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2007年2月24日 (土)

松江で語ったこと

というわけで今回の松江出張の主眼は、来年の日本西洋史学会におけるシンポジウム「近世ヨーロッパの戦争」へむけた研究会にありました。今年の千葉大学におけるシンポジウムでは準備時間に限りがあったのですが、今回はじっくりと問題意識を共有しながら、来年の本番に邁進したいところです。

今回のシンポジウムにむけては、その背骨となる議論として、1997年にアウグスブルク大学のJ.ブルクハルト先生によって公にされた近世ヨーロッパにおける戦争の恒常的状態に関するテーゼ(…これは70ページを超える長大な論文ですが、横浜桐蔭大学の鈴木直志さんの翻訳によって日本語でも読めるようになりました…鈴木さん、感謝!)があります。今回の出席者に共有されている意識としては、イタリア戦争以降その形が登場し、ウェストファリア条約で一定の形式を得たと理解されているいわゆる「主権国家体制」に批判的であること。その理由は、近世の戦争の主体である「国家」が集約化された国家経営機能を持った近代的な主権国家とは異なって、主権も、国家の意味するところも近代国家とは異なるいわば「近世国家」とでもいうべき独特なものであることにあり、近世における戦争は「国家間」の戦争というよりは、「国家形成」途上の試行錯誤の時期にあればこそ恒常化したといったところにあろうかと思います。

シンポジウム参加予定者の先生方からは、各々とても興味深い報告がなされました。(それらは本番を楽しみにしていてください。)僕は近世スウェーデン史研究をしているものですから、例の「軍事革命」論から出発するわけですが、「軍事革命」論を国家経営の観点から敷衍させたスウェーデン軍事国家モデルが、「スウェーデン」という存在を大前提としている点に問題があることを、17世紀の戦争を支えたバルト海世界に広がる人的・物的ネットワークの観点から指摘しました。

その理由は、「スウェーデン」と「バルト海帝国」が一致しないという点にあります。これを理解してもらうためには、「近世国家」の一つの特徴である「複合国家」論を、単に伝統的な独自の政治体制・社会体制が複合するという意味だけではなく、機能としてのstat、版図としてのrike、広域支配権としてのväldeという「近世国家」論を考察する際の三つのパースペクティヴの複合という議論へ拡張して考える必要があります。たとえば、スウェーデン軍事国家モデルは、あくまでも機能としてのstatから見える像に過ぎないのです。だから、実際に17世紀の戦争でバルト海に拡張したものは、「スウェーデン」ではなく、広域支配権をスウェーデン王が集中するいわゆる「バルト海帝国」なのです。

そうなると問題は、「帝国」という広域支配圏において、大陸での戦争に必要な人的・物的資源を動員する際の正統性がいかにして確立されたのかというところに行き着きます。ここに古代ローマ以来の帝権理念と接することのなかった(それゆえにEmpireにあたる語彙のない)スウェーデンにとって、独自の自己理解が生み出される背景が生まれます。ゴート主義、福音主義による宗派体制化、それらに基づく近世スウェーデンに独特な「祖国」論などが、この話に連なります。

ここからは、僕独自の解釈ですが、これまで近世における戦争の恒常化は、近代世界システムの創成だとか、主権国家体制の模索だとか、17世紀の全般的危機だとか、そうしたいわば近代国家の初期的形態である「近世国家」の存在をあらかじめ前提とした議論から説明されてきたわけです。もちろん、そうした議論も一理あるとしても、より近世ヨーロッパ社会の実態に即した議論としては、国家と呼ぶものの足下自体を疑ってかかる必要があると僕は思っています。つまり、この時期は、先に述べたように、戦争を通じて新たに生み出された自己理解を共有する者が「近世国家」を形成していく時期であり、つまり同時に自己と他者との差異化がはかられる時期であり、そうした自己・他者認識の新たな創出と競争こそが、戦争の恒常化の一因ではなかったかと思うからです。

6人もの第一線級の近世史研究者が議論するわけですから、内容も多岐にわたり、時間がいくらあっても足りない野心的なシンポジウムになりそう。今回はブレイン・ストーミング的な研究会でしたが、いずれいくつかのサブテーマを設けて、それにコメントするといった形になりそうです。僕としては、30代のうちにはまとめたいモノグラフへむけて、これまでの研究を整理するためのステップになればと思っています。西洋史学のディシプリンで育った者としては、近世スウェーデン史研究から「スウェーデンとは何か?」を地域研究的に主張するものではなく(…そんなんつまらんよね…)、やはり近世ヨーロッパ史研究への提言を「スウェーデン」から主張するものにしなきゃねと思っていて、そうなると近世の戦争と国家アイデンティティといったテーマになるんだろうな。来年の学会へむけては、今後も準備を兼ねて美しい松江へ行ける機会があるということですから、楽しみは続きます。さぁて、勉強、勉強っと。

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