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2007年3月18日 (日)

彩都西駅にて考えたこと

今日は大阪モノレール彩都西駅のオープニングセレモニーに行ってみました。朝早かったのですが、鉄道好きな息子のたっての願いで。彩都は箕面市と茨木市の市境部に建設されているニュータウン(もはや死語ですか?)で、正確には「国際文化公園都市」。その南西端には、我らが大阪外大が位置します。彩都西駅の開業で大阪外大と千里中央を結ぶ公共交通機関は、阪急バスに大阪モノレールも加わることになります。現在工事中の大阪外大北通用門と彩都西駅を結ぶ連絡路、すでに通れるようですね。今日は使えませんでしたが、目算では徒歩10分ちょっとといった感じでしょうか。

今日のセレモニーですが、国と府の力のいれ具合がよくわかる来賓のお歴々がいらしていましたね。阪大の一部の研究施設もあるものですから、阪大総長も紹介されていましたね。セレモニーの場では、我らが外大学長もお見かけしたものですから、「学長先生も休日なのに朝も早くから大変ですね。」と僕は声を掛けましたが、阪大総長とは扱いが違って、国際文化公園都市の一翼をなす教育・研究機関の長であるというのに植樹祭の場では紹介されず、何とも非礼千万というか、寂しさが募る思いに。大阪外大は、まだ阪大の一学部ではありません!大阪モノレールを彩都まで通すことに尽力されてきた国や府の関係者の皆さんには申し訳ありませんが、僕は憮然とした思いを得ました。

先週後半は、隔年に一度僕ら大阪外大デンマーク語・スウェーデン語研究室が刊行している紀要『IDUN 北欧研究』の編集作業をしていました。その作業を踏まえつつ、また今朝の新聞で見かけた「経済財政諮問会議で国立大学法人への運営費交付金の配分額決定に競争原理を導入せよとの提言」という記事を読んで、今日、彩都西駅から僕たちの大阪外大を眺めながら、一つの不安がよぎりました。大阪外大で生活している人なら誰しも、今後をめぐって不安を抱かない日がないと思います。いろいろな問題が山積していますが、なかなか研究体制の今後についてまでは思い至らないでしょう。例えば、紀要刊行の問題です。

大阪外大は外国語学部が一つしかない単科大学です。しかし専攻・専攻語の数は30近くあって、そのほとんどが独自の紀要を発行しています。(大阪外大全体でも『論集』という紀要が別にありますし、大阪外大には言語社会学会という学内学会があってそこでも研究誌が公刊されてきました。)単科大学で、ここまでヴァラエティに富む紀要を数多く公刊している大学は、国の内外を問わず非常に珍しいでしょう。各専攻・専攻語単位というところに、長所もあれば、短所もあるのですが、紀要発行という点に限れば、それぞれの専攻における研究活動は盛んだったと言えます。

大阪外大には、ここにしかない専攻がいくつもあります。ですから、そうした専攻が独自に発行している紀要は、国内でも非常に貴重な専攻言語による研究誌ばかりです。僕たちの『IDUN 北欧研究』もそう。すでに30年以上の発行の歴史があるし、投稿条件の一つとして必ず北欧語で要約を付さねばならないし、前号からは査読制度も導入して、我が国でも数少ない北欧学の研究誌としての質を向上させるために努力しています。こうした紀要の発行を財政的に支援してきたのは、これまで大学当局から交付されてきた研究費でした。我が国でも大阪外大にしかない専攻の価値は、単純に市場原理における需要と供給の関係では図ることができないため、大学から交付される研究費から発行に必要な経費を捻出して、どの専攻も紀要発行に努めてきたと思います。

今期通常国会で審議される国立大学法人法の改正をまって、大阪外大は阪大と統合される可能性が高くなってきました。統合後、総合大学の一部局に配分される研究費がどのようになるのか、これはまだ見通しの立たない話です。これまで大学単体として財政的に保護されてきた感の強い専攻単位の研究活動には、厳しい裁定が下る可能性もあるでしょう。総合大学の部局としては、自然科学系も含めて他の部局と比較されていくそうですから。そして、経済財政諮問会議では、自然科学系も、人文・社会系も垣根なく、競争原理に基づいて運営費交付金の配分を行うべしとの意見がでてきているという。しかしながら、この原理で動かれてしまうと、市場原理でその存在価値を計ることのできない僕たちの大学は厳しい評価を受けてしまう。世界の文化と言語を理解するための我が国における最終的な唯一組織として、僕らは少数精鋭で教育・研究活動を行っています。国内では需要が少なくとも、この大阪外大にしか我が国では学べる環境がないということで、専攻語教育に全身全霊を尽くしている先生方も多いでしょう。そうした環境でも、市場原理は絶対の原則でしょうか?僕らは、その原理から逃げて、甘えているのでしょうか?

大阪外大における普段の研究推進活動のなかでは、科研をはじめとする学外の競争的研究資金の獲得について、口を酸っぱくして(時には人に恨まれながら)発言をしている研究推進室の室長代理が、このようなことを言うと矛盾しているかも知れません。しかし、競争原理という点だけで教育・研究実績が評価されてしまうと、例え、学外の競争的資金を獲得したとしてもそれが少額であり、しかもその成果は特殊な言語・文化圏の理解にしか役立たない(と見られてしまう可能性のある)僕らの研究に対する研究費の配分は、ますます減額ということになってしまいます。となると、これまで大阪外大80年の歴史のなかで育まれてきた、数多くの貴重な学問的価値(それは希少価値と見られても仕方ないかも知れませんが)をもつ紀要の刊行も、先行きが厳しいものになってしまいます。これは大いなる不安です。

個人研究費から捻出する余裕がなくなるほどに研究費が少なくなっても、それでも紀要を発行するという選択を迫られる場合、例えば、紀要発行母体を研究会組織に改め、会員や紀要購入者から会費や雑誌代を徴収するという方策も考えられますが、一回の発行につき印刷代だけで50万円くらい(編集過程で必要になる消耗品費や紀要の発送代は除きます)がかかるのに、それほどの資金を集めることができるのか?僕らの研究分野は、自然科学系の人たち、あるいは市場経済に浸かっている民間・財界の人たちから見れば、雀の涙ほどにしか見えないだろう研究費の有無が、研究活動の将来にとっての死活問題となるのです。一体何億円の巨額が投入されたのかわからない彩都西駅に佇みながら、僕はそんなことを考えていました。

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