディナヴィア主義は挫折したわけですが、そののち、スカンディナヴィアという言葉が表象する狭義の「北欧」を越えて、僕たちがイメージする「北欧」を用意するノルド主義とでも言うべき新たな「北欧」の考え方が模索されていきます。

その帰結は冷戦期に確立された北欧会議に一つの画期を見ることができると思いますが、スカンディナヴィア(北欧)を越えたノルデン(これも北欧)を模索していった動きの一つを、僕たちはフィンランドに垣間見ることができると思います。なぜならば、フィンランドは、19世紀のスカンディナヴィア主義を用意した考え方からすれば、言語的にも、宗教的にも、歴史的にももともとスカンディナヴィアを構成する民族から除外されていたものの、僕たちもイメージするように20世紀後半以降は「北欧」の一員として誰もが疑わない国家へ変貌を遂げましたからね。「北欧」という概念が歴史的に変幻するのだというテーマの格好の素材です。

フィンランドは、長いスウェーデン支配の歴史から脱し、ナポレオン戦争以降はロシア帝国を構成する一つの大公国として自立します。スウェーデンとの対抗関係を念頭に置いたロシア帝国のフィンランド政策は、言語・文化面での脱スウェーデン化(それは転じてフィンランド化)に特徴が見られるかと思います。そのなかで危機感を抱いていた人たちは、スウェーデン統治下にあっては伝統的なエリート集団とされていたフィンランドのスウェーデン語話者(いわゆるスウェーデン系フィンランド人)でした。

フィンランド大公国(そしてロシア革命後はフィンランド共和国)の主流が脱スウェーデン・脱北欧を目指す一方、スウェーデン系フィンランド人は、例えばスカンディナヴィア主義が盛んだった19世紀半ばには、自らもスウェーデン文化に連なる一員であることを主張して、その運動への連帯を申し出たりもしています。スカンディナヴィア主義が挫折した後も、スヴェコマンと呼ばれたスウェーデン系フィンランド人たちは、フィンランドをも含むより拡張された「北欧」の存在を主張します。

僕は、この子守歌が1870年代にヘルシンキに集ったスウェーデン系フィンランド人たちの間で作られていった事実にぶち当たったとき、「この子守歌は、スウェーデン系フィンランド人たちの「北欧」希求の一つの顕れではないか?」と思いました。王妃ブランカの物語を書いたトペリウスやその様子を描いたエーデルフェルトたちの書簡をつぶさに調べたわけではないので、今の時点では確証はできません。

しかし、トペリウスがスウェーデン系フィンランド人の精神的中核を担うかのJ.L.ルーネバリ(フィンランド国歌の歌詞を書いた人物として知られる超ビッグネームです)の歴史学・文学における門弟であり、エーデルフェルトもまたルーネバリの主宰するサークルにあってルーネバリの様々な作品に挿絵を提供していた画家であった(例えば、ルーネバリの代表作である例のナポレオン戦争に取材した『旗手ストールの物語』など)ことなど、その状況証拠をかき集めて僕が想像してみるに、19世紀後半のヘルシンキ(…この場合、スウェーデン語風にヘルシンフォシュと言ったほうが良いかな…)のルーネバリを軸として集ったスウェーデン系フィンランド人の求める「北欧」意識が、この子守歌にも垣間見られると思ったのです。

例えば、「北欧」の起源を歴史的記憶に求めようとした際、それをデンマーク王を盟主としたカルマル連合ではなく、スウェーデン王マグヌス・エリクソンを中核とした「中央スカンディナヴィア帝国」に求めたあたり。自らも歴史的にスウェーデン人としてスウェーデン文化(あるいは彼らにとっては「北欧」文化)を担ってきた成員としてのスウェーデン系フィンランド人たちの自覚が、この子守歌にはこめられているような気がします。

たった一つの子守歌から広がる北欧史の世界…中世から現代、フランドルからフィンランド…いささか誇大妄想的なのは、僕の性格ゆえお許しください。何気ない学生の質問から出発した壮大な話です。(スウェーデン語の授業にでてくれているみなさんには、本当に感謝。こうした経験ができるから、どんなに疲れていても希望を見いだせます。)ただしこの後半の発言は、状況証拠から僕が想像している話にすぎません。どうぞ、関心を持たれた方がいらしたら、しかるべき史料にあたって調査・批判してみてください。応援します。

2007年5月13日 (日)

激しく不味いピザ

今日の昼は、家族と一緒に近所のイタリア料理やさんへ行きました。どことは言いません。ロマンチック街道沿いにある人気の店とだけ行っておきましょう。今日のランチには二種類のピザが用意されており、息子はトマトソースベースで鶏肉とブロッコリーのもの、僕は豚トロと生レタスのもの。後者、はげしくまずかった。あの…いやはや、なんていうか、一口食べて豚肉特有の臭みが口の中に広がり…あぁ、思い出すのもいやなのですが、それ以前になぜあのお店があんなに流行っているのか。みんな、味覚音痴か?!それともはやりの店だから出されるものに間違いはなく、むしろ自分の味覚のほうが間違いがあると思いこんでいるのか?!いいや、今日のピザは、素材の味をそのまま生かそうとした言えばそれまでなのかもしれませんが、ピザだからといって、ピザにトッピングする部分も、やはりきちんと下味をつけて、きちんと調理すべきでしょう。ありゃ、生の豚肉をそのまま細かく切ったものをピザ生地に乗せて石窯で焼いただけだ。臭いはずです。いや、本当に不味かった。

子守歌に見る複合国家

大阪外大で教員という仕事をしていてとても幸せだと思うことは、日々のスウェーデン語講読の授業もただ漫然と教えるのではなく、スウェーデン語の基礎をしっかりと学んだ学生のみんなから挙げられる指摘の数々に対応するなかで、こちらもスウェーデン語やスウェーデンのことについて勉強させてもらえるということです。この発言のきっかけになったのは、ゴールデンウィークに入る前のスウェーデン語講読の授業で、そのテキストに出てきた子守歌の話に対する質問からはじまります。

その子守歌とは、スウェーデンでは今でも子供をあやすときに歌われる「走れ、走れ、お馬さん」という歌です。この子守歌はポピュラーでスウェーデン人ならば、おおよその人が子供の頃この歌であやされたことがあるそうです。さて、そんな子守歌が、その日のテキストでは、なぜか14世紀半ばに活躍したマグヌス・エリクソン王(1316-74, 彼は、現在につながるスウェーデンの基本法の原型をつくった王として知られていますが)のくだりで登場しました。そのテキストでは、マグヌス・エリクソン王に嫁いだフランドル出身のブランカ・アヴ・ナミュール(1320-63)という王妃のことが説明され、その王妃の名前は「よく知られた子守歌「走れ、走れ、お馬さん」のなかに登場する」として、子守歌の歌詞が突然でてきました。それ以外にはテキストでは、一切子守歌の説明はありませんでした。

「走れ、走れ、お馬さん、お馬さんの名前はブランカ…」

そんな歌詞で始まる子守歌で、我が優秀なる大阪外大のスウェーデン語の学生たちはすぐに正確な訳をつけてくれたわけです。普通なら「それでは先に進みましょう。」ということになるのですが、その日は、「先生!なぜブランカという女王様が、お馬さんになっちゃったんでしょう?」という誠に正鵠を射る質問が挙げられました。「なにやらなぞめいていますね。ただ残念ながら今はわかりません。ゴールデンウィーク中の僕の宿題とさせてください。」とその場は取り繕いました。

で、これを調べてみたらすごいことになっている!

まず19世紀後半に活躍したスウェーデン系フィンランド人画家のA.エーデルフェルトが1877年に描いた有名な歴史画「王妃ブランカ」をご覧ください。

Blankaこの絵は、スウェーデン・スウェーデン系フィンランド人の中に保たれているブランカ・アヴ・ナミュールのイメージをもっともよく具象化した絵として知られています。王妃の太ももの上に乗せられて、あやされている子供は、マグヌス・エリクソン王との間に1340年に生まれたホーコン王子とされ、彼は1355年にホーコン6世としてノルウェー王に即位した人物です。もう、みなさん、おわかりでしょう。この絵は、「走れ、走れ、お馬さん」を歌いながら、ホーコン王子をあやすブランカであり、ブランカ自身をお馬さんに見立てて子供をあやしているわけです。ブランカという女王様の名前が、お馬さんの名前になっている理由はそれで説明がつきます。

さて、この子守歌の歌詞の一番は、「お馬さんはどこへ行くの?ふとっちょの少女マルガレータのところよ」という歌詞で閉じられます。僕的な驚きは、ホーコン王子を乗せたお馬さんがマルガレータのところへ向かうという内容です。マルガレータという名前はありがちな名前ですから、たんなる子守歌と見なすならばその名前の意味を見落としてしまうでしょう。しかし北欧史の文脈に立って、この子守歌がホーコン王子をあやす歌となると、このマルガレータの意味を見落とすわけにはいけません。

ホーコン王子は齢13歳のときに、デンマーク王ヴァルデマー4世(…14世紀におけるデンマーク隆盛を築いた王で、再興王と呼ばれます…)の娘マルグレーテと結婚します。ホーコンに輿入れしてきたとき、マルグレーテはまだ10歳でした。ノルウェー王となったホーコン6世とマルグレーテとの間には、オーラヴという子供が1370年に生まれました。母方の祖父にあたるヴァルデマー4世には男子が産まれなかったため、ヴァルデマーの死後、このオーラヴが1376年に若干7歳でデンマーク王オーロフ3世として即位します。そしてオーラヴは、父のノルウェー王ホーコン6世が死んだ後、1380年に11歳でオーラヴ4世としてノルウェー王に即位します。少年王オーラヴの後見人となった人物は、母のマルグレーテでした。このオーラヴも若くして亡くなり、やがて後見人を務めていたマルグレーテはデンマーク王、ノルウェー王の継承者として、自分の妹の孫であるドイツ・ポンメルンのエーリックを指名し、やがてこのエーリック・ア・ポンメルンが1397年にスウェーデン王として迎え入れられることで、最初のデンマーク・ノルウェー・スウェーデンの連合王となります。

北欧史に詳しい人ならここまで説明するともうおわかりでしょう。「走れ、走れ、お馬さん」で王妃ブランカの馬に乗せられた王子ホーコンが向かったマルガレータとは、後にカルマル連合と呼ばれる国家連合を築き、エーリック王の後見人として連合の実質的支配者になったマルグレーテ女王のことだったのです!「ふとっちょの少女マルガレータ」のふとっちょとは、14世紀のバルト海世界の文脈で言えば、ハンザ同盟と抗争してデンマークがヴァルデマー再興王のもとでバルト海に覇を唱えようとしていた時期であり(…例のバルト海に浮かぶ最大の島ゴットランドにある世界遺産の都市ヴィスヴィー侵略を行ったのも、ほかならぬヴァルデマー再興王…)、デンマークの隆盛を比喩したものと受け取るべきでしょう。

さて、かくのごとくカルマル連合は築かれ、ブリテンやスペインなどとならんで複合国家の典型例だとされるわけですが、この子守歌についてはマルグレーテ時代のデンマークではなく、その義理の父であるマグヌス・エリクソン王時代のスウェーデンで歌われていることが、次に興味深い点となります。

確かにカルマル連合は、デンマーク王という一人の人格がノルウェー王とスウェーデン王を兼任したことで、北欧三王国の王位を束ねたという点で歴史上はじめての事例です。しかし、王位に限定しなければ、こうした国家連合の事例はカルマル連合が最初ではありません。この子守歌を歌ったとされるブランカが嫁いだマグヌス・エリクソン王も、ノルウェー、スウェーデン=フィンランド、そして当時はデンマークの一部だったスコーネ(彼はスコーネの質権をデンマーク王から購入しました)を同時に支配しました。この14世紀半ばに実現したマグヌス・エリクソン王によるスカンディナヴィア支配圏は、面積の点で言えば、当時のヨーロッパ世界で一人の人格が支配する領域としては最大でした。

このマグヌス・エリクソン王の広域支配圏は、最近は「中央スカンディナヴィア帝国」などとも言われます。例えば、それぞれの王国には国法と王国参事会があって、それらは廃止されず、国王はそれぞれの王国でそれぞれの国法と参事会の助言に従って政治を行う形式など、マグヌス・エリクソン王が実践した方式はカルマル連合の原型としても知られています。北欧史の事実としてはここまでですが、マグヌス・エリクソン王に嫁いだブランカ王妃が歌う子守歌で、「ブランカという名前のお馬さんがマルグレーテのもとに向かう!」という歌詞がいみじくも歌われているという点は、中世後期にあって諸侯の合従連衡が激しかった複合国家の本場(あるいは近世という世界を準備した中世の黄昏の地)から嫁いできた王妃ブランカを通じて、北欧に複合国家を確立したマルグレーテの政治的手腕が育まれたような気がしてなりません。

2007年5月12日 (土)

何もかも、懐かしい…

070511_13370001_1 沖田艦長の辞世ぢゃないが…今日、訪ねた駒場はおよそ10年ぶりで懐かしかった。僕の東京時代の始まりの地ですから。昔、主食だったカールをよく買っていた一号館裏の売店は、まだありましたね。

小綺麗になったとは聞いていたけれど、それは確か。イタリアントマトやら、ルベソンベールやらが入って、なんだか有閑マダムの溜まり場みたいだったけれど。昔は、まるかとか、駒下の食堂とかに通ったもんだが、駒場キャンパスが充実した反面、駒下は寂れているらしい。

で…今日感じた一番の感想は、「え?駒場って、こんなに狭かったっけ?」ってこと。キャンパスも、通りも、建物も…。学部の入りたての頃は、写真にある一号館も大きく感じていたけれど、いろんな大学を見て回って、こちらが不感症になったか、こちらの人格が横柄になったか…こちらが成長したからと思いたい。

2007年5月11日 (金)

いざ東京へ!

Ca370044001_1というわけで、密命(大笑)をおびた僕は、今、新幹線のなかにいます…ブルックナーをききながら。今回は、日帰りの強行軍ですが。新大阪のホームでは、試運転中のN700系に遭遇。想像していた以上に、美しいデザインですね。やるねぇ、粋だねぇ、日本の技術力!写真は今、ケータイでは縦横変換できないので、お許しを。

【緊急】大阪外大のみなさん!休講のお知らせ

大阪外大のみなさんで、金曜日の北欧の地誌、スウェーデン史演習を受講している人たちへ!

今度の金曜日11日ですが、緊急の東京出張が入ってしまいました。誠に申し訳ないのですが、3時間目の北欧の地誌と5時間目のスウェーデン史演習を休講とします。

よろしくお願いします。

2007年5月10日 (木)

北欧文化演習Va(デンマーク史演習)の論文

水曜3時限のデンマーク史演習に参加しているみなさん!

こちらに来週以降輪読するDag Thorkildsenの論文をアップロードしますので、各自ダウンロードして予習しておいてください。来週の水曜日には、少なくとも143頁まで読んできておいてください。北欧意識の形成においていかにキリスト教信仰がかかわっていたか、また僕たちは十把一絡げに「北欧は福音主義ルター派教会だ」と思いこんでいるのだけれども、北欧諸国間におけるその微妙なニュアンスの差が論じられています。そのあたりを理解しないと、なぜデンマークとノルウェー、スウェーデン、フィンランドはばらばらな歴史を歩んだのかも理解できないわけですね。また、なにより19世紀以降の「北欧」を築き上げた人々を結びつける紐帯(…社会的結合だとか、社会的紐帯とか…ゼミの時間に徹底解説です…)を、ナショナリズム論よろしく、国語だとか、歴史的記憶だとかだけに求めるのではなく、信仰という面に着目して論じています。だから近現代における北欧世界の基層を考える上でとても示唆にあふれる論考だと思います。で、よろしく。

Dag Thorkildsen, "Religious Identity and Nordic Identity", Ø. Sørensen and B. Stråth (eds.), The Clutural Construction of Norden, Scandinavian University Press, Oslo, pp.138-160.をダウンロード

2007年5月 8日 (火)

因果はめぐる

今年、僕の大学院の授業に一人の院生が参加してくれるようになった。大学院の授業は、これがはじめて。ただしスウェーデン語専攻の院生ではないので指導教官は別であり、論文・研究指導をするというものでもない。その院生はロシア語専攻の学生で、ロシア史を専門としている。僕は、大学生・院生時代、ロシア史を専門とする先生に主に研究の指導をしていただいた。そして、その関係でロシア史のゼミにも参加した。昔取った杵柄で、今、大阪外大にあってロシア語の院生と語ることができる。かつての東大西洋史のロシア史ゼミで一緒させていただいた皆さんには、ひたすら感謝するしかないが、因果はこうしてめぐる…スウェーデン語の専攻でロシア史の学生と指導するとは。(他にも、僕がかつて挫折した東欧史の研究者の方々との関係も、今の僕の様々な仕事に生きてきた。あちこちに顔を出しておいた伏線がいまになって生きているということ。)本当ならば、ロシア語かスウェーデン語を共有できる環境ならば、バルト海世界を取り囲む歴史的問題を扱ってみたいと思う。ヴァイキング、バルト海帝国、大北方戦争、ナポレオン戦争、社会主義…ロシアとスウェーデンを区切って考えるなんて、ナンセンスだと僕は思うから。

2007年5月 7日 (月)

地域研究VIII

関西外大のみなさん!来週の講義ファイルをアップロードします。今日の5時間目のファイルは、先々週の発言をご覧ください。それでは、5時間目にお目にかかります。

来週5月14日の講義ファイルをダウンロード

2007年5月 6日 (日)

購入18年後の衝撃

このGWはほとんど自宅に籠もっていましたが、1ページはおろか1行さえ論文を書くことができません。関係者のみなさま、すみません。

もう最終日ですからね。気分転換とばかりにカラヤン&BPOによるブルックナーの交響曲全集をMac miniに取り込もうと封を開けてみたら…びっくり!スポンジが風化して、CDにべっとりとこびりついている!

CDがでまわりはじめた1980年代、とりわけ輸入盤にはCDとCDの間に薄いスポンジが封入されていました。それが劣化して一部が溶けてCDに張り付いてしまうとは!まさか、この十数年の間に、スポンジが溶け出すほど温暖化が進行したということ?(四半世紀前の人々はここまで温暖化が進行するとはゆめにも思わなかったでしょう。)

このブルックナーの全集は、18年ほど前に僕が東京の予備校で浪人生活を送っていたときに、渋谷WAVEで買ったことを記憶しています。それ以来、僕の大学・大学院の思い出と共に、いつも繰り返し聞いてきた思い出深い録音です。

スポンジを拭き取ってみると、その跡はどうしても落とすことができませんが、CDの音はさすがにデジタルというだけあって変わりはない。さっそくiTunesに落として、乾燥した場所に保管し直そう。

(といっても、この官舎、湿気多すぎ。虫と隙間風とカビのない住環境に憧れます。僕の調子の悪さの理由の一つは、この官舎の住環境にもある…と責任転嫁してみる。)

2007年5月 5日 (土)

ブログもケータイで

家族も帰阪したので、子供の日ということで、長男の希望をのみ伊丹空港。(天王寺の噂の鉄カフェへ連れてけ…と言われなくて良かった。知ってた…いよいよ次は北新地に鉄バーができるんだって!タモリ倶楽部ファンには、たまらないでしょう?)

伊丹空港もお客さん獲得に懸命で、屋台に、ライブに、金魚すくい。アクタス(という北欧風を目指している家具・雑貨や)入るとき、「金魚、お断り」ってゆうのに、温度差を感じたけど。

どこでも子供優遇で大混雑。こちらは離陸する飛行機のランディングギアが、スーッと引き込まれる姿を見ながら感慨に耽る…どこか飛んでいけ自分。

しばらくパソコンを開く気分にもならないので、しばらくはケータイでブログをつけます。

2007年5月 4日 (金)

やるな!滋賀大学

やるな!滋賀大学

家族を迎えにいった新大阪駅のホームで、滋賀大学の看板を見ました。今時、私学では当たり前でしょうが、なにせ国立大学法人の看板だったのでびっくり!「国立大学法人滋賀大学」と銘打たれた立派なものが、しかもわが大阪に!地方の国立大学の生き残り合戦はかくもシビアなものです。

(この写真はW51CAという携帯電話で撮ったもの。解像度だけVGAで、手ぶれ防止設定なしで撮ったのでぶれています。というか、いつの間に新大阪駅にユニクロができたんだ?)

2007年5月 2日 (水)

北欧白夜祭2007

GWは部屋にこもって仕事しています。ときに北欧音楽・ワールドミュージックのプロモーターであるハーモニーフィールズさんから、この6月に開催される北欧白夜祭2007の詳細について連絡を頂きました。寺田さん、ありがとう!というわけで、こちらにも宣伝いたします。

北欧白夜祭2007

【日時と場所】2007/6/16(土) 神戸 ジーベックホール

【内容】盛りだくさんすぎて紹介しきれません。詳細はこちらで確認してください。メインイベントはスウェーデンのリコーダ奏者のヨーラン・モンソンさん、ピアニストの谷川賢作さん、フィドル奏者の大森ヒデノリさんの「白夜祭スペシャルトリオ」のライブ。僕はその前座で谷川さんとトークショーをさせていただきます。

で…ですね。僕は気軽に「講演なんかよりも、トークショーなんて形式だったら、話がどこに転ぶかわからないから、スリリングで面白いよね!」と、我らが大阪外大スウェーデン語専攻の卒業生でもある寺田さんからの企画話にのっていたら、「谷川賢作さんをお相手にというのではどうでしょう?」との答え。そこのあなた!谷川さんと言えば、あの谷川さんでして、ジャズピアニストとしてはもちろんのこと、僕のようなテレビ好き・映画好きの者からしたら、今日本の作曲・編曲の世界でこの人を抜きには語れない方なのです。(谷川さんのサイトはこちら。)大変光栄なことですが、一介の大学教員が話しをさせてもらってよいのかしら…いえいえ、何が起こるかわからないところで、異分野間のコラボレーションは刺激的。だから、こういう企画は大好きです。白夜の北欧をネタにトークでセッション。久々のお祭り企画で、これは楽しみです。皆々様、よろしくお願いいたします。

(でもって、すみません…今年の日本西洋史学会は…というオチです。)

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