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2006年10月15日 (日)

泣きたくなる厳しい現実

僕は大学の研究活動を推進する部署で働いています。今はこの秋の科研費申請をプロモートすることで右往左往しています。国立大学法人をめぐる研究環境の将来が不透明で、財政的に厳しい状況だからこそ、自己防衛の手段としてなるべく多くの先生方に科研費申請をお願いしています。おそらく、この時期、日本全国のどの大学もそんな感じですよね。僕も毎日、毎日、会う先生、会う先生に、申請は一つといわず、共同研究プロジェクトをどんどん企画して複数の申請に絡むよう頭を下げています。しかし…独立法人化前に専攻語を越えた研究推進体制がなかったこの大学のあまりに腰の重い現状に、正直苦戦しています。

科研申請なんて研究者として当然のことだと思うし、共同研究の企画を立てるブレインストーミングの段階はあれこれあって楽しいものだと思うのだけれど…どうやら、そのような研究者マインドはこの大学では「異常」なようです。こんなことを書かなきゃいけないのは悲しいけれど、ふつうは研究費ってものは自分の研究成果を正当に評価してもらうことによって得られるものであって、それは自分の研究の社会的意義を主張できる機会でもあるって考えるものです。

「この大学をめぐる冬の時代にあっては無理に共同研究を企画するよりも、むしろ個人での研究をしっかりしたほうがよい」といった意見もあって、その主旨はおおよそ理解できます。学内からの批判を覚悟のうえであえて発言させてもらいますが…それで共同研究の構想力も示せないまま長年やってきた結果が、これといった競争的外部資金を取ることのできないこの大学の研究力の現状に結びついていると僕は考えます。

外国語大学は、語学教育も重要なミッションの一つとしてある大学です。従って、必ずしも社会のニーズとはそぐわないところで、しっかりとその教育環境を護持していく必要があります。こうした考えに立ち、この大学は「護送船団方式」で学内の研究研究費で教員を保護してきた経緯があります。ところがあその結果、「井の中の蛙」よろしく、外部とは没交渉な研究環境が生み出され、自分たちの力で自分たちの研究の意義を主張する術の誠に不得意な環境が生み出されてしまった。これは外国語大学ゆえの構造的な欠陥と理解して良いのでしょう。

すべての先生方とは言いません。この大学には研究者としても、教育者としても立派な先生方がいらっしゃいます。そうした方々は、研究推進の方向性についていつも悩みにのっていただき、的確な批判や助言を頂いています。しかしその一方で呑気な人たちがいることも事実です。残念ながら、来年、再来年以降の大学からの研究教育費の先行きについて、どうなるか僕は全くわからない。科研費申請には、「外国語教育」のような研究細目もありますから、「萌芽研究」でもどんどん申請を!研究に生きようと、教育に生きようと、今の時代にあっては自分と学生とが共になって勉強する環境は自分たちの手で守り、発展させていかねばならないのです。

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コメント

ご高論のテーマについては
・外部資金を求めるか否か
・共同研究を進めるか否か
という2点に分けて議論するべきではないでしょうか……上記文章では両者がまとめて論じられ、論旨が不必要に複雑になっているように感じます。

このうち前者たる外部資金獲得(の、少なくとも)努力は《当然の営為》であり、将来的には教員の個人評価に直結するようになるでしょう……って、おいらなんぞ、すぐそこに来つつあります……が、後者たる共同研究は学問領域やキャリア戦略によって評価が異なるはずだし、異なりつづけるだろうと思います。

お忙しい毎日のようで、さぞかし大変だろうと思いますが、どうぞご自愛ください。

小田中さん!学部での授業も再開されたご様子。お忙しいにもかかわらず、的確なコメントを頂いたこと、感謝申し上げます。

確かに、小田中さんがご指摘のように、外部資金の獲得と共同研究の推進は別に分けて整理すべきだったかも知れません。今回の発言において、両者を混然と論じた理由は、今、僕に課せられている問題にあります。

外国語大学のような特殊なミッションをもった人文系単科大学では、外部資金の獲得という問題はようやく独立法人化後に意識されてきたものではないでしょうか。(しかも、ここ数年で突然降ってわいてきた問題だから、その問題の深刻なことをなかなか理解できない雰囲気があります。)

現今の状況では、将来的に「希少種保存」的な制度で外国語大学が保護される確証はありません。外部資金獲得のための自己努力が求められているいる点はどの大学も一緒ですね。しかし、外国語大学の場合には、これまで社会的評価にさらされる機会が少なく専攻語単位での教育運営が絶対視されてきたため、この点に対する自らの特殊性に対する意識が薄すぎた。(ようやく阪大との統合協議のなかで目覚めた部分がありますが。)各々の「希少種的」専攻語教育とそれに基づいた文化・社会研究を社会的に認めさせるには、今までの蓄積だけでは不十分で、徒党を組んで共同研究を目指し、その魅力と必要性を訴えかける必要がある。

外国語大学の構造は、各専攻語単位で複数の学問的ディシプリンの相乗り状態でできあがっていますから、従来からある学問領域などの枠組みに従ってはなかなか評価されにくい現状があります。それゆえに、各自のディシプリンを持ち寄って、何か新しいものを築く構想力が示されなければ、外部評価と資金獲得を生き抜く競争力も生み出されない…ざーっとこんな感じで、問題が複雑化しているんですね。

外国語大学ゆえの特殊な問題かも知れません。総合大学のなかの一部局となればまた事情は異なってくることは必定ですが。いずれにせよまだ年端のいかぬ35歳にしては、大学運営のいろんな側面を勉強することができる毎日で、その点では刺激的です。体力と気力が続く限りにおいてですが。疲れているのは事実です。僕の発言が曖昧なのもご容赦ください。

抽象的なレベルの話になっちゃいますが、
《各々の「希少種的」専攻語教育とそれに基づいた文化・社会研究を社会的に認めさせるには、今までの蓄積だけでは不十分》
という前提から
《徒党を組んで共同研究を目指し、その魅力と必要性を訴えかける必要がある》
という結論に到達する論理的な必然性はないんじゃないでしょうか。

つまり「個人で外部資金を稼げるんだったら、頑張って個人で稼いでくだされ。でも、それでダメだったら、文句いわずに共同研究に労力割いて稼ごうね」って路線もアリじゃないか、という感じです。

共同研究を企画するのって、相当のリソース投入が必要ですよね。研究が個人ベースでなされてきた場合、それは、組織レベルでも個人レベルでも、一種の文化革命だし。それに対して個人で外部資金を申請するのは、そんな負担ではないはずだから、はじめの一歩としては悪くない……なんてことを思っているわけです。

もっとも、科学研究費に即していえば、共同研究重点配分に傾斜しつつあるわけですから、現実問題としては共同研究重視路線のほうが正しいと思いますが。

外部資金問題はおいらにとっても他人事ではありませぬゆえ、駄文ながら長文になりました。すみません。

小田中さん、ありがとうございます。

個人でまずやってくださいというのは当然です。はじめの一歩としては個人の研究があって当然です。個人の研究力が一つ一つ積み重なるところに、本来の意味での共同研究が成り立つわけです。僕としても、個人の研究力を無視するものでは毛頭ないことをわかってください。誇張ではなく、僕の頭のなかには大阪外国語大学の先生方一人一人の業績がすっかりと入っていますが、僕はそうした先生方の個人としての研究力を信じています。それは、共同研究を構想する際の欠くべからざる基盤です。

その一方で、組織運営という現実を考えた場合、間接経費を伴うような大型の科研費獲得が求められている。どの大学でも、中期計画や年度計画などでそうした大型の競争的資金の獲得が目標として謳われてしまっているのではないでしょうか。いろいろとある現行のイベント型競争資金レースにはいろいろと批判もあるでしょうが、人文系研究でも、外国語大学でも、我が国の現行の研究環境では、組織存続にはそれにむけて知恵を絞るしかない…と今は腹をくくっているわけです。

>共同研究を企画するのって、相当のリソース投入が必要ですよね。

元を辿れば草案は数年前より…そしてとりわけこの数ヶ月間、僕が何に力を注いできたか…それですよ、それ。いろいろなプランを組み替えては壊し、組み替えては壊し…の連続。困難だけど作り方次第ではおもしろくことはできるはず。作り方は暗中模索が続いていて叱られることも多々ありますが、やりがいはある。あとはどれだけ意識を共有してもらえるかです。

 いつもお世話になっています。
 同組織の某S語の者です。
 週一回火曜に、神戸市外大から神戸大に移動し、時間が有り余っているため、サテンで採点の山を片付けた後は、神大国際文化学部非常勤講師控え室でネットサーフィンするのを習慣にしています。もちろん古谷先生の難解なパソコン談義もチェックしております。
 この回の発言は、私は非常にショックでした。改めて「そーなんだ、この大学って、そして俺って」という実感により。外大が周知の状況なので、研究推進室が科研費がらみでたちあげたブログができた、私はおそらく古谷先生がかかわっておられるのかなーと思い、こりゃ多少面白いことになるかなと、毎日チェックしていましたが、学内の「業績のある人々」からはなんの呼びかけもなく(少なくとも10月13日の金曜日まで)、今に至ったというわけで。私は正直、あのブログはアホへのアジだったのだ、そうだよな、忙しい先生方があんなもん書き込みなんてしないよな、自分が失望されたんだ、という、アホきわまる無念に、勝手にふけっておりました(ハハハ、自意識過剰)。
 もちろんコメントであった正論も理解できるのですが、やはり古谷先生が感じている疲労感は、現場にいる人間にしか理解できない部分もあると思います。私は本当に古谷先生の悔しさが伝わってきましたよ。
 私自身は博士過程委員会にも所属しておりませんし、ろくな研究業績もないマージナル文学のヤクザ者ですが、まっとうな研究の世界における横のリンクが「いわゆる外大コア(=語学屋の人材が中心になると思うのですが)」で現況まったく機能していない以上、どう言ったらいいのか、統合後は阪大ですから研究科レベルの仕事が中心になり、正直学部教育は組織存続のためのアリバイに過ぎない以上、こりゃ一緒にこの人々と仕事をしても明るい未来はまずないな、という気分にもなるのです。これまでは学部の定員が守られていて「明日も明るい外大」だったんですが(なんだか、ある年齢以上の人々を中心に「古きよき外大を守ろうよ」オーラが濃厚で気持ち悪いですね。「美しい~」が流行っているんでしょうか。
 では、研究科レベルでの発信リンクがあるかと言えば、そんなもんはもともとない大学なのですね。かろうじてあった人々は新天地を求めて去っていった(それを、よし!とする議論もあるのですが、ご存知ですか?)。ないのか、じゃあ、つくろうよ、という、先生の発想・意気込みであったと思います。
 それに気付きもせず、科研費申請時期に根回し(=ブレインストーミング)も怠り、気付いたらもう1週間、ホント、申し訳ないです。
 私がワーワー言ってもどうにもならん現状であり、力にはなれんと思いますが、取り急ぎ明日、例の研究推進委のブログで、今考えているCと萌芽の話をし、共同でなんかできんのか、と提案してみるつもりです(って、なんでワシが?!という違和感はぬぐえません。若手とCと萌芽で申請落選続きの身なので)。
 科研費応募に関しては、50台以上の方で「まったく何も知らんし、やる気もない、そんなんせんでも退職金もらえるし!」という豪傑がかなりいることが予測されます。思うに、応募率を上げるなら、ペナルティも含めて全教員に応募を必須化する必要があると思いますよ。応募しないなら退職金1割カットとか。
 学内で共同で「実際に取りに行く」という実務的作業に関しては、古谷先生の「科研費は応募して当たり前、なぜならば…」みたいな普通の研究者的知見をもっと色々な場所で発言し、具体的に人を動かしていく必要があると思います。「動く人だけをあてにする」のでは、仮にそれで動く人があったとしても、そのころには古谷先生、定年を越していると思います。それほどタコツボ化が進行している組織だと思う。
 また、私も学外の同業者とは科研費部分担の話がないでもない。ほかにも多くの人が、学内でのリンクをあきらめている経緯があると思います。そーゆータコツボ組織なんだから、もういまさら嘆いても仕方がない、と。ましてや組織として解体寸前、専攻語によっては「あがいても無駄」なるニヒリズムが支配している可能性もあります。私自身、もはや学内教育に関しては残念ながら事務仕事以外特に強い関心はありません。第二外語で週10コマやってくれ、と阪大に言われたら、むしろ歓迎ですよ。日本のS語の教育レベルなんて関心ないし、とにかく本を読む時間がこれまでより増えるなら歓迎というレベルです。同じレベルの文学関係の人がいるなら「本を読む時間をいかに増やすか」で科研費申請を取得しに行きたいくらいで。
 もちろん、こーゆーニヒリズムがあかんと思うのですね。少なくとも研究に関しては。だからこそ、もっと気楽に、やれるところから、自由にやっていくしかないかと。もちろん我々個人はのんびりしているわけにも行きませんが、要するに、やらない人を相手に憤っても仕方がないし時間の無駄ですよね。
 生意気申しましてすみません。大学の近所に酒場があれば、もう少し共同研究も進むと思うのですが…。やはり大阪外大が滅びたのは、岡場所を切り捨て郊外無菌生活に過剰適応したことが遠因のように思われます。
 ブログのことをよく知らないので、これを読んでおられるのかも分かりませんが、とりあえず、明日、例の研究推進のブログには書き込みしておきますね。無視されるであろうが。では、お疲れ様!

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