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2007年1月

2007年1月31日 (水)

auの携帯で気がついたこと

気分転換に久々にガジェット関連のこと。この正月になし崩し的に変更してしまったauの携帯電話ですが、MacBookとの連携ができない、Bluetoothがついていないということを除けば、ほぼ日常生活のなかで満足いく使い方ができています。かつてのNokiaの端末のように、携帯電話を使ってMacBookをリモートコントロールしてプレゼンができないことが最大の難点。(というか、そのような使い方は、ほとんどの方はなされないと思いますが。)あとはOffice関連文書の編集ができないことくらい。

僕が使っているのは、W47Tというワンセグなしの比較的新しい端末ですが(…最近、子供とテレビ番組が取り合いになる(「35歳を過ぎて大人げない!」という突っ込みはよしてください…『おかあさんといっしょ』は食傷気味です)ので、ワンセグがあるといいなと思っていますが…)、あまり表だって説明されていない機能で使ってみて驚いている点が三つ。

一つ目は、標準のメールソフトにある添付ファイルの閲覧機能に、PDAの世界では有名なPicsel Document Viewerが「何気に」組み込まれていること。これで、メールに添付されてきたワード、エクセル、パワーポイント、PDFといったファイルを自在に閲覧できるのです。知らなかったなぁ…。僕は、大学・プライベートの両方のアドレスに届いたメールを集中的にGmailにとばし、Gmailの強力なスパムメールフィルターを通して、携帯電話にメールを転送しています。大学のアドレスに届くメールには重要書類が多いわけですが、これをほぼリアルタイムに携帯電話で読むことができます。しかもW47Tの場合、ダウンロードとレスポンスがはやい。これは実に便利。

二つ目は、PCサイトブラウザという通常のインターネット上のサイトを閲覧するフルブラウザが搭載されているのですが、これが「何気に」Operaだったこと。W47Tの場合には、Ver.8.50でした。知らなかったなぁ…。だから、ほとんどのPCサイトを閲覧できるのですが、一部機能が制限されていて、例えば文字コード変換ができず、スウェーデン語のサイトなどは文字化けしてしまう。またPCサイトブラウザを使うと、パケット定額の上限料金が跳ね上がる。だから、これはあまり便利とはいえません。

三つ目は、通常の携帯電話用のブラウザ(…これはNetFrontがコアで使われているんじゃないかと推測するんだが…)でauの提供するEzWebの検索サイトが、Googleと連携していること。これがあるので、仕事でちょっと情報を検索したいときには、通常PC上でググるのとほぼ同じ感覚で結果を期待できます。とりあえずGoogle の検索サービスのなかでも、ウェブ、イメージ、ローカル、ニュースあたりは携帯からいけます。Gmailもいざというときには、いちいちPCサイトブラウザを立ち上げるまでもなく、携帯電話用のブラウザでいけますしね。これは、実に便利。

巷ではWindowsVistaが発売され、それがWindowsXP以来5年ぶりのMicrosoft謹製のOSということで話題になっていますが、パソコンのOSで大騒ぎをするのはパソコンがまだ個人の情報ツールとして意味を持っていた1990年代の話。今更Vistaで踊らされるのは、時代錯誤的と僕は思うので、Vistaにも一切興味なし。コンピュータはもはや普遍的な存在であって、日常生活の至るところで「ひっそり」と隠れるように普及しました。(だからこそのAppleの「家電メーカ」化なのです。)それなのに、やたらと大きな存在感ばかり示して、メンテナンスに時間のとられるパソコンは、実は非効率的な情報ツール。誰もが使いこなせるものじゃない…デジタル・デヴァイドなんて差別を生み出す道具は、明らかに欠陥品です。

で、そんな野暮ったいパソコンに振り回されず、脱パソコン化された情報生活を目指すには、誰もが使っているこの携帯電話をいかに活用化するかが鍵になる。理想はスマートフォンなのだけれども、現行の携帯電話でも、スマートフォンのように自分の用途にあわせてカスタマイズできないこと、ラップトップPCと連携できないことなど、不便なこともありますが、おおよその仕事はできます。

え、「そんなこと言ったって、論文やレポートは携帯電話では書けないじゃないか?」って?その批判に、お答えしましょう。携帯電話の通信速度が今どんどん速くなっていき、その一方で携帯電話に搭載されているブラウザの機能が拡充される方向にあります。通信速度が速くなっているのは、別にテレビ電話とか、着うたとかをするためだけではありません。ブラウザ上で動くJavaスクリプトかなんかで書かれたオンラインソフトウェアをリモートで動かすってことも、考えられています。みなさん、Googleの提供するサービスで、ブラウザ上で動かせるGoogle Docsとか、Google Spreadsheetsとかいうワープロ、表計算機能を知っていますか?つまり、そうしたリモートソフトの動くブラウザが搭載された携帯電話があれば、いずれ論文やレポートの執筆も不可能じゃなくなりますよ。

(しかしGoogleってすごい。Google ScholarやBookSearchで世界のあらゆる学術情報を網羅し、その上、新たな知的生産もブラウザ上でやらせようというのだから。僕らは、いずれGoogleの手のひらの上で生かされるようなるんじゃないかな。)

2007年1月30日 (火)

新しいプロジェクト「妄想」中

研究推進室というところで働き出してからというもの、研究プロジェクトの形成ということが常に頭から離れなくなりました。科研で実践されているような地に足のついた専門性の高い研究プロジェクトももちろんですが、どうも最近は大学の存立に資するという観点からのプロジェクト形成のことばかり頭に浮かびます。申請が直後に迫ったグローバルCOEもにらんでいますが、もっと長期的なヴィジョンで。30年後、50年後をにらみつつの話なのですが。

ときに、「自分はこんなことをやりたくて研究者の道を選んだはずではない。」と思いながらも、「いや、これからの時代に大学という学問の府が生き延びるためには、研究室に籠もって資料と格闘し、論文を書いていれば十分というものではない。」とも思うわけで、自問自答の毎日。うん、そうだ、そうだ…大学で生きていこうとしている人間に求められる要件が、今やがらっと変わってしまった。自らの研究力は大前提なのですが、そこから出発して、それを十全に応用して何かをプロデュースする力(時にはセルフ・プロデュースする力も含めて)が求められているんだ…と後輩のみんなには言っておきます。(もちろん自分の研究を充実させることが一番大切です。でも、いろんなことに目を配っておいて、自分の研究が社会的に評価されるにはどのような戦略が必要かも、いつも頭の片隅においておくといいんじゃないかな?)

研究・教育・社会貢献、この三位一体のバランス関係がとれているプロジェクトが理想的で、例えば、大阪外大が2年前から取り組んできた「学術的観光コンテンツ開発」プロジェクトは、地域研究の実践、観光業界・放送業界との連携、学部教育・生涯教育への還元とのバランス関係を背景にうまく進んでいて、以前このブログでも述べたようなJTBとの連携講座まで話が発展しました。この事例のほかにも、人文系もやりようによっては社会に訴求力をもつ三位一体のプロジェクトを立てられると思っていますが、今、ここでは言いません(笑)。「研究者の学内連携→科研などを通じた研究者の国内外連携→いくつかの外部資金などを通じた産学連携事業→COEのような研究教育拠点」へと発展させていくアイデア(…というよりも妄想に近い…)があるのですが、それはここではヒ・ミ・ツ。妄想だから、公開するのは気恥ずかしい。

そうですね…あなたが大阪外大にいる人間だったとして、考え出せそうな案を一つ、試しに挙げてみましょうか。大阪外大の場合、語学教育のノウハウが厚いので、折角の阪大との統合を期に、これを単なる海外事情に詳しい実務者養成のためにだけ使うのではなく、一次史料の批判能力を養成する教育プログラムにまで発展させられれば、阪大の各研究科に蓄積されたディシプリン教育と連携して誠におもしろい研究者養成の課程を作り上げることだってできる…という案。(例えば、阪大と大阪外大に属している西洋史系研究者の面子を考えてみると、時代も、地域も、ほぼ世界を網羅する。大学院・学部の教育組織も持っていますし。考えてみれば、どえらいものを作ろうとする要素は揃っています。日本には、ヨーロッパ史研究センターとみたいなところがないでしょ?)

でも、この案は研究の実践と研究者の養成という二つの柱がマッチングしているんだけれど、欠点が一つあって、そもそも歴史学とか、西洋史学とかが日本社会で必要とされていなければ、その存立も認められず研究を実現させていくプラットフォームを運営できるような資金を獲得できない。日本社会を巻き込んでいく貢献の部分を明白にしなければ、研究・教育機関としては動かないし、動けないんですよね。そもそも日本社会から絶大なる支持を得ている自然科学系に対して、人文系が生き残ろうとするには、そりゃ、大変な絡繰りが必要です。大体、総合大学ならば、自然科学系の声が半分以上を覆っているんだから、社会に支持を求める前に大学のなかで支持を得なければ、大型の資金獲得のための申請さえできない。

(だから科研というのはありがたい。純粋に学問の専門性を主張することで評価され、個人から出発して研究費を獲得できますから。うん、この点、すばらしい制度だ。でもって後輩のみんなについでながら言っておくと、学振とかには積極的に申請していくことが大切だ。通る、通らないとかが問題じゃないんだ。前に述べた文脈から言うと、自分の研究の意義をいかに他者に対して説得するか、まずは申請書の書き方から出発して、セルフ・プロデュースの力を磨いていくとてもよい訓練の機会だし、今後、大学で研究者の道を進もうというならば、そうしたプロデュース力が重要なのだから。)

というわけで、今日も一つ、ある業界を巻き込んだ三位一体型のプロジェクトを妄想しつつ夜明かししてしまいそうなのですが…。齢35にしてこの妄想の日々ははたして、ぼくの人生に有用なのか?博論・モノグラフが先ではないのか?…うーん、やはり、ぶれるな。将来のことは、今の時点では見えないからね。少なくとも、今書きかけの論文をはやく脱稿することと、日本西洋史学会のシンポジウムにむけた新たな企画を整理することが先だ…というよりも今年度末の試験・レポートの採点と成績付け。あ、校正の仕事も…。64bit処理が可能な中央演算処理装置を100個ぐらい、頭に埋め込みたいです。

2007年1月27日 (土)

『北欧の地誌』の「ルーレオのガンメルスタードの教会村」に対するコメント

昨日の「北欧の地誌」の最終グループ発表会は時間の制約もあり、僕からのコメントが不十分で申し訳ありませんでした。とりわけ最後の発表にまわった「ルーレオ」班には申し訳ないことをしました。来年度の授業では、どんなに受講生が増えてもグループは4つまでとします。質疑応答の時間を含めると、90分の授業時間では4つの報告が限度ですね。さて、この後に昨日できなかったコメントを付けていきます。

今学期最終回のグループ報告の課題は、各グループが今学期調査に取り組んでくれた北欧の世界遺産を、似たような理由からやはり世界遺産に登録されているものと比較し、その特徴を明白にするというものでした。昨日の授業の最後に時間がなくなってしまった「ルーレオのガンメルスタードの教会村」については、14世紀以降形成されたルーレオの旧市街にあるルーレオ聖堂を中心として形成された市街区が、スウェーデン北部のノッランド特有の伝統的な市街構造を現代に保持している点が評価されています。スウェーデンにおける教区の設定基準がどのようなところに置かれていたのか、この点は今後のさらなる調査が待たれますが、一般的に言ってローマ・カトリック時代のスウェーデンの場合、人口が密集するほど教区が細分化されて設置されていることがわかりますので、極北のルーレオ教区の場合、教区住民の数が少ないわりにその版図は非常に広大になったと推測できるし、実際にそうである。こうなるとノッランド各地に散在している教区住民がルーレオに集まる際には、そこに滞在場所が必要となります。これが教区教会を中心に、宿泊施設を主たる目的とした木造家屋が密集して街区が形成されたガンメルスタードの教会村の成立の背景です。

人がある特定の地域に集住する背景には、政治・経済・文化と様々な要因が考えられますが、宗教的な要因は常に人を引きつける大きな存在です。世界遺産に登録されている文化遺産のなかにも、巡礼の対象となった「聖地」が数多く存在しますね。そうした「聖地」のなかでも、いくつかの世界遺産はただ単に人々の尊崇を集めた「点」としての寺院建築だけではなく、そうした巡礼者が滞在した「面」としての集落・都市にまで範囲を広げて、登録されているところがあります。その「面」の構成のあり方が、それぞれの文化圏の特徴を明白に表しているというわけですね。エルサレムの旧市街やサンチャゴ・デ・コンポステーラとか。世界遺産に登録されるまでもなく、あるいは聖地巡礼とまでいかなくても、日本でも各地に寺内町などが形成されていた事例はよく知られていますね。巡礼者を集める土地に築かれた集落は、(編集中)

2007年1月26日 (金)

今年度のゼミの反省

今日で今年度の大阪外大の授業もすべて終わりました。最後はスウェーデン史のゼミでしめました。それぞれの学生諸君の報告は、スウェーデン語の原典資料に依拠しながら、よく整理されていたものと思います。しかし、一つだけ、個人的に残念な点…と言いましょうか、ゼミ運営上反省すべき点があります。それは。デンマーク史のゼミとスウェーデン史のゼミの間に断絶が生まれつつあることです。僕が大阪外大に来た当初は北欧史のゼミということで、デンマーク語、スウェーデン語の両方の学生が参加してお互いに親交を深め、意見交換のできるゼミでした。受講生が増え、円滑なゼミ運営に支障を来すという一点だけで、デンマーク史とスウェーデン史に分割したのですが、一年に数度の懇親会で両ゼミの学生が顔を合わすというだけでは、同じ古谷ゼミのメンバーという意識は生まれません。(これは当然の帰結。)学生間の交流だけでなく、デンマーク史とスウェーデン史を同一のゼミで比較検討することは、一見似通った北欧諸国の歴史も、デンマークからスウェーデンを眺め、スウェーデンからデンマークを眺めることで、両者の相違点や各々の独自性を明らかにできる利点があったはず。そして、そうした思考訓練を通じて、比較と相対化に基づく洞察力の深化を図ろうという目論みがあったのですが、今の体制では難しい。どうにか、せにゃぁいけません。反省します。

2007年1月24日 (水)

大阪外大のみなさん、『輸入学問の功罪』を読みましょう!

昨日で大阪外大におけるスウェーデン語講読と北欧史講義が終了しました。

スウェーデン語講読は、スウェーデンの日本学研究者が執筆した日本・スウェーデン交渉史に関する学術論文をテキストとしましたが、いかがだったでしょうか?この講読の授業は毎回ミニテストを重ねる形式をとり、学期後半は要約問題を課しました。「スウェーデン語の授業なのに、日本語の情報整理の能力で点数に差がつく方法はいかがなものか?」という意見をもらいました。スウェーデン語の運用能力を陶冶する外国語大学の授業には一理ある批判です。確かにスウェーデン語を読み、書き、話せる能力を身につけることは、スウェーデンの文化と社会を客観的に理解しようとする際、大前提となる条件ですね。しかし、将来スウェーデンで自分の人生を全うするなら別ですが、日本においてスウェーデン紹介の第一人者になろうとするならば、スウェーデン語を逐語訳するだけでは不十分です。スウェーデン語が伝えようとする内容を、自分の日本語で整理して説明できる力も必要ですね。スウェーデン語で書かれた原資料を用いながら、論文やレポートを整理する際には、そうした力こそが大切です。だから、そうした力が身についてこそ、大阪外大のみなさんは、日本におけるスウェーデン紹介のエキスパートとしての第一歩を踏み出せると僕は考えている。確か、ゲーテだったかが言っていたように、外国語を勉強する究極の目標は自らの母国語を知るということ。オーバーに言えば、自らのアイデンティティの批判作業です。実のところ、僕は、外国語の勉強が実は日本語を鍛えることともつながるんだと気がついたのは、東大受験で課せられていた英語の要約問題ででした。(二回も受ける羽目になってしまったけど。受験勉強って、だから僕にとってはとても貴重な体験でした。)その経験をみんなにも共有してもらおうと思ってのことです。

北欧史の講義は、今年も編年体形式の内容を踏襲しましたが、今年の授業で異なった点は、受講してくれた学生のみなさんの「明るい」気質と相まって、授業途中にざっくばらんな質疑応答の時間が、自然と設けられたことです。このブログの見出しにも書いてあるように、「わからないことは決して恥ずかしいことではありませんが、わからないことをわからないままにしておくことはとても恥ずかしい」と伝えて、自由に声を上げて突っ込みを入れてもらえるようにしたのが、良かったですね。受講生のみんなが質問に挙げてくれた内容は、大きく整理して(1)本当に理解が難しい歴史的事象・概念の問題と(2)僕自身の説明が不十分あるいは不適切だった問題に分けられます。いずれの問題も、教員たる僕にとっては「どうしたらより良く理解してもらえるか」を考え直すよい契機になりました。しかも、それを進行中の授業の教室のその場で一定の回答を僕は求められている。学生のみなさんは想像できなかったことでしょうが、みなさんからつっこみが入る度に、僕の灰色の脳細胞はフル稼働して、脳みそのなかの引き出しのなかから古今東西の事例を選択し、それをとっさに整理していた。とても知的かつ刺激的な瞬間でした。こうした経験を与えてくれた今年の受講生のみんなに感謝します。

さて、そんなこんなの大阪外大のみなさんに、この春休みにでも是非読んでもらいたい本を一冊ご紹介。東京医科歯科大学にいらっしゃる鈴木直先生がこの1月にちくま新書から出された『輸入学問の功罪〜この翻訳わかりますか?』。一見すると翻訳批判論のように見えますが、実のところ、思想書・哲学書に多く見られる難解な翻訳文体がどうして今の時代に至るまで放置されているかという問題を通じて、我が国の近現代における教養主義・アカデミズムの独特な様子を批判する思想史のとして実におもしろく整理されています。(個人的には久々のヒットだったかな。)みなさんは日本人として外国語を学ぶ立場、しかも日本全国からスウェーデン語やデンマーク語を学ぶことが許されたごく一握りの者たちという立場から、この本を読んでどのような感想をもたれるでしょうか?現在の大阪外国語大学では教養教育というものが手厚く実践されているとはいえないのですが、とはいえ、この本自体がわからない…なんてオチはなしにしてくださいね(笑)。

2007年1月23日 (火)

関西外大のみなさん、ありがとう!

関西外大での今年の地域研究VIIIの授業が終了しました。二年目ということもあり、関西外大と枚方にも慣れ、円滑に授業を進めることができました。

僕の頭のなかでは、(1)大阪外大の授業では「北欧学」の見地から学生のみなさんに伝達すべき重要なことと考えついたものを即実践に移す実験授業、(2)大阪教育大の授業では「西洋史学」の見地から日本・ヨーロッパとの比較に立ちつつ北欧の特色を浮かび上がらせる授業、(3)関西外大ではそれらの反省に基づきつつ北欧の文化と社会の情報を整理して伝達する授業とおおよそ方針を分けています。

関西外大での二年目の今年の授業は、映像・写真・スライドを組み合わせた内容整理の度合いがより洗練できたのではないかと思います。これも一年間お付き合いいただいた関西外大の学生のみなさんからもらった意見の結果。ありがとうございました。

2007年1月21日 (日)

地域研究VIII

関西外大のみなさん!明日の今年度最後の講義の講義ファイルをアップデートします。さて、明日の授業では期末の課題であるレポートの提出をお願いします。明日が原則として締め切りです。よろしくお願いします。

明日の講義ファイルをダウンロード

2007年1月20日 (土)

今年のセンター試験

センター試験、あらゆる受験生の皆さん、試験業務に携われた皆さん、お疲れ様です。とりあえず本学の一日目は、これといった問題もなく終わりました(…と聞いています)。試験については取扱注意事項もあり、話はここまで。ただ一言。受験者を受け入れる側として、一年間の大学での業務のなかでは、肉体的にも、精神的にも徹頭徹尾集中しなければならないもっとも過酷な業務ですが、僕はね…この業務が個人的に嫌いではない。専攻・専攻語、教員・事務員のすべての枠を越えて協力しあう希有な業務ですから。去年、200人ほどの教員・事務員を仕切って大阪外大会場を取り仕切ったとき…それを無事に終えたときの充実感は、今でも忘れられません。(いや、ホント…大阪外大には感謝しています。30半ばでふつうは経験できないであろう仕事をさせてもらっていますから…汗。)明日もまだ一日センター試験は残っていますが、今年も問題なく本学でのセンター試験が執り行われたならば、まだまだ本学には組織としての力も、運も残されているのだと思いたい。(しかしリスニングテストのように、試験の円滑な実行を機械の調子といった運に任せる部分が大きいやり方は、問題が大きすぎる。)とはいえ「大阪外大」という名前でのセンター試験会場は、今年で最後ということになるのでしょう。(いや、正式には今年の通常国会で国立大学法人法の改正が行われるまでは、統合はわからないのですが。)

2007年1月19日 (金)

ピアソラの精神

大学の仕事で鬱な気分にさせる問題が起きています。なぜ、人はなるべく他人と波風を立てないようにと受け身で生きたがるのでしょうか?果たして、それがスマートな生き方なのでしょうか?「能ある鷹は爪を隠す。」そんな言葉、僕は嫌いですね。人の真の実力は他人から認められなければ魅力にまで昇華させることはできないし、実力を発揮すべきタイミングを逃したら、例え力を持っていたとしても他人は無能としか判断しないでしょう。詳しくは言えないので、ただ一言だけ。大阪外大は日本で二つしかなかった国立外国語大学という特殊な立場に甘んじて受け身でいるべきではなく、例え統合が控えているとしても、この大学の力を世にあまねく魅力として理解してもらえるようギリギリまで積極的に攻めの立場に立つべき。

攻めの姿勢といえば、最近の僕の頭のなかで真っ先に思い浮かぶのは、一頃我が国でも流行ったピアソラの音楽ですね。保守的なタンゴファンからの猛烈な批判に屈することなく、クラシックやジャズの手法を果敢に取り込んだタンゴ革命の旗手。僕のライブラリにもかつて流行ったヨーヨー・マやクレーメルらのアルバムがあったのだけれども、クラシック・プレーヤーの抑制された演奏ではなく、もっと刺激が欲しくなり、曲目・演奏・録音ともに名盤の誉れ高い1983年ウィーンのコンツェルトハウスでのライブ録音(このときは彼と彼自身の五重奏団)や、1989年6月の六重奏団による最後のコンサートになったアムステルダムでのライブ録音(有名な"Luna"というアルバムです)を早速入手して聞きまくっています。

ピアソラのライブはとてもエネルギッシュで、彼の自作自演は心の底を揺さぶるものばかりですが、やはり彼の手になる曲の一つ、一つが良いし、その背景に感じる彼の精神が良い。拍の取り方はアルゼンチン・タンゴという自らのアイデンティティを踏襲するものだけれども、五重奏や六重奏による通奏低音の奏法はバロック音楽。これは、彼の作曲の師匠…かのナディア・ブーランジェ仕込みのバッハの影響といったところでしょうか。(ブーランジェの幼い頃の逸話にバッハの平均律クラヴィーアを完璧に諳んじていたってのがありますね。ブーランジェに師事したとなると、コープランドやバーンスタインと同門ということ。ガーシュインは師事しようとしたら、断られたって先生。)そして、不協和音やシンコペーションといったジャスや現代音楽の影響。つまり、古き伝統と自らのアイデンティティを確認しながら、積極的に新たな技法を加えてタンゴの革新を目指したピアソラの精神に、今の僕は共感を覚えます。

2007年1月18日 (木)

楽しい企画

学内行政がらみで僕らが進めてきた企画がぽしゃりそうで正直楽しくない一日。それならそれで、楽しい話を個人的に求めましょう!捨てる神ありゃ、拾う神あり。そう、楽しい企画には恵まれた一日。一日をどうすごすかなんか、考え方一つで良いようにも、悪いようにも、どうにでもなる。

一年半以上続いているJTB梅田の講座。4月からの企画を、『ヨーロッパ文明との対話』というテーマでようやく提出。一言で言うと、僕たち日本人の足下から眺めてかつての普遍文明としてのヨーロッパのありようを振り返ってみようというもの。JTBでの講座の企画を立てるときには、裏で「日本における西洋史研究の生き残りはどのようにして可能か?」をいつも意識しています。

(そういう考えが身染み出ていたのでしょう…JTBの方々はさすがに目利き。これまでずっとスウェーデンや北欧の歴史や文化を語ってきたのですが、僕にはヨーロッパを語らせたらほうが面白そうだと…いつのまにやら話が「転回」し、今回はこのようになった次第。)

ヨーロッパ文明がかつて普遍とイメージされていたからこそ、自分たち日本人の生活や社会にも「ヨーロッパ」を見いだすことはできますよね?つまり、「自らを振り返る」一助として、ヨーロッパを省みることはまだ意味があるように思います。ただし、簡潔に…簡明に。(同時期には、大阪外大講座のほうで満を持して「酒が誘う世界の歴史と文化」もあり。)

で、さらに北欧音楽のプロモーターをしている卒業生から、トークショーの依頼。ト、ト、ト、トークショー!講演じゃ、ありませんぜ。正式には単発企画ではなく、北欧音楽のライブの前座みたいなものです。その学生さん曰く、僕の「トーク」スタイルの授業が記憶に残っていたのだとのこと。誠にありがたいことです。(「雑談」や「与太話」じゃ、ありませんぜ。トーク、トークっと。で、トークの定義って、なんなんでしょう?)

トークショーの時期は白夜の季節の頃って話ですが、なんだか、気分的には楽しくなってきましたね。で、肝心なこと…何を話せばいいの?っというわけで、具体的な企画が固まってきたら、こちらでもお知らせします。

2007年1月17日 (水)

現代北欧地域論4・ 北欧文化講義IIの試験問題

大阪外大の学生のみなさん!ようやく@niftyのメンテナンスが終わりましたので、ここに来週23日5時間目に予定されている試験問題をアップロードします。試験会場はいつもと同じ教室です。それでは。

試験問題をダウンロード

2007年1月15日 (月)

現代北欧地域論4・ 北欧文化講義II

大阪外大のみなさん、遅ればせながら今年もよろしくお願いします。早速、明日の授業の講義ファイルをアップロードします。これでこの北欧史の授業の講義ファイルはすべてです。明日の授業では、来週予定されている試験についても説明します。それでは!

明日の講義ファイルをダウンロード

2007年1月14日 (日)

地域研究VIII

関西外大のみなさん、今年もよろしくお願いします。こちらに明日の授業で用いる講義ファイルをアップロードします。また、明日の授業では一回目のレポートの回収をします。すでに完成している人はお持ちください。なお、レポートの最終締め切りは、1月22日です。

明日1月15日の講義ファイルをダウンロード

体調の変化

この週末、トイザらスやカルフールなど、人混みのなかへ家族とともに出かけ、二日連続で同じような症状に見舞われました。以前よりトイザらスなどへ出かけると軽い目眩を覚えていたのですが、最近は一つのパターンが見えてきました。①昼ごはんを外食する→②お腹が膨れるにつれ、眼球の奥が重くなり、目の焦点が合わなくなる→③昼食後、商品陳列がとりわけカラフルな人混みのなかを歩く→④目眩とたちくらみ、動悸。昨日も、今日も、帰宅後たまらず寝込んでしまいました。週末ということで、自宅にいるという安心感からこうした症状が出てくるのでしょうか。まぁ、昼ご飯を外食しなければ、このような症状もでませんね。ただ単に食欲が満たされ、膨満感から大きな睡魔が来るだけなのかも知れません(笑)。もとより昼ご飯を食べる…というか、人前で食べるという行為が苦手で、平日は一日二食で済ませてしまうほうです。それゆえ、突然、週末になるとしっかり昼ご飯を食べようとするものだから、体が驚くのかも知れません。ま、このように体調の変化を自覚できるのですから、精神的にはまだまだ正常ということでしょう。

2007年1月13日 (土)

『バーテンダー』

『スーパージャンプ』で連載されている城アラキさん原作の『バーテンダー』って漫画、これがアニメ化されBSフジで放映されているものにはまっています。(古谷家には漫画が一切ないのだけれど、これはめずらしくはまった。)この作品、酒の蘊蓄もさることながら、バー「イーデンホール」を訪れる人たち、バーテンダー諸氏の人間模様はみせてくれる。話はいささかできすぎのきらいもあるけれど、なかなかよくできていると思います。見ていて飽きないですから。

確かに「イーデンホール」は架空の存在だけれども、そのモデルはかの高名な南青山の「3rd Radio」とききます。東京での貧乏学生の時分、そんな「Radio」なんて行ける機会はなかったから、その雰囲気はわからんけど。もとい、たいした人生経験を踏むことのなかった学生の時分に行っていたとしても、バーの価値なんて一切理解できなかったでしょうね。バーって場所の真価は、人生の艱難辛苦・喜怒哀楽…その数に比例して理解できるような気がするからです。つまりハイド・アウトされたバーの柔らかな空間と時間でこそ、本当の自分の姿に気づくことができるってこと。それを気づかせてくれる雰囲気を準備してくれて、待っていてくれるバーテンダーさんを僕は尊敬します。そうした方々が架空ではなく、実際にいらっしゃいますからね。

2007年1月12日 (金)

音の波

先月から使い始めたiPod shuffle(第二世代)とインナーイヤーレシーバーMDR-EX90SLの組み合わせは音の解像度も高く、クラシック音楽を聴くにはなかなかの組み合わせ。ピアノの音もはっきりと一音、一音が立つ感じ。耳には自信がありませんが、2万円もしないこの組み合わせはおすすめかも。

この道具の関係があるのかも知れませんが、圧倒的な音の波を感じさせる曲を聞いています。疲れた心身を一気にトランス状態に持って行くには、例えば僕の場合、ゴドフスキーの編曲もので、とりわけショパンの練習曲とか、ワルツとかの編曲ものが良いです。彼の編曲もの、一言でようやくするならば、ヘンタイの極致。ただでさえ難しいショパンの曲を、よくもまぁ装飾をこれでもかと付け加えて、手が4本あるみたいな曲に仕上げたものです。それに、例えば有名な「革命」のエチュードなんて、左手一本用に編曲されている…どうやって弾くの?ま、一つ一つの旋律を追っていくと…もうその音の波は通常の素人感覚では理解の域を越えて、頭がとんで、トランスしちゃう。練習曲の全集ならアムランの演奏が定番でしょうが、僕は個人的にホルへ・ボレットのデッカ盤が好きですね。だいぶ前に亡くなられたキューバ出身のピアニストです。

ボレットによるゴドフスキー編曲のショパンものですが、白眉はワルツの一番目、誰でも一度は聞いたことがある「華麗なる大円舞曲」でしょうね。無茶苦茶なヘンタイ編曲を受けた結果、「華麗さ」は完全に崩壊し、音の波のなかにはデカダンな雰囲気のみがたゆたう。それを阪急バスや御堂筋線のなかで聞いている…このギャップ、最高!

2007年1月11日 (木)

寂しい携帯

年末年始でだらけた心身には非常に過酷な一日。例によって、大阪外大は毎週木曜日は会議集中デーなので、本日も4つの会議をハシゴ。こんな感じで、授業もはじまり、センター試験も目前に迫り、試験・成績付けの季節がすぐそこに。最近ちまたを騒がせているホワイトカラーエグゼンプションなんて、僕ら裁量労働制の日常にゃ当たり前。平等に誰にも24時間しか一日の時間が与えられていないのは、仕事をやりたい人間には不平等だ。それにしても、auの端末に換えて、ちっさな筐体に似合わず良い音がなるもんだから、気合い入れて着うたとか設定してみたものの、誰からも着信も、メールもないってのは、本当に寂しいものですね。ま、人生なんて、こんなものか。

2007年1月10日 (水)

Appleになっちゃった…

今日は森ノ宮までグローバルCOEの公募説明会。はい、待ったなしで今年も研究推進活動しています。今度のCOEは、国際的に通用する研究力を有した高度な人材育成(博士後期以上)を目標とした教育研究拠点といった感じにかわってきましたね。しかるべき博士後期課程をもって定員充足を図れる大学なら人材育成という主眼はまだわかるのだけれども、例えば大阪外大の場合、現地語教育に徹するという教育ミッションは我が国でも価値のある存在であるけれど、"マイナー"専攻語とか数年に一人とかのペースでしか大学院生が入ってこない実情があるわけで、このCOEにどのように絡めるだろうか…悩みはつきません。というか、会場でCOEがNEOに見えて仕方がなかった…昨年末のサラリーマンNEOご覧になりましたか?「私とNEO」、出色のできでしたね。どなたか歴史学的観点からNEOを語ってみてくださいな。

この説明会があるとわかっていたにもかかわらず、昨晩は夜を徹してMacWorld2007におけるSteve JobsのKeynoteをリアルタイムで追っていました。iPhoneについてはおおよそその登場が予想されていましたので、あまり驚きはしなかったのですが、最初AppleTVを紹介したくだりでビートルズが流れたときは隔世の感を得ましたね。というのも、ビートルズの設立したアップル社が、iTMSによる音楽配信を巡ってアップル・コンピュータ社を提訴して、敗訴した経緯があったからです。それだけでも、今回のKeynoteは歴史的なものになると前宣伝していた予兆が感じられたのですが、その白眉は彼の基調講演の最後でアップル・コンピュータ社が、ただのアップル社に社名変更すると発表したところでしたかね。5年前のiPodといい、今回のAppleTVやiPhoneといい、アップルは、もはやコンピュータだけではない次世代のコンシューマ戦略を見据えて的確な製品開発を行い、企業戦略も、そのイメージも果敢に新たなものへ向かって脱皮を図っている…ってのが、今回の社名変更のココロかな。

iPhoneは売れる(と思う)。iPodに、携帯電話に、インターネットコミュニケーションデヴァイスが、あの薄い筐体に収まっているんですから。もはや時代錯誤的なパーソナル・コンピュータの先にあるパーソナルな情報端末として、パッケージングの収まりが実に良い(と思う)。それに、一部のマニアの間でしか普及していない極小キーボードやスタイラスペンを使う操作方法ではなく、最もシンプルで的確な手段である「指」を用いた操作方法ってのも、実に単純明快でよい(と思う)。

でも世界基準から考えれば「ケータイ鎖国」状態の日本では、はやくても2008年以降の発売。最近、auに換えてしまった僕にとっては、これから1年は本命のiPhoneが出てこないっていうんで、一安心ですが。携帯電話のキャリア各社に市場を牛耳られ、コントロールされている日本市場ではどうなのかな?携帯端末が携帯会社と販売会社との間のインセンティヴ契約で売られ、それによってSIMカードのロックが頑丈になされている現状では、iPhoneがどんなに魅力的であっても、アップル・ブランドとしては売れないかも知れませんね。世界的に見てとてもクールに見えるデヴァイスも、狭苦しい日本の市場慣行のなかで売ることができないなんてことになったら…あぁ、なんたる不幸。

それにしても、今回のSteve Jobsのプレゼンも、とても理解しやすく、刺激的な表現に富むものでした。彼のプレゼンって、プレゼン・スライド自体には情報量が少なくて、常に話者である自分に聴衆の目と耳が集中するように計算されているんですよね。かなり高等なプレゼン・テクニックだと思いますが、おそらく現今の世界において「プレゼンの神」がいるとしたら、それはおそらく彼になるだろうから、理想的なプレゼンってどんなものなのかを一度知りたいと思ったら、彼のプレゼンを見てみるととても参考になると思います。

2007年1月 9日 (火)

ガンボ&オイスターバー

2日の発言で紹介した金沢駅近くのオイスターバー『ガンボ&オイスターバー』さんからコメントを頂きました。あらためまして、この発言でご紹介します。大阪でも、キタはNU茶屋町に、ミナミはなんばパークスに出店されているようです。

こちらのオイスターバー。とても清潔感のある店構えで、幼子を連れていってもとても親切に対応してくださり、居心地のよいお店です。牡蠣も1ピース400円ちょっとくらいの値段設定からで、ランチタイムなら2ピースから安くオーダーすることもでき、気軽に出入りできる感があります。先日の発言では肝心の牡蠣のことについて紹介していませんでしたが、その時々の仕入れの状況によって様々な産地の生牡蠣を食すことができます。僕が食べたときには、北海道の仙鳳趾と兵庫の室津のものをサーブしていただきました。生牡蠣と言えば、厚岸のものが有名ですが、水揚げ量も少ない仙鳳趾のものを入れてくださっているところなど、目利きは的確と感じました。

先日ご紹介したオイスタースタウトについては、僕の同郷の木内酒造さんから卸されているという情報を得ました。以前、水戸の京成デパートあたりに開発成功したオイスタースタウトを卸すといったような情報を得ていたのですが、どうやらその水戸のお店もガンボさんのようですね。大阪でも、金沢でも、そして故郷の水戸でも、僕が生活圏としている範囲でこうしたおいしい生牡蠣とオイスタースタウトを食すことができるようになっただなんて、信じられません。

ランチタイムに頂いたクラムチャウダーもおいしかったのですが、今度伺うときには、店名にもなっているガンボでも頂きましょう…あったかな?オクラが入ったブイヤベースとでも言えばいいのでしょうか…ルイジアナの代表的なケイジャン料理のことですよね?(>共立女子大学の太田和子先生に、もっとお話をうかがっておくべきでした。)職業病でしょうか…イングランドに、フランスに、カナダ(アケイディア)に、ルイジアナ…っと。このお店に行ってみたら、牡蠣の魅力に誘われて、近世・近代の「クレオール」な大西洋世界に思いをはせてしまいました。(そういえば、大阪外大の三原健一先生と飲んでいたときに、ルイジアナあたりのカントリー・ミュージックの話に及んで(…畏れ多くも、三原先生はその筋の大家でいらっしゃるのですが…)、バグパイプやフィドルの「アメリカ」的展開の話になった。「音楽の地政学」か…次のJTBの講義はこれでいこうか!面白そう。)

僕の好きなお店の条件は、想像力が刺激されることもあります。ここはそれがありますね。

(というか、このブログ、今年はグルメ情報満載になりそう。)

2007年1月 7日 (日)

梅田で佐世保バーガー

特筆すべきことのない一日でしたが、今年は以前のように何気ない日々の出来事も書き連ねてみようと思います。

今日の朝は、この2日に3年ぶりにお会いしたNHKカメラマンの電ちゃんから諸々の写真が送られてきて始まりました。彼とは学生時代からの「ガンダム」仲間でしたが、今や彼も立派なカメラマンで、なにやら最近は政府専用機に乗って首相らとともに中東やロシアなどを巡っているらしい。で、政府専用機と言えば運行は航空自衛隊なわけであって、「フライト・アテンダントも女性自衛官なんでしょ?」と聞いてみたら、「もちろん記念撮影済み」との答え。今朝、彼女たちのご尊顔を拝すことができました。誠に凛々しく立派な面持ちです。

今日は論文執筆に集中しようと思っていたんですけど、リビングの電球も切れているし、新しく乗り換えた携帯電話用のmicroSDカードも必要でしたので、ちょっとばかり梅田に出かけてみました。新御堂筋も、ハービスENTも空いていたのですが、ヨドバシカメラ梅田だけはあいかわらずすごい人だかりでしたね。ヨドバシカメラ梅田の偉いところは、あの建物のなかに入っているお店をとっかえひっかえして、常に訪れる者に新鮮な感覚を与えようとする戦略に立ち運営されている点でしょう。例えば、去年の年末にはユニクロが入りましたし、今日行ってみたら、7階のフードコートに佐世保バーガーのお店がオープンしていました。

昨年長崎で放送大学の収録をした際に、足を伸ばして佐世保まで佐世保バーガーを食べに行こうかと本気で悩んでいたのだけれども、結局、フカヒレののった長崎ちゃんぽんで満足してしまっていた僕は、長蛇の列をものともせずこれを初めて食す機会を得ました。味の基本はマヨネーズ・ソース…なのでしょうか。ビール片手に食したのですが、この組み合わせは良いですね。佐世保では「一杯引っかけた後に佐世保バーガーを食す」というスタイルがあるそうですが、納得。

それにしても、全国展開している佐世保バーガーのお店はその店だけの利益を追求するというのではなく、佐世保市内の他の店も紹介することで佐世保市の観光PRに努めているんですね。また長崎方面へ出かけたくなりましたね。で、そうしたPRに使われている佐世保バーガーのキャラクター、アンパンマンの作者であるやなせたかしさんによる「佐世保バーガーバー」と「させぼのボコちゃん」。はじめ本当にアンパンマンかと思ってしまった。これはどうにかならんかね?

追記 梅田のNU茶屋町にあるオイスターバーで、2日の発言で紹介したオイスタースタウトが飲めるところがあることを発見!

2007年1月 6日 (土)

ショックな出来事

昨日、学長の年頭の挨拶があるっていうんで、一昨日の晩に逗留していた京都から外大へ行ってみたら、学長の挨拶は一昨日に終わっていたという。今年も初っぱなから、やっちゃいました。もはやスケジュール管理ができません。藤原紀香さんのような秘書、求む!あ、もう人妻になられたみたいなので、結構っす、自分で何とかします。(しかし、一時期は、紀香様は世界史の先生に憧れているなんて公言されていたから、どこかで接点ができるものだろうよと真剣に勘違いしていたね。ねぇ、I井先生、陣内くんとの結婚が公表されたときの僕らの挫折感ったら…)。

京都から外大へ向かう途中、乗り換えた淡路駅で入ったトイレで、なにやらムニュっとした感覚のものを踏んづけた。う、うん○、もちろん人糞だ!うーん、一年のはじめから、この僕のなんとうんのよいことか!かつて都内の某有名女子大の某学生寮のトイレには「一歩前進」という注意書きが掲げられていたそうだが、その掲示はこの時代、大阪にも必要ということでしょう。

そういえば、今年僕は年男なのですが、1月3日の発言で紹介した『キース』で昨年末に飲んでいたときのこと。1978年生まれでアサヒビールにお勤めのSくんと結婚したばかりの奥さまから、「とても年男には見えない!」との厳しい指摘。一緒に飲んでいた僕と同い年である京都大の通称メガネくんとワンセットでの指摘。僕は髪の毛があっても異常なまでの白髪の量から、そのような指摘が出てきたと思われ。

そもそも、その日『キース』を訪れたのは、自宅でろくにインスタントラーメンさえ作れなくて…というか作る技術がなくって、あまりに腹が減った結果でした。インスタントラーメンといえば、インスタントラーメンとカップヌードルという20世紀を代表する二つの大発明をものにした安藤百福さんが昨日亡くなられたという。享年96歳。ご冥福をお祈りします。

2007年1月 5日 (金)

さらばSoftBank、こんにちはau!

PDAがその使命を全うし市場から消えていったように、僕はパソコンさえ「パーソナルなコミュニケーションツール」 としては近いうちに必要なくなると考えています。それらを代替するのは、とりもなおさず携帯電話。 効率的な情報活用を実践しようとするならば、今や、携帯電話とどうつきあうかが必須の作法となるでしょう。この年末年始、 古谷家では家計の元締めである妻が何やら携帯電話会社の変更を真剣に検討していました。彼女としては、 auのEZアプリによるナビゲーションサービスなどの様々な機能に惹かれたようです。家族割引についても、 一家族内で主従関係を設定しなければならないSoftBankとは違い、auは柔軟。妻はキャメロン・ディアスやブラッド・ ピットによるSoftBankのイメージCMを高く評価していたのですが、 スマートな外見をもった携帯端末にYahoo!が映し出される姿に我慢がならなかったようでもあります。

で、古谷家では妻がSoftBankの主契約者でしたから、 彼女がauへ変更するとなれば僕も継いでにauへ契約変更してしまおうということになって、 一気にMNPを利用して携帯電話を替えてしまいました。(僕はスマートフォン派なので、SoftBankもそれなりに評価しているんですが。 )スマートフォンがどうこうだとか、二ヶ月ほど前に「着替えた」ばかりだとか、そんなところを突っ込まないでください。 やんごとなき古谷家の財務総監の勅命なのでありますから(笑)。今回はMNPによる変更ということ、新規契約になるということもあって、 端末の値段がかなり安くなるものですから、前々から一度やってみたいと思っていた最新型のフルスペックな端末(ただしワンセグはなし) に替えてみました。

しかしなんですな…auの端末、一言で言って、激しく速い。ネットとのやりとりも、携帯電話のメニュー操作も。 今までのSoftBankの端末のもっさり感が嘘のよう。Bluetoothが搭載されていないからMacユーザーには連携の点でauの端末は辛いところがあるし、 ヨーロッパへ行く用事のある人にはそのまま向こうで使えないなど、不便なところもあります。しかし、 日本国内で携帯電話を単体で使うと割り切るなら、これで十分なのでしょう。今や、 外出先にパソコンを持ち歩いて携帯電話をかませてネットに接続させるような機会は減っています。僕が思うにauの一番良いところは、 auとGoogleが業務提携していて、EZ Webの検索エンジンにGoogleが使われているところ。つまりGmailも使えるから、 外出先でのPCメールのやりとりは携帯電話端末だけで可能。問題はスウェーデンのWebサイトなどの文字化けにどう対処するかですね。 パケット定額を設定しているので、パソコンを使わずともネット上の検索サイトが使えればほぼ外出先で必要な情報にはアクセスできます。 こうなれば、ますます外出先でのパソコンの出番は減ってきます。

携帯電話とのつきあい方。新しい技術に柔軟な学生のみなさんからのアドバイスを得ながら、今年もどん欲に探っていこうと思います。みんな、僕が困っていたら、いろいろと教えてくださいね。

2007年1月 4日 (木)

僕流「もったいない」の実践

最近いろいろなところでケニアのワンガリ・マータイ女史による「もったいない」キャンペーンを目にするようになったからというわけではないのだけれども、僕としても、昨秋のトラブル発生以来、 ほったらかしにしておいた2年半もののThinkPad X40がこのままでは「もったいない」っていうんで、 ちょっと本腰を据えて復旧作業に取り組んでみました。

最初はHDDのオールフォーマットからいかなければならないかなと予想していたのですが、 落ち着いてチェックディスクから取り組んでみるとバッドセクターを数カ所発見しただけで、それらを修正してみたら何の問題もなく動作する。 「なーんだ、問題はそれほど深刻じゃなかったんだね」と安堵した傍から、 昨秋の外装交換時に見出していたパームレスト部の断裂が大幅に進行していることを発見。例によって山形県長井市にあるパーツ屋のデータ・ ポイントさんに即効連絡して、部品を取り寄せて、交換終了。とても3年目を迎えたサブノートパソコンには見えなくなりました。 「できる男のビジネス・ウェポン」、晴れて復活!

いやはや、最近はMacばかり使っているのですが、 Macの安さと比べるとWindowsのラップトップパソコンって平気で20万円以上もしたりするから、 そう易々と買い換えることはできないんですよね。となると、部品を一つ一つ交換して使い続けられるThinkPadは、「もったいない」 精神につながるなと思ってしまう。大量生産・大量消費を旨とするDellやHPでは、こうはいかないでしょうね。 (AppleのPowerBookも、ネット上で部品が出回っているからリペア可能ですが。かつては東芝も秋葉原のチチブ電器あたりで、 リペア用の部品を買えたっけな。)

2007年1月 3日 (水)

僕の大切な『キース』のこと

年が明けてこのブログの更新を復活させたら、是非紹介しようと思っていた場所があります。東三国にあるワンショットバー『キース』というお店です。昨年、大阪外大のなかでも特に仲の良い同僚に紹介してもらったバーなのですが、今やこのバーなしに僕の精神の均衡は保たれません。昨年は学内行政の関連で突如として膨大な仕事を担うようになってしまったわけですが、何か悩みや問題が起きる度にこのバーを訪れてはバーテンさんやカウンターに並んでいるその場限りのお客さんたちと話をし、鬱憤を晴らした後には「それがどうした!」という気分を得て勇躍帰途につくことを繰り返していました。

僕も酒好きですから、30半ばの弱輩とはいえ、いろいろなバーを巡って勉強させてもらってきたました。そして、この『キース』にいま行き着いています。いろいろと理由はありますが、特筆すべき最大の理由はバーテンダーの山本さんご夫妻のお人柄。バーテンとしての技術、話題の豊富さもさることながら、人を外見や肩書で見ることなく真摯に叱咤を与えてくれる厳しくも暖かい応対が、僕には心底ありがたい。僕には年上の兄や姉がおらず、学生時代は先輩方にそうしたものを求めていました。今、大阪にあっては仕事の悩みを打ち明けられる友人や先輩も少なく「先生」と呼ばれ頼られてしまう立場にありますが、ここではまるで別。今の大阪にあって、僕を「あほ!」と厳しく叱ってくれるのは、ここの山本さんくらいでしょう。奥さまとの掛け合いも絶妙で、帰りがけに頂く奥さまの笑顔には誠に癒される思いを得ます。失礼を許していただけるならば、山本さんご夫妻は今の僕にとって「大阪の兄姉」といった存在なのです。

特筆すべき理由の二つめは、山本さんのつくるお料理。酒についてはプロフェッショナルですから、的確においしく振る舞っていただけるのは当然です。しかし、この『キース』の目玉は山本さんのお料理にある。僕はあまり食欲旺盛なほうではないのですが、その日の体調と気分に応じて振る舞ってくれる山本さんのお料理は実にすばらしい。少食な僕がこの店ではいつでもお腹が空いてきますから。(今でも昨年3月はじめに精神的に参っていたときに振る舞ってもらったポークソテーの味は忘れられない。涙のでる味でした。)ショットバーでここまでのお料理を振る舞ってくれるところは、そう多くはないのではないでしょうか。『キース』の方向性はスペインのバールなのだとお話を聞いたことがありますが、その時々の時節に応じた食材を仕入れ、その食材の旨さを存分に引き出す山本さんのお料理は本当にすばらしい。(ヴェネンシアでシェリーを注いでくれる姿も凛々しいですね。)美味い酒と食事、そして音楽のあるこの店で、心身が癒されないはずがない。

特筆すべき理由の三つめは、この『キース』に集まる常連のお客さんたちの懐の深さ。類は友を呼ぶという言葉は、この店のためにあるような言葉で、山本さんご夫妻の懐の深さがそうしたお客さんを集めるのだと思います。大阪に友人の少ない僕はほとんど一人でバーに通っているのですが、それは酒を飲みたいからというのではなく、話を聞きたい、話をしたいという気分に駆られてのことです。山本さんご夫妻の振る舞ってくれる美味い酒と食事と楽しい雰囲気は、例えはじめて遭った人であっても、おおいに話を弾ませてくれる。だから、この『キース』というお店で過ごす時間は、弱輩の僕にとってはいつも楽しく、有意義なものとなっています。(最近『キース』のお客さんたちの間で、僕は「ゲロ先生」と呼ばれています。それは粗相をしたからではなく、サルトルの『嘔吐』の話ついでに「嘔吐なんてゲロのことなんだから、渋谷や梅田とかいけば、そこらじゅうに“実存”がぶちまけられている」っていう話で盛り上がった結果。ただしこのネタ、初出は東大駒場時代に哲学史を習った宮本久雄先生によるもの。学者の礼儀として出典情報をここに付記しておきます。)

最近、僕がこの『キース』をいろいろな人に紹介しちゃうものだから、最初に僕にこの店を紹介してくれた同僚はちょいと憤っているようです。ごめんね。でも、折角紹介してもらったこの店を僕は大事にします。(しかしこのブログで紹介しちゃって、西洋史の研究者や外大の学生たちが多く来訪するようになっちゃったら、マジどうしよう?)大阪以外にお住まいの方、とりわけ新幹線を利用される方には、このお店が新大阪の駅を出て、新御堂筋にまっすぐ歩いて数分のところにあることも付記しておきます。僕も新幹線を使った出張帰りにはよく立ち寄ります。東京から大阪へいらっしゃる方はちょいとはやめに新大阪に来て、このバーでひっかけてから帰京するってのは、最高じゃないでしょうか?

酒は人の友。飲み方次第で良い友にも、悪い友にもなるけれど、この友と良い関係を築きたいなら、東三国の『キース』を訪れると良いと思います。

2007年1月 2日 (火)

幸先の良い初飲み

昨年の年末は家族だけ金沢へ帰して、来年度の概算要求の確定が財務省からあった関係で、大阪で仕事をしていました。かといって今年のはじまりが悪かったわけでもありません。家族を迎えにちょっとだけ金沢へ行ったのですが、 元旦に大阪へ帰る直前に金沢駅の近くにできたオイスターバーで食した生牡蠣とオイスタースタウトは最高でした。そう、今年の僕の飲みは、 オイスタースタウトで幕を開けたのです!

生牡蠣にゃシャルドネが定番でしょうが、 生牡蠣とスタウトという組み合わせも意外と歴史があるんですよ。オイスタースタウトが飲めないこれまで、 僕は生牡蠣にはギネスをよく併せていました。それでも絶妙なわけです。で、オイスタースタウトは、 20世紀にはいってイングランドのとあるブリューワリーが牡蠣の身と殻を含ませて牡蠣食用につくったスタウトで、 芳醇かつ濃厚な麦の香りと誠にクリーミーな泡立ちが特徴。とりわけ注目すべきは泡。とてもしっかりとした泡なので、 生牡蠣の殻を置いてみてもそれが底に沈むようなことはありません。一頃は生産するブリューワリーもなく、幻のスタウトとされていたものでもあります。

日本でも岩手の世嬉の一酒造や茨城の木内酒造などが近年開発に成功したとの話を聞いていましたが、 なかなかそれを飲む機会にはありつけないでいました。それをようやく、この元旦に飲むことが出来たのです!なんと、 すばらしいことではありませんか!大阪でオイスタースタウトを見かけた方がいらしたら、是非ご連絡ください。共に盛り上がりましょう! 本当に美味しいんですから。

2007年1月 1日 (月)

明けましておめでとうございます

このブログをお読みくださっているすべての方にとってすばらしい一年となることを心よりお祈り申し上げます。昨年末は、このブログの更新も滞ってしまったこと、また関係各位には様々な仕事でご迷惑をおかけしたこと、この場を借りまして衷心よりお詫び申し上げます。そして、そのような失礼をはたらいているにもかかわらず叱咤激励を頂いていることにも、心から感謝申し上げます。

辛亥生まれの僕は、今年、年男です。この年のはじめにあたって、何かを目指して猪突猛進するのだ…と大志を示す威勢の良さを、今の僕は持ち合わせておりません。自分の力量のなんと僅かなることかを実感した昨年の経験を踏まえるならば、僕自身の力量に適う責務を応分に果たすこと。あえて僕流に…というならば、それらの責務を愚直なまでに「真摯」にこなすことしかないでしょう。大阪外大のことも、阪大との統合のことも。

ブログの更新ペースはどうなるか不明です。なにしろ阪大との統合を目前にひかえていますから、今年はかなり忙しくなること必定。(どうなっちゃうんでしょうかねぇ?)でも、みなさんから頂いている年賀状のなかには、「ブログを楽しみにしています」とのありがたい言葉も目にします。授業の連絡事項はこれまで通りとしても、大学教員のブログだからといって堅くならず、とはいえ礼節も弁え、自分にとって気分転換になる範囲で楽しませてもらおうと思います。今年も、よろしくお願いします。

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