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2006年9月

2006年9月30日 (土)

この夏の総括

AJCを終えられた東大の近藤先生が自らの掲示板で以下のような発言をされています。(AJCは今回も無事に終了されたようでよかったですね。)

金曜の午後でAJCは終わり。3日間に7名の junior session を設けたのですが、これは活発でたいへん良かった。逆に大学の先生も負けないように頑張ってください。院生・研究生は研究に専念している、先生方は、あらゆる校・公務に忙殺されて、2夏の準備期間があったはずなのに、不安の残るまま臨んだ、といった条件の違いがはたしかにあるのでしょうが。(後略)(近藤先生の掲示板より引用)

この発言は重い。僕が学部生の頃、ある人から「研究者の将来は、学生の頃の勉強量ですでに決定されてしまっているのさ…」と聞いたことがあります。大阪外大への着任以来、この夏ほど自分の研究が進まなかった夏はありません。理由は書けません。この夏は大阪を離れず、研究に専念しようと予定を立てていまいした。しかし今の自分はかつて院生だった頃とは違って、ただひたすら研究に専念させてもらえる環境にありません。組織に属する人間はその責務を全うせねばなりません。ただ結果として、やりかけ・書きかけの論文がいくつも残ってしまった。自分の属性をめぐるジレンマの連鎖。確かに大学人としては大学運営に関わる様々なことを勉強させてもらえる貴重な経験ができた夏でしたが、研究者としては学生時代のストックを食い潰しただけの夏。従って、研究者としての信用をなくさないよう、自らの尻ぬぐいに追いまくられる秋になりそうです。

2006年9月25日 (月)

地域研究VIII

関西外大のみなさん!今学期もよろしくお願いします。今日の授業でもお伝えしましたが、こちらのほうに今日の講義ファイルと来週の講義ファイルをアップロードします。パスワードは1学期とは異なりますので、ご注意ください。不明な点があったら、いつでも相談してください。それでは、また来週!

今週の講義ファイルをダウンロード

来週の講義ファイルをダウンロード

2006年9月20日 (水)

Engage!

例によって、いつの間にやら今週もすべての日に会議が入りました。今日の会議では、あろうことか集中力が一寸途絶。眼球の奥底が鈍く、重い感じ。目がかすれるって感覚。そして無性におなかもすく有様。気力が途絶するなんてことははじめて。たぶん今週に入ってから、すべての会議の議事録をちっさな、ちっさなSigmarionIIIの画面でとっていることに関係のがあるのかな。(SigmarionIII、結構頑張ってくれてますよ。僕は打鍵が強いのですが、これはクリック音がないので静かにメモをとれる。これまでのThinkPadでは打鍵音がうるさく、ちょっと威圧的なイメージをみなさんに与えていたかも。これは反省してます。)でも、それとおなかがすいたことには因果関係は見いだせません。(この間の会議でも、おもいっきりおなかが鳴って、それを隣で耳にしたであろういつもクールな事務局長さんに苦笑された…ような気がする。あれは恥ずかしかった。)そんなことがないようにと、今日はお昼に生協食堂でヒレカツをがっついていたんですが、よりによってその姿を同僚の先生方に見られてしまった。でも、「古谷君もおなかがすくんだ→昼飯も食べるんだ→健康にも配慮しているんだ」ということで、安心してもらいました。何が自分の評価に結びつくきっかけになるのか、わかりませんね。夏休みの間に体重をちょっと太らしてきたんだけど、早々にそのストックがなくなりかけているんで、「こりぃかん」ということでなるべく食べるようにはしてます。本当はグーッと寝て休みたいところだけれども、夜は夜で論文を書ける貴重な時間だし…でもそれは楽しい作業、僕の本分。えぇ、もちろん日々の会議も楽しいですよ。今は何も言えないけれど、悲観的にとらえれば問題山積とも言えるけど、楽天的に…あるいはスター・トレック的に考えれば、前人未踏の世界を切り開こうとするクリエイティブな作業の連続とも言える。で、ひたすら堅忍力行な昼と火事場のバカ力を求める夜の繰り返しだけど…“明日”に向かってEngage !

2006年9月18日 (月)

スウェーデンはもはや「国民の家」を必要としない

今朝は花まるマーケットなんかで、吉川晃司サマの“おもしろおじさま”トークなんて見てる場合ではなかった…おー、もにか。昨日は9月の第三日曜日…スウェーデンの総選挙の日。今朝は、穏健党を盟主とする中道右派連合(中央党・国民自由党・キリスト教民主党)が勝利したってニュースが飛び込んできました。穏健党の党首ラインフェルトさんって、1965年生まれですから、41歳の首相誕生ってことになります。いやはや、ちょっと寝耳に水的ニュースでした。だって、だって…そこのオジョーサン(みのもんた風)…穏健党ですよ、穏健党。穏健党ったら、あーた、かつては万年野党の代名詞だとか、政権担当能力がないとかされていた政党。(1990年代前半に一時期ビルト政権がありましたけどね。)てっきり、スウェーデンの政治文化では「穏健」だとか、「保守」だとかいう概念は、戦わずして自らをマイナーあるいは敗北者であると規定してしまう自己証明だと思いこんでいました(笑)。

今回のニュースが意外だったのは、スウェーデン経済は今わりと好調だったのに、これまでの政権与党パーション率いる社会民主労働党が敗北したというところ。僕は社民党がそのままいくのだろうと予想していました。景気が好調ならば、高負担を前提としたセーフティーネット社会の維持も可能と考えられるからです。しかしながら、スウェーデン国民の判断は「高負担」という点にNej!を突きつけたということになりましょう。総選挙の結果は、昨年のドイツにおける政権交代劇と似通っていて、たいそう僅差だったのですが。(王国議会の議席数で言えば、中道右派連合が158議席に対して、社民党・左翼党・環境党連合が151議席。スウェーデンの総選挙は国政選挙と同時にコミューンなどの自治体選挙も行われるのですが、結果が逆転しているところも出てくるんじゃないかな。)

穏健党もラインフェルトさんが党首になってからは、変わろうとしていたのは事実。ただ単に有産者の利益を代弁するそれまでの保守政党ではなく、高負担を是正したセーフティーネット社会の構築を公約としてうたいあげるようになっていました。イギリスのブレア政権も、ドイツのメルケル政権も、そしてお隣のデンマークも、年金制度やヘルスケア制度といった高負担制度の縮小にむけた改革にむけてスウェーデンより一足先に歩んでいたことを思えば、今回の結果はすでにEU内で起きていた従来型福祉体制の是正にむけた流れの一環として見るべきで、見る人によっては当然の結果とも映るのでしょう。

ただし、この点は押さえておきたい。そもそも、これまで社民党が60余年にわたって作り上げてきた社会体制は、貧困に喘いでいたスウェーデン社会の生活水準を向上させるために、「国民の家」という発想のもとに社会全体による資源分配を目指したもので、この全体的目標のためには高負担・高福祉という原則は絶対だった。これに対して、今回の総選挙の結果は、昨今のスウェーデンでは好景気に後押しされる形で可処分所得に余裕の出てきたプチ富裕層が、リバタリアニスムよろしく自らの財産保護(この点で保守化したということか)を大事に思うようになった一つの現れととるべきなのでしょう。スウェーデンに生きる人のなかには、過度な税負担によって自らの財産の一角が切り崩され、無産者へ流れることを嫌う人がいるのは事実。そういう人にとっては、もはやスウェーデンは貧困社会ではなく、「国民の家」として貧困の克服とその責任を社会全体で負うべきではないってところが、正直なところかな。つまり、今回の結果で特筆すべき点は、政府主導型の高負担なセーフティネット社会を是正していく道が選択されたということよりも、スウェーデンはもはや20世紀に社民党が国是のごとく唱えてきた「国民の家」を必要としない(あるいはスウェーデンはもはや「国民の家」ではない)ということをスウェーデン人自身が選択したということ。(余談としては、いよいよスウェーデンもNATOに加盟するのかなってところも気になる。穏健党の主張するところ、EUやNATOといった諸国間同盟と積極的に関与するってことですから。とりあえずユーロ導入は当面はないみたい。)

この転換は、スウェーデンの歴史を考える上では大きいですね。しばらく僕は、スウェーデン・アイデンティティの歴史的展開ということを研究テーマとして選んでいるのだけれども、ここに来てリバタリアニスムの系譜ということも考慮に入れざるを得なくなってきたことは実に厄介。ま、常に変革を求めようと世論が動いている点では、この結果でも一環しているんですがね。

2006年9月17日 (日)

やはりPDAは使えない!

昨日は、東豊中では名の知られたそば屋さんで、とりわけ有名なカレーうどん(大盛り)を食べ、エネルギーの沸いてきたところで一念発起し、かつてNTT docomoから発売されていた日電製のPDAであるSigmarion IIIに火を入れてみました。PDAからの完全撤退を実行してはや一年ちょっと。このSigmarion IIIもこの一年ほどは全く使わず、「軽い端末が欲しい」とおっしゃられていた大学の隣部屋のウタ先生に貸与していていました。しかし、そのウタ先生も使いこなせず、挙げ句の果てにはNEC製のモバイルPCを購入されてしまった。そんなこんなで、Sigmarion IIIはこの一年ほどお蔵入り状態でした。ここに来て、阪大に出かけて会議のメモをとる際(…本当ならば専用の端末を一台貸してもらいたいところなのですが…)今までいつも持ち運んでいたThinkPadではちょっと力を持て余し気味。だったら、メモ書き程度ならSigmarion IIIでも十分だろうと考え、それを復活させてみたという次第。

一年近く使っていないと、バックアップ用の内蔵バッテリまで完全に干上がっており、それが充電されるまでおよそ一日。各ケーブルの接触口もがたが来ているようで、ThinkPadとのUSB接続は接触不良気味です。必要最小限のアプリケーションを一度導入してしまえば、それは快適に動作するのですが、このSigmarion IIIという端末は、Windows CE.netとかいう特殊なOSを搭載しているために、いくつかのアプリケーションはバイナリエディタを使って、プログラム自体に改変を加えないとインストールさえできない。誠にユーザー・アンフレンドリーな代物なのです。ウタ先生が使いこなせなかった理由もよくわかります。道具のほうがそれを使いこなせるユーザーを選択するとは、言語道断にして本末転倒な全くひどい話です。

Acrobat Readerやら、Bluetoothやら、まさにこうしたしちめんどくさい作業を踏まなければ、どうにもならないのですが…挙げ句の果てにBluetoothはなんだかポートが、赤外線ポートなどとかちあっているらしく、動かない。まったく…時間と手間ばかりとらせる代物で、昨日の午後はこれに付きっきりで作業を続けてきたのに、その努力も水泡に帰す…のかな。「この数時間を返せ!」と叫びたい気持ち。思い出した。一年ちょっと前、PDAをやめようと決心したときの気持ちを。まさに今のこの思いと同じ…かける時間とお金の割に、仕事の効率はそれほどあがらないという気持ちが高まったからでした。やはりPDAは使えないということかな。ま、メモ書き程度に、Sigmarion III、使ってやりましょう。

2006年9月15日 (金)

パソコンなんていらない!

この一週間も毎日大学へ行っていましたが、手ぶら通勤で通しました。鞄なし。UTコミュニケーションセンターの小銭入れ、 モンブランのモーツァルト&ノートブック、ヴォーダフォンのノキア端末702NKII、 USBメモリと鍵のついたPhilippi Designのキーホルダをポケットに、そしてiPod nanoを首にかけるというスタイルです。「当世学生の三種の神器は、携帯電話・ 電子辞書・iPodだ」とは以前にも発言したとおりですが、今の僕にとっての三種の神器はスマートフォン・ USBメモリ・ iPodということになります。とりわけスマートフォンとUSBメモリが仕事上重要。

授業でプレゼンをするときはノートパソコンを持ち歩きますが、それ以外の日程ならば、 スマートフォンとUSBメモリがあれば当面の仕事はこなせます。パソコン端末は、自宅と出先にあればそれで十分。 作業に必要なデータはUSBメモリに放り込んでおけば、自宅と出先の端末で作業を継続できる。 通勤時間中に内容確認が必要なデータはGmailあたりで自分のアドレスに送っておき、携帯電話でチェック。ここで僕にとって必要なことは、 携帯電話に(1)通常のパソコンで使っているメールの送受信機能、(2)海外の辞書・書籍検索サイトを閲覧できるフルブラウザ機能、(3) Word/Excel/PowerPointの校閲機能、(4) PDFの閲覧機能とが備わっている点。 これらの機能が使えるということでスマートフォンが僕には必要となり、今のところノキアの702NKIIがベストというわけです。

手ぶら通勤にとってスマートフォン以上に重要なのは、実のところ、USBメモリをいかに活用するかという点です。 データの一時保存先としてUSBメモリを活用するだけでは、もったいない。僕は、 USBメモリのなかにUSBメモリだけで動作するいくつかのアプリケーションを入れています。その利点は、 出先のパソコン端末に自分が作業したいファイルを扱えるアプリケーションがなかった場合でも、 USBメモリにいつも使っているアプリケーションが入っていれば、いつもの作業環境を出先のパソコンで再現できるところにあります。

例えば、国の内外を問わず学外の大学や研究機関でプレゼンすることになり、 自宅で作業したパワーポイントファイルだけを出先に持って行ったとしましょう。 その出先で貸し出されたパソコンに肝心のパワーポイントが入っていなかったとしても、慌てることはない。 自分のUSBメモリを出先のパソコンにサクッと差して、そのなかに仕込ませておいたパワーポイント互換のPortable OpenOffice.orgを起動すれば、編集も、スライド実行も問題なくできます。同じようなことはWordでも、 Excelでもいえる。出先が海外の場合、そこにあるパソコン端末に日本語変換機能がない場合がある。学生のみなさんなどが、 よくその問題でローマ字使ってメールとかを書いてくるけれど。そうした場合には(出先の端末がネット接続されていることが前提だけれど) Ajax IMEのページを立ち上げ、 そこに出てくるボックスに日本語の文章を書き、Portable OpenOffice.orgやPortable Thunderbird、あるいはWebメールなどにコピー&ペーストすれば全く問題ない。 (もちろんAjax IMEのページは、 あらかじめPortable Firefoxにブックマークさせておく。)PDFファイルを閲覧する必要がでてきたときには、 USBメモリにあるFoxit PDF Readerを起動させるだけ。出先のパソコンでいつも閲覧しているホームページにたどり着きたければ、 USBメモリにあるPortable Firefoxでウェブを閲覧し、そこに自宅などで使っているブックマークをあらかじめコピーしておけば良い。

つまり、USBメモリのなかに最低限自宅や研究室における作業環境を確保するアプリケーションを潜ませておくということ。 これによってパソコンなんて持ち歩かなくても、USBメモリさえあれば、世界中のどこでも同じ作業環境を実現できるんです。僕の場合、 とりあえず以下のアプリケーションをUSBメモリに入れてあります。

  • Portable OpenOffice.org
  • Portable Firefox
  • Portable Thunderbird
  • Foxit PDF Reader

これらすべてを導入していても、容量は250MB程度。 最近のUSBメモリの実勢価格は1GBのものでも5000円くらいで買えるらしいから、 それで世界のどこでも同じ作業環境を確保できるというなら、かなり安いものです。 USBメモリで持ち出して動作させることのできるアプリケーションは、上記のほかにも世界中でいろいろなものが開発されていますから、 このWikipediaにあるリストを参考にしながら、 出先で自分が必要になる用途に応じて取捨選択すると良いでしょう。

今回の発言。Ajax IMEなどの話も含めて、もっとはやく、夏休みに海外渡航される人たちにむけて発信できればよかったのですが。 1~2週間の短期間の滞在であり、しかも滞在先での仕事内容が論文を書くようなこともなく史料収集中心ならば、 あえてパソコンを持ち込む必要もないのではないかと思うようになりました。 今の僕がAJCだけに参加するという目的でフラッとロンドンへ行くなんてなったら、 ヨーロッパでも使えるヴォーダフォンの702NKIIとポータブル・アプリケーションを仕込ませたUSBメモリ(… あとはコピー機がわりのデジタルカメラと精神安定剤としてのiPod nanoくらい…)だけで行っちゃうんじゃないかな。

大容量化と価格低下のすすむUSBメモリの効用を考えると、従来、 通信やワープロなどのあらゆる機能を集中させながらワークステーションとしての地位を築いてきたパソコンは、 今や携帯電話に通信機能を奪われ、ストレージ機能はUSBメモリに奪われ…ということで、図体の大きいだけのもはや時代遅れな道具なのかも。 その一方で、たった数千円で買えてしまう10数グラムの筐体に秘めたUSBメモリの潜在力は、計り知れないものがあります。 携帯電話との組み合わせってこともあるけどね。(ちなみに僕が愛用しているメモリは、ELECOMのMF-WU201Gというもの。 キーホルダに掛けられるワイヤとデザインがよい。このデザイン、 UTコミュニケーションセンターで売られているUSBメモリと酷似しています。)

2006年9月14日 (木)

みなさん、お気をつけて!

例によって、会議ジャンキーな日々を過ごしています。西洋史学畑でよきつきあいをしてくださっているイギリス史研究者の方々の多くは、9月末にロンドン大学の歴史学研究所で開かれる第5回日英歴史家会議にむけて、続々と海外渡航されはじめているようですね。

僕はイギリス史研究者ではないのですが、第3回(ロンドン)、第4回(京都)と(…なぜか…)参加してきた誼もあって、今回参加できないことがなんとなく寂しい。報告の数々が刺激的だし、個人的にも記憶に残る学会なんです、AJCは。第3回のときはスウェーデン留学中で、「東のルンドから西のロンドンへ」クヌート大王よろしく遠征したし、第4回のときは僕自身モバイルジャンキー真っ盛りの頃で、いろいろなモバイル機器を試していたら、ケンブリッジの(かの)J.モリル先生から「なんじゃそれは?」みたいに声をかけられ、それをきっかけに複合国家論のことを話したりした。

イギリス史をはじめほかの地域の歴史学研究の先端的な知見は、北欧史の今後を構想するうえで本当にありがたいもの。それにつきあいも広がるし。例えば、意外とスウェーデンとイギリスの研究者のつきあいってありそうでないらしいんだけれども、僕なんかがAJCなんかでのおつきあいを通じて、「スウェーデンの学者がこんなことやっているんですよ」なんて、イギリスの学者に話したりして…結果的に橋渡し役をしていたりする。AJCはそんなこんなで、日英だけではなく、様々な国々の歴史学研究の交流のプラットフォームへと発展する可能性があるような気がするんです。

で、今回のAJCのテーマは、"Migration and Identity in British History"。複合国家におけるアイデンティティなんて話…うーん、もうたまりません。どこでもドアでもあったら、大阪での会議をちょいっと抜け出して、IHRにひょいっと訪ねたい気分。残念ながらどこでもドアもありませんし、仕事も膨大なので参加することはできませんが、バスのペールエールでも片手に、BBCのプロムスのストリーミング放送でも聴きながら、ロンドンへ行った気分に浸りましょう。

大阪外大でも最近になって、あるいはこれから短期で海外渡航される方々が多いですね。9月半ば以降のほうが飛行機のチケット代がやすくなるということもあるのかな。みなさん、くれぐれもお気を付けて、大阪に残る僕の分まで刺激的な経験を!みなさんからのおみやげ話を楽しみにして待っています!(来夏は…来夏こそは、レイキャヴィークで開かれる北欧歴史家会議に必ずや!それまでに統合の目処は立っているのだろうか。)

2006年9月11日 (月)

同じ25分で行けるならば…

この週末は書かなきゃ行けない論文がいくつかあるにもかかわらず、せっかくの休日なのでパソコンも開かず、消費生活を謳歌してしまった。週末のパソコンはキライ。

僕は自動車を運転しない(というか免許もないので運転できない)のですが、一昨年のボーンホルム島滞在でドライブへの潜在能力に目覚めてしまった我が妻よしこんの運転で、最近は大阪外大へよく送り迎えをしてもらっています。官舎からおよそ25分の道のり。今日は梅田のハービス・エントまで自動車で行ったのですが、その所要時間およそ25分。ハービスの地下駐車場は意外にも空いており、実に快適でした。妻も、僕も、やはりどことなく東京での消費生活を懐かしみたい気持ちが今でもあるんですね。大阪に来てからというもの、これまではミナミのなんばパークスだとか、心斎橋界隈へ出かけてみては、小綺麗な環境で買い物ができる雰囲気に満足していました。で、今日のハービス・エントもそう。ふだん子育てで奮闘しているよしこんも、雑貨やさんなどなどをゆっくりとめぐり満足していたようです。「同じ25分でいけるなら、なぜもっとはやくハービスへいくことに気がつかなかったのか」と、よしこんが思わずのたまうくらい。僕は、最近町を歩いてみて、またいくつかの筋からの情報を総合してみて、「今年はアスコットタイが来る!」と直感していて、今日はシルバーないしはグレー系のアスコットタイを買おうと思ってでかけたのですが、それは空振り。いまだ35度近く気温のある時期にアスコットタイを求めて徘徊してみても、ちょっと時期がはやかったよう。というか、前々から感じていたのだけれども、アスコットタイの認知度って低いですよね。

 

帰りがけに、二週連続で桃山台にある某ラーメン屋さんへ。この店のラーメンは、ラーメンという概念ではくくれない代物。スープのベースはコンソメ、麺はデュラムセモリナをつかったパスタに近い。つまりパスタとラーメンの折衷。ここだけの話、僕は東京時代に本当によくラーメンを食べた…食べまくっていた。週末になれば一日三軒くらいのはしごはざらでしたから。だから大阪の人には申し訳ないけれど、大阪へ来てから「ここはおいしい」と知られたラーメン屋さんをいくつも回ってみたけれど、ほとんど満足することはありませんでした。どこにいっても陳腐な味。そこに来て、桃山台のお店で味わったものは鮮烈だった。はじめは「パスタとラーメンの折衷なんて邪道だ」と思いこんでいたけれど、これこそ百聞は一見に如かずの味。先週はアラビアータ風のもの、そして今週はミネストローネ風のもの。一般的に言って、僕は本当においしいものを食べたときは、食後に体がすっきりすると思っています。ラーメン屋さんの場合、大抵は食後の爽快感を得ることはないのだけれども、ここは違う。この店は味もさることながら、ラーメンの固定概念を覆してくれる経験が、実に爽快。これは久々のヒットです。

2006年9月10日 (日)

『世界遺産』〜ハンザ同盟都市ヴィスビー

宣伝する前に、気がついてみたらヴィスビーの回、放映が終了してしまいました。(僕の講義に出てくれている学生のみなさんには、いずれDVDでお見せするでしょう。後期の授業がはじまりますが、大阪外大の「北欧の地誌」と関西外大の「北欧」の後半戦は世界遺産で攻めます。乞う期待。)

今回の監修方針としては、単純明快にヴィスビーの歴史を整理すること。専門的な内容はかなり省いて、とても簡単に説明しています。(国王とか、皇帝とかの名前さえ出していませんよ。『世界遺産』という番組の良さは映像の力でつくられているところが大きいので、詳細なことの説明は番組を冗長にしてしまう問題があるのです。)ゴットランド島が地質学・考古学上の「宝庫」であるならば、ヴィスビーは中世都市とバルト海の記憶の「倉庫」である…(ほら、番組のなかでも商人たちの使っていた倉庫をたくさん映してもらっていたでしょ。なかなかあんな映像は見られない。)…なんて洒落た番組構成でも良かったかなと反省。「先史時代からはじまって、クリミア戦争のある近代まで、ゴットランド島に懐胎するバルト海の記憶をたどるとおもしろくなるんじゃないか」というのは、この回の企画の段階で僕が提案していたところでしたが…。

今回は、泣かせる決め台詞はありませんでした。でも、そのかわり「バラと廃墟の町」と言われるヴィスビーの姿は、本当によく映されていました。廃墟ごしのバルト海の夕日の映像だとか、バラが並ぶ民家の軒先の映像だとか。いやー、本当に美しい良い時期にヴィスビーへロケ行っていたんですね。その成果はあって、百聞は一見にしかず…って回だったかな。百の気の利いた言葉よりも、『世界遺産』スタッフの取材による映像の美しさに力を感じる。まさに、今回のヴィスビーはそんな回でした。

これにて僕が監修を担当した分は終了。ヴァイキング時代前のターヌム、ヴァイキング時代のイェリング、ヴァイキング時代後のヴィスビーということで、今思えば「なるほど、ヴァイキングって裏筋が通っていたんだね」と今になって気がつきました。となれば、今僕も加わって大阪外大で進めている「学術的観光コンテンツの開発」プロジェクトの今年度の成果は、『現代にヴァイキングの記憶を辿る旅』なんてテーマでまとめてみようかな…って、それは来春の話。

また機会があれば、楽しく番組づくりに協力したいと思います。『世界遺産』のスタッフのみなさん、ありがとうございました!今度上京したときには、打ち上げしましょう!

2006年9月 9日 (土)

統合問題

大学統合のことではない。コンピュータ環境の統合の話。IntelMacにおけるMacOS XとWindowsの環境統合なんかは、人と金が絡む問題ではないから、実にお気軽。つい最近、CrossOver MacというWindows用アプリケーションの互換レイヤーのベータ版が公開されたので、早速試してみました。MacOS X上でWindowsを実行する環境は現在のところ三通り。(1)ブート時にOSを選択するBootCamp、(2)MacOS X上でWindows環境をエミュレートするParallels Desktop、そして(3)CrossOver Mac。(3)の利点はWindowsを別途インストールすることなく、ダイレクトにWindows用アプリケーションをインストールし、直感的にMacOS上のアプリケーションとして活用できること。しかし対応しているアプリケーションの数が少ないですね。

CrossOver Macで早速試してみたのは、Norstedt社のスウェーデン語・英語辞書。これについては、閲覧・検索ソフトの違いでいくつかのヴァージョンがありました。Windows3.1時代のBookShelf3、Windows2000時代のBookShelf4、そして文法・構文チェック機能までもったSkribent。CrossOver Macでは、いずれもインストールは問題なくできますが、起動はしません。残念。これらのソフトウェアの動作にはWindowsそのものがもっているダイナミックライブラリが必要だと思われ、それがCrossOverでは対応できないから起動できないと推測しています。というわけで、これを使うにはやはりWindowsの完全なる動作環境が必要なわけで、現状でのMacOS XとWindowsの環境統合は、MacOS X上で軽快にエミュレートするParalellsが一番よいと判断。仮想デスクトップ拡張ソフトであるVirtueDesktopsを導入して、ワンタッチでMacOS XとWindowsの環境を切り替えられるようにして、便利そのもの。柔軟な環境統合は、MacBookに搭載されているIntel Core Duoのハイパワーの恩恵です。

なるほどね…ある一つの環境に別の環境を統合させるとき、レイヤーという形式では、別の環境で実現されていた環境を再現するには限界がある。レイヤーは、ホスト環境にあらかじめ用意されている条件に適合させつ一方、他の環境で実現されていた条件を切り捨て、ホスト環境の一部を読み替えて動いているにすぎない。ホスト環境に他の環境で用意されていたものがあるとは限らないから、動作可能なものも限られてくる。となれば、統合先の環境のなかに、別の環境に匹敵する同等な環境を可能な限りつくりあげることを認めるエミュレータのほうが、環境統合には現実的。しかし、エミュレートする環境を作り上げ、それを円滑に動作させるには、ホスト側に別の環境に相似した環境を用意する余裕と、それを動かす力量が必要とされるわけで…あらぬ方向へ話しが進みそうなのでやめときます。

2006年9月 5日 (火)

仕事山積

学年暦としては夏期休業はまだ続いています。しかし学内行政の仕事が立て込んでいて、こなさなきゃいけないものが山のよう。この夏は海外へも出向かず大阪に腰を据えて研究するつもりが、大阪にいる分、ほぼ毎日大学へ出向いて仕事をこなさなきゃならなくなっています。これがこのブログの発言停滞の理由。今日も某新聞社の取材を受けていました(個人としてではなく)。おおいに大阪外大のことを宣伝させてもらったけど、本来なら自分と自分の関わる研究・教育の実績でもって、大阪外大の名を高めたいものです。勉強したい。以上。

2006年9月 2日 (土)

単なる布きれなのに…

僕はものを磨くのが好きです。よい気分転換になるし、無心にものを磨いていると集中力が回復するような気がする。というわけでAmazonへだいぶ前に発注していた銀みがきクロスとプラスチックみがきクロスが届いたのは良いのですが、総重量50gにもみたないただの布きれ2枚のためにAmazonは大袈裟にも段ボールで送ってきました。はー、これは実に無駄だ。

プラスチックみがきクロスは、iPod nanoの表面を磨くため。普段はケースなど付けず、首から垂らしているので、iPod nanoは傷だらけです。このクロスで丁寧に時間をかけて磨いていくと、ちょっとした擦り傷くらいだと完璧に消えていくのに驚き。でも、研磨剤も含まれた特殊な布なので、使い終わった後の手の感触はちょっと不快かな。500円程度でiPod nanoのもとの輝きが戻ったわけだから、良い買い物でした。

銀みがきクロスは、10年来愛用のYARD-O-LEDの繰り出し式 ペンシルを磨くため。唐草模様の彫銀細工の美しいものですが、ここ数年磨いていなかったら、すっかり黒ずんでしまった。銀製品もメンテナンスを怠ってはせっかくの美しさも損なわれるってことですね。でもこれもクロスですきっともとの輝きを取り戻しました。とはいえ、これらの布きれをなめてかかっちゃいけない。ちゃんと用途によって塗り込まれた研磨剤や織り込まれた繊維などに違いがあるわけだから、間違っても銀用のクロスでプラスチックなどを磨かないように。

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