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2006年12月 5日 (火)

寛厳自在

どうにも、気持ちが悪い日々を過ごしています。妻曰く、「僕に出会ってから、最もいらついている」と。気持ちの悪さは、肉体的に起因するものではなく、精神的なものです。主に学内行政のこと。

先週、僕は教授会で10分近く演説にも似た科研申請の報告をぶちました。その後に続いた別件の報告では、僕が働いている研究推進室への批判を頂きました。しかし、その方への答えは「ここで語れることはありません。」が関の山でした。非公開が客観性と平等を生む制度もあるものですから、例え日頃よきつきあいをしてくださっている方々にも、心を鬼にして臨まねばならないことがあるのは確か。正直、公に言葉を語れないところで内心忸怩ものもあります。しかし、それは仁義に反する不義理を働いた結果ではない。

この間、『功名が辻』を見ていたら、「寛厳自在」が唱えられていました。最近見ていたテレビ番組のなかでは、珍しく蒙が啓かれる言葉でした。この一年、僕は研究推進室の仕事をしていて常に「厳」たる立場を貫いてきました。「厳」たる正論を貫徹することは、不明瞭・曖昧・馴れ合いを廃すると信じていたからです。教授会の翌日、お隣の研究室の朝鮮語のO先生から、ほぼ「寛厳自在」に似た助言を頂きました。O先生、曰く「鞭ばかりでは人はついてこないよ。」と。

この一年を振り返りつつ、重い課題ではありますが、学内行政のなかで「寛」と「厳」の両立がいかに可能なのか、しかと考えたいと思います。

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