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2006年10月22日 (日)

環境“音楽”としての吉本新喜劇

昨日はだいぶ髪の毛も伸びてきていたので、気分転換も兼ねて、ご近所の理髪店へ髪の毛を切りに行きました。いわゆる町の床屋さんです。お昼時に伺ったのですが、その床屋さん、いつも繁盛していてよくお客さん数人を応対しています。今日も3人くらいのお客さんと床屋さんの(おそらく)ご家族4人がお店のなかにいました。そのお店はいつもテレビ番組が流れています。大阪のお昼時といえば、吉本新喜劇なわけです。(僕の妻は福井出身なのですが、福井あたりも土曜のお昼は吉本新喜劇だったよう。大阪から見れば福井からは、東京から見れば福井までは、関西圏文化といって良いのでしょう。)別に格段に意識していたわけではないのですが、最初は関西テレビのやしきたかじんさんの番組が流れていたと思います。それが午後1時を迎えると…誰も見たいと要求したわけでもなく…というか、テレビ番組が放映されているといっても、そのお店で誰も集中して見ていたわけでもなかったわけですが…なんとはなしにいつの間にかMBSにチャンネルが換えられ、吉本新喜劇がはじまりました。吉本新喜劇がはじまったからといって、誰も集中して見ているわけではなく、誰も笑うでも、つっこみをいれるでもなく…ただただ空気のようにその場の雰囲気にとけ込むように吉本新喜劇が流れ続けていました。あたかも環境“音楽”のよう。なるほど、吉本新喜劇は大阪の人たちの生活に深く根ざしているとは、こういうことか…と感じた瞬間でした。

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コメント

ご無沙汰しております。peterあらためluoteinenです。
なるほど、そういうところにご感心されましたか。ワタシはむしろ「たかじん胸いっぱい」→「吉本新喜劇」という流れに大阪らしさをものすごく感じたのですが。
とはいえ、ワタシは13時からの新喜劇に違和感ありまくりの人でして、この頃とんと見ておりません(そのまま「なんぼDEナンボ」に行きますね)。
ちなみに明日の日曜は、「アッコにおまかせ」/「週刊えみぃSHOW」(ここは意見が分かれる)→「新婚さんいらっしゃい」→「アタック25」/「たかじんのそこまで言って委員会」(ここも意見が分かれる)→「ミナミの帝王」と行くのが正しい大阪人のありかた(?)です。って、明日は「ミナミの帝王」はないか(笑)。

時折このブログで、今回のように大阪の特殊性・独自性に驚き、ご感心されるご様子をお書きになることがございますが、それを拝見するたびに、大阪育ち三十ウン年のワタシはハッとさせられます。なんというんでしょうか、文化人類学者が異文化に接するようなまなざしで感じ、お書きになっている(とワタシには思える)ので、かえってワタシには新鮮な印象を与えます。
どうぞこれからも素朴な驚きを書き綴ってくださいませ。

・・・とはいえ、ワタシも研究者の端くれ(?)ならこんな箇所に反応せず、他の真面目な項目に反応すべきですよね。こんな奴ですが、以後もよろしくお願いいたします。

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